初稿置き場

#玉座の憧憬
#玉座の憧憬_本編 11


「…………はぁ」
 物思いに沈んでいたセレンは、無意識に頬を指で辿る。
 アキュイラの城へと到着してから――、ロウェルとの別れから、数日。
 王都から突然やってきた余所者の王女を、この地の人々はあたたかく迎えてくれた。
 なんでも、頻繁に変わってしまう代官ではなく、「領主」が、それも王女がやってきた、というのが嬉しいらしい。
 以前は他領と変わらず貴族家の一つが治めていたアキュイラだが、彼らは横領やらなんやらと悪事を働いて罷免され、それ以降なかなか後任が見つからず、現在に至る。
 代官の任期は基本的に一、二年。当座を乗り切るには十分だが、先を見据え、長期目線での領地運営は難しい。
 そういう事情を聞けば、領主邸で働く人々が喜ぶのも理解できた。
 また、セレンの赴任までこの地を守っていた代官も、引き継ぎのために当面残ることになっているのだが、彼が王女を歓迎する雰囲気を作ってくれていたのも大きいだろう。
 現在セレンは、その代官に執務の内容を教わりながら、アキュイラの地について学びを進めている。
 冷たい王宮とは違う、あたたかな空気。
 王女ではなく、「セレン」に向けられる笑顔。
 まだここに到着してから、片手で数えられる程度の日数しか経っていないにもかかわらず、安心と充足を――感じたことのない居心地の良さを覚えていた。
「……私は」
 このまま、ここで生きていってはいけないだろうか。
 母の願いも何もかも忘れて。
 すり、と頬を指で辿る。
 あんな風に触れられたのは、はじめてだった。
 人の手というものは、あんなにも……やわらかにふれるものなの――?
「わたしは……」
 その時、控えめなノックの音が聞こえて、セレンは顔を跳ね上げた。
「っ、誰だ?」
「ミイスです」
 入室を許可すると、どこか怪訝な顔をしたミイスが入ってくる。
「どうした?」
「その、姫様にお客様だそうで……」
「……客?」
 自分をこんな辺境まで訪ねてくる「客」に、まったく心当たりがない。
「どなただ?」
「ロムーリャ公国からの使者様だそうです」
 セレンはますます首を捻る。
 ロムーリャ公国――。ここ、ウィレミニア王国の属国であり、アレイストの母がいる国だ。
 ミイスによると、セレンのアキュイラ領主就任を祝いにきた、ということだが……。
「何故……?」
「さあ…………」
 弟ならばともかく、セレンに公国との直接的な繋がりはない。アキュイラが国境を接しているわけでもなく、理由がよく分からなかった。
 だが、相手は公国の印璽が押された書状を持っているとかで、無下にすることもできなかったそうだ。
「どうされます?」
「……会う」
 訝しむ気持ちが無いではなかったが、正式な使者として訪ねてきたのならば、自分が対応する他ない。
 セレンは仕方なく立ち上がると、客人を待たせているという応接室へ向かった。

2025/08/22 00:00:00

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