初稿置き場
こちらには、男女恋愛・BL・全年齢・R18など、雑多に置いています。
作品一覧に記載のジャンルをお読みの上、自己責任でご覧ください。
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作品一覧
改稿版更新中
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ツンデレ王子様の結婚事情:漫画(下書き)・BL
2026/10/23 11:40:27
#夢見る少年と未羽化の蝶
#夢見る少年と未羽化の蝶_挿話3 2
日々はあっという間に過ぎ、体験入所がはじまった。
「――今年の子たちはどういう様子だったかな?」
その初日から一日明け、朝礼が行われる最中、蝶の民研究所の長ライシオンが話の流れで、そう問いかけてきた。どう、と言われても――と思いつつ、エルジュは言葉に迷いながら返答する。
「まだ初日を終えたばかりですので、なんとも……。ああ、でも」
昨日会ったばかりの五人の顔を思い浮かべ、その内の一人だけ印象に残っているのを思い出す。
「レンという学生ですが、彼は他四名に比べても、かなり意欲的なようでした」
エルジュがそう言うと、斜め前に座っていた女性職員が手を上げる。
「わたし覚えてますよ、その子。エルジュくん、質問攻めにされてたでしょ? 困ってておもしろ――大変そうだな、って」
初日の自己紹介の後、エルジュが先導して行われた研究所内の案内でのことだ。半笑いで「面白い」と言いかけた彼女をむっと睨むエルジュだが、あの場に居合わせたのは彼女だけではない。何人か同じように笑いを堪えている姿があった。
「そうか。意欲的なのは結構なことだね」
雰囲気につられるようにライシオンも、くすりと笑っている。だが、年嵩の研究員が真面目な口調で言葉を挟んだ。
「しかし……。そういうことならば、少し注意して見守った方が良いかもしれませんね」
少々警戒するような声音に、ライシオンも笑みを引っ込めて頷いた。
「そうだね。そういうタイプは大方が二種類に分けられる。『我々と志を同じくできる者』か、『興味本位で現場を引っかきまわす者』か……」
神妙に呟いたライシオンは、エルジュに視線を向けた。
「エルジュ、君はどう思う?」
静かな彼の眼差しに、エルジュは小さく首を横に振った。
「後者でなければいいと思いますが……、判断はまだ出来かねます」
それから胸の内で、エルジュはこう付け足した。
ただ、私は彼が少し――苦手だ。
#夢見る少年と未羽化の蝶_挿話3 2
日々はあっという間に過ぎ、体験入所がはじまった。
「――今年の子たちはどういう様子だったかな?」
その初日から一日明け、朝礼が行われる最中、蝶の民研究所の長ライシオンが話の流れで、そう問いかけてきた。どう、と言われても――と思いつつ、エルジュは言葉に迷いながら返答する。
「まだ初日を終えたばかりですので、なんとも……。ああ、でも」
昨日会ったばかりの五人の顔を思い浮かべ、その内の一人だけ印象に残っているのを思い出す。
「レンという学生ですが、彼は他四名に比べても、かなり意欲的なようでした」
エルジュがそう言うと、斜め前に座っていた女性職員が手を上げる。
「わたし覚えてますよ、その子。エルジュくん、質問攻めにされてたでしょ? 困ってておもしろ――大変そうだな、って」
初日の自己紹介の後、エルジュが先導して行われた研究所内の案内でのことだ。半笑いで「面白い」と言いかけた彼女をむっと睨むエルジュだが、あの場に居合わせたのは彼女だけではない。何人か同じように笑いを堪えている姿があった。
「そうか。意欲的なのは結構なことだね」
雰囲気につられるようにライシオンも、くすりと笑っている。だが、年嵩の研究員が真面目な口調で言葉を挟んだ。
「しかし……。そういうことならば、少し注意して見守った方が良いかもしれませんね」
少々警戒するような声音に、ライシオンも笑みを引っ込めて頷いた。
「そうだね。そういうタイプは大方が二種類に分けられる。『我々と志を同じくできる者』か、『興味本位で現場を引っかきまわす者』か……」
神妙に呟いたライシオンは、エルジュに視線を向けた。
「エルジュ、君はどう思う?」
静かな彼の眼差しに、エルジュは小さく首を横に振った。
「後者でなければいいと思いますが……、判断はまだ出来かねます」
それから胸の内で、エルジュはこう付け足した。
ただ、私は彼が少し――苦手だ。
2026/10/19 22:20:57
#夢見る少年と未羽化の蝶
#夢見る少年と未羽化の蝶_挿話3 1
私が蝶の民の研究者を目指したのは、そう変わった経緯があったわけではない。
親友――、そう呼んで差し支えないほど仲の良かった友人が、羽化できずに帰ってこなかった。それだけの話だ。
蝶の民としてこの国に生まれた者ならば、そう頻繁にではないにせよ、そんな過去を持つ者もいないではない。私も、そんな「悲劇」を持つうちの一人というだけ。
幸いにして研究職に適性もあり、難なく王都の研究機関に就職を決め――、気付けば二年の月日が経っていた。
今年も夏が来て、あの時期になった。
アカデミー上級課程卒業年次生向けの、職業体験の季節だ。
「エルジュ、今年は君が担当だ」
そう研究所長から告げられたのは、春の終わりだったか。
昨年は入所したばかりだったため、先輩たちが準備して回る様を横目で見ているだけだったが、毎年「体験入所」は新人が担当するのだそうだ。
今年入った新人はいない。エルジュが現状この蝶の民研究所の一番若手である。
断れるはずもないのだが、そう口が達者な方ではないことを自覚しているエルジュは、思わず顔をしかめてしまう。不満がもろに出ていたからか、所長には「補佐はつけてやるから」と笑われたのだった。
