初稿置き場

こちらには、男女恋愛・BL・全年齢・R18など、雑多に置いています。
作品一覧に記載のジャンルをお読みの上、自己責任でご覧ください。
作品一覧
改稿版更新中
玉座の憧憬 本編:小説・男女恋愛(改稿版
初稿更新終了
ツンデレ王子様の結婚事情:漫画(字コンテ)・BL
玉座の憧憬 アレイスト×セレンIF:小説・男女恋愛・バッドエンド・R18本編読了後推奨
玉座の憧憬 ロウェル×アレイストIF:小説・BL・R18本編読了後推奨
初稿更新中
ツンデレ王子様の結婚事情:漫画(下書き)・BL
愛する貴方と「番」を解消する方法(仮題):漫画(字コンテ)・BL・R18
夢見る少年と未羽化の蝶 二章:小説・BL
誓約の姫:ゲームシナリオ・男女恋愛
改稿版完結
血塗れ聖女を拾ったのは:小説・男女恋愛(改稿版

#夢見る少年と未羽化の蝶
#夢見る少年と未羽化の蝶_二章 19


 研究所を出て、寮までの帰り道を辿る。
 ファルは、隣でじっと黙ったままのレンの横顔に目だけで視線を向けた。
 鞄の肩紐をきつく掴み、俯き加減で歩を進める彼が何を考えているのか、全く分からない。
 普段あっけらかんとして素直な人柄だからこそ、その何も読み取れない表情が、酷く心を落ち着かなくさせる。
 ファルはレンから視線を外し、彼とエルジュの会話を反芻する。
 所長からの伝言を聞いた時の強張った表情を見れば、レンが「研究者になること」へ迷いを感じているのは明らかだった。
 ファルはきゅっと唇を噛んだ後、意を決して口を開いた。
「なあ、レン」
「……ん、あっ? なに?」
 思考の海から急浮上したような表情に、ファルは気付かない振りをして、なんでもないように聞こえるよう軽い調子で続けた。
「夏季休暇、まだ暫く続くだろ? 今年はアカデミーも最終学年だし、近々帰省してこようと思うんだ」
「あー、たしかファルのご両親って、今王都を離れて郊外に住んでるんだっけ」
「ああ、そうだよ。……それでさ、レン」
「ん?」
 不思議そうに首を傾げるレンの方へ向いて言った。
「もしよければ、なんだけど。一緒に……来ない?」
「え?」

2026/03/14 12:58:47

#夢見る少年と未羽化の蝶
#夢見る少年と未羽化の蝶_二章 18


 記念墓地の慰霊訪問が終了し、一行は一度研究所へと戻った。
 だが、後は今後の――提出物などの諸注意を聞いた後は、体験入所が終了。解散となる流れだ。
 レンは帰る準備をしながらも、小さく溜息をついた。
 みな既にちらほらと帰途へつき、現在部屋にはレンとファル、それからエルジュしかいなかった。
「レン、そろそろ施錠しますので」
「あ、すみません!」
 エルジュの言葉に慌てて鞄を背負い、ファルと共に扉を潜る。
 最後に退室したエルジュが鍵をかける音を聞きながら、彼に一言感謝を伝えようと足を止める。
「――レン」
 だが振り向いたエルジュが口を開く方が早く、レンはぽけと口を開いたまま目を瞬かせた。
「所長からの伝言です。『この数日で君の熱意はよく伝わった。もし君がここを受けるのならば、我々は歓迎する準備を整えている』とのことです」
 それは事実上、内定が約束されたも同然の言葉だった。
 きっと少し前までのレンならば、飛び上がって喜んだはずだ。
 だが、何故か心はもやもやとして晴れないまま、小さく頷いた。
「……はい」
 よろしくお願いします、と言えばいいはずなのに。それで、長い間抱いてきた夢が叶うのに。
 だが、どうしてもそれ以上の言葉が出て来ない。
 そんなレンにエルジュは、少し目を細めた。
「それと……、ここからは私個人から、ですが――」
 レンは俯いていた顔を上げる。目が合って、エルジュが続ける。
「研究者を続けていれば、今回のようなことは発生します。もし抱えきれない……というならば無理をする必要はない、と考えます」
「…………はい」
「ですが、レン。私は貴方が良き研究者になれるとも感じていますよ」
 エルジュが淡く微笑んだのに、レンは瞠目する。
 レンが何も答えられずにいると、エルジュが続ける。
「さあ、後は自分で答えを出すことです。――また会いましょう、レン」
 レンは困惑を覚えたまま、去っていくエルジュの背中を見送るしかできなかった。

