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あの日から、アミラとリーヴィスの関係は一変した。
他愛のない雑談、朗らかな会話は一切無くなって、二人の間に流れるのは無言と冷たい空気だけになっている。
だが、顔を合わせる機会が減ることはない。
全てを知られてしまい開き直ったのか、リーヴィスはアミラを「次期女王」として帝国の復興を目論む同志たちと会わせるようになったからだった。
とはいえ、アミラがすることは殆どない。
ただリーヴィスの隣で微笑んで、彼らの挨拶、皇族への畏敬の念を受け止めるだけだ。一言も発さない時さえある。どこか現実味がなく、他人事のようにさえ感じていた。
殆どの受け答えをリーヴィスがするのを、聞いているだけの時間が過ぎていく。それでも、やり取りに不穏なものが混じっていることに、気付かずにはいられない。
戦争――。彼らは、そういったものを良しとする気色が盛んだった。
「……ねえ、リーヴィス」
私的な交友会――に見せかけた定例集会のようなものが終わり、招待客を最後まで見送ったアミラは、隣にいる彼の名を不意に呼んだ。こちらから声をかけたのは、本当に久し振りだった。
微かに驚いた気配を滲ませたリーヴィスだが、すぐに表情を消すと視線を向けてくる。
「なんですか?」
「本当に――、成功すると思ってるの」
何が、とは言わなかった。だが、彼には分かるはずだ。勿論、「帝国の再興」という名の、彼らの夢についてだった。
リーヴィスは何も答えない。
返答に窮しているのか、回答の必要はないと思っているのか――。
彼の返事を待たずに、アミラは言葉を重ねた。
「わたし、貴方が成功させようと考えてるようには思えない」
「……何故そう思うんですか?」
「だって……」
アミラはきゅっと唇を引き結ぶ。
彼らの交わす言葉は、どこかまさに「夢」のようだった。
在りし日々を思い出し、あの頃は良かったと懐かしんでいるだけで、その後の具体性が感じられない。
今の体制を崩しさえすれば、当時の帝国が戻ってくると、誰もが信じ込んでいる。
だが、本当にそんなにも事は簡単なのだろうか。
ちらとリーヴィスを見上げる。
しかしこの男が、その程度のことに気付いていないなどということがあるのか。
それに何より――、アミラにはリーヴィス自身が「帝国の復活」を望んでいようには感じられなかった。
そもそもが、彼の父が抱いている夢だ。当たり前と言えば当たり前なのかもしれない。だがそれを鑑みたとしても、同胞であるはずの貴族たちに向ける視線が、あまりにも冷たい気がしていた。
「彼らは『皇族の生き残り』に、過去の栄光を見てるだけじゃない」
「よく……見ていますね」
リーヴィスは、アミラの指摘を否定しなかった。彼自身、その様子について理解しているに違いない。
「――ですが、内乱は起きますよ」
「貴方が起こす?」
「ええ」
はっきりとリーヴィスは頷いた。
ならば彼の中で、その事象は既に決定事項なのだろう。でも、何故――?
「どうし……」
「――殿下っ!!」
その時、アミラの問いを遮って、聞き覚えのない男の叫び声が耳に届いた。
驚いて声のした方向を見ると、車椅子から転げ落ちたらしき格好をする、痩せた老人がいる。
「……父上」
もしやとは思ったが、リーヴィスの小さな呟きでその正体を察した。これまで何かと理由をつけて会うことのなかった、彼の父親のようだ。
寝間着姿で頬も目も落ち窪んだ老人の姿に、伏せがちだというのは本当だったのかと少しだけ思った。しかし、その眼光はギラギラとして、一心にアミラを見つめている。
その視線があまりにも必死で、思わずリーヴィスの服を掴んだ。彼は溜息をつきながら、アミラをかばうように前へと進み出る。
「外出とは珍しいですね、父上。今日はお加減の方もよろしいので?」
だが老人は、そんな息子の問いかけも聞こえていないのか、地面に這ったまま手を伸ばしてきた。
「ああ、殿下……。あの日のお姿のまま……! やはり……、やはり、あれは夢だったのですね!! あのような……、残忍なことはあってはならない……。ああ、やはり…………」
彼はぶつぶつと何かを言いながら、必死に這い寄ってこようとしていたが、リーヴィスが間に立ち塞がりアミラを背に隠す。それから、少し離れたところにいた護衛らしき男たちを呼び、虚ろな目をした父親を再び車椅子に乗せさせると、そのまま少々強引に屋敷の方へ戻らせた。
「……今まで会わせなかった理由が分かりましたか?」
「え、ええ……」
恐怖と困惑できつく握り締めていた手を、ようやくゆっくりと解く。
「亡き王女殿下の処刑を見て以来、父は徐々にああなりましてね。数年前まではもう少しまともだったんですが」
リーヴィスはアミラの微かに震えるその手をとって、両手でそっと包み込むように握った。
「帝国の再建を目指し、行動を起こしたのは父です。そして、その計画は既に引き返せないところまで来ています」
彼は握ったままの手を引いて、別邸の方へと歩いていく。
リーヴィスはそれ以上何も言うことはなかった。だが、きっと続きはこうなのだろうと思う。
だから戦を起こす以外、もう道はないのだ――。
全てはアミラの預かり知らぬところで進んでいく。
