初稿置き場
2026/02/01 14:49:51
#愛する貴方と「番」を解消する方法(仮題)
#愛する貴方と「番」を解消する方法(仮題)_字コンテ 22
半年後。
「っ……」
ほろりと頬を流れ落ちた涙に、ユリスは目を覚ました。
発情期用の抑制剤の効果が切れてきたらしい。
身体の奥がじくじくと熱く、頬をすべっていった涙にも震えてしまう。
(なんか、懐かしい夢を見たな……)
ユリスは自室のベッドで丸くなって、目を閉じる。
ルベルトと番になり、彼の元を去って――、二度目の発情期が訪れていた。
一度目の時は発情期が来たことに、つまり妊娠していないことに落胆して、分かっていたことだろうと自嘲したものだ。そして、ルベルトが追いかけて来てくれるのではないか、そんな想像をして、勝手に裏切られて、一週間余りの時間を泣いて過ごした。
来るわけがない。
今ユリスがいるのは、国の辺境にある一地方だ。しかしその場所は父ダリアスによって、徹底的に秘匿されているはずだからだ。
「……大丈夫」
薄くなってきた項の痕を指で辿り、言い聞かせるように呟く。
この半年、ユリスも何もしていなかったわけではない。
現在ユリスは、通いの家庭教師――のようなものをしている。ここの領主夫妻の幼い息子……オメガ子息の話相手だ。
自分を慕ってくれる年少の男の子の顔が思い浮かぶ。
王都を離れ一番に驚いたのは、オメガへの偏見が都より遥かに緩かったことだろうか。
昔はオメガといえば産まれても売り払われることが常だったと聞いていたが、世界はとっくに変わっていたらしいと知った。
むしろ、アルファの権勢を高めたいが故に、オメガ排斥の思想は都――特に貴族の中の方が強かったのだ。
ユリスは今ただのユリスとして、一人のオメガとして、ここで暮らしている。
今もし、王都に戻れたとして、もうユリスをアルファだと思う人間はいないだろう。そう自分でも感じるほど、自分は変わった。
それが良い変化なのか――、は、まだ分からないけれど。
「んっ……」
ユリスは熱い息を吐き出して、手を下履きの中に滑り込ませた。
「あ、……っ」
緩く勃ち上がった前をやわく握る。それだけの刺激で腰が震えて、後ろが濡れた。
「っふ、ん、あぁ……」
手で陰茎を扱き、身体をくねらせる。
「っ――!!」
白濁が手の平を汚し、身体が弛緩する。それと同時に、涙も零れた。
(さみしい)
普段は理性で抑え込めている感情が溢れ出す。
(さみしい、さみしい……、さみしい……っ)
汚れた手をシーツに擦り付けて拭くと、そのまま後孔に回す。
「っ、あぁん……」
つぷりと中に指を挿れる。一度達したばかりの敏感な身体は、ぎゅうぎゅうと細いその指を締め付ける。
でも、こんなのじゃ足りない。
もっと熱いもので奥まで満たされたかった。
全身を包まれて、愛しい匂いで胸をいっぱいにしたい。
ぽろぽろと涙が零れ落ちていくまま、彼の腕に抱かれていた時を思い出しながら、中を抉った。
「ルベルト、さまぁ……っ!」
今すぐここに現れて、抱きしめて――。
「……ユリス」
耳に届いた声に、ハッと息を飲む。
潤んだ目で扉の方を見る。
「――ルベルト、さま……?」
いや、でも、あり得ない。
目蓋を閉じて、もう一度開く。
目元に溜まっていた涙が落ちて、滲んだ視界は晴れたが、彼の姿はまだそこにある。
でも、信じられない。
(きっと、発情期が見せる幻だ……)
でも、それならば。それならば、少しくらい我儘を言ってもいいだろうか。
「っ、なんで……。なんで、今更来たんですか……!」
上体を起こし、俯いたまま叫ぶ。目からはまた涙がぱたぱたと落ちていくのが見えた。
「おれ、ずっとまってたのに……!!」
口にして気付く。
そうだ。本当はずっと待っていた。
お前が大切だと、他の人間と番になる気はないと、そう言った彼が、その言葉を守りに来てくれることを。
自分から去っておいて虫が良いと、冷静な部分は言うが、それを振り切って求めてほしかった。
(だって、ほんとうは――)
「あなたのそばにいなくちゃ、おれは生きていけない……」
貴方が近くにいないと、俺は息の仕方も忘れてしまう。
可愛い弟のような存在に慕われて、毎日が楽しかった。けれど、心にはいつも穴が開いていて、生きている実感が持てないでいた。
それに気付いたら折れてしまう。
どこかでそのことを分かっていたから、見ない振りをしていた。
なのに。
どうして今更、と怒りが湧く。
彼を最後に見た日から半年が経って、やっと――、忘れられるかもしれないと、そう思いはじめていたのに。
本物のルベルトがいるわけではない。
それでも、怒りが収まらずに顔を上げる。
だがその激情が言葉になることはなかった。
「――私もだ」
は、と息が漏れる。
「……ル、ベルト…さま……?」
ユリスは男の腕の中にいた。
体温、匂い、感触――、全てが鮮明にルベルトの存在を主張している。
おそるおそる、彼の腕に触れる。
「ほん、もの……?」
通り抜けることも、消えてしまうこともなく、ユリスの指先はルベルトに触れていた。
呆然と呟くとルベルトは苦笑して、ユリスの頬を両手で包む。
「ああ。私はここにいる。……遅くなって悪かった」
「あ……」
挟まれた頬が、じんわりと熱くなる。彼の熱が移ったのか、自分の頬がただ熱いのか。それは分からないが、彼が確かに目の前にいるのだと、理解するには十分だった。
「なんで……」
目尻に涙を溜めて問えば、額にキスが降ってくる。
「言っただろ、『私もだ』って。私も……、お前が傍にいなければ、生きていけない。だから、迎えに来たんだ」
#愛する貴方と「番」を解消する方法(仮題)_字コンテ 22
半年後。
「っ……」
ほろりと頬を流れ落ちた涙に、ユリスは目を覚ました。
発情期用の抑制剤の効果が切れてきたらしい。
身体の奥がじくじくと熱く、頬をすべっていった涙にも震えてしまう。
(なんか、懐かしい夢を見たな……)
ユリスは自室のベッドで丸くなって、目を閉じる。
ルベルトと番になり、彼の元を去って――、二度目の発情期が訪れていた。
一度目の時は発情期が来たことに、つまり妊娠していないことに落胆して、分かっていたことだろうと自嘲したものだ。そして、ルベルトが追いかけて来てくれるのではないか、そんな想像をして、勝手に裏切られて、一週間余りの時間を泣いて過ごした。
来るわけがない。
今ユリスがいるのは、国の辺境にある一地方だ。しかしその場所は父ダリアスによって、徹底的に秘匿されているはずだからだ。
「……大丈夫」
薄くなってきた項の痕を指で辿り、言い聞かせるように呟く。
この半年、ユリスも何もしていなかったわけではない。
現在ユリスは、通いの家庭教師――のようなものをしている。ここの領主夫妻の幼い息子……オメガ子息の話相手だ。