2026/03/14 11:56:14

#夢見る少年と未羽化の蝶
#夢見る少年と未羽化の蝶_二章 17


 記念墓地まで辿り着いた一行は、ここの管理人から話を聞き、その後記念碑が並ぶエリアへと足を踏み入れていた。
 ファルはゆっくりと石碑の間を歩きながら、小さく息をついた。
 いつもは祖父母の名前が刻まれた場所まで一直線に向かうため、違う道を通るのは少し景色が新鮮に映る。
 また、いつ訪れてもあまり人気のないこの場所に、何人もの人影が見えるのも不思議な気分だった。
 ファルはレン以外の体験入所者が物珍しげに石碑の間を散策するのを、少しばかり羨ましいような悲しいような気持ちで見つめる。
 アカデミーの通常課程中に授業の一環で一度は訪れているはずだが、「普通」の国民にとっては、あまり来ることのない場所だ。
 そういう生い立ちを持てたことが、ほんの少しだけ羨ましかった。
 その時、そっと傍に気配を感じて振り返る。
「……エルジュさん」
「ファル、体調はどうです。きちんと眠れていますか?」
 思わぬ質問に首を傾げながらも頷く。
「え? ええ、はい」
「なら良かったです。繭の解剖にはショックを受ける人もいます。貴方も顔色が良いとは言い難かったので」
 たしかに今回のようなことがなければ、そうそう解剖――それも羽化に失敗した被験者の肉体を見ることはない。人によってはトラウマになることもあるのだろう。
 特に一見には()()()()()()ショックを受け、途中離脱したように見えただろうから、心配ももっともだった。
「大丈夫です。そういう意味では、もう気にしていません」
「そうですか」
「あ、でも……」
 所員でもない人間が聞いてもいいことなのかと言い淀むファルに、エルジュは続きを促すように小首を傾げた。
「あの時亡くなった繭は……、その後どうなったんですか?」
 あの様子を見て、まさか「そのまま打ち捨てられている」とは思わないが、それ以外にどうなるのか見当もつかず、おそるおそる訊ねる。
 だがエルジュは、そんな事かとでも言うように軽く目を瞠って、記念墓地の奥へ視線を向けた。
「通常はご家族の元へお返ししますが……。身寄りのない場合は、事前にご本人と話し合いをします。今回の場合ですと、一定期間引き取り手が現れないことを確認した後、あそこの合祀墓へと埋葬される手筈です」
 ファルもエルジュの視線を追って、花で溢れたその墓を見る。
 元々、この国までの亡命中に命を落とすなどして、遺体もしくは骨となって辿り着いた蝶の民を埋葬する場所だったと聞いている。
 今はそういった人々も一緒にいるのだと聞いて、寂しくなくていいのかもしれないな、と思う。
「……ちゃんと、人として扱ってくれるんですね」
「当たり前でしょう。そもそも、こちらの手が及ばず死なせてしまった方でもあるんです。せめて最期くらいは最大限丁重に扱わなければ……」
「そうですよね」
 当然、という顔で言うエルジュに、どこかほっと力が抜けた。
 レンも彼らと肩を並べていくのだと思えば、それがとても嬉しい。
 ファルはふと視線を巡らせて、レンの姿を探す。
「あ……」
 彼はいつも訪れるファルの祖父母の名前を前に、じっと立ち竦んでいた。
「……エルジュさん」
 エルジュが目を瞬かせる。
「レンは……、研究者になりますよね……?」
 エルジュがレンの姿を捉え、目を眇めた。
「……それは彼次第でしょう」
 彼の返答は曖昧だった。
 それは、入所への面接や試験について言っているのか、それともレンの心の内についてを言っているのか――。
 もしもレンの目標が変わってしまったのなら、ファルはきっとそれでも彼の選択を尊重するだろう。
 けれど――、もし、自身の過去やそれを吐露したことが、夢を叶えることを躊躇わせているのだとすれば……。
 それは耐え難いほどやり切れない。
 ファルはきゅっと拳を握って、レンの沈んだ横顔を見つめるのだった。