リーヴィスは一層忙しげになり、彼やその同胞たちの空気から、蜂起の時は近いのだろうということだけは察せられていた。
帝国とやらに何の愛着もないアミラとしては、彼らに同じだけの熱量を求められても困る。そのため、あまり表に出ずとも済むのはありがたい反面、事態が把握できていないという不安は募っていた。
そうして日々が過ぎていき、融け残っていた雪も完全に姿を消した春――。
夕刻、アミラの元へやってきたリーヴィスはこう言った。
「明日、王城へ攻め込みます」
驚きはなかった。
ただ、ついにこの日が来てしまったのか、と思っただけだ。
「わたしは何をさせられるの」
「何も。強いて言えば、決起の際に顔を出すだけです。後は全て私が終わらせます」
「そう……」
アミラは彼の顔を見上げる。
「全てが終わった後も、貴方が全部決めるの?」
リーヴィスは何故か曖昧に微笑むだけで、答えようとはしなかった。
ただ、こちらに手を伸ばして頬に優しく指で触れる。
「今日は早めに寝てください。明日はきっと忙しい一日になります」
笑みを残して、彼は踵を返した。
その笑顔にどうしてだか、胸がざわざわと揺れて落ち着かなくなる。
明日の成否を心配してのことではない。ただ――
そして、その落ち着かなさの理由は、すぐに知ることとなった。
「リーヴィス、待って! どこへ行くの!?」
夜が明け、彼の言葉通りに決起の際に顔を出し――、アミラの仕事は終了した。後は彼らがどういう命運を辿るにせよ、もう待つしかない。
そう思っていたのだが、今アミラはリーヴィスに手を引かれて、人気のない森の中を進んでいた。
先程から何度も呼びかけているが、彼は何かに追い立てられるように足を止めることはない。体格の違うアミラは、半ば引きずられてしまっているくらいだ。こんなことははじめてだった。
そうして暫く進んだ後、リーヴィスの動きが唐突に止まる。アミラはその勢いを殺しきれずに、軽く彼の背中にぶつかって、鼻をさすりながら顔を上げた。
「リーヴィス……?」
何故急に立ち止まったのかと怪訝に思いながら、彼の前方にあるものを確認しようと向こう側を覗き込んで――、息を飲む。
「叔父、さま……?」
そこにはアミラの叔父――母の妹である叔母の配偶者ウィルフレッドがいた。
「叔父さまっ!」
「アミラ……っ」
リーヴィスの背から飛び出して、ウィルフレッドに抱きつくと、彼も力強く抱き返してくれる。その腕の感触に夢や幻の類でないと実感して、じわりと涙が滲んだ。
「元気そうでよかった、アミラ。ティニス――父上でなくて済まないな」
「ううん、いいの。叔父さま、会えてうれしい……」
ひとしきり抱き締めあった後、アミラはようやく身体を離してウィルフレッドの姿を見上げる。
「でもどうして、こんなところに……?」
「ああ、それは――」
彼がアミラの背後を見るのに気付いてハッとした。
そうだ。自身をここまで連れてきたリーヴィス以外に、このようなことをできる人間はいない。
「リーヴィス、なんで……」
困惑するアミラに彼は苦笑した。
「お疲れ様でした。貴女の役目はここで終了です。ウィルフレッド殿と祖国へお帰りください」
「え……」
意味が分からず呆けていると、リーヴィスは「用事は済んだ」とばかりにこちらに背を向ける。
「まっ、待ってよ! 終わりって、どういう……」
彼は足こそ止めたものの、振り返ることなく答える。
「言葉のままです。もう貴女が『女王』役をする必要はない。言ったでしょう、『後は私が全て終わらせる』と」
それは昨日耳にした発言だった。
だがその時とは全く違った意味合いに聞こえてくる。
昨日はどういった形になるにせよ、「帝国」という名の妄執に終止符を打つのだと解釈した。
しかし、今は――
「死ぬ…つもり……?」
リーヴィスは「もう女王は必要ない」と告げた。けれどもし、この反乱が成功するのならば、アミラの存在は不可欠だ。実権が誰のものになるのかは知らないが、玉座を埋める人間は必要になる。そして今更、別人を立てられないほどには、アミラは「次期女王」として姿を見せていた。
ならば残る可能性は一つ。
彼は今回の動乱を失敗すると考えて――いやむしろ、失敗「させる」つもりなのかもしれない。
そうして「失敗」した場合、それに関わった者たちは……。
震える声で呟いた問いに、リーヴィスは微かに笑った。
それから、ちらと顔だけこちらを向ける。
「貴女には私と、地獄まで付き合ってもらうつもりだったんですがね」
彼はそう言って淡く微笑むと、ウィルフレッドに視線だけで目礼し、今度こそアミラたちに背を向けて歩き出した。
「まっ……」
その背中には明確な拒絶があって、アミラはそれ以上彼を呼び止めることができなかった。
だって、何を言えばいい?
わたしは彼のことを何も知らない。
アミラは過ごした時間に比べて、知っていることの少なさに愕然とした。
彼が自分の傍で何を思い、考えて――、この日に……この選択に至ったのか。何も知らない。
それでも行ってほしくなかった。
けれど、アミラの言葉で彼がもう二度と立ち止まってはくれないだろうことも分かっていた。
「リーヴィス……」
細い声はきっと彼の耳までは届かなかったに違いない。
「…………リーヴィス……っ」
アミラは追いかけそうになる身体をウィルフレッドに押さえられながら、ただその名前を呼ぶしかできなかった。