10
舞い散る桃色の花びら

「シエナ」

 自身の名を呼ぶ声がする。

 ああ、どうして今まで、気が付かないでいられたのだろう。彼の瞳、その視線は、こんなにも自身に注がれていたというのに。

 シエナは、何の言葉も返せないまま、ただウィルフレッドを見つめていた。

 彼がゆっくりと止まっていた一歩を踏み出した。それはそのまま二歩、三歩、と続き、シエナのほんの近くで止まった。

「……花びらが」

 ウィルフレッドの指がシエナの髪を掠めて、そこについていた薔薇の花びらを掬った。

 視線が絡む。

 言うべきだった、ありがとうも、ごめんなさいも、シエナは口にすることすら忘れたまま、ウィルフレッドを見つめる。

 零れ落ちたのは、自分でも意外なほど素直な言葉だった。

「――すき、です。あなたのことが、とても」

 ウィルフレッドの目が見開かれる。

「もうずっと昔から、わたしはあなたに恋をしているのです。――ウィル」

 ウィルフレッドは何も言わなかった。ただ、どこか苦しげに顔を歪め、そして堪りかねたように、シエナの腕を強く引いた。

 彼の体温に包まれ、シエナはその背に手を回しながら目を閉じる。

 言葉はいらないと想った。

 その腕の力強さが、何よりの証拠だから――

fin.

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