初稿置き場
カテゴリ「夢見る少年と未羽化の蝶 挿話3」
小説・BL2026/10/23 11:40:27
#夢見る少年と未羽化の蝶
#夢見る少年と未羽化の蝶_挿話3 2
日々はあっという間に過ぎ、体験入所がはじまった。
「――今年の子たちはどういう様子だったかな?」
その初日から一日明け、朝礼が行われる最中、蝶の民研究所の長ライシオンが話の流れで、そう問いかけてきた。どう、と言われても――と思いつつ、エルジュは言葉に迷いながら返答する。
「まだ初日を終えたばかりですので、なんとも……。ああ、でも」
昨日会ったばかりの五人の顔を思い浮かべ、その内の一人だけ印象に残っているのを思い出す。
「レンという学生ですが、彼は他四名に比べても、かなり意欲的なようでした」
エルジュがそう言うと、斜め前に座っていた女性職員が手を上げる。
「わたし覚えてますよ、その子。エルジュくん、質問攻めにされてたでしょ? 困ってておもしろ――大変そうだな、って」
初日の自己紹介の後、エルジュが先導して行われた研究所内の案内でのことだ。半笑いで「面白い」と言いかけた彼女をむっと睨むエルジュだが、あの場に居合わせたのは彼女だけではない。何人か同じように笑いを堪えている姿があった。
「そうか。意欲的なのは結構なことだね」
雰囲気につられるようにライシオンも、くすりと笑っている。だが、年嵩の研究員が真面目な口調で言葉を挟んだ。
「しかし……。そういうことならば、少し注意して見守った方が良いかもしれませんね」
少々警戒するような声音に、ライシオンも笑みを引っ込めて頷いた。
「そうだね。そういうタイプは大方が二種類に分けられる。『我々と志を同じくできる者』か、『興味本位で現場を引っかきまわす者』か……」
神妙に呟いたライシオンは、エルジュに視線を向けた。
「エルジュ、君はどう思う?」
静かな彼の眼差しに、エルジュは小さく首を横に振った。
「後者でなければいいと思いますが……、判断はまだ出来かねます」
それから胸の内で、エルジュはこう付け足した。
ただ、私は彼が少し――苦手だ。
#夢見る少年と未羽化の蝶_挿話3 2
日々はあっという間に過ぎ、体験入所がはじまった。
「――今年の子たちはどういう様子だったかな?」
その初日から一日明け、朝礼が行われる最中、蝶の民研究所の長ライシオンが話の流れで、そう問いかけてきた。どう、と言われても――と思いつつ、エルジュは言葉に迷いながら返答する。
「まだ初日を終えたばかりですので、なんとも……。ああ、でも」
昨日会ったばかりの五人の顔を思い浮かべ、その内の一人だけ印象に残っているのを思い出す。
「レンという学生ですが、彼は他四名に比べても、かなり意欲的なようでした」
エルジュがそう言うと、斜め前に座っていた女性職員が手を上げる。
「わたし覚えてますよ、その子。エルジュくん、質問攻めにされてたでしょ? 困ってておもしろ――大変そうだな、って」
初日の自己紹介の後、エルジュが先導して行われた研究所内の案内でのことだ。半笑いで「面白い」と言いかけた彼女をむっと睨むエルジュだが、あの場に居合わせたのは彼女だけではない。何人か同じように笑いを堪えている姿があった。
「そうか。意欲的なのは結構なことだね」
雰囲気につられるようにライシオンも、くすりと笑っている。だが、年嵩の研究員が真面目な口調で言葉を挟んだ。
「しかし……。そういうことならば、少し注意して見守った方が良いかもしれませんね」
少々警戒するような声音に、ライシオンも笑みを引っ込めて頷いた。
「そうだね。そういうタイプは大方が二種類に分けられる。『我々と志を同じくできる者』か、『興味本位で現場を引っかきまわす者』か……」
神妙に呟いたライシオンは、エルジュに視線を向けた。
「エルジュ、君はどう思う?」
静かな彼の眼差しに、エルジュは小さく首を横に振った。
「後者でなければいいと思いますが……、判断はまだ出来かねます」
