初稿置き場

#玉座の憧憬
#玉座の憧憬_ロウェル×アレイストIF 2


 ロウェルとアレイストは、いわば「幼馴染」だった。
 とはいっても、隣国の王と彼に正妃として嫁いだ公女との間に生まれた王子であるアレイストとは、身分の差というものは存在していた。
 ロウェルが赤ん坊のアレイストに引き合わされた時も、「将来仕えるべき主君」だと説明されていた。
 だが、当時ロムーリャ公国にいたロウェルが何故、そんな王子と出会えたのかというと、少々特殊な事情によるものだ。
 アレイストの父には側妃が存在した。公国で蝶よ花よと育てられた公女リーティエは、国王からの寵が得られない現実に耐えられず、子を妊娠すると同時に宿下がりを名目に公国へと戻ってきた。
 その後アレイストが生まれたあとも、リーティエが王国へ戻ることはなく、またあちらも寵妃とその間に生まれた娘にしか興味がないのか、放置されることとなった。
 このままその娘が王位を継ぎ、アレイストは公国で生きるのだろうか。
 そう思われていたが、変化があったのは、アレイストが九歳、ロウェルが十二歳の時だ。
 寵妃シエラがこの世を去った。
 その報が公国へともたらされると同時に、アレイストの召喚命令まで下されたのだ。
 アレイストは――、母がこのまま公国で過ごせることを条件に、それを飲んだ。そうして、アレイストは会ったこともなかった父王の庇護の元、立太子されたのだった。
 当然のように、ロウェルはアレイストと共に王国へ向かった。
 しかし、彼の正式な臣下に加えられることはなく、ロウェルは微妙な立場に置かれ続けた。だが、ある意味では都合が良かったとも言える。身分の保証された人間では立ち回れないような、際どい仕事もこなすことができたからだ。
 ロウェルは、アレイストの命令は何でも聞いた。
 そうすることでしか、彼に贖えなかったからだ。十七年前のあの日、ロウェルの軽率さの代償を支払ったのはアレイストだった。命にこそ別状はなかったものの、左足の膝から下の自由を、彼は失った。
 杖をつき歩く姿を見るたび、ロウェルは自身の罪を呪った。
 その日から、ロウェルはアレイストへの贖罪に人生を捧げている。