自分を慕ってくれる年少の男の子の顔が思い浮かぶ。
王都を離れ一番に驚いたのは、オメガへの偏見が都より遥かに緩かったことだろうか。
昔はオメガといえば産まれても売り払われることが常だったと聞いていたが、世界はとっくに変わっていたらしいと知った。
むしろ、アルファの権勢を高めたいが故に、オメガ排斥の思想は都――特に貴族の中の方が強かったのだ。
ユリスは今ただのユリスとして、一人のオメガとして、ここで暮らしている。
今もし、王都に戻れたとして、もうユリスをアルファだと思う人間はいないだろう。そう自分でも感じるほど、自分は変わった。
それが良い変化なのか――、は、まだ分からないけれど。
「んっ……」
ユリスは熱い息を吐き出して、手を下履きの中に滑り込ませた。
「あ、……っ」
緩く勃ち上がった前をやわく握る。それだけの刺激で腰が震えて、後ろが濡れた。
「っふ、ん、あぁ……」
手で陰茎を扱き、身体をくねらせる。
「っ――!!」
白濁が手の平を汚し、身体が弛緩する。それと同時に、涙も零れた。
(さみしい)
普段は理性で抑え込めている感情が溢れ出す。
(さみしい、さみしい……、さみしい……っ)
汚れた手をシーツに擦り付けて拭くと、そのまま後孔に回す。
「っ、あぁん……」
つぷりと中に指を挿れる。一度達したばかりの敏感な身体は、ぎゅうぎゅうと細いその指を締め付ける。
でも、こんなのじゃ足りない。
もっと熱いもので奥まで満たされたかった。
全身を包まれて、愛しい匂いで胸をいっぱいにしたい。
ぽろぽろと涙が零れ落ちていくまま、彼の腕に抱かれていた時を思い出しながら、中を抉った。
「ルベルト、さまぁ……っ!」
今すぐここに現れて、抱きしめて――。
「……ユリス」
耳に届いた声に、ハッと息を飲む。
潤んだ目で扉の方を見る。
「――ルベルト、さま……?」
いや、でも、あり得ない。
目蓋を閉じて、もう一度開く。
目元に溜まっていた涙が落ちて、滲んだ視界は晴れたが、彼の姿はまだそこにある。
でも、信じられない。
(きっと、発情期が見せる幻だ……)
でも、それならば。それならば、少しくらい我儘を言ってもいいだろうか。
「っ、なんで……。なんで、今更来たんですか……!」
上体を起こし、俯いたまま叫ぶ。目からはまた涙がぱたぱたと落ちていくのが見えた。
「おれ、ずっとまってたのに……!!」
口にして気付く。
そうだ。本当はずっと待っていた。
お前が大切だと、他の人間と番になる気はないと、そう言った彼が、その言葉を守りに来てくれることを。
自分から去っておいて虫が良いと、冷静な部分は言うが、それを振り切って求めてほしかった。
(だって、ほんとうは――)
「あなたのそばにいなくちゃ、おれは生きていけない……」
貴方が近くにいないと、俺は息の仕方も忘れてしまう。
可愛い弟のような存在に慕われて、毎日が楽しかった。けれど、心にはいつも穴が開いていて、生きている実感が持てないでいた。
それに気付いたら折れてしまう。
どこかでそのことを分かっていたから、見ない振りをしていた。
なのに。
どうして今更、と怒りが湧く。
彼を最後に見た日から半年が経って、やっと――、忘れられるかもしれないと、そう思いはじめていたのに。
本物のルベルトがいるわけではない。
それでも、怒りが収まらずに顔を上げる。
だがその激情が言葉になることはなかった。
「――私もだ」
は、と息が漏れる。
「……ル、ベルト…さま……?」
ユリスは男の腕の中にいた。
体温、匂い、感触――、全てが鮮明にルベルトの存在を主張している。
おそるおそる、彼の腕に触れる。
「ほん、もの……?」
通り抜けることも、消えてしまうこともなく、ユリスの指先はルベルトに触れていた。
呆然と呟くとルベルトは苦笑して、ユリスの頬を両手で包む。
「ああ。私はここにいる。……遅くなって悪かった」
「あ……」
挟まれた頬が、じんわりと熱くなる。彼の熱が移ったのか、自分の頬がただ熱いのか。それは分からないが、彼が確かに目の前にいるのだと、理解するには十分だった。
「なんで……」
目尻に涙を溜めて問えば、額にキスが降ってくる。
「言っただろ、『私もだ』って。私も……、お前が傍にいなければ、生きていけない。だから、迎えに来たんだ」
2026/02/01 14:47:24
#愛する貴方と「番」を解消する方法(仮題)
#愛する貴方と「番」を解消する方法(仮題)_字コンテ 21
城へと戻るルベルトと別れ、ユリスは自宅の門を潜った。
静かであたたかみのない雰囲気はいつもと変わらないが、何か違和感があった。
馬車を降り、玄関ホールへ足を踏み入れる。そこに、普段から最低限の接触しかない家令が立っているのを見て、感じた「違和感」が気のせいではなかったのだと悟った。
「旦那様がお待ちです」
「……、わかった」
返答の声は、自分でも情けないほど震えていた。
それでも、どうにか自分を叱咤して父が待つという書斎へ足を向ける。
「――失礼いたします」
部屋の扉を開けると、その先には普段から厳しい顔を更に険しくした、父ダリアスがいた。
「私が何を言いたいか分かるか」
挨拶もなしに切り込まれた問いに、ユリスは言葉に詰まる。
何の話かなんて分からない。だが、「良い話」でないことは、彼の顔を見れば明白だ。
(何か、言わなければ――)
そう思うのに、唇が震えるばかりで喉からは何の音も出てこない。
立ち竦むユリスに痺れを切らしたのか、ダリアスが苛立たしげに溜息をついて、ピッと指を差してきた。
「後ろを向け。項を見せろ」
「あ……」
その確信を持った言い方で、既に自分の身に起こったことが知られているのだと悟った。
恐怖で崩れ落ちそうになる足で、どうにかダリアスに背を向けて、震える指で長い髪を手繰る。
すると、もう一度溜息が聞こえた。
「もういい、こちらを向け」
「はい……」
「相手は王太子だな」
(そこまで知られてるのか……)
ユリスはきゅっと唇を噛んで頷く。
ここで隠し立てした所で意味がないのは分かっていたからだ。ユリスが何を言おうとも、既に確信を持つだけの情報を、この男は手に入れているはずだからだ。
「この事は、既に両陛下の耳にも届いている」
「!」
「……オメガ程ではないにせよ、番を得ればアルファの肉体にも変化はある。息子のそれに気付かぬほど、両陛下は暗愚ではいらっしゃらない」
では、はじめから隠し通すことなど不可能だったのだ。
「では、ルベルト様からお聞きになったのですね」
「ああ。殿下といえど、陛下からのご命令を受けてまで、口を噤んだままではいられないからな」
ダリアスの言葉にユリスはハッと顔を上げた。
(それはつまり、陛下からのご下命があるまで、黙っていて下さったということ……?)