とはいえ、準備自体は前年までの資料があるため、細かい修正をする程度だ。体験入所の手続きに関しても、基本的にはアカデミー側が管理しているため、受付締切後に出席者のリストを受け取るだけだった。
「今年は五人か~、意外と多いな」
「そうなんですか?」
先輩の一人が名簿を見て感嘆の声を漏らすのに、エルジュは首を傾げた。
「ああ。毎年多くて三人……、下手すりゃゼロの年もあるぞ」
「へぇ……」
言われてみれば、自身がこのプログラムを受けた時も出席者は三人だった。まさかあれで多い方とは。
「まあ、若いもんにとっちゃあ、『蝶の民だけ』を研究するここは、地味でつまらんのだろうよ」
彼はわははと快活に笑う。
「派手さも無ければ、結果もすぐに出るとは言い難い。同じ研究者でも、魔法や魔道具の方がそりゃ人気だろう。だからこそ、見込みのある奴しか取らないんだがな」
先輩の男はエルジュの肩をバシバシと叩いた。
「今年は面白いのがいるといいなぁ!」
そう言いながら去っていく背中に、エルジュは肩を竦める。
「面白いの、ねぇ……」
エルジュも入ってから知ったが、ここの入所条件はある意味とてもとても高い。
勉強だけできても駄目。人柄だけでも駄目。振る舞いや経歴がどれほど華やかで素晴らしくとも、落ちる者は落ちるのだ。
この研究所に入るために必要なのはただ一つ。
――蝶の民を心から愛していること。
もっと言うなれば、蝶の民を愛し、守りたいと心の底から願えていること。そのために、身命を賭せる覚悟のあること。
簡単なようで、とても難しい条件だ。
逆に言えば、それさえクリア出来るのならは、その他の瑕疵は少々ならば目を瞑ってもらえる。
そのくらい、この国において「蝶の民研究」というものは、様々な思いが巡るものなのだと言えた。
「――さて。授業の内容をチェックしてもらいに行くか」
エルジュは座学に使う書類を纏めたファイルを持って立ち上がる。
体験入所の開始まで、後一ヶ月を切っていた。
#夢見る少年と未羽化の蝶_挿話3 1
私が蝶の民の研究者を目指したのは、そう変わった経緯があったわけではない。
親友――、そう呼んで差し支えないほど仲の良かった友人が、羽化できずに帰ってこなかった。それだけの話だ。
蝶の民としてこの国に生まれた者ならば、そう頻繁にではないにせよ、そんな過去を持つ者もいないではない。私も、そんな「悲劇」を持つうちの一人というだけ。
幸いにして研究職に適性もあり、難なく王都の研究機関に就職を決め――、気付けば二年の月日が経っていた。
今年も夏が来て、あの時期になった。
アカデミー上級課程卒業年次生向けの、職業体験の季節だ。
「エルジュ、今年は君が担当だ」
そう研究所長から告げられたのは、春の終わりだったか。
昨年は入所したばかりだったため、先輩たちが準備して回る様を横目で見ているだけだったが、毎年「体験入所」は新人が担当するのだそうだ。
今年入った新人はいない。エルジュが現状この蝶の民研究所の一番若手である。
断れるはずもないのだが、そう口が達者な方ではないことを自覚しているエルジュは、思わず顔をしかめてしまう。不満がもろに出ていたからか、所長には「補佐はつけてやるから」と笑われたのだった。
とはいえ、準備自体は前年までの資料があるため、細かい修正をする程度だ。体験入所の手続きに関しても、基本的にはアカデミー側が管理しているため、受付締切後に出席者のリストを受け取るだけだった。
「今年は五人か~、意外と多いな」
「そうなんですか?」
先輩の一人が名簿を見て感嘆の声を漏らすのに、エルジュは首を傾げた。
「ああ。毎年多くて三人……、下手すりゃゼロの年もあるぞ」
「へぇ……」
言われてみれば、自身がこのプログラムを受けた時も出席者は三人だった。まさかあれで多い方とは。
「まあ、若いもんにとっちゃあ、『蝶の民だけ』を研究するここは、地味でつまらんのだろうよ」
彼はわははと快活に笑う。
「派手さも無ければ、結果もすぐに出るとは言い難い。同じ研究者でも、魔法や魔道具の方がそりゃ人気だろう。だからこそ、見込みのある奴しか取らないんだがな」
先輩の男はエルジュの肩をバシバシと叩いた。
「今年は面白いのがいるといいなぁ!」
そう言いながら去っていく背中に、エルジュは肩を竦める。
「面白いの、ねぇ……」
エルジュも入ってから知ったが、ここの入所条件はある意味とてもとても高い。
勉強だけできても駄目。人柄だけでも駄目。振る舞いや経歴がどれほど華やかで素晴らしくとも、落ちる者は落ちるのだ。
この研究所に入るために必要なのはただ一つ。
――蝶の民を心から愛していること。
もっと言うなれば、蝶の民を愛し、守りたいと心の底から願えていること。そのために、身命を賭せる覚悟のあること。
簡単なようで、とても難しい条件だ。
逆に言えば、それさえクリア出来るのならは、その他の瑕疵は少々ならば目を瞑ってもらえる。
そのくらい、この国において「蝶の民研究」というものは、様々な思いが巡るものなのだと言えた。
「――さて。授業の内容をチェックしてもらいに行くか」
エルジュは座学に使う書類を纏めたファイルを持って立ち上がる。
体験入所の開始まで、後一ヶ月を切っていた。
2026/10/19 14:39:53
#夢見る少年と未羽化の蝶
#夢見る少年と未羽化の蝶_二章 28
「こうしてると、昔を思い出すよな――」
レンの口にした何気ない一言で、二人はアカデミー近くの丘まで来ていた。
通常課程の一年目、春の成果発表会の後、二人で訪れたあの場所だ。
あの日と違い、今日は何でもない平日であるため、目の前にはただ暗い校舎が見えるばかりだ。
グラスと酒瓶だけ持ったレンたちは、あの日と同じ場所に腰を下ろして、広がる闇夜を見つめた。
何も見えはしない。だが、きっとどちらもあの日の光景が目蓋の裏には浮かんでいる。
