初稿置き場

#玉座の憧憬
#玉座の憧憬_本編 24


 久し振りに足を踏み入れた王城は、たった数ヶ月しか離れていなかったにもかかわらず、随分と久しいものに感じた。
 アレイストと別れ、父の待つ応接室へと向かう。
 アキュイラへの赴任を任じられた謁見の間――、よりは私的な空間だが、それでも「客人」として扱われていると感じてしまう。
 ここに自分の居場所は無いのだと、痛感させられた気がした。
 無意識で帯剣したままだった剣の柄を握る。その金属が擦れる音で、自身が酷く緊張しているのだと気付く。
 目的の部屋まで辿り着くと、案内の従僕が一礼して去ってゆく。一人部屋の中に取り残されたセレンは、数度深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。ソファに座る気にはなれなかった。
 だが、程なくして叩扉の音がすると、間髪入れずに父が姿を現した。
「セレンティーネ」
 呼ばれた名に、拳を握る。
「急に戻ると聞いて驚いた。どうした、何かあったか? 便りも無いゆえ、心配していた――」
 白々しい。
 この数ヶ月、欠片でも思い出すことなど本当にあったのだろうか。
 彼にはアレイストという立派な跡取りが存在する。「王女」は、必要ない――。
「……父上」
 セレンは暗い声で呟いた。
「何故、私をここから追い出したのですか」
「なに……?」
 父の困惑したような声さえ厭わしい。セレンは嘲笑を浮かべる。
「白を切らずとも結構です。私の存在が邪魔だったのでしょう?」
「セレンティーネ、お前は一体何を……」
「――もういい加減にしてくれ!!」
 セレンは堪らず叫ぶ。
「私は……、私は王にならねばならないんだ! そのためには、あんな辺境にいるわけにはいかない!!」
「……セレンティーネッ!?」
 気が付くと自分の手に剣が握られている。
 頭の片隅に残る冷静な部分が、いつそれを抜いたのだろうと思ったが、腰にある鞘が空になっていると気付く。
 ああ、でも。父も弟も、殺してしまえば――、母の願いは成就する。
 ならばそれは、とても「良いこと」のように思えた。
「待て! そんなことをしても、お前は『王』にはなれない!」
「……戯言を」
 セレンは剣を振り上げた。
 彼の言葉は、ただの命乞いにしか聞こえなかったからだ。
 分かっているのだ。セレンとて。こんな方法で地位を得ても、長続きなどしないことくらい。それでも――
「私が許しても大臣たちは許さない! お前には――、っ、王家の血が流れていないのだから!!」
「…………は?」
 振り下ろした剣が、父の肉体に触れる寸前で、セレンは手を止めた。
 今、この男は、何と言った?
 止まった刃に安堵したのか、彼は短く息をつくと、後ろに尻もちをついた。
「……本当だ。シエラが、お前の母が直接……、死ぬ間際に言った。だから、お前と私は――」
「黙れ!!」
 セレンは、悲鳴のように叫んで、それ以上の言葉を遮った。
「そんな……そんなはず、ない。母様は、わたしを、『王の子』だって……」
 だが、それ以上に反論が続かない。
 セレンは焦点の合わない目で、床に座り込んだままの父――だと思っていた男を見下ろした。
 本当は、どこかで分かっていた。
 母譲りの流れるような銀の髪。それ以外、父にも母にも似ていない自分。
 母が執拗に繰り返した「お前は王の子なのだから」という言葉が、違う意味を帯びる。
 それは、事実とは違うからこそ、繰り返し口にしたのではないだろうか。まるで、言い聞かせるように。
 でも、それならば、私は――。
 その時、不意に部屋の扉が開いた。
「……アレイスト」
 そこに現れた人物の名を、セレンはぼんやりと呟いた。
 彼は抜き身の剣を握り締めるセレンに目を丸くしたが、そのすぐ後には楽しそうに()()()
「なんだ。もしかして、もう言ってしまわれたのですか、陛下?」
 二人の状況に驚くでもなく、至極悠然と部屋に入ってきた彼に、セレンはぞっとしたものを感じて、一歩後ずさった。
 アレイストはセレンに微笑むと、床に座ったままの父の傍に膝をついた。
「お可哀想に、陛下。愛した娘に剣を向けられて、さぞご心痛のことでしょう。たとえ一滴も血の繋がらぬ娘でも、王女としてこれ以上無いほど、心を砕いてらっしゃったのに」
