初稿置き場

#玉座の憧憬
#玉座の憧憬_本編 10


 セレンの心配をよそに、一行は何の問題も起こらないまま、アキュイラの地を踏んだ。
 国境地帯ではあるものの、もう何十年と戦の起こっていない街は美しく整備され、馬車から見るその光景は両国の平和を象徴しているように思えた。
 これから、自分はこの場所で生きて、そして死んでいくのだろうか。
 ほんの少し、胸の中に寂寥が浮かぶ。だがそれと同じくらい、この美しい街を守っていくという役目は、そう悪いものではないのかもしれないとも思う。
「――少し、街を歩いてみたいんだが」
 ぽつりと零れた言葉にミイスがにっこりと微笑み、程なくして馬車は街の広場に停車したのだった。

 ロウェルの手を借りて地面へと降りたセレンは、王都とはまた違うアキュイラの街並みに、きょろきょろと視線を巡らせる。
 そんなセレンにくすとロウェルが笑みを漏らす。
「楽しそうだな」
「なっ……そ、そんなんじゃないっ。私は周囲を警戒して――」
「はいはい、そういうことにしといてやるよ」
 苦笑しながら髪をかき混ぜる手に、セレンはますます目を吊り上げる。
「だから、髪を乱すのはやめろと――」
 セレンが拳を握ると、彼は手を離して肩を竦めた。
「まあ、なんにせよ無事に着いてよかったじゃないか」
「……ああ」
「んじゃ、俺もお役御免だな」
 そう言って、ニッと笑うロウェルに、セレンは虚を突かれる。
「は――?」
「おいおい。元々アキュイラまでの護衛、っていう契約だったろ? 忘れちまったか?」
「そういうわけじゃ……」
 たしかに、目的の場所まで到着はした。だが、てっきり城まで――、これからセレンが住むことになる場所までは着いて来るのかと思っていたのだ。
 まだ別れまで暫しの猶予があると思っていた――。
 だが、ロウェルは「お役御免」という言葉を取り消す気配もなく、セレンは呆然としたまま、どうにか謝礼金の手配だけは指示をする。
 ロウェルは受け取った袋を開けて、ザッと中身を確認するとすぐに懐にしまった。
「はいよ、たしかに」
 セレンは何と言ってよいか分からずに、ただロウェルの姿を無言で見つめる。
「それじゃあな」
「…………ああ」
 ここで彼を引き留める理由など存在しない。
 セレンは俯きながら、こくりと頷いた。
 だが、彼はすぐには去ろうとせず、小さく嘆息する。そして、セレンの俯いた視界に彼の手が伸びてくる。
「な、に……」
 頬をすべる指に、上を向かされる。
 感情の読めない彼の目と視線が絡んで、セレンはぴくりと肩を跳ねさせた。
「そんな顔しなくても、すぐに会える。またな、セレンティーネ」
「え……」
 ロウェルの唇が頬をかすめてゆく。
 セレンは彼の体温が移ったかのように熱い頬を押さえながら、今度こそ去っていくロウェルの背中をただ見送った。

2025/08/20 00:00:00

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