冷静に考えれば、一国の王子が番を得たことを国王とその妃にまで知らせないなどあり得ない。
これまでは、単純に運良く知られずに済んでいると思い込んでいたが――。
ルベルトがユリスの意思を尊重しようとしてくれていたのだと知り、ついユリスの涙腺が緩む。
「殿下は、お前を妃にと望んでおられる」
「……はい」
「それが現実的でないことは、理解しているな?」
「………………はい」
ダリアスの視線は、ユリスの下腹に向けられている。
子供を孕むのが難しい身体で、後継を必要とするルベルトの妻の座に居座るわけにはいかない。
「殿下はまだ、お前の身体のことをご存知ないために、そのようなことを仰っているが……。事が事が故に、両陛下には、既にお伝えしている」
ダリアスが一度言葉を切って、指を二本立てた。
「こうなった以上、お前に取れる手は二つだ。一つ、オメガであることを公表し、殿下の望む通り妃になる。ただしこれは、側妃もしくは愛妾を迎えることが前提だ」
「はい」
「もう一つは、王都を去り、二度と殿下には会わないこと」
「――っ!」
「理由は言わずとも分かるな?」
ユリスはダリアスから視線を逸らして頷いた。
「俺が傍にいる限り、ルベルト様は妃をお選びになろうとしない、から……ですね」
ダリアスが頷く。
「仮にこのまま発情期を共にせず、番が解消されようとも、殿下はそうなさるだろうと両陛下はお考えだ。お前をアルファだと思っている時から、殿下はお前に執心なさっていたんだ。誰でもそう思う」
「……はい」
堪えきれなかった涙が、床の上に落ちた。
「――どうする。後はお前の選択次第だ」
#愛する貴方と「番」を解消する方法(仮題)_字コンテ 21
城へと戻るルベルトと別れ、ユリスは自宅の門を潜った。
静かであたたかみのない雰囲気はいつもと変わらないが、何か違和感があった。
馬車を降り、玄関ホールへ足を踏み入れる。そこに、普段から最低限の接触しかない家令が立っているのを見て、感じた「違和感」が気のせいではなかったのだと悟った。
「旦那様がお待ちです」
「……、わかった」
返答の声は、自分でも情けないほど震えていた。
それでも、どうにか自分を叱咤して父が待つという書斎へ足を向ける。
「――失礼いたします」
部屋の扉を開けると、その先には普段から厳しい顔を更に険しくした、父ダリアスがいた。
「私が何を言いたいか分かるか」
挨拶もなしに切り込まれた問いに、ユリスは言葉に詰まる。
何の話かなんて分からない。だが、「良い話」でないことは、彼の顔を見れば明白だ。
(何か、言わなければ――)
そう思うのに、唇が震えるばかりで喉からは何の音も出てこない。
立ち竦むユリスに痺れを切らしたのか、ダリアスが苛立たしげに溜息をついて、ピッと指を差してきた。
「後ろを向け。項を見せろ」
「あ……」
その確信を持った言い方で、既に自分の身に起こったことが知られているのだと悟った。
恐怖で崩れ落ちそうになる足で、どうにかダリアスに背を向けて、震える指で長い髪を手繰る。
すると、もう一度溜息が聞こえた。
「もういい、こちらを向け」
「はい……」
「相手は王太子だな」
(そこまで知られてるのか……)
ユリスはきゅっと唇を噛んで頷く。
ここで隠し立てした所で意味がないのは分かっていたからだ。ユリスが何を言おうとも、既に確信を持つだけの情報を、この男は手に入れているはずだからだ。
「この事は、既に両陛下の耳にも届いている」
「!」
「……オメガ程ではないにせよ、番を得ればアルファの肉体にも変化はある。息子のそれに気付かぬほど、両陛下は暗愚ではいらっしゃらない」
では、はじめから隠し通すことなど不可能だったのだ。
「では、ルベルト様からお聞きになったのですね」
「ああ。殿下といえど、陛下からのご命令を受けてまで、口を噤んだままではいられないからな」
ダリアスの言葉にユリスはハッと顔を上げた。
(それはつまり、陛下からのご下命があるまで、黙っていて下さったということ……?)
冷静に考えれば、一国の王子が番を得たことを国王とその妃にまで知らせないなどあり得ない。
これまでは、単純に運良く知られずに済んでいると思い込んでいたが――。
ルベルトがユリスの意思を尊重しようとしてくれていたのだと知り、ついユリスの涙腺が緩む。
「殿下は、お前を妃にと望んでおられる」
「……はい」
「それが現実的でないことは、理解しているな?」
「………………はい」
ダリアスの視線は、ユリスの下腹に向けられている。
子供を孕むのが難しい身体で、後継を必要とするルベルトの妻の座に居座るわけにはいかない。
「殿下はまだ、お前の身体のことをご存知ないために、そのようなことを仰っているが……。事が事が故に、両陛下には、既にお伝えしている」
ダリアスが一度言葉を切って、指を二本立てた。
「こうなった以上、お前に取れる手は二つだ。一つ、オメガであることを公表し、殿下の望む通り妃になる。ただしこれは、側妃もしくは愛妾を迎えることが前提だ」
「はい」
「もう一つは、王都を去り、二度と殿下には会わないこと」
「――っ!」
「理由は言わずとも分かるな?」
ユリスはダリアスから視線を逸らして頷いた。
「俺が傍にいる限り、ルベルト様は妃をお選びになろうとしない、から……ですね」
ダリアスが頷く。
「仮にこのまま発情期を共にせず、番が解消されようとも、殿下はそうなさるだろうと両陛下はお考えだ。お前をアルファだと思っている時から、殿下はお前に執心なさっていたんだ。誰でもそう思う」
「……はい」
堪えきれなかった涙が、床の上に落ちた。
「――どうする。後はお前の選択次第だ」
2026/02/01 14:46:00
#愛する貴方と「番」を解消する方法(仮題)
#愛する貴方と「番」を解消する方法(仮題)_字コンテ 20
「…………、」
ゆっくりと進む馬車に揺られ、ユリスは外の景色をぼんやりと見ていた。
(ルベルト様、怒ってるだろうな……)
何も言わずに、彼に背を向け逃げた。王都を出立してまだ半日も経っていないというのに、もう後悔しそうになっている自分に嫌気が差す。
けれど、この選択は間違ってないはずだ。
本当はもっと彼の傍にいたかった。
でも、ルベルトは「王太子殿下」だ。酷く個人的な独占欲だけで縛り付けていい人ではない。
だから決して、この選択を後悔してはならないのだ。
ユリスは目を閉じて、微睡みに身を委ねる。
事は、ルベルトとの「旅行」から戻り、ローエンベルクの邸宅へ辿り着いた時まで遡る――。
#愛する貴方と「番」を解消する方法(仮題)_字コンテ 20
「…………、」
ゆっくりと進む馬車に揺られ、ユリスは外の景色をぼんやりと見ていた。
(ルベルト様、怒ってるだろうな……)
何も言わずに、彼に背を向け逃げた。王都を出立してまだ半日も経っていないというのに、もう後悔しそうになっている自分に嫌気が差す。
けれど、この選択は間違ってないはずだ。
本当はもっと彼の傍にいたかった。
でも、ルベルトは「王太子殿下」だ。酷く個人的な独占欲だけで縛り付けていい人ではない。
だから決して、この選択を後悔してはならないのだ。
ユリスは目を閉じて、微睡みに身を委ねる。
事は、ルベルトとの「旅行」から戻り、ローエンベルクの邸宅へ辿り着いた時まで遡る――。
2026/02/01 14:44:28
#愛する貴方と「番」を解消する方法(仮題)
#愛する貴方と「番」を解消する方法(仮題)_字コンテ 19
「宰相!! どういうつもりだ!」
突然部屋に押し入ったルベルトに、宰相――ユリスの父ダリアス・ローエンベルクは、露骨に眉をひそめた。
「何事ですか、王太子殿下」
含みを持たせた問いかけに、「王太子らしからぬ振る舞いだ」という非難を感じる。
だが今は、それに構っている余裕などない。
「とぼけるな、ユリスのことだ」
昨日まで普段となんら変わらない様子だった。だが、今朝になってみれば、待てど暮らせどユリスは出仕してこない。
焦れてたまたま部屋にやってきたアストルを問い詰めれば――
『ユリス様は昨日をもって、ご退職されました。殿下へのご報告は……、訊ねられるまで黙っているように、とのご指示でした』
と、この通りだ。
急に何故、と混乱の中調べてみれば、業務上の引き継ぎなどは完璧で、ユリスだけが煙のようにきえてしまったかのような錯覚を覚えた。
