初稿置き場

#玉座の憧憬
#玉座の憧憬_本編 16


 仕事に集中していれば、雑念は消えてくれた。
 だが、ふとその集中が途切れてしまえば、また耳元に母の囁きが落ちる。
 ――僻地で何をしているの。
 ――お前は王の子。
 ――こんな場所で埋もれるべき人間ではない。
 そのどれもが、セレンの中に強い苦しみを生んでゆく。
 アキュイラは「僻地」でも「こんな場所」でもない。
 けれど、母上の言葉には従わなければ……。
 ただ立ち止まった中に、葛藤だけが起こっていた。
 口を引き結んだセレンは、目の前にある書類へ視線を落とし、内容を確認してペンを走らせる。
 そしてまた、次の紙を取ろうとしたほんの一瞬に、母の声が木霊した。
 だが、今回はその思考に飲まれ切る前に、机の上に影が落ちる。
 ハッとして頭を上げると、そこには神妙な顔をしたロウェルが立っていた。
 彼はセレンと目が合うと小さく溜息をついて、握られたままのペンをサッと引き抜いた。
「お、おい、何を……」
 眉をひそめたロウェルが、セレンの口元へ人差し指を添える。反論を封じられてしまい、不満げに彼を見上げると、首を横に振られた。
「朝から休んでない、って聞いた。今何時なのか分かってるか?」
「それは……」
 答えられずに窓の方へ首を傾けると、空は茜色をしている。もう夜に近いと言って、差し支えない時間だった。
「セレンティーネ」
 机の向こう側にいたロウェルが、こちらへ回り込んで傍らに膝をつく。
「どうした? 何かあったか?」
 自身よりも幾分背の高い彼から見上げられるのが、少し不思議な感覚がする。
「……何も」
 小さく首を横に振って答えた。
 そう、何もありはしない。あれは、ただの夢なのだから。
「嘘つけ。目元が赤いぞ」
 伸びてきた指が眦を擽る。セレンはその感触に自然と目を閉じていた。
「隈もできてるな……。おいで、少し休もう」
 ロウェルに手を引かれると、セレンはそのまま立ち上がってしまう。
 どうしてこんなにも素直に応じてしまうのか、自分でも不思議だった。
 執務室を出たロウェルは、手を引いたままセレンの自室へ向かう。まるで当然のように中まで入ると、二人掛けのソファの前まで歩き、セレンをそこに座らせるように肩を押した。
「ちょっ……」
「いいから」
 隣に腰掛けたロウェルはセレンの頭を引き寄せて、そっと撫でる。
 その手が心地よくて、身体の力が抜けてしまう。
 けれど、わたしは…こんなことをしている場合では……。
 そう思うのに、目蓋まで重くなってきてしまった。
 指の一本を動かすことすら億劫になって、大人しくロウェルの肩に身を預ける。彼は心底愛おしむかような手つきでセレンの髪を指で梳いて、頭頂に口付けた。
「なにがあった?」
 そっと落とされるやわらかな問いに、セレンは気が付けばぽつと口を開いていた。
「…………夢を、見た…だけだ。わるい……ゆめを」
 髪を梳くロウェルの手が一瞬止まって、また動き出す。
「どんな?」
 セレンは眠気に抗えなくなり、目を閉じる。
 どんな? あれは、どんな夢だっただろう……。ただ一つ、たしかなのは――
「私は、王にならねば……」
「――――、」
 ロウェルは何も応えない。
 どんな表情をして、彼はセレンの言葉を聞いたのか。
 気にはなったが、どうしても目蓋が開かなかった。
 セレンの意識が眠りの中へ転がり落ちてゆく。
「……なら、」
 耳元を吐息が擽った。
「なら、奪ってしまえ――」
 それは、現実のロウェルが発した言葉だったのか、それとも夢現の見せる幻のようなものだったのか。
 その答えは分からぬまま、セレンは意識を手放した。

2025/08/22 00:00:05

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