2026/03/13 13:37:49

#夢見る少年と未羽化の蝶
#夢見る少年と未羽化の蝶_二章 16


 いつもはレンと二人で歩く記念墓地までの道を、今日は大所帯で辿る。
 ファルは吹き抜ける冷たさの混じる風に目を細めた。
 先導する研究所の所長だという男の後をついて歩きながらも、彼の声は耳を素通りしてゆく。
 蝶の民研究所の体験入所――最終日。
 研究所の所員たちと共に、ファル、レン、そして残りの体験入所者三人は、王都の外れにある記念墓地に訪れていた。
 研究者という道を選ぶのなら、決して避けては通れない、非道な研究の犠牲となった人々についての話。それらを訥々と語る所長の言葉を聞き流しながら、空を見上げる。
 実際その「非道な研究」が行われていた現場にいた過去を持つファルとしては、彼の言葉はやはりどこか現実感に欠けている。
 実際に経験したことではないから当然といえば当然だろう。
 それに今のファルには、それ以上に気にかかることがあった。
 隣へチラと視線を向ける。
 普段ならば真剣な顔で、それらの言葉を聞いているであろうレンのことだ。
 だが彼もどこか上の空な様子で、だが同時に深く思い悩むような表情もしている。
「……、」
 ファルはそんな彼に声をかけようか迷って、やはり口を閉じた。
 こうして口を噤むのも、レンが思い詰めた表情をしているのも今にはじまったことではない。
 死亡した繭の解剖を見た日――いや、ファルが過去を語ったあの時から、もうずっとその表情が晴れないのだ。
 やっぱり僕のせいだろうか――。
 ファルはそんな罪悪感にチクチクと蝕まれている。
 今彼が何を考えているのかは、何度も聞こうとして聞けず、正確なところは分からない。
 だが、その表情が曇るきっかけとなったのは、間違いなくファルが過去を吐露してしまったせいだろう。
 はじめは、「ファルを体験入所に誘ってしまった」とでも後悔しているのかと思っていた。だが、彼の誘いを受けたのも、解剖に立ち会うと決断したのもファル自身だ。レンを責めるつもりもないし、彼がもし謝罪でもしてこようものなら、そう伝えるつもりだった。
 だが、沈んだ様子を見せるようになって一日が経ち、二日が経ち――、もしかするとレンが思い悩むのは違う点なのかもしれないと思うようになった。
 それが「何」なのかまでは分からなかったが。
 自分はレンの存在に、とても救われている。
 繭の臭いを契機に蘇った記憶は、決して愉快なものではない。それでも、そのことについて一種の区切りが付けられているのは、あの日、あの時に、彼が傍でじっと話を聞いてくれたからだ。
 そんなレンが悩みを抱えているのならば、自分も支えたいと思うのは当然だった。
 だが不用意に訊ねてしまえば、「悩んでいる」ということすら隠されてしまうのではないかと怖くて聞けずにいる。
「――レン、行こう。置いていかれそうだ」
 自然と遅くなっていた歩調のせいで、前方を進む一行と、少しばかり距離ができていた。
 ファルが声をかけると、レンがハッとしたように顔を上げる。
「あ、そうだな。ごめん」
 早足で歩きはじめた彼の背中を、ファルは見つめるしかできないでいた。