「あれから七年も経ったとか、信じらんないな」
レンはグラスの酒をちびりと啜って、ひとり言のように呟く。
あの時はファルとこうして二人でいるなんて、こんなにも長い付き合いになるなんて、想像もしていなかった。
だが、いつの間にか彼が傍にいることが当たり前になって――、来年からは否応なく距離が離れてしまうことが信じられない。
同じ王都にいる。会うことは十分可能だ。けれど、今ほどの距離ではいられないだろう。
それが無性に寂しい。
お互い希望する進路を掴めたのだから、喜ばしいことなのに。
「なあ、ファル……、ファル?」
反応が無いことを訝しんで、レンは傍らに視線を向けた。
その時、ファルの手からグラスが滑り落ちて、中の液体を撒き散らしながら草の上を転がっていく。
「あ……」
ファルの口から吐息のような声が漏れた。
レンも顔を上げ――、息を飲む。
「ファル、お前……」
彼の髪から綺麗に色が抜けて、夜の闇に浮かんで見えた。いや、髪だけではない。目も、肌からも色が抜けていっている。
知識としては知っていた。だが――、目の前で実際に見るのは衝撃が違う。
「レン……、僕は」
「――大丈夫だ。行こう」
レンはファルの手を引いて、アカデミーのそれ専用の区画に向かった。
レンは彼の手を強く握りそうになって、慌てて力を抜く。今の状態の肉体が、どの程度の強度を持っているのか、レンには分からなかったからだ。
――ああ、こんなに早く別れが来るなんて。
卒業までもう幾ばくもない。ファルはおそらく、卒業式への出席は出来ないだろう。
レンは自身の身勝手な寂しさから湧く気持ちを振り払うように首を振って、ファルの方へ振り返った。
彼のことを思えば、「今」なのは良いことなのだ。アカデミーというサポート体制が整った場所にいる間であったことは、幸運でしかない。
だから、レンは笑った。
「良かったな、ファル」
色の抜ける髪は、蛹化がはじまった証。
彼は蛹になって生まれ変わる。
ようやく待ち望んでいた羽化が、その身に起こるのだ。
「…………ありがとう、レン」
ファルが再び目を覚ます頃、レンはもうアカデミーにはいない。
次に会えるのは一体いつになるのか――。
レンは胸に湧く不安を押し込めて、ただ笑ってファルの手を引いた。
#夢見る少年と未羽化の蝶_二章 28
「こうしてると、昔を思い出すよな――」
レンの口にした何気ない一言で、二人はアカデミー近くの丘まで来ていた。
通常課程の一年目、春の成果発表会の後、二人で訪れたあの場所だ。
あの日と違い、今日は何でもない平日であるため、目の前にはただ暗い校舎が見えるばかりだ。
グラスと酒瓶だけ持ったレンたちは、あの日と同じ場所に腰を下ろして、広がる闇夜を見つめた。
何も見えはしない。だが、きっとどちらもあの日の光景が目蓋の裏には浮かんでいる。
「あれから七年も経ったとか、信じらんないな」
レンはグラスの酒をちびりと啜って、ひとり言のように呟く。
あの時はファルとこうして二人でいるなんて、こんなにも長い付き合いになるなんて、想像もしていなかった。
だが、いつの間にか彼が傍にいることが当たり前になって――、来年からは否応なく距離が離れてしまうことが信じられない。
同じ王都にいる。会うことは十分可能だ。けれど、今ほどの距離ではいられないだろう。
それが無性に寂しい。
お互い希望する進路を掴めたのだから、喜ばしいことなのに。
「なあ、ファル……、ファル?」
反応が無いことを訝しんで、レンは傍らに視線を向けた。
その時、ファルの手からグラスが滑り落ちて、中の液体を撒き散らしながら草の上を転がっていく。
「あ……」
ファルの口から吐息のような声が漏れた。
レンも顔を上げ――、息を飲む。
「ファル、お前……」
彼の髪から綺麗に色が抜けて、夜の闇に浮かんで見えた。いや、髪だけではない。目も、肌からも色が抜けていっている。
知識としては知っていた。だが――、目の前で実際に見るのは衝撃が違う。
「レン……、僕は」
「――大丈夫だ。行こう」
レンはファルの手を引いて、アカデミーのそれ専用の区画に向かった。
レンは彼の手を強く握りそうになって、慌てて力を抜く。今の状態の肉体が、どの程度の強度を持っているのか、レンには分からなかったからだ。
――ああ、こんなに早く別れが来るなんて。
卒業までもう幾ばくもない。ファルはおそらく、卒業式への出席は出来ないだろう。
レンは自身の身勝手な寂しさから湧く気持ちを振り払うように首を振って、ファルの方へ振り返った。
彼のことを思えば、「今」なのは良いことなのだ。アカデミーというサポート体制が整った場所にいる間であったことは、幸運でしかない。
だから、レンは笑った。
「良かったな、ファル」
色の抜ける髪は、蛹化がはじまった証。
彼は蛹になって生まれ変わる。
ようやく待ち望んでいた羽化が、その身に起こるのだ。
「…………ありがとう、レン」
ファルが再び目を覚ます頃、レンはもうアカデミーにはいない。
次に会えるのは一体いつになるのか――。
レンは胸に湧く不安を押し込めて、ただ笑ってファルの手を引いた。
2026/10/14 01:42:27
#夢見る少年と未羽化の蝶
#夢見る少年と未羽化の蝶_二章 27
「――では、お互いの就職決定を祝してー」
「「かんぱい!」」
レンはファルとグラスを上げて、酒を呷った。
アカデミー卒業が間近となった日の夜。ファルの進路がようやく決まり、先んじて研究所からの正式な内定通知を貰っていたレンは、二人でお祝いをしようと飲みに誘ったのだ。
とはいえ、場所は寮の食堂。外で買ってきた酒とつまみを持ち込んだだけの、夕食の延長のようなそれだ。
「けど、まさかファルが官僚になるなんてなぁ……」
レンがしみじみ呟くと、ファルは肩を竦めた。