それから胸の内で、エルジュはこう付け足した。
ただ、私は彼が少し――苦手だ。
2026/10/19 22:20:57
#夢見る少年と未羽化の蝶
#夢見る少年と未羽化の蝶_挿話3 1
私が蝶の民の研究者を目指したのは、そう変わった経緯があったわけではない。
親友――、そう呼んで差し支えないほど仲の良かった友人が、羽化できずに帰ってこなかった。それだけの話だ。
蝶の民としてこの国に生まれた者ならば、そう頻繁にではないにせよ、そんな過去を持つ者もいないではない。私も、そんな「悲劇」を持つうちの一人というだけ。
幸いにして研究職に適性もあり、難なく王都の研究機関に就職を決め――、気付けば二年の月日が経っていた。
今年も夏が来て、あの時期になった。
アカデミー上級課程卒業年次生向けの、職業体験の季節だ。
「エルジュ、今年は君が担当だ」
そう研究所長から告げられたのは、春の終わりだったか。
昨年は入所したばかりだったため、先輩たちが準備して回る様を横目で見ているだけだったが、毎年「体験入所」は新人が担当するのだそうだ。
今年入った新人はいない。エルジュが現状この蝶の民研究所の一番若手である。
断れるはずもないのだが、そう口が達者な方ではないことを自覚しているエルジュは、思わず顔をしかめてしまう。不満がもろに出ていたからか、所長には「補佐はつけてやるから」と笑われたのだった。
とはいえ、準備自体は前年までの資料があるため、細かい修正をする程度だ。体験入所の手続きに関しても、基本的にはアカデミー側が管理しているため、受付締切後に出席者のリストを受け取るだけだった。
「今年は五人か~、意外と多いな」
「そうなんですか?」
先輩の一人が名簿を見て感嘆の声を漏らすのに、エルジュは首を傾げた。
「ああ。毎年多くて三人……、下手すりゃゼロの年もあるぞ」
「へぇ……」
言われてみれば、自身がこのプログラムを受けた時も出席者は三人だった。まさかあれで多い方とは。
「まあ、若いもんにとっちゃあ、『蝶の民だけ』を研究するここは、地味でつまらんのだろうよ」
彼はわははと快活に笑う。
「派手さも無ければ、結果もすぐに出るとは言い難い。同じ研究者でも、魔法や魔道具の方がそりゃ人気だろう。だからこそ、見込みのある奴しか取らないんだがな」
先輩の男はエルジュの肩をバシバシと叩いた。
「今年は面白いのがいるといいなぁ!」
そう言いながら去っていく背中に、エルジュは肩を竦める。
「面白いの、ねぇ……」
エルジュも入ってから知ったが、ここの入所条件はある意味とてもとても高い。
勉強だけできても駄目。人柄だけでも駄目。振る舞いや経歴がどれほど華やかで素晴らしくとも、落ちる者は落ちるのだ。
この研究所に入るために必要なのはただ一つ。
――蝶の民を心から愛していること。
もっと言うなれば、蝶の民を愛し、守りたいと心の底から願えていること。そのために、身命を賭せる覚悟のあること。
簡単なようで、とても難しい条件だ。
逆に言えば、それさえクリア出来るのならは、その他の瑕疵は少々ならば目を瞑ってもらえる。
そのくらい、この国において「蝶の民研究」というものは、様々な思いが巡るものなのだと言えた。
「――さて。授業の内容をチェックしてもらいに行くか」
エルジュは座学に使う書類を纏めたファイルを持って立ち上がる。
体験入所の開始まで、後一ヶ月を切っていた。
#夢見る少年と未羽化の蝶_挿話3 1
私が蝶の民の研究者を目指したのは、そう変わった経緯があったわけではない。
親友――、そう呼んで差し支えないほど仲の良かった友人が、羽化できずに帰ってこなかった。それだけの話だ。
蝶の民としてこの国に生まれた者ならば、そう頻繁にではないにせよ、そんな過去を持つ者もいないではない。私も、そんな「悲劇」を持つうちの一人というだけ。