 その日も、呼び出されて向かったのは、アレイストの私室だった。
 あまり大っぴらにできないような命令を下す時、彼はいつもそうするため、特に何の疑問もなく、そこへ向かう。
 衛兵に見つからぬように窓から部屋に侵入すると、珍しくアレイストはその部屋にあるベッドに腰掛けてこちらを見ていた。いつもならば、その隣の部屋にあるソファに座っているのに。
 余程内密な話なのだろうか、と少し緊張した。
「よう、今日はどうしたんだ?」
 だが、内心で感じている緊張感は欠片も出さずに、至って普段通り声をかける。アレイストは不機嫌そうな顔を更に歪める。
 品行方正で優しい王太子殿下、として通っているアレイストだが、ロウェルに対してはこの十七年間一度たりとも笑顔を見せたことがない。いつも険しい顔ばかりだ。
「アキュイラの件、聞いてるか」
 冷たい声にもすっかり慣れっこで、もう寂しいとも思わなくなって久しい。
 ロウェルは頭の中にある情報を引っ張り出しながら、軽い調子で答える。
「ああ、セレンティーネ殿下が領主に任命されたらしいな。それがどうした?」
「姉上を籠絡しろ」
「…………はい?」
 意味が分からず首を傾げる。「籠絡」、もしや自分の知っている「ろうらく」ではないのかもしれない、と願望混じりに思うが、アレイストは苛立たしげに続けた。
「二度も言わせるな。姉上をお前の言いなりになるようにしろ」
「……えっと」
 どうやら、知っている「籠絡」で合っていたらしいと悟る。が、意図がまるで分からない。
「何故……?」
「姉上に反逆を起こさせる」
「は!?」
 穏やかではない言葉が飛び出して、目を剥く。
 その後、アレイストが語ったあらましはこうだ。
 セレンティーネは、今回の決定に不服を感じている。まあ、これは当然とも言える。そもそもアレイストの立太子に伴い、廃太子されたこと自体納得していないようなので、ますます玉座から遠ざかってしまうからだ。
 アレイストは、いずれセレンティーネが王位を()()()()べく、動くと考えている。それならば、手勢が揃わぬうちに、こちらに都合の良い時に、反乱を起こさせて処理すればよいと考えたようだった。
「…………なるほどな」
 一応、筋は通っている。
 ロウェルはセレンティーネの懐に潜り込み、彼女を誘導。出来うる限り少数で王位簒奪を目論ませる、という役回りだ。
 だが、ロウェルはどことなく、腑に落ちないものを感じていた。
 本当にセレンティーネ王女は、そのように動くのだろうか。
 ロウェルに彼女との直接的な面識はないが、そのような強行に走る性格とはどうしても思えない。現状、アレイストに危害を加えようとするでも、引きずり下ろそうと策を弄するでもなく、何か国王の目に止まるような成果を出そうと愚直なまでの努力をしている人物だ。
 そんな王女なら、もちろん不満は抱きつつも任地へ向かい、領地を盛り立てることに注力するのではないだろうか。
 そしてそんなことは、アレイストもよく分かっているはずだ。
 彼女の愚かなまでの真っ直ぐさに、アレイストは羨望を感じている。本人は認めずとも、ロウェルにはそれがよく分かっていた。
「……アレイスト、もしそれが上手くいったとして。その後、セレンティーネ殿下をどうする気なんだ」
「殺す」
 端的な言葉に、ビクッと身体が震えた。
 アレイストは温度のない目をしたまま続ける。
「当たり前だ。反逆者は死をもって罰せられる。そうだろう?」
「あ、ああ……」
 彼の中でこの計画は決定事項なのだろう。立ち尽くすロウェルを、アレイストはただじっと見ていた。
 ロウェルはこれまで、アレイストのどんな命令にも逆らったことはなかった。
 だがこれは、頷いては駄目な気がする。
 その迷いがロウェルの口を動かす。
「アレイストは、それでいいのか? 元王太子が反逆なんて、大きな騒ぎになる」
 初めて食い下がったロウェルに、アレイストは目を眇めた。
「馬鹿を言うな。表向き、反逆など存在させない。姉上は、私がこの手で殺す」
