初稿置き場

#玉座の憧憬
#玉座の憧憬_本編 28


 アレイストは独り、執務室の窓から今にも雨が降り出しそうな曇天を見ていた。
 セレンティーネとロウェルが姿を消してから数日。彼らが夜を明かしたらしい王都近くの山小屋は見つかったが、その後の足取りはまだ掴めていない。
 彼らが次に行くとすればどこだ。
 一番はじめに思いつくのは国外逃亡だが――。アレイストは眉根を寄せる。
 あのロウェルが、身を寄せる当てもない場所を安易に選ぶだろうか。
 であれば、次に怪しいのはアキュイラだ。しかし、ここも可能性としては低いだろう。反逆の疑いがかかっている……と彼らが考えているであろう女を匿うほどの信頼関係が、この短い間に築けていたとは思えない。
 ならば残るは……。
「――失礼いたします!」
 扉を開けて入ってきた兵の方へアレイストはゆっくりと振り返った。
「ロムーリャ公国に接する街にて、セレンティーネ殿下と殿下を連れた男を発見いたしました」
 アレイストは彼の報告に目を細めた。
「そうですか……。それで、姉上とその男は?」
「申し訳ありません。直前で邪魔が入り、殿下の保護及び誘拐犯の捕獲はままなりませんでした」
 アレイストはきゅっと口を引き結んで押し黙った。
 やはり、公国へ向かったか――。
 おそらくもう既に入国は果たしている頃だろう、とあたりをつけて、アレイストは「姉を心から心配する弟」の振りで溜息をついた。
「そう、なんですね。……いえ、足取りが分かっただけでもよしとしましょう。引き続き捜索を」
「はっ!」
 彼はビシリと敬礼をして、部屋を出ていった。
 そう。今、セレンティーネは「誘拐されている」ことになっていた。
 ロウェルが彼女を連れ出した直後、現れた国王がそういうことにしてしまったのだ。愛する女の娘を守るために。
 剣を向けられ、殺されそうになったにもかかわらず、それでもかばうなど、愚の骨頂としか思えなかった。
 だが、国王の言葉を自分が取り消せるはずもなく、今アレイストが「連れ去られた可哀想なセレンティーネ王女」を探すこととなっていた。
 やはり、娘から剣を向けられた心労があったのか、国王が倒れてしまったからだ。
 倒れるならばもっと早く倒れればよかったものをと、ベッドの上で弱々しく横たわる男に、この数日で何度恨み言をぶつけたくなったか分からない。
 本当に腹立たしい。
 憤りを溜息に乗せて吐き出すと、アレイストは部屋を出て、国王の眠る寝室へと向かった。
「失礼いたします」
 陛下、と声を掛けると、男の目がうっすらと開かれる。
「……アレイストか」
「はい。先ほど、姉上の行方に関して情報が入りまして」
 そう囁くと、彼はハッと目を見開いて起き上がろうとした。だが急に動いたせいか、起こした上体を折り、激しく咳き込む。
 アレイストは、それを冷たい目で見下ろしながら続ける。
「おそらく二人は公国へ入ったと思われます。ですので、私に公国行きのご許可を賜りたく」
 肩で息をしながら男が顔を上げた。
「……お前、自ら行くのか」
「ええ。『姉の迎えに弟が出向く』……、何かおかしなことでも?」
「…………いや」
 沈黙してしまった彼は、長いこと黙考した末に小さく頷いた。
「許可しよう」
「ありがとうございます、陛下」
 アレイストはにっこり微笑んで、そのまま男に背を向けた。
「――アレイスト」
 扉の前まで辿り着いた時、名を呼ばれてアレイストは扉に伸ばそうとしていた手を止めた。
「アレイスト……、どうか、セレンティーネを……ゆるしてやってくれないか」
 アレイストは杖を握る手に、ギュッと力を込めた。
 ゆるす? 一体何を? 全て持っているのに、気付きもしない愚かさを? それとも、私から全てを奪っていく厚顔さをか?
 アレイストは振り返って、微笑みを返した。
 当然じゃないかとも、何を言っているのか分からないとも、取れる笑みを。
「失礼いたします」
 それだけ言って、居室を後にする。
「っ――」
 来た道を戻り、自分の部屋へ入って鍵を締める。
 そのまま崩れ落ちるように座り込んで、床を殴りつける。
「くそっ……」
 拳は絨毯に沈んで、何の慰めにもならなかった。

2025/08/22 00:00:17

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