幸いにして研究職に適性もあり、難なく王都の研究機関に就職を決め――、気付けば二年の月日が経っていた。
今年も夏が来て、あの時期になった。
アカデミー上級課程卒業年次生向けの、職業体験の季節だ。
「エルジュ、今年は君が担当だ」
そう研究所長から告げられたのは、春の終わりだったか。
昨年は入所したばかりだったため、先輩たちが準備して回る様を横目で見ているだけだったが、毎年「体験入所」は新人が担当するのだそうだ。
今年入った新人はいない。エルジュが現状この蝶の民研究所の一番若手である。
断れるはずもないのだが、そう口が達者な方ではないことを自覚しているエルジュは、思わず顔をしかめてしまう。不満がもろに出ていたからか、所長には「補佐はつけてやるから」と笑われたのだった。
とはいえ、準備自体は前年までの資料があるため、細かい修正をする程度だ。体験入所の手続きに関しても、基本的にはアカデミー側が管理しているため、受付締切後に出席者のリストを受け取るだけだった。
「今年は五人か~、意外と多いな」
「そうなんですか?」
先輩の一人が名簿を見て感嘆の声を漏らすのに、エルジュは首を傾げた。
「ああ。毎年多くて三人……、下手すりゃゼロの年もあるぞ」
「へぇ……」
言われてみれば、自身がこのプログラムを受けた時も出席者は三人だった。まさかあれで多い方とは。
「まあ、若いもんにとっちゃあ、『蝶の民だけ』を研究するここは、地味でつまらんのだろうよ」
彼はわははと快活に笑う。
「派手さも無ければ、結果もすぐに出るとは言い難い。同じ研究者でも、魔法や魔道具の方がそりゃ人気だろう。だからこそ、見込みのある奴しか取らないんだがな」
先輩の男はエルジュの肩をバシバシと叩いた。
「今年は面白いのがいるといいなぁ!」
そう言いながら去っていく背中に、エルジュは肩を竦める。
「面白いの、ねぇ……」
エルジュも入ってから知ったが、ここの入所条件はある意味とてもとても高い。
勉強だけできても駄目。人柄だけでも駄目。振る舞いや経歴がどれほど華やかで素晴らしくとも、落ちる者は落ちるのだ。
この研究所に入るために必要なのはただ一つ。
――蝶の民を心から愛していること。
もっと言うなれば、蝶の民を愛し、守りたいと心の底から願えていること。そのために、身命を賭せる覚悟のあること。
簡単なようで、とても難しい条件だ。
逆に言えば、それさえクリア出来るのならは、その他の瑕疵は少々ならば目を瞑ってもらえる。
そのくらい、この国において「蝶の民研究」というものは、様々な思いが巡るものなのだと言えた。
「――さて。授業の内容をチェックしてもらいに行くか」
エルジュは座学に使う書類を纏めたファイルを持って立ち上がる。
体験入所の開始まで、後一ヶ月を切っていた。
2026/10/19 14:39:53
#夢見る少年と未羽化の蝶_挿話3 3
明るく活発で人好きのする青年――。
エルジュだけではなく、レンと出会った多くの者は、彼をそう称するだろうと思う。
悪い人物ではないのだろう。それくらいはエルジュにも分かる。
だが、それでもエルジュは彼が少し「苦手」だと感じていた。
人との距離を詰めるのが上手く、ああいった性格ならばきっとどこへ行っても上手く溶け込めるのだろうと思う。そしてそれは、エルジュには無い特性であり、気後れするというのは大きい。
だがそれ以上に、彼を見ていると――思い出してしまうのだ。自身が過去に失った、親友のことを。
顔形は似ても似つかないのに、どこか重なって見える。それがほんの少し寂しくて、何故か苛立ちを覚えるのだ。レンにとっては、見当違いで理不尽もいいところだというのは理解しているが、その感情が消えるわけではない。
そんなやるせのない感情を抱えたまま数日が経ち、座学の日程が終了した。
講義に関しては正直なところ――、学生にとって面白さを感じるようなものに出来たとは言い難かった。
そんな中でもレンだけは毎日、目をキラキラさせて一心に聞いてくれるのだ。