とはいえ、本来なら王太子である自分の許可もなく辞めるなどできるはずもない。
それを可能にするには――、目の前のこの男の協力なくしてはあり得ない。
ダリアスは溜息をつくと、人払いをした。
「何か問題がありましたか」
「問題、だと……?」
「ええ、そうです。執務の滞りなどは起きていないはずですが」
「っ――」
ルベルトは答えに窮した。
事実、「業務上の」問題はなかったからだ。
「そっ、それでも、ユリスが私に一言もなくいなくなるなど……」
「今の状況は、あれの選択です、殿下。貴方の元にいることを、あれは拒んだ。それだけの話でしょう」
傍にいることを拒んだ、という言葉がルベルトの肩に重く伸し掛かる。
何も言えなくなってしまったルベルトを一瞥し、ダリアスはもう話は終わりだというように、仕事に戻りながら言った。
「――貴方はまだ若い。『番』をこの世の全てのように思えてしまっても仕方がない、が……。フェロモンの結び付きに踊らされ、一生を棒に振るのは愚かな行為です。契約も、少し離れていれば消えてしまう程度のものなのですから」
それだけ言うと、彼は口を閉じ、もうルベルトの方を見ることはなかった。
#愛する貴方と「番」を解消する方法(仮題)_字コンテ 19
「宰相!! どういうつもりだ!」
突然部屋に押し入ったルベルトに、宰相――ユリスの父ダリアス・ローエンベルクは、露骨に眉をひそめた。
「何事ですか、王太子殿下」
含みを持たせた問いかけに、「王太子らしからぬ振る舞いだ」という非難を感じる。
だが今は、それに構っている余裕などない。
「とぼけるな、ユリスのことだ」
昨日まで普段となんら変わらない様子だった。だが、今朝になってみれば、待てど暮らせどユリスは出仕してこない。
焦れてたまたま部屋にやってきたアストルを問い詰めれば――
『ユリス様は昨日をもって、ご退職されました。殿下へのご報告は……、訊ねられるまで黙っているように、とのご指示でした』
と、この通りだ。
急に何故、と混乱の中調べてみれば、業務上の引き継ぎなどは完璧で、ユリスだけが煙のようにきえてしまったかのような錯覚を覚えた。
とはいえ、本来なら王太子である自分の許可もなく辞めるなどできるはずもない。
それを可能にするには――、目の前のこの男の協力なくしてはあり得ない。
ダリアスは溜息をつくと、人払いをした。
「何か問題がありましたか」
「問題、だと……?」
「ええ、そうです。執務の滞りなどは起きていないはずですが」
「っ――」
ルベルトは答えに窮した。
事実、「業務上の」問題はなかったからだ。
「そっ、それでも、ユリスが私に一言もなくいなくなるなど……」
「今の状況は、あれの選択です、殿下。貴方の元にいることを、あれは拒んだ。それだけの話でしょう」
傍にいることを拒んだ、という言葉がルベルトの肩に重く伸し掛かる。
何も言えなくなってしまったルベルトを一瞥し、ダリアスはもう話は終わりだというように、仕事に戻りながら言った。
「――貴方はまだ若い。『番』をこの世の全てのように思えてしまっても仕方がない、が……。フェロモンの結び付きに踊らされ、一生を棒に振るのは愚かな行為です。契約も、少し離れていれば消えてしまう程度のものなのですから」
それだけ言うと、彼は口を閉じ、もうルベルトの方を見ることはなかった。
2026/02/01 14:43:38
#愛する貴方と「番」を解消する方法(仮題)
#愛する貴方と「番」を解消する方法(仮題)_字コンテ 18
「――それでは、お大事に」
エルネストの病室に当てた部屋の扉が開き、聞こえたユリスの声にルベルトは顔を上げた。
「ユリス、フィロー殿の様子は……」
「で、殿下……」
ビクッと身体を震わせて、一瞬怯えたような表情を見せたユリスに、ルベルトは首を傾げる。
「どうしたんだ、ユリス?」
「……いえ、いらっしゃると思わず」
扉をゆっくりと後ろ手に締めたユリスは、ルベルトの質問を思い出してか、ちらりと背後に視線を投げる。
「少し、情緒不安定のようですが……。突然のことですから仕方ないでしょう。ひとまず、ベータ男性のアストルに任せることにしましたし、我々にこれ以上できることはないかと」
「そうだな……」
予期せぬ妊娠。その上、番だという元婚約者は牢の中。自分自身は慣れぬ異国の地となれば、平静でいる方が難しいだろう。
「それよりも、この騒動を収める方法を考える方が専決では?」
「たしかになぁ。ジジイ共が、『妊娠中にもかかわらず王太子妃に名乗りをあげるなんて、これだからオメガは』って、騒ぎ出してる」
「本人も自覚がなかったのですし、仕方ないでしょう」
「聞く耳ないよ、あいつらは……」
ルベルトは、はぁと大きな溜息をついて、ちらりとユリスを見る。
(どうにかユリスを説得して、オメガであることを公表した後、伴侶に選ぶつもりだったんだけどな……)
仮に説得できたところで、今は時期が悪すぎる。
だが、なんとしても次の発情期の時期までにはこの問題を片付けたい。
そう何度も同じ手口でユリスと過ごすことは難しいし――、それこそエルネストのように妊娠している可能性もある。
「――まぁ、なんにせよあれだな。妃選びはまた振り出しだな」
「嬉しそうですね……」
「そりゃそうだよ」
ルベルトはユリスの耳元に顔を寄せる。
「私の妃に相応しいのは、お前だ」
「っ……」
ユリスがルベルトから一歩離れる。
「ユリ……」
その泣きそうな表情を見て、自分が何かとてもまずいことを言ったのを悟る。
だが、ユリスは何も言わずに顔を背けた。
「……俺は、」
ユリスはふると首を振って言葉を切ると、スッと表情を引き締めて、ルベルトを見た。
「馬鹿なことを言ってないで行きますよ。やることは山積みなんですから」
「あ、ああ」
足早に歩きはじめたユリスの後を追う。
この時のユリスが何を思っていたのかは分からぬまま――。
この日から二週間程が経ったある日、ユリスはルベルトの前から姿を消したのだった。
#愛する貴方と「番」を解消する方法(仮題)_字コンテ 18
「――それでは、お大事に」
エルネストの病室に当てた部屋の扉が開き、聞こえたユリスの声にルベルトは顔を上げた。
「ユリス、フィロー殿の様子は……」
「で、殿下……」
ビクッと身体を震わせて、一瞬怯えたような表情を見せたユリスに、ルベルトは首を傾げる。
「どうしたんだ、ユリス?」
「……いえ、いらっしゃると思わず」
扉をゆっくりと後ろ手に締めたユリスは、ルベルトの質問を思い出してか、ちらりと背後に視線を投げる。
「少し、情緒不安定のようですが……。突然のことですから仕方ないでしょう。ひとまず、ベータ男性のアストルに任せることにしましたし、我々にこれ以上できることはないかと」
「そうだな……」
予期せぬ妊娠。その上、番だという元婚約者は牢の中。自分自身は慣れぬ異国の地となれば、平静でいる方が難しいだろう。
「それよりも、この騒動を収める方法を考える方が専決では?」
「たしかになぁ。ジジイ共が、『妊娠中にもかかわらず王太子妃に名乗りをあげるなんて、これだからオメガは』って、騒ぎ出してる」
「本人も自覚がなかったのですし、仕方ないでしょう」
「聞く耳ないよ、あいつらは……」
ルベルトは、はぁと大きな溜息をついて、ちらりとユリスを見る。
(どうにかユリスを説得して、オメガであることを公表した後、伴侶に選ぶつもりだったんだけどな……)
仮に説得できたところで、今は時期が悪すぎる。
だが、なんとしても次の発情期の時期までにはこの問題を片付けたい。
そう何度も同じ手口でユリスと過ごすことは難しいし――、それこそエルネストのように妊娠している可能性もある。
「――まぁ、なんにせよあれだな。妃選びはまた振り出しだな」
「嬉しそうですね……」
「そりゃそうだよ」
ルベルトはユリスの耳元に顔を寄せる。
「私の妃に相応しいのは、お前だ」
「っ……」
ユリスがルベルトから一歩離れる。
「ユリ……」
その泣きそうな表情を見て、自分が何かとてもまずいことを言ったのを悟る。
だが、ユリスは何も言わずに顔を背けた。
「……俺は、」
ユリスはふると首を振って言葉を切ると、スッと表情を引き締めて、ルベルトを見た。