 つまり、内々に処理した上で後顧の憂いを断つということだ。
 そこまで決めているのなら、ロウェルにもう言えることなどない。
 分かった、と頷いてすぐ仕事に取り掛かるべきだ。
 セレンティーネ王女はそう時間を開けずに城を発つだろう。準備も必要だ。懐に潜り込むなら、早く動いた方がいい。
 了承の言葉を口にしようと顔を上げた時、アレイストと目が合った。
 ロウェルは息を飲んで、発そうとしていた言葉が出なくなってしまう。
 アレイストの人生から「姉」が消えた後、一体彼はどうなるのだろうか。
 その時、ふと疑問が湧いた。
 どうして、「今」なんだろう。
 セレンティーネを籠絡し、反逆を起こさせるなどいつでもできたはずだ。むしろ、王都にいる間であれば、ロウェルを介して後ろ暗い貴族と繋がらせて一網打尽にすることで、国家の膿出しも終わらせてしまう方が、普段のアレイストらしい。
 まるで、遠ざかろうとする姉を、手元に引き戻そうとするような――。
「っ……」
 ロウェルは一歩、二歩とアレイストに近付く。
「――俺は、納得できない」
 アレイストの目が見開かれるのを、嫌な音を立てる心臓を無視しながら見つめた。
 この十七年間で、初めて口にした「反論」だった。
 だが、一言発してしまえば、止めることなどできない。ロウェルは捲し立てるように続けた。
「王都から離れた王女に何ができる? たしかに不安の芽ではあるさ。けど、それが本当に脅威と成り得るのは一体何年後の話だ? その間、お前は一層ここで地盤を固めるのに? 今まで強行策に出なかった王女が、今更そんな手を取るとは俺には到底思えない。違うか?」
 反証を並べ立てるが、アレイストは俯いたきり何も言わない。表情も窺えず、何を思っているのか全く分からなかった。
 黙ったままの彼に勢いを削がれたロウェルは、そこで言葉を切って、弱々しく問いかける。
「……なあ、本当は…何が目的なんだ? 何がお前をそんなに――」
「うるさいっ!!」
 突然激高したアレイストは、キッと顔を上げてロウェルを睨んだ。
「お前は私の言うことを聞いていれば良いんだ! どうして黙って従えない!?」
「アレイスト、でもこんなのは……!」
「黙れよっ!! 姉上もだ! どうしてそんな風に諦められる!? どうして、簡単に『陛下を支えろ』なんて……っ」
 泣きそうな声で叫ぶアレイストに、ロウェルは思わず手を伸ばした。意図があったわけではない。ただ、無意識に抱きしめようとしたのかもしれない。
 しかしそれより早く、アレイストの手がロウェルの胸倉を掴んだ。前屈みになっていたせいで、難なく体勢を崩されると、そのまま何故かベッドに仰向けで転がされた。
「ア、アレイスト……?」
 暗い、沈んだ目と視線が絡む。
「お前は私の命令を拒むんだな?」
 静かな問いにたじろぐ。
 これは、解答を間違えれば取り返しがつかない気がした。
 ロウェルは慎重に口を開く。
「拒みたい、わけじゃない。でも、俺は……、この選択をした後、お前が傷付くんじゃないかと思ってる。だから、違う方法でお前の気が済むなら、と言いたかったんだ」
「…………そんな方法、無ければ?」
「従う。お前の望み通りに動く」
 間髪入れずに返したことが功を奏したのか、ロウェルの服を掴んでいたアレイストの手がほんの少し緩む。
 だが、澱んだ目は変わらず、ロウェルを見つめていた。
「望み通りに、ね。どんな事でも?」
「ああ」
「今すぐ死ねと言えば死ぬのか?」
 ロウェルは頷いて言った。
「俺の命は、全てお前のものだから」
「……なら」
 何の感情も感じない目をしたまま、突然アレイストは、ロウェルのシャツの前ボタンを引き千切った。
 唐突な行動に目を剥いていると、無感情にアレイストが腹の筋を指で辿った。
「死ぬ必要も、姉上のところに行く必要もない。その代わり――」
 臍を撫で、ベルトに触れ、その下にあるものをズボン越しに掴んだ。
「私が何をしても、絶対に離れないと証明してみせろ」