2026/03/11 12:04:57

#夢見る少年と未羽化の蝶
#夢見る少年と未羽化の蝶_二章 15


 深夜。
 碌に眠れぬまま目を覚ましたレンは、すやすやと寝息を立てるファルを横目に、部屋をそっと抜け出した。
 あまりにも眠れないため、水でも飲もう――と思ったはずだったが、足は食堂の方ではなく外へと向かう。
 通常課程の頃とは違い、門限も出入りの制限もあってないような上級課程の寮は、まだ人の気配がする。
 建物の外まで出て上を見上げれば、一つ二つ、まだ明かりのついている部屋が見えた。
 今のレンのように眠れない人がいるのか、それとも逆に寝落ちしてしまったまま、消灯していないだけだろうか。
 そんなことを考えながら、寮の周囲をゆっくりと歩く。
 今日は本当に色々なことがあった。
 死にかけた繭を救い、解剖を見て――、
「っ……」
 耳にファルの叫びが木霊する。
 レンは無意識に足を止め、俯いて唇を噛んだ。
 あの後、一通り吐き出せたからか随分すっきりした様子のファルと共に、所員への挨拶だけをしてすぐ帰宅した。
 彼らは自分たちが解剖にショックを受けたのだろうと考えてか、あまり気にしないようにと声をかけてくれた。
 たしかに、覚悟が足りていなかったとレンは感じている。
 だがそれは、所員たちが懸念した点についてではない。
 ……エルジュだけは何か思うところがあったのか、そういった声かけをすることはなかったが。
 レンは小さく溜息をつき、暗い空をぼんやりと見上げる。
 番号で呼ばれる実験体。非人道的な行為が常態的に行われる環境で生きていたファル。その心に刻まれた傷は、レンが想像しているよりも、ずっとずっと深い。
 そして、同じような傷を抱える人々は、ファル以外にもこの国に沢山生きて、生活をしている。
 ファルと共に定期的に訪れるようになった、他国で犠牲となった蝶の民を弔う記念墓地の光景を思い出す。
 あそこに刻まれる名前は、今もなお増えているのだ。
 蝶の民の研究者になるということは、彼らと、今生きる人々の思いを受け止め、共に未来へ繋いでいくということ。
 その、覚悟がなかった――。
 レンには彼らの気持ちを真に理解できる日は来ない。ましてや、自分は「蝶の民」ですらない。
 俺が軽々しく踏み込んでいい世界なのだろうか……。
 憧れだけではままならない。
 その現実がレンを深く思い悩ませていた。