 優しげな声で囁く姿は、これまで見せていた顔と変わらない。
 だが――、この男は「誰」だ。
 背筋にぞわぞわと怖気が走る。
 アレイストは、膝をついたままこちらを見上げた。
「貴女は、とても大切にされていたのですよ。何も知らない、愚かな姉上」
 はっきりと言葉にされて、これまでの行動が本当にどれほど「愚か」だったか、思い知らされる。剣を握っていられなくなって手から滑れ落ちたそれが、毛足の長い絨毯に沈んだ。
「さあ、陛下。後は私にお任せを」
 そう言いながらアレイストが立ち上がると、開けっ放しだった扉の外に合図を送る。そこに現れた男たち――おそらく、アレイストの臣下たち――が、父を立たせて連れて行った。
「――さて、()()
 アレイストが、セレンの落とした剣を拾い上げながら言った。
「これで、貴女は立派な反逆者ですね」
 その「反逆」という言葉に、びくりと肩が跳ねた。
 しかし、何も言い返すことはできずに、一度は開いた口をまた閉じる。
 だが、一つ言っておかねばならないことがあると思い出して、声を絞り出した。
「……この件は、私一人の、独断によるものだ。アキュイラは関係ない。だから……」
 反逆罪で処されるとして、セレンに連座させられるような親族は存在しない。だが、もしもそちらに害が及んでしまったら、と思ったのだ。今更になって。
 どうしてもっと早く、この行動の危険性に思い至れなかったのだろう。
 本当に自分は、何もかも遅すぎた。
 セレンはきゅっと唇を噛んで、アレイストの返答を待つ。だが彼は、まるで「そんなことか」とでも言うように肩を竦めた。
「知ってますよ。そのくらい」
「……『知ってる』、だって?」
 セレンが顔を上げると、アレイストは堪えきれなかったかのように笑いだした。
「なんだ。気付いたから置いてきたんじゃなかったんですね」
「は……?」
 アレイストは、セレンの疑問には答えず、突然後ろを向いた。
「お前の演技も中々だったみたいだね、ロウェル」
 セレンは瞠目して、アレイストの視線を追う。
 そこには、息を切らせて肩で息をするロウェルがいた。
「……アレイスト」
 苦虫を噛み潰したような顔で、ロウェルが弟の名を呼んだ。
「あ……」
 セレンは小さく喘いで、叫びだしそうになった口を閉じる。
 そうか。そういう……。
 全てが繋がって、セレンはもう立っていられずに、床に手をついた。
 俯いたまま、ぽつりと呟く。
「わたし、貴方に……それほど憎まれていたの、アレイスト」
「……頭の回転は悪くないみたいですね」
 セレンの問いを肯定したも同然の言葉に、視界が滲んだ。
 ロウェルはアレイストの手先だったのだ。
 セレンの心を開かせ、付け込んで――、こうして言い逃れの出来ぬほどの罪を犯させ、確実に葬り去るための。
 最初から出来過ぎだった。賊に襲われたところに通りがかるなど都合が良すぎる。はじめは確かに疑っていたはずなのに、いつからこれほど心を許していたのだろう。
 自身の存在を疎ましく思っていたのは、彼だったのか。
 セレンは顔を上げて、アレイストを見上げた。
 彼の持つ剣の刃に部屋の明かりが反射して、場違いなほど綺麗に見えた。
 先ほど、セレンがしたように、アレイストが剣を振り上げる。
 セレンはその様をじっと見ていた。
 ああ、これでやっと――。
 迫りくる刃に身体の力を抜こうとした時、突然その動きが止まった。
 セレンも、そしてアレイストも驚いた顔をしている。
 その剣を止めたのは――、アレイストの腕を掴んだロウェルだった。
 アレイストが背後からきつく腕を握りしめるロウェルを睨む。
「何のつもり、っ――」
 ロウェルはアレイストの手を軽く捻って、剣を手放させる。
「アレイスト……。俺はもう……お前とは行けない」
「なっ……」
 それだけ言うと、ロウェルはセレンの腕を掴んで立たせ、半ば引きずる形で部屋を飛び出した。
「――お前()()、私を捨てるのか……、ロウェル!!」
 状況についていけず、されるがまま走るセレンの後ろに、悲鳴のような叫びが聞こえる。
 セレンの腕を掴む手が、一瞬震えた気がした。

2025/08/22 00:00:13

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