初稿置き場

#玉座の憧憬
#玉座の憧憬_ロウェル×アレイストIF 14


 もちろん、アレイストは反射的に逃げようとした。
 だが、彼女から逃げ切れる足などあるはずもなく、足が縺れて転びそうになった所を助けられるという有り様だった。
 そして、現在。
 アレイストは街中にある茶店の個室で、セレンティーネと向かい合っていた。
「で。何故、誘拐された王太子殿下がこんなところにいるんだ」
 人払いされた室内には、二人の他は誰もいない。
「姉上こそ……」
「私はお忍びで視察だ。アキュイラの治水事業の参考にしようと」
 どうやら旅行名目で、仕事をしにきたらしい。まだこの街の領主とは会っておらず、普段の様子を見に来たようだ。どうりで周囲に彼女以外の誰もいないはずである。
 それがひとまずはアレイストに幸いしているが、その幸運が続くかはこれからの交渉次第だ。
 しかし、「誘拐」されたのも、それにもかかわらず他国のふらふらしていたのも事実であるため、上手い誤魔化し方がまったく浮かばない。
 黙り込んでいると、セレンティーネが嘆息する。
「私は話したぞ。お前はどうなんだ」
「それは、その……」
 セレンティーネは、答えられないでいるアレイストを、じっと見つめる。
「『誘拐』が狂言……、なわけはないな。実際お前はここにいるのだし。じゃあ、お前は納得して連れ去られた?」
「……っ」
 アレイストは相変わらず何も答えられなかったが、その沈黙は肯定と同じだった。
 セレンティーネの物言いたげな視線を感じながら、アレイストは思う。
 国にいた頃なら、きっと彼女を煙に巻くようなことを言えたはずだ。
 もう、「王太子」の仮面をつけることすらできないのか。
 そう気付いて、少なくない衝撃を受ける。
「……恋人か?」
「っ、ちが……、あいつはそんなんじゃ……!」
 反射的に言い返して、頬が赤らんだ。「恋人」などではないが、「誰か」がいると白状したようなものだ。
 セレンティーネも、目を丸くしていた。
「……変わったな、アレイスト」
 ぽかんとしたままセレンティーネが言う。驚いてはいるようだが、その声音に嫌悪は感じられない。
 アレイストは彼女の視線から逃れるように目を逸らして言った。
「それは貴女もでしょう、姉上。昔の貴女なら、王族の責務を放り出していなくなった僕に、憤りを覚えていたはずです」
「……たしかに」
 セレンティーネの目が、昔を思い出すように細められた。
「アキュイラに行ったばかりの頃の私なら、これ幸いと王都に戻っていたかもな」
「今は違うんですか」
「まあ……、次世代もいることだし。何より、アキュイラに置いていけないものが沢山できたから」
 そういって、笑みを浮かべるセレンティーネは、アレイストが見たこともない顔をしていた。
 穏やかで、満ち足りていて、城にいた頃のピリピリとした空気は微塵もない。
 姉が、どこか遠くへ行ってしまったような、そんな気がした。
 その時、外で店員と誰かが揉めるような声がして、アレイストは顔を上げる。
 その瞬間、部屋の扉が開け放たれる。
「アレイスト!」
 入ってきたのは、ロウェルだ。ハッとして時間を確認すると、昼などとっくに回ってしまっていた。
 部屋の中へ入ってきたロウェルは、アレイストの腕を引いて、きつく抱き締める。
「ちょ……」
 苦しい、と背中を叩くが、彼は腕を解いてはくれない。アレイストを腕の中に閉じ込めたまま、セレンティーネの方を見る。
「……セレンティーネ殿下」
 殆ど睨むような目を向けられたはずのセレンティーネは、ぱちりと目を瞬かせると、アレイストとロウェルの顔を交互に見て、納得したように頷いた。
「なるほど。貴方が『あいつ』か」
 そしてセレンティーネは、にっこり笑って立ち上がると、アレイストたちに背を向けて歩き出した。
 部屋を出るところで立ち止まって、振り返る。
「今日は楽しい時間をありがとう。いなくなった弟と()()()()と話せて感無量だ。ではな」
 それだけ言うと、ぽかんとする二人を置いて、彼女は去っていった。

2026/02/01 14:20:00

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