2026/02/01 14:05:13

#玉座の憧憬
#玉座の憧憬_ロウェル×アレイストIF 1


「アレイスト!!」
 悲鳴のような声が自分の喉から飛び出していく。
 転落してゆく小さな手を掴もうと、必死に走って手を伸ばした。
 だが、その手は空を切って――。
 地面を幼い少年が物のように転がっていく音、遥か下でようやく停止したその身体は、ぴくりとも動かなかった。
 身体がガタガタと震えだす。
 自分はなんてことをしてしまったんだろう。
 どうして手を離した。どうして、一瞬でも目を離したんだ。
 おれが、この子を守らなければならなかったのに。
 死んでしまっていたらどうしよう。こんな高さから落ちたのに、無事なはずがない。
 どうしよう。どうしたら――

「――ッ!!」
 ロウェルは、ハッと目を開いた。
 辺りは暗い。まだ、真夜中だ。
 どくんどくんと嫌な音を立てる心臓を、幾度かの深呼吸でなんとか宥めて、ふと傍らを見る。
「アレイスト……」
 ロウェルに背を向け、身体を胎児のように小さく丸めて眠る青年の姿があった。
 どうやら起こしはしなかったらしいと安堵する。
 剥き出しの肩にシーツをかけて、そっと髪にキスを落とす。
 せめて、彼を抱きしめられたらいいのに。
 いまだに夢に見るほど強烈な記憶として残る十七年前のあの日から、自分たちの間には見えない壁が存在している。
 こうして、何の因果か身体を繋げるようになった今も、それは変わらない。
 そこまで考えて、ロウェルは静かに首を振った。
 たしかに現状、二人の間に肉体関係があるのは事実だ。だがこれは、愛や恋、性欲に起因するものですらない。
 アレイストはずっと確かめている。
 ロウェルがどこまで自分の要求に応えられるのか。本当に、何があっても傍を離れないのか。
 もうずっと、自分たちの関係は歪んでいた。
 だがそれを更に暗い場所へ落としたのは、今から少し前のことだ。
 数ヶ月前、アレイストの姉セレンティーネがこの城を発つことになったその日まで遡る――。

2026/02/01 14:01:06

#玉座の憧憬
#玉座の憧憬_アレイスト×セレンIF 2


「――あっ、あぁ……んぁっ!」
 私は、何をしているんだろう。
 薄暗い執務室の床の上で、セレンは破瓜の痛みと無理やり引きずり出される快楽に喘いでいた。
 子宮を突かれるたびに、声が、そして、心の奥底に封じ込めていたものが、暴かれていく気がする。
 どうして、弟だったはずの男と身体を繋げているの。
 頭の片隅に残る冷静な部分は、そう言っているのに、身体は熱を求めて媚びるように男の腕を掴んだ。
「っ、は……」
 アレイストの熱い吐息がかかり、唇を重ね、舌を絡めあう。
 身体が熱い。触れている場所全てが火傷しそうなほどに。だが、彼の目は凍えるほど冷たくて、怖いほどだった。
「――な、んで、こんなこと、するの……っ」
 舌が銀糸を引いて離れた時、セレンは叫んでいた。
「わたしのこと、すきな…わけではない、じゃない……!」
 下肢を穿っていた動きが止まる。
「……えぇ、そうですね」
 どこか遠い目をして、アレイストが呟いた。そして、セレンの腰を掴み、言った。
「私は、貴女が憎い」
「――っ、あっ!?」
 アレイストは一際強く、セレンの中を突く。足が痺れて、中が収縮する。だが、それを構うことなく、アレイストは抽挿を再開しながら、続けた。
「憎くて堪らない。出逢った時から、ずっと。……ずっとだ! 貴女は、私に無いものを全て、持っているのに……!!」
「そ、な……、あっ! あぁっ!」
 セレンが背中を弓なりに逸らして絶頂すると共に、中にじわりと熱が広がる感覚があった。
 ああ……、もうこれで、取り返しがつかない。
 ぼんやりそんなことを思う。
「…………セレン」
 突然呼ばれた名前に、びくりと身体が跳ねた。アレイストに名を呼ばれるのは初めてだった。
 アレイストはセレンの手を取ると、まるで心から愛おしむかのように、その手の平にキスをする。
「セレン……。どうか、私と一緒に……、死んでくれませんか」