「馬鹿なことを言ってないで行きますよ。やることは山積みなんですから」
「あ、ああ」
足早に歩きはじめたユリスの後を追う。
この時のユリスが何を思っていたのかは分からぬまま――。
この日から二週間程が経ったある日、ユリスはルベルトの前から姿を消したのだった。
2026/02/01 14:42:52
#愛する貴方と「番」を解消する方法(仮題)
#愛する貴方と「番」を解消する方法(仮題)_字コンテ 17
「お加減はいかがですか」
「…………おかげさまで」
エルネストの元へ見舞いに訪れたユリスは、明らかに消沈した様子の彼に肩を竦めた。
エルネストは、案の定妊娠していた。
相手は、言うまでもなく婚約者だったアルファだ。項に噛み跡まであり、そういえば彼はいつも首の詰まった服を着ていたと思い出す。オメガが首元を隠すのはよくあることなので、気にも止めていなかったが。
ベッドの上に座り黙ったままのエルネストに、ユリスはとりあえず伝えるべき内容を口にする。
「そちらの国の方へ報告は入れています……が、妊娠初期の長距離移動は避けるべきですからね。暫くはこちらに滞在することとなるかと」
それでいいか、という意味で聞いたのだが、エルネストは自嘲するように嗤った。
「どうだか。この子がもし生まれれば、ややこしいことになる。それならいっそ、と流れることを期待して呼び戻されるかも」
投げやりな言葉にユリスは思わず眉をひそめた。
「それを許す鬼畜は、この国にはいません」
「……何故?」
「何故、って……」
「僕は他国の人間だ。それも、妊娠している可能性を黙って、この国の王太子に取り入ろうとしたような奴だぞ? 番にさせられて、避妊薬も飲ませてもらえなかった。その結果どうなるかなんて……、あんたなら分かるだろ」
「……そうですね。普通なら――」
普通なら、かなりの高確率で妊娠する。
「無理やり、だったんですか?」
エルネストはその問いに、虚を突かれたように押し黙った。そして、ぽつぽつと零すように言う。
「……『無理やり』……だったよ。でも…嬉しかった。あんなどうしようもないクズでも、僕は……彼を、愛していたから」
エルネストは玉を結んだ涙が零れ落ちる前に、それを袖で拭った。
それを黙って見つめながら、ユリスは自分とどこか似ているな、と思った。
愛しい人に触れられる喜びは、抗いがたいものだ。頭ではいけないと、駄目だと思っていても、彼が求めてくれるのならと受け入れてしまう。それが発情期なら、なおさらだ。
だが、同時にどうしようもないほど、羨望を感じる。
「――俺は、貴方が羨ましい」
思わず気持ちが口から零れ落ちると、エルネストはハッとしたように顔を上げた。
「愛する人の子供を産める、貴方が」
ユリスがそれを叶えるには、待たなければならない奇跡があまりにも多すぎるから。
#愛する貴方と「番」を解消する方法(仮題)_字コンテ 17
「お加減はいかがですか」
「…………おかげさまで」
エルネストの元へ見舞いに訪れたユリスは、明らかに消沈した様子の彼に肩を竦めた。
エルネストは、案の定妊娠していた。
相手は、言うまでもなく婚約者だったアルファだ。項に噛み跡まであり、そういえば彼はいつも首の詰まった服を着ていたと思い出す。オメガが首元を隠すのはよくあることなので、気にも止めていなかったが。
ベッドの上に座り黙ったままのエルネストに、ユリスはとりあえず伝えるべき内容を口にする。
「そちらの国の方へ報告は入れています……が、妊娠初期の長距離移動は避けるべきですからね。暫くはこちらに滞在することとなるかと」
それでいいか、という意味で聞いたのだが、エルネストは自嘲するように嗤った。
「どうだか。この子がもし生まれれば、ややこしいことになる。それならいっそ、と流れることを期待して呼び戻されるかも」
投げやりな言葉にユリスは思わず眉をひそめた。
「それを許す鬼畜は、この国にはいません」
「……何故?」
「何故、って……」
「僕は他国の人間だ。それも、妊娠している可能性を黙って、この国の王太子に取り入ろうとしたような奴だぞ? 番にさせられて、避妊薬も飲ませてもらえなかった。その結果どうなるかなんて……、あんたなら分かるだろ」
「……そうですね。普通なら――」
普通なら、かなりの高確率で妊娠する。
「無理やり、だったんですか?」
エルネストはその問いに、虚を突かれたように押し黙った。そして、ぽつぽつと零すように言う。
「……『無理やり』……だったよ。でも…嬉しかった。あんなどうしようもないクズでも、僕は……彼を、愛していたから」
エルネストは玉を結んだ涙が零れ落ちる前に、それを袖で拭った。
それを黙って見つめながら、ユリスは自分とどこか似ているな、と思った。
愛しい人に触れられる喜びは、抗いがたいものだ。頭ではいけないと、駄目だと思っていても、彼が求めてくれるのならと受け入れてしまう。それが発情期なら、なおさらだ。
だが、同時にどうしようもないほど、羨望を感じる。
「――俺は、貴方が羨ましい」
思わず気持ちが口から零れ落ちると、エルネストはハッとしたように顔を上げた。
「愛する人の子供を産める、貴方が」
ユリスがそれを叶えるには、待たなければならない奇跡があまりにも多すぎるから。
2026/02/01 14:41:57
#愛する貴方と「番」を解消する方法(仮題)
#愛する貴方と「番」を解消する方法(仮題)_字コンテ 16
予期せぬ来訪者はあったものの、ユリスがすべきことは変わらない。
と、思っていた。
「はじめまして、ユリス・ローエンベルク殿、ですよね?」
「え、と……」
ユリスは件の子息エルネストに、待ち伏せされて捕まってしまったのだった。
場所を移し、ルベルトに許可をもらったユリスは、落ち着いた態度で茶を飲むエルネストの対面に座っていた。
「それで、人払いしてまで私にお話とは?」
「分かっておられるのでは?」
にっこりと微笑まれるが、ユリスには皆目見当がつかない。
なにせ、ユリスとエルネストは今日が初対面だ。もちろん、ルベルトの最側近であるユリスの存在自体は、彼が知っていても不思議はないが――。
「何を仰ってるのか」
ユリスの返答に肩を竦めたエルネストは、カップを置いて目を眇めた。
「この国で王太子の補佐官というのは、愛人を兼任するものなのでしょうか?」
「は?」
「隠さなくても結構ですよ。以前、執務室で口付けをなさってましたよね。窓から見えました」
「なっ……」
この前のキスが見られていたのか、と動揺しそうになるが、どうにか気持ちを落ち着けると、努めて冷静に返した。
「それは殿下への侮辱と受け取っても? あの方が愛人を補佐官に任命するような、公私も分けられぬ下劣な人間だと」
「まさか! そのような意図はありませんよ。ただ、不思議だなと思いまして」
「……不思議?」
「ええ。だってそうでしょう。貴方なら、なれるでしょう? 愛人ではなく、『妃』に」
今度こそ、ユリスは固まってしまった。エルネストの発言は、確信を持っているような口振りだった。
いや、でもまだ、何を言われたわけでもない。
ユリスはふぅ、とこれみよがしに溜息をついた。
「王太子殿下が妃にお選びになるのは『異性」です。お世継ぎをお産みになれることが最低条件なのは、貴方もご存知でしょう」
「ええ、もちろん。だから言ったではないですか。『不思議だ』と。貴方はその『異性』に当てはまっているのに」
「……私が女に見えますか?」
もう、エルネストが何を言いたいのかは分かっていたが、苦し紛れに問い返す。案の定、彼はぷはっと吹き出した。
「まさか。でも、分かりますよ。むしろ、周囲が何故気付かないのかのほうが疑問です」
それは、ユリスがルベルトと番になった後に会ったからかもしれない、とは思った。
だが今はそんなことを言っている場合ではない。もう言い逃れが出来そうもない以上、どう口止めをするかだ。
「……フィロー殿の考えていらっしゃる通りだとして。とれをどうするおつもりで?」
「別にどうも。ただ私が知りたいのは、貴方が敵になるのか否か、だけです。貴方が王太子妃候補に名乗りを上げた場合、一番強力なライバルになりそうですし」
ユリスはエルネストをじっと観察して思う。
(……私が既に殿下の番であることは気付いていないのか?)
