初稿置き場
#玉座の憧憬
#玉座の憧憬_本編
32
ここ暫くのセレンが、一体何を考えているのか。
穏やかに微笑むようになった彼女を見て、ロウェルは時折、言い知れぬ不安に駆られる。
アレイストの生家に着いて以降、セレンの周囲はただ凪いでいる。
「セレン」
まだベッドから出ることを許してもらえないロウェルは、その傍らで刺繍に勤しむ彼女に声をかけた。
その手付きは若干危うげだが、リーティエ公女に教えてもらったのだと、微笑みながら言っていた。
「どうしたの?」
顔を上げたセレンが、首を傾げる。
「……最近、夜は眠れてるか?」
唐突にそう尋ねたロウェルに、セレンは不思議そうな顔で目を瞬かせた。
「なぜそんなことを?」
「いや……、その、前はあまり眠れなかっただろ。今はどうなのか、って」
ロウェルの返答に、セレンはおかしそうに笑った。
「あなたがそれを聞くの? 私に一服盛っていたのはお前だろうに」
さらりと告げられた言葉に、息を飲む。
「気付いて……」
「あの変に甘い茶だろう。あれを飲んだ後は決まって頭がぼんやりしたから」
ロウェルを責めるでもなく、穏やかに微笑んだまま告げられる言葉に、二の句が継げずに黙ってしまう。
「あれにはどういう効果が?」
「……判断力を鈍らせ、思考力を低下させる効果があった」
「なんだ。じゃあ、母様の声は関係なかったのね。今も効果が続いてるのかなって、ちょっとだけ期待してたのに」
「あれにそんな持続性は――……、今も母親の声が聞こえるのか……?」
愕然として問いかけた言葉に、セレンは笑った。
「もちろん。今もここにいるわ」
そう言って、彼女は何もない虚空を指差した。
当然といった顔をするセレンに、ロウェルは胸が潰れそうになった。
自分は、想像していたよりもずっと――罪深いことをしたのかもしれない。
「セレン……、こっちへ来てくれないか」
腕を広げると、彼女は作りかけの刺繍を置いて、言われた通りに傍までやってきた。
その細い身体をぎゅっと抱きしめる。
アキュイラにいた頃よりも、随分と痩せた。そんなことを今更のように思い知らされた。
「辛くはないか?」
彼女の長い髪を撫で、じっと返答を待つ。
長い沈黙の後、セレンはぽつりと言った。
「……これは、私に与えられた罰だ」
「『罰』?」
「そう。目を閉じ、耳を塞ぎ、自分で考えることを怠った愚か者への罰だ。だから、辛くなどない」
そう言い切ったセレンは、ふとロウェルの方を見上げて、微笑みを浮かべた。
「それにきっと、近い内に終わるわ。ね?」
ロウェルはぎゅっと強くセレンの身体を抱き締めた。
母の幻聴がセレンへの罰だと言うのなら、きっとロウェルへの罰はこの状況そのものなのだろうと思った。
まるで二人の人間がそこにいるかのように、ちぐはぐな喋り方をするようになったセレン。
心が、壊れかけているのかもしれない。そう思ったのは今日がはじめてではなかった。
それを引き起こしたのが自分だという現実を見つめ続けること。
きっとそれが、ロウェルに課された罰だ。
2025/08/22 00:00:21
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アレイストの生家に着いて以降、セレンの周囲はただ凪いでいる。
「セレン」
まだベッドから出ることを許してもらえないロウェルは、その傍らで刺繍に勤しむ彼女に声をかけた。
その手付きは若干危うげだが、リーティエ公女に教えてもらったのだと、微笑みながら言っていた。
「どうしたの?」
顔を上げたセレンが、首を傾げる。
「……最近、夜は眠れてるか?」
唐突にそう尋ねたロウェルに、セレンは不思議そうな顔で目を瞬かせた。
「なぜそんなことを?」
「いや……、その、前はあまり眠れなかっただろ。今はどうなのか、って」
ロウェルの返答に、セレンはおかしそうに笑った。
「あなたがそれを聞くの? 私に一服盛っていたのはお前だろうに」
さらりと告げられた言葉に、息を飲む。
「気付いて……」
「あの変に甘い茶だろう。あれを飲んだ後は決まって頭がぼんやりしたから」
ロウェルを責めるでもなく、穏やかに微笑んだまま告げられる言葉に、二の句が継げずに黙ってしまう。
「あれにはどういう効果が?」
「……判断力を鈍らせ、思考力を低下させる効果があった」
「なんだ。じゃあ、母様の声は関係なかったのね。今も効果が続いてるのかなって、ちょっとだけ期待してたのに」
「あれにそんな持続性は――……、今も母親の声が聞こえるのか……?」
愕然として問いかけた言葉に、セレンは笑った。
「もちろん。今もここにいるわ」
そう言って、彼女は何もない虚空を指差した。
当然といった顔をするセレンに、ロウェルは胸が潰れそうになった。
自分は、想像していたよりもずっと――罪深いことをしたのかもしれない。
「セレン……、こっちへ来てくれないか」
腕を広げると、彼女は作りかけの刺繍を置いて、言われた通りに傍までやってきた。
その細い身体をぎゅっと抱きしめる。
アキュイラにいた頃よりも、随分と痩せた。そんなことを今更のように思い知らされた。
「辛くはないか?」
彼女の長い髪を撫で、じっと返答を待つ。
長い沈黙の後、セレンはぽつりと言った。
「……これは、私に与えられた罰だ」
「『罰』?」
「そう。目を閉じ、耳を塞ぎ、自分で考えることを怠った愚か者への罰だ。だから、辛くなどない」
そう言い切ったセレンは、ふとロウェルの方を見上げて、微笑みを浮かべた。
「それにきっと、近い内に終わるわ。ね?」
ロウェルはぎゅっと強くセレンの身体を抱き締めた。
母の幻聴がセレンへの罰だと言うのなら、きっとロウェルへの罰はこの状況そのものなのだろうと思った。
まるで二人の人間がそこにいるかのように、ちぐはぐな喋り方をするようになったセレン。
心が、壊れかけているのかもしれない。そう思ったのは今日がはじめてではなかった。
それを引き起こしたのが自分だという現実を見つめ続けること。
きっとそれが、ロウェルに課された罰だ。