初稿置き場
#夢見る少年と未羽化の蝶
#夢見る少年と未羽化の蝶_挿話3
3
明るく活発で人好きのする青年――。
エルジュだけではなく、レンと出会った多くの者は、彼をそう称するだろうと思う。
悪い人物ではないのだろう。それくらいはエルジュにも分かる。
だが、それでもエルジュは彼が少し「苦手」だと感じていた。
人との距離を詰めるのが上手く、ああいった性格ならばきっとどこへ行っても上手く溶け込めるのだろうと思う。そしてそれは、エルジュには無い特性であり、気後れするというのは大きい。
だがそれ以上に、彼を見ていると――思い出してしまうのだ。自身が過去に失った、親友のことを。
顔形は似ても似つかないのに、どこか重なって見える。それがほんの少し寂しくて、何故か苛立ちを覚えるのだ。レンにとっては、見当違いで理不尽もいいところだというのは理解しているが、その感情が消えるわけではない。
そんなやるせのない感情を抱えたまま数日が経ち、座学の日程が終了した。
講義に関しては正直なところ――、学生にとって面白さを感じるようなものに出来たとは言い難かった。
そんな中でもレンだけは毎日、目をキラキラさせて一心に聞いてくれるのだ。
彼に対して好意的に思う気持ちと、一層苛立たしい気持ちとが、エルジュの中でますます膨れ上がっている。
体験入所の四日目になり、蛹期の被験者宅へ学生たちを連れて行くという段になっても――、苛立ちの原因はいまだ掴めぬままだった。
「……レン、貴方はくれぐれも出先で、はしゃがないように」
研究所の門前で、エルジュは――自分でもどうかと思うくらい――つっけんどんに、レンへ注意をしてから出発した。
目的地までの道すがら、エルジュはこれからの流れを反芻しつつも、その傍らではレンと、彼に感じる苛立ちとについて思考を巡らせていた。
だがやはり答えは出ないまま、現地へと到着してしまい、エルジュはレンともう一人の体験入所者であるファルとを伴って、家の中へと入った。
そこはもう何度か訪ねている場所であるため、迷いなく廊下を進むと繭のある部屋まで辿り着いた。
見た目に変化が無いことを確認しながら、その繭の傍に持参した鞄を広げる。中には試薬や試験管など、簡単な検査キットが収められている。危険度の高い繭であれば、それ以外にも羽化に必要な魔素の循環を促す薬品やなど、諸々の処置を施す道具も持ってくることもある。だが今回の繭は現状、経過観察のみであるため、基本的なものだけ用意していた。
エルジュが繭の採取をするための準備をしている後ろで、レンは興奮を隠しきれない顔で、繭を見つめている。
そろりと近寄って、手を伸ばしかけたようだが、ハッとしてそれを引っ込めるのを横目で確認して、止めようと声を上げかけた口を閉じた。
「あ、あの、あの! さわっちゃ……、だめ、ですよね……?」
レンに問いかけられた被験者の母親から確認の視線を感じて、エルジュは溜息をつく。
「絶対に、揺らさないなら……問題はないですよ」
「ありがとうございます!!」
体験入所の管理者としては、被験者に害さえ及ばないのであれば、学生の意欲的な行動は歓迎すべきなのだ。
だからこそ、念入りに釘を刺して許可したエルジュだが、心の中ではもやもやしたものが燻っているのも感じていた。
鞄から筆記具を出そうとしていた手を止めて、レンの動作を注視する。
彼はゆっくり繭へと近付くと、まるで――触れれば消えてしまうとでも思っているかのように、慎重な動きでその表面に指先で触れた。それによって少しは安心したのか、今度は手の平を這わせる。
だが、そのどちらもがとても優しい手付きで、その表情も緊張を滲ませつつではあったが、やわらかなものだった。
それを見て、エルジュは小さく息をついた。
この青年は――、本当に蝶の民を愛しているのだ、と。
エルジュは暫し瞑目する。そして次に目を開けた時、レンの姿はこれまでのように親友と重なって見えることはなくなっていた。
それに気付いて、そうか――と思った。
自分はずっと、親友の死を受け入れられていなかったのだ。蛹となりそのまま姿を消してしまった彼が、本当はまだ羽化していないだけで、いつか……いつか戻ってくるのではないか、と。
葬儀にも出席した。繭から取り出された、眠るような穏やかな顔を見た。墓にだって時折訪れる。なのに、いつか――と。
レンを見て苛立ったのは、似ていないくせに、どこか思い出させるそんな振る舞いが、「もう彼はいないのだ」と訴えかけるように感じたからだろう。
君は、もう戻ってこないんだな――。
それを心の底から理解する。
だが、どこか晴れやかな気分だった。
「――なんですか?」
繭から一歩後退したレンが、エルジュの視線に気付いてか首を傾げる。
「……いえ」
なんでもないと首を振り、だがそのままレンを見ているのも気恥ずかしくて繭の方を向いた。
エルジュは心の中で、亡き親友の名前を呼ぶ。
それから、彼が示してくれたこの研究者という道を、これからも精一杯歩んでいくと、再度心に誓った。
そしてきっと――その道を歩む仲間の一人に、レンも加わるのだろう。
そんな確かな予感を感じていた。
2026/10/23 11:40:27