彼に対して好意的に思う気持ちと、一層苛立たしい気持ちとが、エルジュの中でますます膨れ上がっている。
体験入所の四日目になり、蛹期の被験者宅へ学生たちを連れて行くという段になっても――、苛立ちの原因はいまだ掴めぬままだった。
「……レン、貴方はくれぐれも出先で、はしゃがないように」
研究所の門前で、エルジュは――自分でもどうかと思うくらい――つっけんどんに、レンへ注意をしてから出発した。
目的地までの道すがら、エルジュはこれからの流れを反芻しつつも、その傍らではレンと、彼に感じる苛立ちとについて思考を巡らせていた。
だがやはり答えは出ないまま、現地へと到着してしまい、エルジュはレンともう一人の体験入所者であるファルとを伴って、家の中へと入った。
そこはもう何度か訪ねている場所であるため、迷いなく廊下を進むと繭のある部屋まで辿り着いた。
見た目に変化が無いことを確認しながら、その繭の傍に持参した鞄を広げる。中には試薬や試験管など、簡単な検査キットが収められている。危険度の高い繭であれば、それ以外にも羽化に必要な魔素の循環を促す薬品やなど、諸々の処置を施す道具も持ってくることもある。だが今回の繭は現状、経過観察のみであるため、基本的なものだけ用意していた。
エルジュが繭の採取をするための準備をしている後ろで、レンは興奮を隠しきれない顔で、繭を見つめている。
そろりと近寄って、手を伸ばしかけたようだが、ハッとしてそれを引っ込めるのを横目で確認して、止めようと声を上げかけた口を閉じた。
「あ、あの、あの! さわっちゃ……、だめ、ですよね……?」
レンに問いかけられた被験者の母親から確認の視線を感じて、エルジュは溜息をつく。
「絶対に、揺らさないなら……問題はないですよ」
「ありがとうございます!!」
体験入所の管理者としては、被験者に害さえ及ばないのであれば、学生の意欲的な行動は歓迎すべきなのだ。
だからこそ、念入りに釘を刺して許可したエルジュだが、心の中ではもやもやしたものが燻っているのも感じていた。
鞄から筆記具を出そうとしていた手を止めて、レンの動作を注視する。
彼はゆっくり繭へと近付くと、まるで――触れれば消えてしまうとでも思っているかのように、慎重な動きでその表面に指先で触れた。それによって少しは安心したのか、今度は手の平を這わせる。
だが、そのどちらもがとても優しい手付きで、その表情も緊張を滲ませつつではあったが、やわらかなものだった。
それを見て、エルジュは小さく息をついた。
この青年は――、本当に蝶の民を愛しているのだ、と。
エルジュは暫し瞑目する。そして次に目を開けた時、レンの姿はこれまでのように親友と重なって見えることはなくなっていた。
それに気付いて、そうか――と思った。
自分はずっと、親友の死を受け入れられていなかったのだ。蛹となりそのまま姿を消してしまった彼が、本当はまだ羽化していないだけで、いつか……いつか戻ってくるのではないか、と。
葬儀にも出席した。繭から取り出された、眠るような穏やかな顔を見た。墓にだって時折訪れる。なのに、いつか――と。
レンを見て苛立ったのは、似ていないくせに、どこか思い出させるそんな振る舞いが、「もう彼はいないのだ」と訴えかけるように感じたからだろう。
君は、もう戻ってこないんだな――。
それを心の底から理解する。
だが、どこか晴れやかな気分だった。
「――なんですか?」
繭から一歩後退したレンが、エルジュの視線に気付いてか首を傾げる。
「……いえ」
なんでもないと首を振り、だがそのままレンを見ているのも気恥ずかしくて繭の方を向いた。
エルジュは心の中で、亡き親友の名前を呼ぶ。
それから、彼が示してくれたこの研究者という道を、これからも精一杯歩んでいくと、再度心に誓った。
そしてきっと――その道を歩む仲間の一人に、レンも加わるのだろう。
そんな確かな予感を感じていた。