「夏季休暇からの急な方向転換だっただろ? 出願とか諸々、間に合うかすら分かんなかったんだよ」
「ああ。一般応募だったら、かなり厳しかったんだっけ」
「そのあたりは、アカデミー様々だな……」
官僚――つまり、王宮勤めの文官職なのだが、登用には各種の試験がある。学力試験やら小論文の提出やら面接やら……。レンは聞くだけでも「うへぇ」となってしまうが、ファルはそれらの殆どをしっかり突破して、その座を勝ち取ったのだ。
殆ど、というのは、アカデミーの上級課程在籍者の場合は、そこまでの成績に応じていくつかの試験を免除されるためだ。
もっとも、ファルの場合はその辺りの免除がなくとも、実力で突破しそうではあったのだが、問題は出願期限だった。アカデミー経由の出願の場合は、そういった免除制度があるため、比較的遅い時期まで受け付けている。十代後半に蛹期を迎える蝶の民への配慮、という理由もあるのだろうが、アカデミーの上級課程を卒業する成績優秀者を少しでも多く取り込みたいというのが本音だろう。
今回のファルは、それに救われた形だ。
ちなみにレンはというと、夏季休暇のあの日に研究所を訪れたところ、そのまま内定となった。正式な通知が届けられたのはもう少し後のことだったが、現在は週に一度ほど事前研修という形で顔を出している。
面接練習やらでへろへろになっていたファルに、散々ずるいと文句を言われたが、恵まれているのは本当のことなので、甘んじて受け入れたものだ。
「けど、ほんと……。やっと肩の力が抜けた……。通知書の封筒開ける時、心臓破裂するかと」
「えー? 『結構いい感じだった』、とか言ってたじゃん。なのに?」
「そりゃあ感触は良かったけどな……。結果来るまで安心なんかできないだろ」
「まあ、たしかに」
上級課程に上がる際の試験を思い出して、レンも肩を竦めた。難易度はあれと比べ物にならないが、「おそらく大丈夫」と思っていても不安なものは不安だ。
「なんにせよ、受かったんだしさ。今日は飲め飲め」
ファルのグラスに酒を注ぎ足してやりながら、お疲れと肩を叩く。
「そうする。お互いこれからが大変なんだし、今日くらいはな」
「ほんと、それな……」
研究所の方から出されている課題を思い出し、少し遠い目になる。楽しい――のは楽しいのだが、頭に詰めなければならない知識の量があまりに膨大で、気が遠くなるのだ。
ファルは無言でレンの肩を叩き返すと、労いの意味を込めてか、もう一度グラスを合わせたのだった。
#夢見る少年と未羽化の蝶_二章 27
「――では、お互いの就職決定を祝してー」
「「かんぱい!」」
レンはファルとグラスを上げて、酒を呷った。
アカデミー卒業が間近となった日の夜。ファルの進路がようやく決まり、先んじて研究所からの正式な内定通知を貰っていたレンは、二人でお祝いをしようと飲みに誘ったのだ。
とはいえ、場所は寮の食堂。外で買ってきた酒とつまみを持ち込んだだけの、夕食の延長のようなそれだ。
「けど、まさかファルが官僚になるなんてなぁ……」
レンがしみじみ呟くと、ファルは肩を竦めた。
「夏季休暇からの急な方向転換だっただろ? 出願とか諸々、間に合うかすら分かんなかったんだよ」
「ああ。一般応募だったら、かなり厳しかったんだっけ」
「そのあたりは、アカデミー様々だな……」
官僚――つまり、王宮勤めの文官職なのだが、登用には各種の試験がある。学力試験やら小論文の提出やら面接やら……。レンは聞くだけでも「うへぇ」となってしまうが、ファルはそれらの殆どをしっかり突破して、その座を勝ち取ったのだ。
殆ど、というのは、アカデミーの上級課程在籍者の場合は、そこまでの成績に応じていくつかの試験を免除されるためだ。
もっとも、ファルの場合はその辺りの免除がなくとも、実力で突破しそうではあったのだが、問題は出願期限だった。アカデミー経由の出願の場合は、そういった免除制度があるため、比較的遅い時期まで受け付けている。十代後半に蛹期を迎える蝶の民への配慮、という理由もあるのだろうが、アカデミーの上級課程を卒業する成績優秀者を少しでも多く取り込みたいというのが本音だろう。
今回のファルは、それに救われた形だ。
ちなみにレンはというと、夏季休暇のあの日に研究所を訪れたところ、そのまま内定となった。正式な通知が届けられたのはもう少し後のことだったが、現在は週に一度ほど事前研修という形で顔を出している。
面接練習やらでへろへろになっていたファルに、散々ずるいと文句を言われたが、恵まれているのは本当のことなので、甘んじて受け入れたものだ。
「けど、ほんと……。やっと肩の力が抜けた……。通知書の封筒開ける時、心臓破裂するかと」
「えー? 『結構いい感じだった』、とか言ってたじゃん。なのに?」
「そりゃあ感触は良かったけどな……。結果来るまで安心なんかできないだろ」
「まあ、たしかに」
上級課程に上がる際の試験を思い出して、レンも肩を竦めた。難易度はあれと比べ物にならないが、「おそらく大丈夫」と思っていても不安なものは不安だ。
「なんにせよ、受かったんだしさ。今日は飲め飲め」
ファルのグラスに酒を注ぎ足してやりながら、お疲れと肩を叩く。
「そうする。お互いこれからが大変なんだし、今日くらいはな」
「ほんと、それな……」
研究所の方から出されている課題を思い出し、少し遠い目になる。楽しい――のは楽しいのだが、頭に詰めなければならない知識の量があまりに膨大で、気が遠くなるのだ。
ファルは無言でレンの肩を叩き返すと、労いの意味を込めてか、もう一度グラスを合わせたのだった。
2026/10/14 01:04:54
#夢見る少年と未羽化の蝶
#夢見る少年と未羽化の蝶_二章 26
王都まで戻ってきたファルたちは、馬車から降りて固まった身体を伸ばす。
ひとまずアカデミーまで戻るのかと思っていたところ、唐突にレンがこんなことを言った。