2026/03/04 12:07:51

#夢見る少年と未羽化の蝶
#夢見る少年と未羽化の蝶_二章 14


 建物の外に出たレンは、座れる場所を探して視線を巡らせた。
 丁度、裏手の方にベンチを発見して、ファルを座らせると自分も隣に座る。
 黙って俯いたままのファルの背を、空いた手でそっと撫でる。
 そうしていると、少しずつ握り締める力が緩んでくるのが分かった。
「……大丈夫か?」
 そっと声をかけると、ようやく彼の顔がゆっくりと上げられて、こちらを向く。先程の虚ろな目で派なくなっていることにほっとしながら、レンは背を撫で続けた。
 ファルはレンの言葉には答えず、すっと遠くの空を見る。
「――同じ、牢にいたおじさんだった」
 唐突に話しはじめたファルの言葉を、レンは黙ったまま頷いて続きを促す。
「名前は知らない。あそこじゃ、番号で呼ばれるのが普通で……八十六って呼ばれてた人だった」
「……うん」
「優しい人でさ。僕も、大好きだった。でもある日、帰ってこなくなった」
 ファルは坦々と続ける。
「一週間経って、二週間経って……。きっと殺されてしまったんだ、って諦めた。急に人が消えるのも、普通のことだったから」
 言葉を切ったファルは、上げていた顔を伏せて続けた。
「その日、連れていかれた部屋で……、()()()()がしたんだ」
 レンは、背を撫でる手を思わず止めてしまった。
「そこには筋肉と骨が露出した『何か』があった。かろうじて大人の人間なのはわかったけど、表皮は全部溶けてて、誰かなんて分かったもんじゃない。――分からない方が、よかった……っ」
 握られた手に、再度力が籠る。
 レンはかける言葉が見つからないまま、ファルの叫びを聞くしかなかった。
「あの『肉塊』を、奴らは八十六番って呼んだんだ……!!」
 指の骨が砕けるんじゃないか、と思うほど強い力で手が握り締められる。
 痛かった。けれど、ファルの心を襲っているであろう痛みに比べれば、どれほどのものだろうかとも思う。
「……ファル」
 背に回した手で彼の肩を引き寄せ抱きしめる。
「ごめんな」
 軽い気持ちで彼の傷を抉るような場所に誘ってしまったことへの謝罪だった。
 自身の肩に彼の頭を引き寄せて、そのまま髪を撫でる。
 今できることが、これくらいしか思い浮かばなかったからだ。
 ファルは空いた手をレンの背に回して、ぎゅっと縋りつくように服を掴んだ。
 そして、ぽつりと言う。
「レンが謝ることじゃないだろ……」
「……そーだな」
 それでも握り締められた手も、抱擁も、解かれることはなかった。

2026/02/03 00:10:59

#夢見る少年と未羽化の蝶
#夢見る少年と未羽化の蝶_二章 13


 レンたちは研究所の奥へ奥へと向かうエルジュの後をひたすら追っていた。
 初日の案内では訪れなかった区画で、薬品のような何かの臭いがする。
 渡されたマスクと髪を覆う帽子とを身に付け、そこに白衣を纏ったエルジュについて、ようやく解剖室へと辿り着く。
「戻りました」
 そう声をかけて入室したエルジュに続き、レンはそろりと中へ足を踏み入れる。
「っ……」
 マスク越しにも感じた臭気に息を飲む。腐臭にような、それでいて微かに甘みのある――嗅いだことのない臭いだった。
「これ……」
「羽化に失敗した繭の、中身の臭いです」
 エルジュが囁き声で説明をする。彼に、こちらへと促されて、部屋の中央へと足を向けた。
 そこには人ひとりが乗りそうな台と、それを囲むように三人の所員がいた。
「……? 他のみんなは……」
 レンの疑問に所員の一人が首を振った。どうやら、立ち合いをせずに帰ったようだ。
 だが、台に乗せられた人物を見た時、レンは彼らの選択が正しい、と思ってしまった。
「――っ!」
 思わず口元を手で覆って、飛び出しかけた悲鳴を飲み込んだ。
 頭と、胴体は、確かに人のそれだ。そこだけ見れば眠っているだけのようにも見える。
 しかし、その手足は――、途中で溶けて消えてしまったかのように無くなっている。右腕は肘まであるが、その先は筋肉と骨が剥き出しで、手首から先がない。左腕は肩の付け根から存在せず、右足は膝まであるものの、中の骨や肉が未形成なのか、重力に従って半液状のように広がっている。左足は足首から先が無かった。
「繭の中では、生命維持器官以外が溶ます。そして、再び肉体が形成される際は、脳や内臓といった場所から再構築されるんです」
「ああ、だから手足が……」
 人間の肉体にとって重要な器官から再構成され、その後に四肢が形成される。だから、その過程で死んでしまった蝶の民は、このような状態になるのだろう。
「――では、はじめましょうか」
 所員の一人が口を開き、黙祷をはじめる。レンもそれに続いて、目を閉じた。
 暫しの沈黙が過ぎレンが目を開くと、台の傍にいた人々もぱらぱらと動きはじめていた。
 手術で使うようなメスと鉗子、それからハサミのようなものが主な道具のようだ。
 レンは邪魔をしないように一歩離れて、解剖の様子を見守る。
 体表の状態などの記録を取った後は、メスが胸部や頭蓋を通り、中身が露出していく。所員はそれらを観察し、何かの長さを測ったり、細々と何かを書き付けていた。
 レンはもちろん、通常の人間の解剖も見たことはないので、どこが違っていて、どこが同じなのかもよく分からない。だが、ふと疑問を覚えて隣でついていてくれるエルジュに、声を潜めて問いかけた。
「あの……、骨とかってどうなってるんです?」
 ただの小さな薄い刃物でしかないメスが頭蓋骨を割き、小さなハサミが肋骨を切断する様子は、素人目にも異様だ。
 切れ味がすごくいい魔導具? いや、というよりも――
「なんか、すごく柔らかそうに見える、というか」
 レンがそう言うと、エルジュが頷いて答える。
「その通りです。羽化前の肉体は、平常時より脆く壊れやすい。骨も羽化寸前まで、殆ど強度がないんですよ」
「へぇ……」
 蝶の民はあらためて不思議な生態をしているな、と思う。
 彼らの羽化を「生まれなおし」などとも表現することはあるが、母体の胎内で行われる肉体の形成とは、まるで違うもののようだ。
 その時、鉗子の一本が所員の手から滑り落ち、カシャンッと耳障りな音を立てて床にぶつかった。
「っ!?」
 その音と同時に、後ろから手を掴まれて、レンはビクッと肩を跳ねさせた。
「いっ、……ファル?」
 強い力で掴まれ、小さく呻きながら背後を振り返る。
 俯いた彼の顔を覗き込む。
「ファル……?」
 顔色が先程よりも悪い。瞳孔が開いていて、焦点が合っていなかった。
 なのに、手を掴む力だけは強く、まるで……助けを求めているようだと感じてしまう。
 レンはきゅっと唇を噛むと、顔を上げた。
「すみません。俺たち、少し外の空気を吸ってきます」
 ファルの手を引いて、部屋を出る。
 どうしてここにファルを連れてきてしまったんだろう。
 そんな後悔をしながら。

