初稿置き場

#夢見る少年と未羽化の蝶
#夢見る少年と未羽化の蝶_二章 28


「こうしてると、昔を思い出すよな――」
 レンの口にした何気ない一言で、二人はアカデミー近くの丘まで来ていた。
 通常課程の一年目、春の成果発表会の後、二人で訪れたあの場所だ。
 あの日と違い、今日は何でもない平日であるため、目の前にはただ暗い校舎が見えるばかりだ。
 グラスと酒瓶だけ持ったレンたちは、あの日と同じ場所に腰を下ろして、広がる闇夜を見つめた。
 何も見えはしない。だが、きっとどちらもあの日の光景が目蓋の裏には浮かんでいる。
「あれから七年も経ったとか、信じらんないな」
 レンはグラスの酒をちびりと啜って、ひとり言のように呟く。
 あの時はファルとこうして二人でいるなんて、こんなにも長い付き合いになるなんて、想像もしていなかった。
 だが、いつの間にか彼が傍にいることが当たり前になって――、来年からは否応なく距離が離れてしまうことが信じられない。
 同じ王都にいる。会うことは十分可能だ。けれど、今ほどの距離ではいられないだろう。
 それが無性に寂しい。
 お互い希望する進路を掴めたのだから、喜ばしいことなのに。
「なあ、ファル……、ファル?」
 反応が無いことを訝しんで、レンは傍らに視線を向けた。
 その時、ファルの手からグラスが滑り落ちて、中の液体を撒き散らしながら草の上を転がっていく。
「あ……」
 ファルの口から吐息のような声が漏れた。
 レンも顔を上げ――、息を飲む。
「ファル、お前……」
 彼の髪から綺麗に色が抜けて、夜の闇に浮かんで見えた。いや、髪だけではない。目も、肌からも色が抜けていっている。
 知識としては知っていた。だが――、目の前で実際に見るのは衝撃が違う。
「レン……、僕は」
「――大丈夫だ。行こう」
 レンはファルの手を引いて、アカデミーのそ(・)れ(・)専用の区画に向かった。
 レンは彼の手を強く握りそうになって、慌てて力を抜く。今の状態の肉体が、どの程度の強度を持っているのか、レンには分からなかったからだ。
 ――ああ、こんなに早く別れが来るなんて。
 卒業までもう幾ばくもない。ファルはおそらく、卒業式への出席は出来ないだろう。
 レンは自身の身勝手な寂しさから湧く気持ちを振り払うように首を振って、ファルの方へ振り返った。
 彼のことを思えば、「今」なのは良いことなのだ。アカデミーというサポート体制が整った場所にいる間であったことは、幸運でしかない。
 だから、レンは笑った。
「良かったな、ファル」
 色の抜ける髪は、蛹化がはじまった証。
 彼は蛹になって生まれ変わる。
 ようやく待ち望んでいた羽化が、その身に起こるのだ。
「…………ありがとう、レン」
 ファルが再び目を覚ます頃、レンはもうアカデミーにはいない。
 次に会えるのは一体いつになるのか――。
 レンは胸に湧く不安を押し込めて、ただ笑ってファルの手を引いた。

2026/10/14 01:42:27

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