「俺、早速研究所に行ってみようかと思うんだけど、ファルはどうする?」
「え、今から?」
「善は急げって言うだろ?」
事前の連絡無しに行っていいものなのか? と内心首を捻りつつも、まあレンだからなぁと納得してしまい、ファルは頷いた。
「分かった。じゃあ僕は先にアカデミーに戻る。就職課に聞きたいこともあるし」
「ん? 就職課? ……もしかして、卒業後どうするか決まったのか?」
研究所の方へ歩き出そうとしていたレンが、驚いてこちらを振り返る。
そう。決まったのだ。だがファルは、ニヤリと笑ってさっさと歩き出した。
「確定したら教えてやるよ」
「あ、ちょっ……、ズルいぞ! 気になるだろ!」
後で教えろよー! と遠くに聞こえる声に、振り返らないまま手を振った。
格好をつけてはみたものの、実のところ今からその「希望」を叶えられるのかが分からなかった、というのが大きい。
だがきっと大丈夫だろうと何の根拠もなく思う。
そんなファルが選んだ進路は――。
#夢見る少年と未羽化の蝶_二章 26
王都まで戻ってきたファルたちは、馬車から降りて固まった身体を伸ばす。
ひとまずアカデミーまで戻るのかと思っていたところ、唐突にレンがこんなことを言った。
「俺、早速研究所に行ってみようかと思うんだけど、ファルはどうする?」
「え、今から?」
「善は急げって言うだろ?」
事前の連絡無しに行っていいものなのか? と内心首を捻りつつも、まあレンだからなぁと納得してしまい、ファルは頷いた。
「分かった。じゃあ僕は先にアカデミーに戻る。就職課に聞きたいこともあるし」
「ん? 就職課? ……もしかして、卒業後どうするか決まったのか?」
研究所の方へ歩き出そうとしていたレンが、驚いてこちらを振り返る。
そう。決まったのだ。だがファルは、ニヤリと笑ってさっさと歩き出した。
「確定したら教えてやるよ」
「あ、ちょっ……、ズルいぞ! 気になるだろ!」
後で教えろよー! と遠くに聞こえる声に、振り返らないまま手を振った。
格好をつけてはみたものの、実のところ今からその「希望」を叶えられるのかが分からなかった、というのが大きい。
だがきっと大丈夫だろうと何の根拠もなく思う。
そんなファルが選んだ進路は――。
2026/10/13 19:19:56
#夢見る少年と未羽化の蝶
#夢見る少年と未羽化の蝶_二章 25
「俺、研究者になるよ」
レンの宣言を聞いて、ファルがどれほど安堵し、そして嬉しかったか。
目の前の親友はきっと知らないだろう。
自身の過去を吐露したことが影響しているのかもしれないという罪悪感だけではない。
ファルは、レンに彼のかねてからの夢を叶えてほしかった。
初めて会った時には酷く反発したものだが、あれだって――今思えば「憧れ」の裏返しだったのではないかと思う。
レンはいつも真っ直ぐだった。
真っ直ぐすぎて、眩しくて……、思わず目を背けてしまいそうになるほど。
彼のそういうところを、ファルは尊敬し――愛している。
苦しいほどの光は、いつしかファルにとって、無くてはならないものになっていたのだ。
「……父さん、母さん」
その光に導かれるように、ファルは頭を上げて両親の顔を見た。
「僕も、ずっと聞きたかったことがある。どうして……二人は人間を恨んだり、憎んだりせずにいられたんだ?」
ファルはレンと出会うまで、両親以外に心を開ける相手はいなかった。周囲は敵ばかりだと思っていた。自分たちの受けた苦しみに無理解な同級生たちが嫌いだった。蚊帳の外から憐れんでみせるだけの大人が腹立たしかった。
そんな、ファルから見れば苛立ちを覚えるだけの相手にも、両親は優しかった。いつも笑顏で、愚痴や不満など聞いたこともない。それは、研究所にいる時も――だ。
「――恨んで、憎んだわ。たくさん」
静かに答えたのは母ラァナだった。父オーランも、同意するように頷いている。
「でも、二人はいつも他人に優しかった……。どうして?」
ラァナはくすりと笑って答えた。
「それはね。たしかに許し難いことをした人もいたけれど、同じくらい……いいえ、それ以上に、わたしたちに優しくしてくれた人がいたからよ」
オーランが補足するように続ける。
「人の優しさが無ければ、私たちは今こうして暮らすことは出来ていなかっただろうね。研究所を出ることは叶わなかったし、こちらに着いてからも沢山の人に多くの恩を受けた」
「わたしたちはその『恩』を返しているの。直接伝えることが出来なくても、巡り巡って――いつか届く。……そう、信じてるのよ」
「巡り巡って……」
ファルの呟きに頷いたラァナは、オーランと微笑みあった。
ふとレンと視線が合えば、彼も同じように優しく微笑んでくれる。
その時、天啓のように閃いたものがあった。
ファルは、そうかと己の中で納得する。
レンに与えられた光――。それを今度は、自分が広めていく番なのだ。
#夢見る少年と未羽化の蝶_二章 25
「俺、研究者になるよ」
レンの宣言を聞いて、ファルがどれほど安堵し、そして嬉しかったか。
目の前の親友はきっと知らないだろう。
自身の過去を吐露したことが影響しているのかもしれないという罪悪感だけではない。
ファルは、レンに彼のかねてからの夢を叶えてほしかった。
初めて会った時には酷く反発したものだが、あれだって――今思えば「憧れ」の裏返しだったのではないかと思う。
レンはいつも真っ直ぐだった。
真っ直ぐすぎて、眩しくて……、思わず目を背けてしまいそうになるほど。
彼のそういうところを、ファルは尊敬し――愛している。
苦しいほどの光は、いつしかファルにとって、無くてはならないものになっていたのだ。
「……父さん、母さん」
その光に導かれるように、ファルは頭を上げて両親の顔を見た。
「僕も、ずっと聞きたかったことがある。どうして……二人は人間を恨んだり、憎んだりせずにいられたんだ?」