2026/02/01 13:58:05

#玉座の憧憬
#玉座の憧憬_アレイスト×セレンIF 1


「は……? なん、だこれは……」
 十一年振りに足を踏み入れた父の執務室で、セレンがそれを見つけてしまったのは、本当に偶然だった。
 日付はまさに十一年前。その日に書かれたと思しき、当時の大臣たちから連名で出されたらしい嘆願書には、こう書かれていた。
 ――王家の血を引かぬ娘を、国王と仰ぐことはできない。正当なる世継ぎの召還を要望する。
「王家の血を、引かぬ娘……?」
 十一年前、セレンは母を、そして王太子位を失った。
 そうして、それまで会ったこともなかった弟が、新たな王太子として立った日のことは、昨日のように鮮明に思い出される。
 これは、この紙に書かれているのは、一体、誰の……。
「――ああ、見つけてしまったんですか、姉上」
 突然聞こえた声に振り返ると、いつもは控えめに浮かべている笑みを消した異母弟アレイストが、無表情でこちらを見ていた。
「アレイスト……」
 彼は杖をつきながら、ゆっくりと近付いてきた。
「信じられませんか? でも本当のことです」
「何の、ことだ……」
 彼はセレンの目の前まで来ると、嘲笑を浮かべる。彼のそんな顔を見るのは初めてのことで、セレンはたじろいだ。
「貴女は、陛下の娘ではない。シエラ妃が情夫との間に作った子――。それが貴女です」
「――っ、そんなはず……!」
 咄嗟に反駁するが、アレイストが急にセレンの頬に触れ、顔を覗き込んできて、言葉が途切れる。
「嘘つきですね。本当は薄々知っていたのでしょう?」
「っ……」
 アレイストの言葉に、セレンは何も言い返すことが出来なかった。
 母譲りの銀髪――。それ以外に、母にも、父にも似ていない自分。
 アレイストの父そっくりな顔と青い目に見つめられて、セレンは唇を噛んだ。
 なら、自身の持つ菫色の瞳は、一体誰の――。
「……ねぇ、姉上。分かりますか。私たちは、血なんて一滴も繋がってないんですよ」
 いやに優しい声でアレイストが呟く。
 その次の瞬間には、頬に添えられていた手に力が籠って、顎を掴まれた。
「いっ……」
 爪が食い込むほど強く掴まれて、痛みに呻くがアレイストの力は一向に緩まない。
「アレイ…スト……?」
「……私は、ずっと……、貴女がこの事実を知る日を待っていたのでしょうね」
 彼は独り言のように呟くと、掴んだままの顎を引き寄せた。
 そして――
「え……」
 唇が重なる。
「な、何をす――!」
「……さあ、何でしょうね」
 セレンは、何の温度もないアレイストの瞳に見つめられながら、口内に侵入する舌を、ただ受け入れるしかなかった。

2026/02/01 13:51:42

#夢見る少年と未羽化の蝶
#夢見る少年と未羽化の蝶_二章 7


 座学の日程はあっという間に過ぎていき――、三日後。
 レンとファルを含む参加者たちは、研究所の前に集められていた。
「では、これから被験者の方の元へ向かいます」
 エルジュの言葉に、緊張と不安で顔が強張っている者も多い中、レンは内心「やっとこの日が来た!」とガッツポーズをしていた。
 三日間の講義が終了し、今日はいよいよ研究の被験者たちの元へ行くことになっている。
 現在蛹期に入っている協力者たちの経過観察に同行させてもらう形だ。
 蝶の民たちは蛹化すると、まず髪が一瞬で脱色する。それを合図に安全な場所を探したあと、そこで繭を形成するのだ。その繭に包まれている期間が蛹期と呼ばれ、約三ヶ月から半年間を繭の中で過ごす。
 繭の中では、一度肉体が重要な生命維持器官を残して液状に溶け、その後身体が再構築されることで、羽化をする。
 一般的に羽化した蝶の民は、髪色が変化し、容姿が整う。まさに、芋虫が蝶に変化するかのごとく、だ。
 また、魔法の才に目覚めたり、運動能力が向上したり、とこちらは個人差が大きいものの、総じて身体機能の改善が発生しやすい。
 ともかく、蛹期の蝶の民は、かなりデリケートなのだ。下手な刺激は中の人間を殺しかねないため、研究は細心の注意を払われている。
 他国での非人道的な研究は、蝶の民に起こる肉体の再構築を人為的に行い、より望む肉体へと変化することを目的としている――らしい。
 レンから言わせれば、自身の肉体強化ごときのために、この美しい生態を持つ蝶の民たちを殺したのかと、全く理解に苦しむ話だった。
 一方、蝶の国での研究は、むしろ医療行為に近いものがある。
 自然界での蝶の羽化が失敗することもあるように、蝶の民も羽化に失敗して死んでしまうことが稀にある。蝶の民研究は、そういった羽化の失敗率を下げ、より安全に、より健やかに、蝶の民が生きていくことを目的としていた。
 今回同行する被験者の定期観察も、そういった羽化の失敗を回避するためのものだ。
 被験者は、事前に本人の許可を得て観察させてもらっている対象も多いが、中には蛹期の序盤に異変が起こり、家族から助けを求められて、という場合もあるのだそうだ。
 ちなみに今回向かうのは、前者の被験者だ。
 五人いる体験入所者を三組に分け、それぞれ被験者の元へ向かう研究員についていくことになる。
 レンはファルと二人、エルジュの組に入ることとなった。
 他二班が出発し、レンたちも目的地へ足を向ける――が、その前に、エルジュがこちらを振り返った。
「レン、貴方はくれぐれも出先で、はしゃがないように」
 そう釘を刺すと、彼は踵を返してしまう。
 ぽかんとしたままのレンは、その背中をしばし見つめて、次いで同じく呆気に取られるファルの方を見た。
「……なんで、俺だけぇ?」
 まあ、ファルは基本大人しいので、分からないでもないのだが……。
 レンはどこか納得いかない顔で首を捻りながらも、慌ててエルジュの後を追ったのだった。