なら、やりようはあるとユリスは嘆息した。
「そういうことでしたら、ご心配には及ばないかと。私は『アルファの男』です。これまでも、これからも」
「…………そうですか」
オメガであることを公表する気はない。つまり、ルベルトの妻になることを望むこともない。
そういう意図を含ませた言葉を、エルネストは正確に読み取ってくれたらしい。
彼はにっこり笑って、ティーカップを摘んだ。
「どうやら、私の勘違いだったようで。安心しました」
彼も多少は緊張していたのだろうか。肩の力が抜けたように思える。
だが、カップを口元まで持っていった時、異変が起こった。
「っ、う゛……」
エルネストの手からカップが滑り落ち、大きな音を立てて割れる。
「フィロー殿!?」
彼は口元を抑え、青い顔をしていた。
「一体、どう――」
立ち上がったユリスはエルネストの傍まで回り込んで、はっと息を飲んだ。
単なる勘、としか言いようがない。
ユリスは周囲を見渡して、自身の副官の名を呼んだ。
「アストル!」
慌ててこちらへ駆け寄ってくる彼に、小声で指示をする。
「医者の手配……は、私がするから、彼をなるべく揺らさないように運んでやってくれ」
「は、はい。しかし……」
華奢なオメガとはいえ、エルネストは成人した男だ。運ぶだけなら衛兵など他に適任がいるだろう、という顔だ。
だが、ユリスは首を横に振った。
そして、一層蒼白な顔になっているエルネストを一瞥して、彼自身も同じ結論に至ったことを悟った。
「今は騒ぎにしたくないんだ。彼は、…………妊娠しているかもしれない」
#愛する貴方と「番」を解消する方法(仮題)_字コンテ 16
予期せぬ来訪者はあったものの、ユリスがすべきことは変わらない。
と、思っていた。
「はじめまして、ユリス・ローエンベルク殿、ですよね?」
「え、と……」
ユリスは件の子息エルネストに、待ち伏せされて捕まってしまったのだった。
場所を移し、ルベルトに許可をもらったユリスは、落ち着いた態度で茶を飲むエルネストの対面に座っていた。
「それで、人払いしてまで私にお話とは?」
「分かっておられるのでは?」
にっこりと微笑まれるが、ユリスには皆目見当がつかない。
なにせ、ユリスとエルネストは今日が初対面だ。もちろん、ルベルトの最側近であるユリスの存在自体は、彼が知っていても不思議はないが――。
「何を仰ってるのか」
ユリスの返答に肩を竦めたエルネストは、カップを置いて目を眇めた。
「この国で王太子の補佐官というのは、愛人を兼任するものなのでしょうか?」
「は?」
「隠さなくても結構ですよ。以前、執務室で口付けをなさってましたよね。窓から見えました」
「なっ……」
この前のキスが見られていたのか、と動揺しそうになるが、どうにか気持ちを落ち着けると、努めて冷静に返した。
「それは殿下への侮辱と受け取っても? あの方が愛人を補佐官に任命するような、公私も分けられぬ下劣な人間だと」
「まさか! そのような意図はありませんよ。ただ、不思議だなと思いまして」
「……不思議?」
「ええ。だってそうでしょう。貴方なら、なれるでしょう? 愛人ではなく、『妃』に」
今度こそ、ユリスは固まってしまった。エルネストの発言は、確信を持っているような口振りだった。
いや、でもまだ、何を言われたわけでもない。
ユリスはふぅ、とこれみよがしに溜息をついた。
「王太子殿下が妃にお選びになるのは『異性」です。お世継ぎをお産みになれることが最低条件なのは、貴方もご存知でしょう」
「ええ、もちろん。だから言ったではないですか。『不思議だ』と。貴方はその『異性』に当てはまっているのに」
「……私が女に見えますか?」
もう、エルネストが何を言いたいのかは分かっていたが、苦し紛れに問い返す。案の定、彼はぷはっと吹き出した。
「まさか。でも、分かりますよ。むしろ、周囲が何故気付かないのかのほうが疑問です」
それは、ユリスがルベルトと番になった後に会ったからかもしれない、とは思った。
だが今はそんなことを言っている場合ではない。もう言い逃れが出来そうもない以上、どう口止めをするかだ。
「……フィロー殿の考えていらっしゃる通りだとして。とれをどうするおつもりで?」
「別にどうも。ただ私が知りたいのは、貴方が敵になるのか否か、だけです。貴方が王太子妃候補に名乗りを上げた場合、一番強力なライバルになりそうですし」
ユリスはエルネストをじっと観察して思う。
(……私が既に殿下の番であることは気付いていないのか?)