ファルはレンと出会うまで、両親以外に心を開ける相手はいなかった。周囲は敵ばかりだと思っていた。自分たちの受けた苦しみに無理解な同級生たちが嫌いだった。蚊帳の外から憐れんでみせるだけの大人が腹立たしかった。
そんな、ファルから見れば苛立ちを覚えるだけの相手にも、両親は優しかった。いつも笑顏で、愚痴や不満など聞いたこともない。それは、研究所にいる時も――だ。
「――恨んで、憎んだわ。たくさん」
静かに答えたのは母ラァナだった。父オーランも、同意するように頷いている。
「でも、二人はいつも他人に優しかった……。どうして?」
ラァナはくすりと笑って答えた。
「それはね。たしかに許し難いことをした人もいたけれど、同じくらい……いいえ、それ以上に、わたしたちに優しくしてくれた人がいたからよ」
オーランが補足するように続ける。
「人の優しさが無ければ、私たちは今こうして暮らすことは出来ていなかっただろうね。研究所を出ることは叶わなかったし、こちらに着いてからも沢山の人に多くの恩を受けた」
「わたしたちはその『恩』を返しているの。直接伝えることが出来なくても、巡り巡って――いつか届く。……そう、信じてるのよ」
「巡り巡って……」
ファルの呟きに頷いたラァナは、オーランと微笑みあった。
ふとレンと視線が合えば、彼も同じように優しく微笑んでくれる。
その時、天啓のように閃いたものがあった。
ファルは、そうかと己の中で納得する。
レンに与えられた光――。それを今度は、自分が広めていく番なのだ。
2026/10/13 19:18:20
#夢見る少年と未羽化の蝶
#夢見る少年と未羽化の蝶_二章 24
「また遊びに来てね」
「釣りの約束も忘れないでくれよ」
翌日、そう言って別れを惜しんでくれるオーランとラァナに手を振って、レンとファルはアカデミーへの帰途を辿る。
乗合馬車の停留所まで、久し振りに二人きりだった。
「なんかあっという間だったなぁ」
「……レンって人たらしだよな」
楽しかったな、と笑うと何故かファルからは呆れた視線が返ってくる。
「急になんだよ?」
「まさか二人があそこまでお前を気に入るとは、って話。これから一人で帰ろうものなら『レンくんは?』って、毎回聞かれそうだ……」
「えぇ~、なにそれ照れる」
てれてれと頬を掻いていると、むっとした顔のファルからべしりと叩かれる。しかし結局、顔を見合わせて吹き出してしまい、二人でけらけらと笑いながら歩く。
「――でもよかったよ。レンが『研究者になる』って言ってくれて」
一通り笑い転げた後、改まってファルがそんなことを言った。
「あ、ごめんな。何の相談もなく……」
「いいって。事前に言われてたら、絶対止めてたし。僕も……、ずっと聞きたかったこと聞けたからさ」
「――そっか」
それは昨夜、レンが「研究者になる」と宣言した後のことだった。
#夢見る少年と未羽化の蝶_二章 24
「また遊びに来てね」
「釣りの約束も忘れないでくれよ」
翌日、そう言って別れを惜しんでくれるオーランとラァナに手を振って、レンとファルはアカデミーへの帰途を辿る。
乗合馬車の停留所まで、久し振りに二人きりだった。
「なんかあっという間だったなぁ」
「……レンって人たらしだよな」
楽しかったな、と笑うと何故かファルからは呆れた視線が返ってくる。
「急になんだよ?」
「まさか二人があそこまでお前を気に入るとは、って話。これから一人で帰ろうものなら『レンくんは?』って、毎回聞かれそうだ……」
「えぇ~、なにそれ照れる」
てれてれと頬を掻いていると、むっとした顔のファルからべしりと叩かれる。しかし結局、顔を見合わせて吹き出してしまい、二人でけらけらと笑いながら歩く。
「――でもよかったよ。レンが『研究者になる』って言ってくれて」
一通り笑い転げた後、改まってファルがそんなことを言った。
「あ、ごめんな。何の相談もなく……」
「いいって。事前に言われてたら、絶対止めてたし。僕も……、ずっと聞きたかったこと聞けたからさ」
「――そっか」
それは昨夜、レンが「研究者になる」と宣言した後のことだった。
2026/10/13 13:19:05
#夢見る少年と未羽化の蝶
#夢見る少年と未羽化の蝶_二章 23
ファルの両親との邂逅から、日々は穏やかに過ぎていった。
なんでもない、だが都会育ちのレンには新鮮な田舎での暮らしはとても楽しく、レンは毎日を目一杯楽しんだ。
ファルの父オーランとは約束通り釣りをして、母ラァナとは彼女の家庭菜園の草むしりを手伝い――。もちろんファルとも毎日呆れるほど笑って過ごして、帰省期間最後の夜はあっという間に訪れていた。
「あ~……、ラァナおばさんの手料理も、今日で最後かぁ……」
「あら。また食べに来たらいいわ。レンくんならいつでも大歓迎だもの。ねぇ、あなた」
ラァナから話を振られたオーランも、満面の笑みで頷いている。
「もちろんだよ。今度は滝壺の方まで釣りに行こう。あっちはもう少し大振りの魚がいるんだ」
「ちょっと父さん。レンは山歩きには慣れてないんだ。怪我させないでくれよ?」
「わかってるわかってる」
あたたかな家族の会話に、レンはどこかほっとした気持ちで笑みを浮かべる。
ファルの過去を知らなければ、彼らが非道な研究の犠牲になっていたなど、とても考えられなかっただろう。
今、彼らはとても幸せそうだ。過去の傷など無かったかのように――。
「……オーランさん、ラァナさん」
レンはカトラリーを置いて、真剣な眼差しで二人を見た。
それまでと雰囲気の変わったレンに、ファルも含め三人は何事かと不思議そうにしている。
レンは一度深く深呼吸をする。
今更、蒸し返すべきではないのかもしれない。
だが――、レンは意を決して口を開いた。
「俺はずっと、『蝶の民の研究者』を志していました」