2026/02/03 00:09:37

#夢見る少年と未羽化の蝶
#夢見る少年と未羽化の蝶_二章 12


 レンたちは羽化した少年を医師へと引き継いだ後、ようやく外へと出た。
 一時は生存も危ぶまれた少年だったが、今のところ大きな問題もないようだった。正確なところはこれからはっきりするだろが、エルジュによると、身体に機能面の障害が発生しているならば、既に分かる形で出ていることが多いらしい。
 つまり、ひとまずは安心して良いとのことで、レンもファルもほっとしていた。
 少年の家を出たあと、エルジュがすぐに通信用の魔導具で研究所と連絡を取りはじめた。小型の通信装置はまだまだ高価なものなのだが、こういった不測の事態に備えて、外回りの際には携帯を義務化されているようだった。
「――ええ、はい。彼は無事……、はい。はい……、え?」
 エルジュの視線がこちらを向き、レンとファルは顔を見合わせる。
 程なくして通信を終わらせたエルジュに、レンが問いかけた。
「あの、何かありましたか?」
「ええ……。……先程、研究所にてお預かりしていた繭が一人、亡くなられました」
「――っ!」
 蝶の民にも、遺伝病のようなものと言えばいいのか、家系的に羽化時に問題が発生しやすい血筋の者がいるらしい。そういった人々の中には生存率を上げるために研究所内での経過観察を望む場合があるという。そんな幾人かの内の一人が亡くなった、という報告だった。
 レンたちが言葉を失っていると、エルジュが静かに口を開いた。
「魔素の影響なのか……、こういった異常が同時に発生することは稀にあります。先程の彼は助けられましたが――、手を尽くしても力が及ばないこともあるのが現実です」
 エルジュは通信の魔導具を鞄にしまってから、レンたちを順に見た。
「これから、死亡した被験者の解剖が行われます」
 隣でファルがひゅっと息を飲んだ。
「レン、貴方は入所を希望していましたね?」
「は、はい」
「所長が体験入所者の立ち合いを許可しています。今後、貴方が研究者の道を進むのならば、見ておくべきかと」
「――はい」
 羽化できずに死んでしまった被験者を見る――。そのことに、恐怖を感じないわけではなかった。
 だが、エルジュの言う通りだ。目を逸らすべきではない。
 レンがしっかりと頷くと、エルジュが頷き返してから、今度はファルの方を見た。
「ファル」
「…………はい」
 彼は見るからに青褪めていて、顔色が悪かった。
「これは、体験入所のプログラムには含まれていません。立ち合いを希望しないのであれば、ここで帰っても何も問題ありませんよ。……どうしますか」
「ファル……」
 レンの名を呼ぶ声も聞こえていないのか、ファルは青い顔のままエルジュを見ていた。
 このまま帰った方がいいのではないか。
 レンはそう思ったが、ファルは不意にぎゅっと目を閉じて息をはくと、再び顔を上げた。
「……行きます」
 エルジュの目が少しだけ見開かれる。彼もレンと同じく、帰宅を選択すると予測していたのだろう。
 だが、ファルの覚悟をした目を見て、二度は聞かなかった。
「わかりました。では二人とも、戻りましょう」
 足早に研究所への道を戻るエルジュの後を追う。
 レンはファルに何も声をかけられぬまま、無言で歩を進めるのだった。