なら、やりようはあるとユリスは嘆息した。
「そういうことでしたら、ご心配には及ばないかと。私は『アルファの男』です。これまでも、これからも」
「…………そうですか」
オメガであることを公表する気はない。つまり、ルベルトの妻になることを望むこともない。
そういう意図を含ませた言葉を、エルネストは正確に読み取ってくれたらしい。
彼はにっこり笑って、ティーカップを摘んだ。
「どうやら、私の勘違いだったようで。安心しました」
彼も多少は緊張していたのだろうか。肩の力が抜けたように思える。
だが、カップを口元まで持っていった時、異変が起こった。
「っ、う゛……」
エルネストの手からカップが滑り落ち、大きな音を立てて割れる。
「フィロー殿!?」
彼は口元を抑え、青い顔をしていた。
「一体、どう――」
立ち上がったユリスはエルネストの傍まで回り込んで、はっと息を飲んだ。
単なる勘、としか言いようがない。
ユリスは周囲を見渡して、自身の副官の名を呼んだ。
「アストル!」
慌ててこちらへ駆け寄ってくる彼に、小声で指示をする。
「医者の手配……は、私がするから、彼をなるべく揺らさないように運んでやってくれ」
「は、はい。しかし……」
華奢なオメガとはいえ、エルネストは成人した男だ。運ぶだけなら衛兵など他に適任がいるだろう、という顔だ。
だが、ユリスは首を横に振った。
そして、一層蒼白な顔になっているエルネストを一瞥して、彼自身も同じ結論に至ったことを悟った。
「今は騒ぎにしたくないんだ。彼は、…………妊娠しているかもしれない」
2026/02/01 14:40:15
#愛する貴方と「番」を解消する方法(仮題)
#愛する貴方と「番」を解消する方法(仮題)_字コンテ 15
ルベルトと共に都へ戻った翌々日。
ユリスは久し振りの出仕に少々緊張しながら、城内を歩いていた。
ちなみに昨日はルベルトから、休むよう厳命されていたため一日家にいた。発情期も明けて、身体の熱も引いており、時折己の痴態を思い出しては頭を抱えていたが、今日からは仕事で気も紛れることだろう。
「あ。アストル、ちょうど良かった」
前方に自身の副官の姿を発見して、片手を上げる。
ルベルトの番となってしまって以降、どうしてもアルファやオメガとの接触には神経質になっているユリスだが、彼はベータということもあり、あの事件以降も気軽に声をかけられる相手だった。
「ユリス様、おはようございます。……ああ、いえ。おかえりなさいませ、の方が適切でしたか?」
ユリスはくすと笑って、少し肩の力が抜けるのを感じた。
「ああ。私がいない間、ありがとう。変わったことはなかったか?」
不在にしていた一週間ばかりの期間にあったことを聞いていく。
予想通り、普段の業務上での問題はなかったようだが、話題は件のオメガ子息の話へと移る。
「それで、殿下のご様子は?」
「さあ……。私の目からは、特に変わったご様子はありませんでしたが……。ユリス様にお会いになりたいようでしたよ」
「一昨日まで毎日顔を合わせていたのに……?」
「それほど、ご信頼なさっているのでしょう」
ユリスはアストルの言葉に曖昧に微笑んだ。
その後、いくつか引き継ぎの話をしてから、ユリスはルベルトの執務室へと向かう。
「おはようございます、殿下……」
そろっと扉を開けると、ルベルトは椅子を蹴倒して立ち上がった。
「ユリス! ああ、よかった、会いたかった」
「!? ちょ、でん……」
つかつかと歩み寄ってきたルベルトに、ぎゅうっときつく抱き締められる。
愛しいアルファの匂いに満たされて、とろんと目を閉じそうになって、ハッとする。
「っ、ばか! 殿下!! 仕事!」
「んん……もう少し……」
「もう少し、じゃないっ……!」
項を指で擽られ、膝が崩折れそうになる。散々交わって馴染んだ肌がもっとと求めるが、どうにか意志の力を総動員して、ルベルトの胸を押し返した。
「も、もうこんな所で抱かれる気は無いですからね!?」
そう言うと、さすがのルベルトも手を離す。
「それは、私も無い……。これでも反省してるだ」
しょぼんと肩を落とすルベルトに、うっかり絆されそうになるが、ユリスはぶんぶんと首を振って気持ちを切り替えた。
「それより! 結局どうだったんですか。会ったんでしょう?」
「ん? ああ、フィロー子息のこと? まあ、挨拶しただけだしなぁ……」
手を引かれてルベルトの机の方まで連れて行かれると、調査資料らしき紙束を渡された。
「さすが、元王太子の婚約者というかな。身分、経歴、共に問題なし。頭脳明晰、品行方正。非の打ち所のないご子息みたいだな」
「まぁ、王族に入られる予定だったのですし、その辺りは当然ですね……」
「だな。むしろ、婚約者として不出来な王子の補佐もしていた、っていう経歴がある分、今いる候補たちより一歩抜きん出てるくらいかも」
「……随分、褒めるんですね」
さすがに面白くなくて、ついぼそりと文句を言うと、ルベルトはきょとんと目を瞬かせた。
それから、ぶはっと吹き出した。
「嫉妬してくれてる?」
「な、あ……、違います!」
「娶る気がないからこそ、気楽に評価もできるんだよ」
「そ…れは……、わかってます…………」
ルベルトはユリスの手を取って、そこにキスをする。
「私の一番はお前だよ。ほら、おいで」
「っ……」
手を広げて待ち構えられると、拒否することなどできない。
おずおずと近付くと、ぐいっと引っ張られて膝の上に乗せられてしまった。
「で、殿下……! こんなところ、見られたら……」
「大丈夫、誰も来ないよ」
「あっ……」
後頭部を掴まれて引き寄せられる。
そして、軽く触れるだけのキスをした。
それ以上触れてこようとしないのに気付いて、閉じていた目を開けると、目尻にも口付けられる。
「まぁ……、さすがにこれ以上はな。途中で止められる自信がない」
「っ~~」
じゃあ、最初からしないでください! とは、どうしても言えないユリスだった。
#愛する貴方と「番」を解消する方法(仮題)_字コンテ 15
ルベルトと共に都へ戻った翌々日。
ユリスは久し振りの出仕に少々緊張しながら、城内を歩いていた。
ちなみに昨日はルベルトから、休むよう厳命されていたため一日家にいた。発情期も明けて、身体の熱も引いており、時折己の痴態を思い出しては頭を抱えていたが、今日からは仕事で気も紛れることだろう。
「あ。アストル、ちょうど良かった」
前方に自身の副官の姿を発見して、片手を上げる。
ルベルトの番となってしまって以降、どうしてもアルファやオメガとの接触には神経質になっているユリスだが、彼はベータということもあり、あの事件以降も気軽に声をかけられる相手だった。
「ユリス様、おはようございます。……ああ、いえ。おかえりなさいませ、の方が適切でしたか?」
ユリスはくすと笑って、少し肩の力が抜けるのを感じた。
「ああ。私がいない間、ありがとう。変わったことはなかったか?」
不在にしていた一週間ばかりの期間にあったことを聞いていく。
予想通り、普段の業務上での問題はなかったようだが、話題は件のオメガ子息の話へと移る。
「それで、殿下のご様子は?」
「さあ……。私の目からは、特に変わったご様子はありませんでしたが……。ユリス様にお会いになりたいようでしたよ」
「一昨日まで毎日顔を合わせていたのに……?」
「それほど、ご信頼なさっているのでしょう」
ユリスはアストルの言葉に曖昧に微笑んだ。
その後、いくつか引き継ぎの話をしてから、ユリスはルベルトの執務室へと向かう。
「おはようございます、殿下……」
