7章王都での邂逅

 エリーゼがノールヴィリニアを出ていった頃。

 ロアンもまた、王都へと馬を走らせていた。

 立場上、すぐにノールヴィリニアに帰ることが出来ないのが、歯痒くてならない。その上、作戦の一環で敵陣へ流したはずの「ノールヴィリニア公爵死亡」の情報が、何故か国内にも回ってしまっていた。

 ネリーはさぞ心配したことだろう。それを思うと、より帰郷の念が高まっていた。

「――ということなので、早く帰らせてください、兄上」

 王都へ戻り、王への正式な報告を済ませた後、彼から私的に呼び出されたロアンは、少し苛立ちつつそう言った。

 兄王はそんなロアンを見て、クスクスと面白そうに笑う。

「だから言っただろう。結婚はいいものだって」

 ネリーを娶ることとなったきっかけの会話をロアンは思い出した。

 彼と最愛の王妃との間に生まれた息子の誕生を祝う宴の夜。もう、一年以上前のことだ。

 自分に遠慮をせず嫁を取れと前々から、結婚してから特にうるさくなった兄は、跡取りが生まれた浮かれからか、ついにこう言ったのだ。

 ――もうお前、結婚しろ。これは王命だ。

 酒が入っていたこともあり、冗談なのは百も承知だった。しかしこれ以上、結婚、結婚と言われ続けるのも面倒になり、ロアンはその「王命」に従うことにしたのだ。

 もちろん、選んだ妻を大事にする覚悟はしていた。とはいえ、そんな経緯で娶った女にこれほど魅入られるとは、自身でも想像できなかった。

「ああ、けどな、ロアン。妻に惚れるのはいいんだが、しっかり監督はしておけよ」

「……どういうことです」

「ノールヴィリニアに、妹の婚約者を呼んで滞在させた、って良からぬ噂になっていてだな……」

 ロアンはいつかに読んだレイブスからの報告を思い出す。ネリーの妹とその婚約者は、半年ほどの長期間に渡ってノールヴィリニアに滞在していたらしい。

 つまるところ、夫の不在中に男を連れ込んでいたのでは、と噂されているということだが……。

「兄上」

 少し目をスッと細め、兄を見た。

「な、なんだ」

「私の妻は、そんな人間ではありません」

 ただでさえ、「北の悪魔」の妻として、嫌な思いをする可能性が高いのだ。それ以外に事実無根の噂で彼女が傷つけられるなど、とても看過出来なかった。

「それでも悪く言うならば……」

 兄と敵対する気はない。だが彼女がいるのなら、王への献身をやめてノールヴィリニアに引き籠るのも悪くないと思った。

 その本気が伝わったのか、彼は両手を上げて肩を竦める。

「俺はお前を信じてるさ。だがな……、彼女の父親までノールヴィリニアに向かったと聞いてな。注意しとけということだよ」

 そのせいであらぬ噂が広まったのではと、ロアンは少し思った。

「……そうでしたか」

 ネリーは家族の中でも、特に父親を苦手としている。

 何もなければ良いんだが……。

「もう行きます」

「どこへ?」

 本音を言うならば、すぐにノールヴィリニアへ戻りたい。

 しかし、まだこちらでやらねばならない雑務もあり、今すぐというわけにはいかなかった。

 ロアンは暫し考えて、口を開く。

「――ルフュー家へ」

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