初稿置き場
#夢見る少年と未羽化の蝶
#夢見る少年と未羽化の蝶_挿話3
1
私が蝶の民の研究者を目指したのは、そう変わった経緯があったわけではない。
親友――、そう呼んで差し支えないほど仲の良かった友人が、羽化できずに帰ってこなかった。それだけの話だ。
蝶の民としてこの国に生まれた者ならば、そう頻繁にではないにせよ、そんな過去を持つ者もいないではない。私も、そんな「悲劇」を持つうちの一人というだけ。
幸いにして研究職に適性もあり、難なく王都の研究機関に就職を決め――、気付けば二年の月日が経っていた。
今年も夏が来て、
あ
(
・
)
の
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・
)
時期になった。
アカデミー上級課程卒業年次生向けの、職業体験の季節だ。
「エルジュ、今年は君が担当だ」
そう研究所長から告げられたのは、春の終わりだったか。
昨年は入所したばかりだったため、先輩たちが準備して回る様を横目で見ているだけだったが、毎年「体験入所」は新人が担当するのだそうだ。
今年入った新人はいない。エルジュが現状この蝶の民研究所の一番若手である。
断れるはずもないのだが、そう口が達者な方ではないことを自覚しているエルジュは、思わず顔をしかめてしまう。不満がもろに出ていたからか、所長には「補佐はつけてやるから」と笑われたのだった。
とはいえ、準備自体は前年までの資料があるため、細かい修正をする程度だ。体験入所の手続きに関しても、基本的にはアカデミー側が管理しているため、受付締切後に出席者のリストを受け取るだけだった。
「今年は五人か~、意外と多いな」
「そうなんですか?」
先輩の一人が名簿を見て感嘆の声を漏らすのに、エルジュは首を傾げた。
「ああ。毎年多くて三人……、下手すりゃゼロの年もあるぞ」
「へぇ……」
言われてみれば、自身がこのプログラムを受けた時も出席者は三人だった。まさかあれで多い方とは。
「まあ、若いもんにとっちゃあ、『蝶の民だけ』を研究するここは、地味でつまらんのだろうよ」
彼はわははと快活に笑う。
「派手さも無ければ、結果もすぐに出るとは言い難い。同じ研究者でも、魔法や魔道具の方がそりゃ人気だろう。だからこそ、見込みのある奴しか取らないんだがな」
先輩の男はエルジュの肩をバシバシと叩いた。
「今年は面白いのがいるといいなぁ!」
そう言いながら去っていく背中に、エルジュは肩を竦める。
「面白いの、ねぇ……」
エルジュも入ってから知ったが、ここの入所条件はある意味とてもとても高い。
勉強だけできても駄目。人柄だけでも駄目。振る舞いや経歴がどれほど華やかで素晴らしくとも、落ちる者は落ちるのだ。
この研究所に入るために必要なのはただ一つ。
――蝶の民を心から愛していること。
もっと言うなれば、蝶の民を愛し、守りたいと心の底から願えていること。そのために、身命を賭せる覚悟のあること。
簡単なようで、とても難しい条件だ。
逆に言えば、それさえクリア出来るのならは、その他の瑕疵は少々ならば目を瞑ってもらえる。
そのくらい、この国において「蝶の民研究」というものは、様々な思いが巡るものなのだと言えた。
「――さて。授業の内容をチェックしてもらいに行くか」
エルジュは座学に使う書類を纏めたファイルを持って立ち上がる。
体験入所の開始まで、後一ヶ月を切っていた。
2026/10/19 14:39:53
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私が蝶の民の研究者を目指したのは、そう変わった経緯があったわけではない。
親友――、そう呼んで差し支えないほど仲の良かった友人が、羽化できずに帰ってこなかった。それだけの話だ。
蝶の民としてこの国に生まれた者ならば、そう頻繁にではないにせよ、そんな過去を持つ者もいないではない。私も、そんな「悲劇」を持つうちの一人というだけ。
幸いにして研究職に適性もあり、難なく王都の研究機関に就職を決め――、気付けば二年の月日が経っていた。
今年も夏が来て、あの時期になった。
アカデミー上級課程卒業年次生向けの、職業体験の季節だ。
「エルジュ、今年は君が担当だ」
そう研究所長から告げられたのは、春の終わりだったか。
昨年は入所したばかりだったため、先輩たちが準備して回る様を横目で見ているだけだったが、毎年「体験入所」は新人が担当するのだそうだ。
今年入った新人はいない。エルジュが現状この蝶の民研究所の一番若手である。
断れるはずもないのだが、そう口が達者な方ではないことを自覚しているエルジュは、思わず顔をしかめてしまう。不満がもろに出ていたからか、所長には「補佐はつけてやるから」と笑われたのだった。
とはいえ、準備自体は前年までの資料があるため、細かい修正をする程度だ。体験入所の手続きに関しても、基本的にはアカデミー側が管理しているため、受付締切後に出席者のリストを受け取るだけだった。
「今年は五人か~、意外と多いな」
「そうなんですか?」
先輩の一人が名簿を見て感嘆の声を漏らすのに、エルジュは首を傾げた。
「ああ。毎年多くて三人……、下手すりゃゼロの年もあるぞ」
「へぇ……」
言われてみれば、自身がこのプログラムを受けた時も出席者は三人だった。まさかあれで多い方とは。
「まあ、若いもんにとっちゃあ、『蝶の民だけ』を研究するここは、地味でつまらんのだろうよ」
彼はわははと快活に笑う。
「派手さも無ければ、結果もすぐに出るとは言い難い。同じ研究者でも、魔法や魔道具の方がそりゃ人気だろう。だからこそ、見込みのある奴しか取らないんだがな」
先輩の男はエルジュの肩をバシバシと叩いた。
「今年は面白いのがいるといいなぁ!」
そう言いながら去っていく背中に、エルジュは肩を竦める。
「面白いの、ねぇ……」
エルジュも入ってから知ったが、ここの入所条件はある意味とてもとても高い。
勉強だけできても駄目。人柄だけでも駄目。振る舞いや経歴がどれほど華やかで素晴らしくとも、落ちる者は落ちるのだ。
この研究所に入るために必要なのはただ一つ。
――蝶の民を心から愛していること。
もっと言うなれば、蝶の民を愛し、守りたいと心の底から願えていること。そのために、身命を賭せる覚悟のあること。
簡単なようで、とても難しい条件だ。
逆に言えば、それさえクリア出来るのならは、その他の瑕疵は少々ならば目を瞑ってもらえる。
そのくらい、この国において「蝶の民研究」というものは、様々な思いが巡るものなのだと言えた。
「――さて。授業の内容をチェックしてもらいに行くか」
エルジュは座学に使う書類を纏めたファイルを持って立ち上がる。
体験入所の開始まで、後一ヶ月を切っていた。