2025/09/20 00:00:00

#誓約の姫 オープニング2

//背景:アシュフォード邸・廊下・昼

???「姉上? 今日は部屋で本を読んでお過ごしだったのでは?」
マリア「アレス……。それが、お父様に呼ばれてしまって」
アレス「父上に? そうですか……。もしかして、あの話かな……」
マリア「『あの話』……?」
アレス「……いえ、僕の口からは。違うかもしれませんし」

マリア(アレスもオリヴィエも、どうしてそんな顔をするのかしら……)

アレス「すみません。不安にさせましたね。大丈夫ですよ。父上が姉上を不幸せにするような選択をなさるはずがないでしょう?」
マリア「それは……、そうだけれど」
アレス「さあ、もう行ってください。父上をお待たせしているのでしょう?」
マリア「え、ええ……」
アレス「オリヴィエ、姉上を頼んだよ」
オリヴィエ「もちろんでございます、アレス様」

//アレス:消去

マリア「…………」
オリヴィエ「さあ、参りましょうか。お嬢様?」
マリア「……そうね」

//場転エフェクト

アレスと別れたマリアは、不安な気持ちのまま、ついに父ロベルトの書斎へと辿り着いた。

//SE:ノックの音

オリヴィエ「旦那様、マリアお嬢様をお連れいたしました」
ロベルト「うむ、入ってきなさい」

//アシュフォード邸・書斎・昼

オリヴィエに背を押されるように、マリアは書斎の中へと足を踏み入れた。

マリア(お父様のご様子は、普段と変わらないわ……)

普段と同じ優しい笑みを浮かべる父に安堵しつつ、マリアはおそるおそる問いかけた。

マリア「お父様、お話って? 急にどうなさいましたの?」
ロベルト「うん。実は、これから内々に王宮へ招かれていてね。お前もぜひ一緒に、とのことで、呼んでもらったんだ」
マリア「わ、私もですか?」
ロベルト「そうだよ。早く支度をしてくるといい。急な呼びたてだから、と服装は拘らないそうだから」
マリア「えっと、わかりました……」

マリアは困惑しつつも、支度のため部屋に戻ろうとする。

マリア(お父様……、とってもご機嫌でらっしゃるわ……)