そろっと扉を開けると、ルベルトは椅子を蹴倒して立ち上がった。
「ユリス! ああ、よかった、会いたかった」
「!? ちょ、でん……」
つかつかと歩み寄ってきたルベルトに、ぎゅうっときつく抱き締められる。
愛しいアルファの匂いに満たされて、とろんと目を閉じそうになって、ハッとする。
「っ、ばか! 殿下!! 仕事!」
「んん……もう少し……」
「もう少し、じゃないっ……!」
項を指で擽られ、膝が崩折れそうになる。散々交わって馴染んだ肌がもっとと求めるが、どうにか意志の力を総動員して、ルベルトの胸を押し返した。
「も、もうこんな所で抱かれる気は無いですからね!?」
そう言うと、さすがのルベルトも手を離す。
「それは、私も無い……。これでも反省してるだ」
しょぼんと肩を落とすルベルトに、うっかり絆されそうになるが、ユリスはぶんぶんと首を振って気持ちを切り替えた。
「それより! 結局どうだったんですか。会ったんでしょう?」
「ん? ああ、フィロー子息のこと? まあ、挨拶しただけだしなぁ……」
手を引かれてルベルトの机の方まで連れて行かれると、調査資料らしき紙束を渡された。
「さすが、元王太子の婚約者というかな。身分、経歴、共に問題なし。頭脳明晰、品行方正。非の打ち所のないご子息みたいだな」
「まぁ、王族に入られる予定だったのですし、その辺りは当然ですね……」
「だな。むしろ、婚約者として不出来な王子の補佐もしていた、っていう経歴がある分、今いる候補たちより一歩抜きん出てるくらいかも」
「……随分、褒めるんですね」
さすがに面白くなくて、ついぼそりと文句を言うと、ルベルトはきょとんと目を瞬かせた。
それから、ぶはっと吹き出した。
「嫉妬してくれてる?」
「な、あ……、違います!」
「娶る気がないからこそ、気楽に評価もできるんだよ」
「そ…れは……、わかってます…………」
ルベルトはユリスの手を取って、そこにキスをする。
「私の一番はお前だよ。ほら、おいで」
「っ……」
手を広げて待ち構えられると、拒否することなどできない。
おずおずと近付くと、ぐいっと引っ張られて膝の上に乗せられてしまった。
「で、殿下……! こんなところ、見られたら……」
「大丈夫、誰も来ないよ」
「あっ……」
後頭部を掴まれて引き寄せられる。
そして、軽く触れるだけのキスをした。
それ以上触れてこようとしないのに気付いて、閉じていた目を開けると、目尻にも口付けられる。
「まぁ……、さすがにこれ以上はな。途中で止められる自信がない」
「っ~~」
じゃあ、最初からしないでください! とは、どうしても言えないユリスだった。
2026/02/01 14:38:14
#愛する貴方と「番」を解消する方法(仮題)
#愛する貴方と「番」を解消する方法(仮題)_字コンテ 14
程なくして、ルベルトは症状の落ち着いたユリスと共に、離宮を後にした。
その後、一旦ユリスとは別れ、彼は自宅へ、自分はそのまま城へと戻ることとなった。
帰還の挨拶もそこそこに、軽く身支度を整えた後は、すぐに件のオメガ子息との面会をすることとなる。
その青年が待っているという部屋まで辿り着き、部屋の中へと入る。
そこで立ち上がった彼は、オメガらしい線の細さが目を引く美青年だった。
「お会いできまして光栄に存じます、殿下。私はエルンスト・フィローと申します。どうぞ、エルンストとお呼びください」
「はじめまして、フィロー殿。遠路からよく起こしくださいました」
ルベルトがさらりと躱して微笑むと、エルンストも笑みを返した。
腹の読めない男。それがエルンストの第一印象だった。
#愛する貴方と「番」を解消する方法(仮題)_字コンテ 14
程なくして、ルベルトは症状の落ち着いたユリスと共に、離宮を後にした。
その後、一旦ユリスとは別れ、彼は自宅へ、自分はそのまま城へと戻ることとなった。
帰還の挨拶もそこそこに、軽く身支度を整えた後は、すぐに件のオメガ子息との面会をすることとなる。
その青年が待っているという部屋まで辿り着き、部屋の中へと入る。
そこで立ち上がった彼は、オメガらしい線の細さが目を引く美青年だった。
「お会いできまして光栄に存じます、殿下。私はエルンスト・フィローと申します。どうぞ、エルンストとお呼びください」
「はじめまして、フィロー殿。遠路からよく起こしくださいました」
ルベルトがさらりと躱して微笑むと、エルンストも笑みを返した。
腹の読めない男。それがエルンストの第一印象だった。
2026/02/01 14:37:14
作品一覧
改稿版更新中
玉座の憧憬 本編:小説・男女恋愛
初稿更新終了
ツンデレ王子様の結婚事情:漫画(字コンテ)・BL
玉座の憧憬 アレイスト×セレンIF:小説・男女恋愛・バッドエンド・R18・本編読了後推奨
玉座の憧憬 ロウェル×アレイストIF:小説・BL・R18・本編読了後推奨
玉座の憧憬 アレイスト×セレンIF:小説・男女恋愛・バッドエンド・R18・本編読了後推奨
玉座の憧憬 ロウェル×アレイストIF:小説・BL・R18・本編読了後推奨
初稿更新中
改稿版完結
#夢見る少年と未羽化の蝶_二章 8
「わぁ……」
レンは目の前の光景に感嘆の声を漏らした。
そこには、輝くような白い色をした大きな繭がある。
部屋の一角に、粘性の糸で天井と床が繋がれ、宙に浮くようにそれがあった。
家族全員、ただの人――蝶の民ではないレンは、繭を見ること自体初めてだ。
「すっげぇ、綺麗……」
本に載っている写真でしか見たことのなかったそれは、実際に見てみると迫力がまるで違う。
人一人が入っているのだから当然だが、繭は思っていたよりも大きく、表面には艶めくような輝きがある。
同級生たちが蛹期に入り、羽化して戻ってくるのを見るたび、その煌めきを纏うような変化に目を奪われたものだ。この繭があの変貌をもたらすのは、どこか納得だった。
中にいるのは、今年十六になる少年だそうだ。蛹化してから約二ヶ月。肉体は溶けており、再構築がはじまるよりは前の、まさに生まれ変わる途中の時期である。
つい手を伸ばしたくなって、ハッとして引っ込める。だが我慢できずに、背後で様子を見守る少年の母を見る。
「あ、あの、あの! さわっちゃ……、だめ、ですよね……?」
彼女はぱちりと目を瞬かせると、エルジュの方を向いた。
その視線を受けて、鞄から筆記具を取り出していたエルジュは、はあ、と大きな溜息をついた。
「絶対に、揺らさないなら……問題はないですよ」
レンは彼の返答にぱあっと顔を輝かせて、もう一度少年の母を見る。
彼女も苦笑して頷くのを確認すると、ぐっと拳を握った。
「ありがとうございます!!」
深々と頭を下げたレンは、さっそく――と繭に向き直る。
そおっと指を近付けて、指先で触れる。
表面はサラサラとしていて、細い糸が幾重にも重なっているためか、遠目で見るよりもデコボコしている。
少し緊張が解けて、今度は手の平を当てた。
「…………あったかい……」
人の体温より少し低いが、同じ場所にずっと手の平を当てていると、じんわりとぬくもりが伝わってくる。
本当に生きてるんだな、と改めて実感しながらそっと繭を撫でる。
「……ありがとな。元気に出てくるんだぞ」
今彼が聞こえているのかは分からないが、少年に礼を言うと、レンはそっと手を離して、ゆっくりと数歩後退した。
ふと視線を感じて顔を上げると、エルジュがこちらを見ている。
「なんですか?」
「……いえ」
ふるりと首を振った彼は、眼鏡を押し上げて繭に向き直る。
その口元がうっすらと弧を描いていたが、レンはますます不思議に思って首を傾げるのだった。