「レン!?」
突然何を言うのかと気色ばむファルに、視線だけで「言わせてほしい」と伝える。
その決意が伝わったのか、椅子から腰を浮かしかけていたファルは、姿勢を正してから両親に頭を下げた。
「父さん、母さん。レンには……、僕たちの昔のことを話した。勝手をして、ごめん」
レンの不意の発言とファルの謝罪に二人は何を思っているのか。黙したままの彼らに促され、レンに続きを口にする。
「でも……、最近になって、俺が――軽々しく踏み込んでいい世界ではないのではないか、と悩むようになったんです」
「レンくん」
オーランがそっと口を開く。
「『大切にしたいもの』は、分かったかい?」
彼はレンが初めて会った時に口にした「悩み」が、今話そうとしている内容なのだと察しがついたのだろう。優しい声でかけられた問いに、レンはこくりと頷いた。そして、オーランとラァナに笑みを向けた。
「おじさん、おばさん。俺、ここでの毎日がすっごく楽しかったんだ。だからさ、『蝶の民』の誰もがこうやって笑って生きられるようにしたい」
レンは心配そうな顔をしていたファルに視線を向けた。そして、宣言する。
「俺、研究者になるよ」
もう迷いはなかった。
#夢見る少年と未羽化の蝶_二章 23
ファルの両親との邂逅から、日々は穏やかに過ぎていった。
なんでもない、だが都会育ちのレンには新鮮な田舎での暮らしはとても楽しく、レンは毎日を目一杯楽しんだ。
ファルの父オーランとは約束通り釣りをして、母ラァナとは彼女の家庭菜園の草むしりを手伝い――。もちろんファルとも毎日呆れるほど笑って過ごして、帰省期間最後の夜はあっという間に訪れていた。
「あ~……、ラァナおばさんの手料理も、今日で最後かぁ……」
「あら。また食べに来たらいいわ。レンくんならいつでも大歓迎だもの。ねぇ、あなた」
ラァナから話を振られたオーランも、満面の笑みで頷いている。
「もちろんだよ。今度は滝壺の方まで釣りに行こう。あっちはもう少し大振りの魚がいるんだ」
「ちょっと父さん。レンは山歩きには慣れてないんだ。怪我させないでくれよ?」
「わかってるわかってる」
あたたかな家族の会話に、レンはどこかほっとした気持ちで笑みを浮かべる。
ファルの過去を知らなければ、彼らが非道な研究の犠牲になっていたなど、とても考えられなかっただろう。
今、彼らはとても幸せそうだ。過去の傷など無かったかのように――。
「……オーランさん、ラァナさん」
レンはカトラリーを置いて、真剣な眼差しで二人を見た。
それまでと雰囲気の変わったレンに、ファルも含め三人は何事かと不思議そうにしている。
レンは一度深く深呼吸をする。
今更、蒸し返すべきではないのかもしれない。
だが――、レンは意を決して口を開いた。
「俺はずっと、『蝶の民の研究者』を志していました」
「レン!?」
突然何を言うのかと気色ばむファルに、視線だけで「言わせてほしい」と伝える。
その決意が伝わったのか、椅子から腰を浮かしかけていたファルは、姿勢を正してから両親に頭を下げた。
「父さん、母さん。レンには……、僕たちの昔のことを話した。勝手をして、ごめん」
レンの不意の発言とファルの謝罪に二人は何を思っているのか。黙したままの彼らに促され、レンに続きを口にする。
「でも……、最近になって、俺が――軽々しく踏み込んでいい世界ではないのではないか、と悩むようになったんです」
「レンくん」
オーランがそっと口を開く。
「『大切にしたいもの』は、分かったかい?」
彼はレンが初めて会った時に口にした「悩み」が、今話そうとしている内容なのだと察しがついたのだろう。優しい声でかけられた問いに、レンはこくりと頷いた。そして、オーランとラァナに笑みを向けた。
「おじさん、おばさん。俺、ここでの毎日がすっごく楽しかったんだ。だからさ、『蝶の民』の誰もがこうやって笑って生きられるようにしたい」
レンは心配そうな顔をしていたファルに視線を向けた。そして、宣言する。
「俺、研究者になるよ」
もう迷いはなかった。
2026/10/13 12:34:21
#夢見る少年と未羽化の蝶
#夢見る少年と未羽化の蝶_二章 22
「あれが僕の家……」
森から出たレンたちは、長閑な田舎道を進む。
視線の先に小さな家が見えてきて、それを指差したファルが呆れ顔で溜息をついた。
玄関先には二人の人物がいて、どうやら片方は何やら怒られている。
「あー……。あれ、うちの両親。父さん、またなんかやったのか……?」
「また?」
「たぶん、僕らが来る日に釣りでも行って、『帰ってくるのが遅い』って怒られてるだけだよ」
ファルの口振りから、これがよくある他愛のない口喧嘩なのだと悟る。近付くごとに声がはっきりと聞こえてきたが、ファルの言った通りの内容で、女性の方から一方的に小言を言われているようだった。
「ん、あれ……?」
もう一方の男性の姿を見て、レンは首を傾げる。
そうしているうちにも二人はこちらの存在に気が付いたようだった。
「ああ、おかえり。二人ともよく来たね」
ファルの父が振り返って微笑んだその顔に、レンは思わず「あ」と声を上げた。
「さっきのおじさん!?」
「やっぱり君がレンくんだったか」
「え、何? 知り合い?」
不思議そうな顔をするファルとその母親に、レンは彼と顔を見合わせてくすくすと笑った。
#夢見る少年と未羽化の蝶_二章 22
「あれが僕の家……」
森から出たレンたちは、長閑な田舎道を進む。
視線の先に小さな家が見えてきて、それを指差したファルが呆れ顔で溜息をついた。
玄関先には二人の人物がいて、どうやら片方は何やら怒られている。
「あー……。あれ、うちの両親。父さん、またなんかやったのか……?」
「また?」
「たぶん、僕らが来る日に釣りでも行って、『帰ってくるのが遅い』って怒られてるだけだよ」