父が嬉しそうなのは、決して悪いことではないはずなのに。
マリアは言い知れぬ不安が膨らむのを感じていた。

2025/09/16 00:00:00

#夢見る少年と未羽化の蝶
#夢見る少年と未羽化の蝶_二章 6


「どうだった?」
 体験入所の初日。
 夕刻になって解散となった後、ファルはレンと共に街の食堂で夕食をと取っていた。
 選んだ定食を半分ほど食べた頃、投げかけられた問いに、ファルはカトラリーを持つ手を止めた。
「そう、だな……。意外と普通――、平気だった」
 今日はそれほど深い部分に立ち入っていない、というのもあるだろうが、本当に想像していたよりもずっと平気だった。
 素直に感想を告げると、レンはにぱっと笑って、フォークに刺したエビフライを口に入れる。
「そっかそっか、よかった。明日から来ないー、とか言われたらどうしようかと」
 冗談めかして言われた言葉に、ふと笑ってレンに問い返す。
「そういうお前は? 実際行ってみて……、まあ、聞くまでもないか」
 が、彼の顔を見れば一目瞭然だった。
 レンは目を丸くして、自身の顔を両手で挟んだ
「え、そんなに顔に出てる?」
「誰が見ても」
 肩を竦めて呆れたように言うと、レンはテレテレと頬を掻く。
「いや、でもほんと楽しかった! アカデミーの授業じゃ、あそこまで専門的なことは教えてくれねぇし、教授に聞きに行くにも限度があるだろ?」
 レンは食事そっちのけで、昼間のことを思い出してかうっとりと目を閉じる。
「いやぁ、ほんとさぁ……。俺もあの一員になりてぇ~……、ってより思った!」
「ほんと、レンはブレないな」
 出会ったときから、全く変わらない一途さに改めて驚かされる。自分にはそこまで熱量を込めてやりたいと思うことがないから、なおさらだった。
「本当に行ってよかったよ!」
 好きなものに一直線に向かうレンが、とても眩しい。
 いつか自分も、こんな風に思えるものに出逢うのだろうか――。
 その光景が上手く描けずに、ファルはそのもやもやとしたものを飲み下すように、スプーンに乗ったオムライスを飲み込んだ。

2025/09/13 00:00:00

#誓約の姫 オープニング1

//背景:空・昼

マリア「今日もいい天気ね……」

//背景:主人公部屋・昼

ローゼンダルク王国の穏やかな昼下がり。アシュフォード家の令嬢マリアは、秋めいてきた空に目を細めた。

//SE:ノックの音

???「失礼いたします」
マリア「あら、エゼル」
エゼル「紅茶をお持ちいたしました、お嬢様」
マリア「ありがとう。……いつ見ても、綺麗に入れるわね」
エゼル「恐縮です」

マリアは目の前に置かれた湯気を立てるティーカップを持ち上げる。

マリア「ふふ、いい香り。エゼル、あなたも一緒にお茶をしない?」
エゼル「…………いいえ、お嬢様。一介の使用人が主家の令嬢と同じ席につくなど、許されません」
マリア「固いことを言わないで。どうしても駄目かしら?」
エゼル「………………それが、ご命令であれば」
マリア「そういうわけじゃ――」

SE:ノックの音

マリア「は、はいっ!?」
???「お嬢様、少しよろしいでしょうか?」
マリア「その声はオリヴィエ? ええ、どうぞ。どうしたの?」
オリヴィエ「失礼いたします」
マリア「何か…あったの……?」

マリアは、幼少期からの友人でもあるオリヴィエの、珍しい曇り顔に不安を覚える。

オリヴィエ「実は、旦那様が至急お部屋まで来るように、と」
マリア「お父様が……?」

マリア(それだけでこんな顔をするなんて――。どんなご用事なの……?)

マリアは不安が一層増幅するのを感じながらも、父の呼び出しに応えるべく、立ち上がった。

2025/09/12 00:00:00

#夢見る少年と未羽化の蝶
#夢見る少年と未羽化の蝶_二章 5


「初めまして。今回、貴方がたの担当をさせていただく、エルジュと申します」
 受付に指示された部屋で待つこと、暫く。
 その部屋に現れた白衣の男は、そう言ってレンたちに頭を下げた。
 ダークブルーの髪をきちんと撫で付けた、真面目そうな風情の彼は、頭を上げると眼鏡をカチャリと上げた。
 エルジュに促され端から順に、名前と専攻を言うだけの簡単な自己紹介をしていく。
 今回の体験入所の参加者は五人。元からの知り合い同士なのは、レンとファルだけらしい。後の三人は、蝶の民らしき男女が一人ずつと、レンと同じ只人の女が一人。地域的に同じアカデミーの同学年だと思われるが、誰とも面識はなかった。
「ありがとうございます。ではまず、研究所内の案内からはじめましょうか――」
 自己紹介が終わった後は、所内の見学が行われた。
 基本的にはエルジュの後ろをついて歩くだけだ。とはいっても、一般に公開しても問題のない範囲ばかりなのだろう。門前で「アカデミーと大して変わらない」と言ったが、本当にあまり変わらない。
 それでも、蝶の民に関して真剣に議論する所員の姿を垣間見て、レンの心は浮き立っていた。
 一通り案内が終了すると、昼休みを挟み、数日間は講義の予定だ。
 研究へ協力してくれている被験者たちの元への同行も体験の中に含まれているため、心構えなども含めた基礎知識を授けてくれるようだ。
 講義資料を受け取り、レンはわくわくが抑えきれないうきうき顔で、その資料のページを開く。
 これからどんな事を知れるんだろう……!
 そんな興奮の中、体験入所の幕は上がったのだった。

