初稿置き場

#玉座の憧憬
#玉座の憧憬_本編 12


 急な来客ということで、身繕いはそこそこにしてセレンは客人の元へと向かう。
 もっと着飾らせたかったらしいミイスの不満げな視線を背中に感じながらも、それに気付かぬ振りで歩を進めた。
「ここだな?」
 頷くミイスの姿を確認して、セレンは扉を叩いてからゆっくりと開ける。
「お待たせして申し訳な――…………」
 だが、口にした謝罪を最後まで言い切る前に、セレンはそこにいた人物に、ぽかんと口を開けたまま呆けてしまう。
 固まったままのセレンに、()はスッと立ち上がると、信じられないほど様になった礼をとった。
「お会い頂けまして大変光栄にございます、殿下」
「なっ……、な――」
 セレンの手を取り、その指先に口付ける男の仕草は板についていて、一朝一夕で身につけたものではないとわかる。だからこそよけいに混乱しながらも、セレンはどうにか声を絞り出した。
「どうして、お前がここにいるんだ!!」
 そう叫ぶと彼――ロウェルは、イタズラが成功したように、ニヤリと笑う。
「どうして、って。お仕事だよ。お仕事」
 ロウェルの「お仕事」という言葉で、使者の護衛でもしているのかと思い辺りを見渡すが、どこを見ても彼以外に誰もいない。
 その仕草でセレンが何を考えているのか察しがついたらしく、彼はくすくすと笑った。
「そんな必死で探しても、俺以外いないぞ? ロムーリャからの使者は俺だからな」
 断言されてしまい、セレンはますます混乱する。
「だ、だが、傭兵だって言ってたじゃないか!」
「傭兵、み、た、い、な、って言っただろ?」
 セレンはロウェルの半笑いをしたままの反論に、ぐぬと言葉を詰まらせた。
 たしかに、そう言われた気がする。
 しかし、なんとも納得できずに顔をしかめていると、ロウェルがぽんとセレンの肩に手を置いた。
「揶揄って悪かったよ。さ、座ろう」
 促されてソファに腰を下ろすと、彼もその隣に座る。
 膝の上に置いた手は握られ、太腿は触れあいそうなほど近い。
 明らかに領主と使者の距離感ではなかったが、セレンがそれに気付くほど平静を取り戻した頃には随分時間が経っていて、今更指摘できそうもなかった。
 どことなく気まずさを感じながら、セレンは俯き加減で口を開く。
「お前、いつから私が『セレンティーネ』だと?」
「……まあ、暫く一緒にいたんだ。やんごとなき身分の方だってことくらい、すぐわかるさ」
「そういうものか……」
「セレンティーネ」
 耳元で囁かれる名前に肩が跳ねた。
「拗ねてないで、そろそろこっち向いてよ」
「なっ、拗ねてなんか……」
 顔を上げると、ロウェルと目が間近で合って口を噤んでしまう。
 ロウェルは微笑を浮かべると、セレンの耳元に顔を寄せる。
「さみしかった?」
「だ、誰が……っ」
「そう? 俺はさみしかったけど……」
 耳朶に触れる吐息に、セレンはぎゅっと目を瞑る。
 身体と心に未知の感覚が湧き起こる。
 それに怖気づきながらも、何故か逃げようとは思えなかった。
「ね。俺もっとセレンティーネの傍にいたいんだけど……、だめか?」
「っ、好きに……したらいい」
 セレンが小さく頷くと、ロウェルは小さく嘆息した。
「……ありがとう、セレンティーネ」
 背中に回った彼の腕に緊張しながら、セレンは安堵の混じるロウェルの声音に不思議なものを感じていた。

2025/08/22 00:00:01

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