ファルの口振りから、これがよくある他愛のない口喧嘩なのだと悟る。近付くごとに声がはっきりと聞こえてきたが、ファルの言った通りの内容で、女性の方から一方的に小言を言われているようだった。
「ん、あれ……?」
もう一方の男性の姿を見て、レンは首を傾げる。
そうしているうちにも二人はこちらの存在に気が付いたようだった。
「ああ、おかえり。二人ともよく来たね」
ファルの父が振り返って微笑んだその顔に、レンは思わず「あ」と声を上げた。
「さっきのおじさん!?」
「やっぱり君がレンくんだったか」
「え、何? 知り合い?」
不思議そうな顔をするファルとその母親に、レンは彼と顔を見合わせてくすくすと笑った。
2026/10/04 14:07:46
#夢見る少年と未羽化の蝶_挿話3 3
明るく活発で人好きのする青年――。
エルジュだけではなく、レンと出会った多くの者は、彼をそう称するだろうと思う。
悪い人物ではないのだろう。それくらいはエルジュにも分かる。
だが、それでもエルジュは彼が少し「苦手」だと感じていた。
人との距離を詰めるのが上手く、ああいった性格ならばきっとどこへ行っても上手く溶け込めるのだろうと思う。そしてそれは、エルジュには無い特性であり、気後れするというのは大きい。
だがそれ以上に、彼を見ていると――思い出してしまうのだ。自身が過去に失った、親友のことを。
顔形は似ても似つかないのに、どこか重なって見える。それがほんの少し寂しくて、何故か苛立ちを覚えるのだ。レンにとっては、見当違いで理不尽もいいところだというのは理解しているが、その感情が消えるわけではない。
そんなやるせのない感情を抱えたまま数日が経ち、座学の日程が終了した。
講義に関しては正直なところ――、学生にとって面白さを感じるようなものに出来たとは言い難かった。
そんな中でもレンだけは毎日、目をキラキラさせて一心に聞いてくれるのだ。
彼に対して好意的に思う気持ちと、一層苛立たしい気持ちとが、エルジュの中でますます膨れ上がっている。
体験入所の四日目になり、蛹期の被験者宅へ学生たちを連れて行くという段になっても――、苛立ちの原因はいまだ掴めぬままだった。
「……レン、貴方はくれぐれも出先で、はしゃがないように」
研究所の門前で、エルジュは――自分でもどうかと思うくらい――つっけんどんに、レンへ注意をしてから出発した。
目的地までの道すがら、エルジュはこれからの流れを反芻しつつも、その傍らではレンと、彼に感じる苛立ちとについて思考を巡らせていた。
だがやはり答えは出ないまま、現地へと到着してしまい、エルジュはレンともう一人の体験入所者であるファルとを伴って、家の中へと入った。
そこはもう何度か訪ねている場所であるため、迷いなく廊下を進むと繭のある部屋まで辿り着いた。
見た目に変化が無いことを確認しながら、その繭の傍に持参した鞄を広げる。中には試薬や試験管など、簡単な検査キットが収められている。危険度の高い繭であれば、それ以外にも羽化に必要な魔素の循環を促す薬品やなど、諸々の処置を施す道具も持ってくることもある。だが今回の繭は現状、経過観察のみであるため、基本的なものだけ用意していた。
エルジュが繭の採取をするための準備をしている後ろで、レンは興奮を隠しきれない顔で、繭を見つめている。
そろりと近寄って、手を伸ばしかけたようだが、ハッとしてそれを引っ込めるのを横目で確認して、止めようと声を上げかけた口を閉じた。
「あ、あの、あの! さわっちゃ……、だめ、ですよね……?」
レンに問いかけられた被験者の母親から確認の視線を感じて、エルジュは溜息をつく。
「絶対に、揺らさないなら……問題はないですよ」
「ありがとうございます!!」
体験入所の管理者としては、被験者に害さえ及ばないのであれば、学生の意欲的な行動は歓迎すべきなのだ。
だからこそ、念入りに釘を刺して許可したエルジュだが、心の中ではもやもやしたものが燻っているのも感じていた。
鞄から筆記具を出そうとしていた手を止めて、レンの動作を注視する。
彼はゆっくり繭へと近付くと、まるで――触れれば消えてしまうとでも思っているかのように、慎重な動きでその表面に指先で触れた。それによって少しは安心したのか、今度は手の平を這わせる。
だが、そのどちらもがとても優しい手付きで、その表情も緊張を滲ませつつではあったが、やわらかなものだった。
それを見て、エルジュは小さく息をついた。
この青年は――、本当に蝶の民を愛しているのだ、と。
エルジュは暫し瞑目する。そして次に目を開けた時、レンの姿はこれまでのように親友と重なって見えることはなくなっていた。
それに気付いて、そうか――と思った。
自分はずっと、親友の死を受け入れられていなかったのだ。蛹となりそのまま姿を消してしまった彼が、本当はまだ羽化していないだけで、いつか……いつか戻ってくるのではないか、と。
葬儀にも出席した。繭から取り出された、眠るような穏やかな顔を見た。墓にだって時折訪れる。なのに、いつか――と。
レンを見て苛立ったのは、似ていないくせに、どこか思い出させるそんな振る舞いが、「もう彼はいないのだ」と訴えかけるように感じたからだろう。
君は、もう戻ってこないんだな――。
それを心の底から理解する。
だが、どこか晴れやかな気分だった。
「――なんですか?」
繭から一歩後退したレンが、エルジュの視線に気付いてか首を傾げる。
「……いえ」
なんでもないと首を振り、だがそのままレンを見ているのも気恥ずかしくて繭の方を向いた。
エルジュは心の中で、亡き親友の名前を呼ぶ。
それから、彼が示してくれたこの研究者という道を、これからも精一杯歩んでいくと、再度心に誓った。
そしてきっと――その道を歩む仲間の一人に、レンも加わるのだろう。
そんな確かな予感を感じていた。