2025/09/11 00:00:00

#夢見る少年と未羽化の蝶
#夢見る少年と未羽化の蝶_二章 4


「はえ~……、思ってたよりでけぇなぁ……」
 あっという間に日々は過ぎて、体験入所の当日。
 レンは辿り着いた建物を見上げて、感嘆の声を上げた。
 隣にいるファルをちらりと見て、その顔が少し青褪めていることに気付く。
「ファル」
「――っ、あ……、なんだ?」
 ビクッと肩を跳ねさせた彼に、レンは苦笑を浮かべた。
 やはり、まだ「蝶の民の研究所」というものに忌避感あるらしい。
 今回レンがファルを誘ったのは、進路に悩んでいるらしい彼の刺激になればと思ったのが一つ。それから、大抵は十代で羽化するはずの蝶の民にもかかわらず、蛹になる気配すらないことに負い目を感じているような気がしていたからだ。何かヒントになれば、と。
 けど、まだ早かったのかなぁ……。
 正直、誘ってはみたものの、本当に付いてくるかは分からない――、むしろ断られる可能性の方が高いと思っていた。
 十歳でここ蝶の国に辿り着くまで、彼がどんな目にあったのか、詳しくは知らない。それでも、その心に刻まれた傷がかなり深いのは、レンにも分かっていたからだ。
 でも――、ここまで来たということは、ファル自身にも何か思うことがあったということだろう。
 だからレンは、その根深いものから来ているであろう怯えには気付かないフリをして、彼の背中をバシッと叩いた。
「なんだよ~、緊張してんの?」
「ち、違うから!」
「だーいじょうぶ、だいじょうぶ。アカデミーと大して変わんねぇって。それに、俺がいるだろ~? あ、手繋いでやろか?」
 にやにやしながら手を差し出すと、多少は緊張が解れたのか顔の強張りが緩んで、差し出した手をバシリと叩かれた。
「いるか。子供じゃないんだから」
「またまた~。遠慮するなって」
「遠慮してない」
 言い返しながら、歩きはじめたファルにレンも遅れまいとついて行く。
 研究所の門を潜り、中へ。
「――ありがとう」
 ぽそりとファルの口から零れた言葉に、レンは笑って、それから素知らぬ顔で返す。
「ん~? なんのことだ?」
 ファルは肩を竦めると、先程レンがしたように背中を叩いてきたのだった。

2025/09/10 00:00:00

作品一覧
改稿版更新中
玉座の憧憬 アレイスト×セレンIF:小説・男女恋愛・バッドエンド・R18本編読了後推奨
初稿更新終了
ツンデレ王子様の結婚事情:漫画(字コンテ)・BL
玉座の憧憬 ロウェル×アレイストIF:小説・BL・R18本編読了後推奨
初稿更新中
ツンデレ王子様の結婚事情:漫画(下書き)・BL
愛する貴方と「番」を解消する方法(仮題):漫画(字コンテ)・BL・R18
夢見る少年と未羽化の蝶 二章:小説・BL
誓約の姫:ゲームシナリオ・男女恋愛
改稿版完結
血塗れ聖女を拾ったのは:小説・男女恋愛(改稿版
玉座の憧憬 本編:小説・男女恋愛(改稿版

検索

カテゴリ