2026/02/03 00:08:19

#誓約の姫 分岐2-A
A:「じゃあ、部屋で刺繍でもしているわ」


//背景:主人公部屋・夕

マリアはオリヴィエの用意してくれた刺繍に取りかかった。
感嘆されるほど上手くもなければ、何を刺しているか分からないほど下手でもない、いたって普通の腕前だが、ぼんやり考え事をするには、丁度いい。
季節に合わせて、落ち葉でも刺そうかと、橙色の糸を手に取ったところで、エゼルが茶器を持って、部屋に入ってきた。

マリア「ありがとう、エゼル。昼間はほとんど残してしまってごめんなさいね」
エゼル「いえ。お嬢様の責任ではございませんので」

それきりエゼルは黙ってしまったが、今はその沈黙が妙に心地よかった。
茶を注ぐ音が止まり、そっとカップが傍に置かれる。
マリアは、退室しようとするエゼルの背中に声をかけた。

マリア「ねぇ、エゼル」
エゼル「はい」

彼が足を止めて振り返る。

マリア「私、王太子殿下と婚約したの」
エゼル「はい」
マリア「知ってた?」
エゼル「はい」

坦々とした返答に、マリアはどこか落ち着かないものを感じて、問いを重ねた。

マリア「皆、知っていたのかしら」
エゼル「『皆』が、どの範囲を示すのかは分かりませんが、おそらく」
マリア「……お父様も、以前から知っていらっしゃったのよね」
エゼル「家長である旦那様がご存じないとは考えられかねます」
マリア「そうよね……」
マリア「どうして、教えてくれなかったのだと思う……?」
エゼル「…………」

エゼル
「旦那様のご配慮かと。確定事項でないことをお耳に入れて、お嬢様を混乱させたくなかったのでは、と愚考いたします。旦那様は……、お嬢様のことを、大切に思っていらっしゃいますから


分岐2-1
A:「そうだと……、嬉しいわね」
B:「……そうかしら」


分岐2-1-A
A:「そうだと……、嬉しいわね」


エゼル「きっと、そうです」

マリア(今、エゼルが笑った……?)

//エゼル:通常

マリア(気のせい、かしら……?)