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明るく活発で人好きのする青年――。
エルジュだけではなく、レンと出会った多くの者は、彼をそう称するだろうと思う。
悪い人物ではないのだろう。それくらいはエルジュにも分かる。
だが、それでもエルジュは彼が少し「苦手」だと感じていた。
人との距離を詰めるのが上手く、ああいった性格ならばきっとどこへ行っても上手く溶け込めるのだろうと思う。そしてそれは、エルジュには無い特性であり、気後れするというのは大きい。
だがそれ以上に、彼を見ていると――思い出してしまうのだ。自身が過去に失った、親友のことを。
顔形は似ても似つかないのに、どこか重なって見える。それがほんの少し寂しくて、何故か苛立ちを覚えるのだ。レンにとっては、見当違いで理不尽もいいところだというのは理解しているが、その感情が消えるわけではない。
そんなやるせのない感情を抱えたまま数日が経ち、座学の日程が終了した。
講義に関しては正直なところ――、学生にとって面白さを感じるようなものに出来たとは言い難かった。
そんな中でもレンだけは毎日、目をキラキラさせて一心に聞いてくれるのだ。
彼に対して好意的に思う気持ちと、一層苛立たしい気持ちとが、エルジュの中でますます膨れ上がっている。
体験入所の四日目になり、蛹期の被験者宅へ学生たちを連れて行くという段になっても――、苛立ちの原因はいまだ掴めぬままだった。
「……レン、貴方はくれぐれも出先で、はしゃがないように」
研究所の門前で、エルジュは――自分でもどうかと思うくらい――つっけんどんに、レンへ注意をしてから出発した。
目的地までの道すがら、エルジュはこれからの流れを反芻しつつも、その傍らではレンと、彼に感じる苛立ちとについて思考を巡らせていた。
だがやはり答えは出ないまま、現地へと到着してしまい、エルジュはレンともう一人の体験入所者であるファルとを伴って、家の中へと入った。
そこはもう何度か訪ねている場所であるため、迷いなく廊下を進むと繭のある部屋まで辿り着いた。
見た目に変化が無いことを確認しながら、その繭の傍に持参した鞄を広げる。中には試薬や試験管など、簡単な検査キットが収められている。危険度の高い繭であれば、それ以外にも羽化に必要な魔素の循環を促す薬品やなど、諸々の処置を施す道具も持ってくることもある。だが今回の繭は現状、経過観察のみであるため、基本的なものだけ用意していた。
エルジュが繭の採取をするための準備をしている後ろで、レンは興奮を隠しきれない顔で、繭を見つめている。
そろりと近寄って、手を伸ばしかけたようだが、ハッとしてそれを引っ込めるのを横目で確認して、止めようと声を上げかけた口を閉じた。
「あ、あの、あの! さわっちゃ……、だめ、ですよね……?」
レンに問いかけられた被験者の母親から確認の視線を感じて、エルジュは溜息をつく。
「絶対に、揺らさないなら……問題はないですよ」
「ありがとうございます!!」
体験入所の管理者としては、被験者に害さえ及ばないのであれば、学生の意欲的な行動は歓迎すべきなのだ。
だからこそ、念入りに釘を刺して許可したエルジュだが、心の中ではもやもやしたものが燻っているのも感じていた。
鞄から筆記具を出そうとしていた手を止めて、レンの動作を注視する。
彼はゆっくり繭へと近付くと、まるで――触れれば消えてしまうとでも思っているかのように、慎重な動きでその表面に指先で触れた。それによって少しは安心したのか、今度は手の平を這わせる。
だが、そのどちらもがとても優しい手付きで、その表情も緊張を滲ませつつではあったが、やわらかなものだった。
それを見て、エルジュは小さく息をついた。
この青年は――、本当に蝶の民を愛しているのだ、と。
エルジュは暫し瞑目する。そして次に目を開けた時、レンの姿はこれまでのように親友と重なって見えることはなくなっていた。
それに気付いて、そうか――と思った。
自分はずっと、親友の死を受け入れられていなかったのだ。蛹となりそのまま姿を消してしまった彼が、本当はまだ羽化していないだけで、いつか……いつか戻ってくるのではないか、と。
葬儀にも出席した。繭から取り出された、眠るような穏やかな顔を見た。墓にだって時折訪れる。なのに、いつか――と。
レンを見て苛立ったのは、似ていないくせに、どこか思い出させるそんな振る舞いが、「もう彼はいないのだ」と訴えかけるように感じたからだろう。
君は、もう戻ってこないんだな――。
それを心の底から理解する。
だが、どこか晴れやかな気分だった。
「――なんですか?」
繭から一歩後退したレンが、エルジュの視線に気付いてか首を傾げる。
「……いえ」
なんでもないと首を振り、だがそのままレンを見ているのも気恥ずかしくて繭の方を向いた。
エルジュは心の中で、亡き親友の名前を呼ぶ。
それから、彼が示してくれたこの研究者という道を、これからも精一杯歩んでいくと、再度心に誓った。
そしてきっと――その道を歩む仲間の一人に、レンも加わるのだろう。
そんな確かな予感を感じていた。