珍しい彼の表情に、呆然としていたマリアは、自分が針を持っていたことを忘れてしまっていた。

マリア「――――いっ!」

思い出したのは、指先に鋭い痛みが走った後だ。

エゼル「お嬢様!」
マリア「え……」

//スチル:執事ルート分岐前(血の滲んだマリアの指先に、ハンカチを当てるエゼル)

マリア「あ、あの、エゼル……」

彼があんな声を出したのを聞いたのは、初めてかもしれない。指先にぷくりと浮かぶ血よりも、そちらの方に驚いて、固まってしまう。

エゼル「失礼いたしました。すぐに手当てを」

エゼルはサッと立ち上がると、手当ての道具を持ってくると言って、部屋を立ち去った。

マリア「……今日は、珍しいことばかりだわ」

不思議なことをあるものだと、マリアはエゼルが戻ってくるまでの間、ぼんやりと彼が出て行った扉を見つめていた。


分岐2-1-B
B:「……そうかしら」


マリア「王太子妃なんていう荷の重いもの、私が嫌がるとでも思ったのではないかしら……」
エゼル「…………、質問は以上でしょうか」
マリア「え、ええ。ごめんなさい。呼び止めてしまって」
エゼル「いえ。それでは、失礼いたします」

立ち去っていくエゼルを見送り、マリアは小さく溜息をついた。

マリア「もう少し、打ち解けてほしい……。そう思うのは、我儘なのかしら」

マリアは一人になった部屋で、刺繍を再開した。

2026/02/01 15:26:00

#誓約の姫 政略結婚について

//背景:主人公部屋・夕

オリヴィエ「お帰りなさいませ、お嬢様」
マリア「オリヴィエ……」

自邸へと戻ってきたマリアは、オリヴィエの笑顔にほっとしたような、泣きたいような気持ちになる。

マリア「みんな、今回のこと知っていたのね?」
オリヴィエ「……そう、ですね。王太子殿下の想いに、気付いてらっしゃった方は多いかと」
マリア「私、全く知らなかったわ……」
オリヴィエ「お嬢様……」

どこか、自分だけが置いて行かれたような。
マリアはそんな気持ちでいっぱいだった。
ハインからの言葉も、上手く呑み込めないままだ。彼の言葉は優しかったけれど、一言も「断っていい」とは言わなかった。
王太子と公爵家の縁談。これは紛れもない「政略結婚」で、そこにマリア個人の意思は関係ない。

マリア「…………」
オリヴィエ「お嬢様」
マリア「なあに?」
オリヴィエ「王太子殿下との婚姻は……、お嫌ですか?」
マリア「……!」


分岐1
A:「……仕方がないことよ」
B:「正直に言うならば、嫌……なのかもしれないわ」


分岐1-A
A:「……仕方がないことよ」

マリア「だってそうでしょう?お父様が決めたことだもの」
オリヴィエ「そんな……」
マリア「いいのよ、オリヴィエ」
マリア「それに、王太子殿下に望まれて嫁ぐことができるだなんて、きっと幸せなことだわ」

それに彼は知らぬ相手でもない。誰とも知れぬ人間を夫にするよりは、よほど幸せになれるはずだ。
ただ、自身の気持ちが付いて来ていない、というだけで。


分岐1-B
B:「正直に言うならば、嫌……なのかもしれないわ」

マリア「だって、これまで一度だって、ハイン殿下のことを、そんな風に見たことがないのだもの……」

よく考えれば、公爵家の姫として王太子に嫁ぐ、というのは特段奇異なことではない。
だが、そのことを意識せずに来たのは、国王の妹――当時は王女だった母が、アシュフォード家に降嫁しており、マリアまで王家に嫁げば、この家があまりに王家と近くなってしまう、と危惧されていたからだ。
しかしハインは、それを押してまで、自身を妃にと望んでくれた――。
そのこと自体は「嫌」ではないけれど、これからどう変わっていってしまうのか、それが分からなくて、少し怖い……。


分岐終了
オリヴィエ「お嬢様……」

オリヴィエ「そうです。少し気晴らしでもなさったらいかがでしょう?」
マリア「そうね……」


分岐2
A:「じゃあ、部屋で刺繍でもしているわ」
B:「だったら、少し庭を散歩でもしようかしら」
C:「でも今日は疲れたから、もう休むわね」

オリヴィエ「わかりました。では、お支度を――」

2026/02/01 15:11:10

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