6章想い繋がる心
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「――お父様っ!!」
エリーゼの一喝で、父の手が止まる。
「エ、エリーゼ……?」
最愛の娘に睨みつけられている彼は、かなり当惑しているようだった。
「帰るのではありませんでしたの」
「あ、ああ。もちろん」
「では何故、お姉さまをぶとうとなさってますの」
「そ、それは……」
答えに窮してもじもじする父。
これが今まであんなにも怖れていた男なのかと、拍子抜けするような気持ちで、ネリーはその姿を見つめる。
彼が完全に手を下ろしたのを見て、エリーゼは溜息をついた。
「もっと早く、こうしていれば良かったですわ」
彼女はちらりとネリーの方を向き苦笑する。彼女のそんな笑い方を見るのは初めてだった。
「いいですこと、お父様。いじめられていたのはお姉さま。主犯はあの三人、それから、わたくしも無関係とは言えませんわね。ですので、これ以上お姉さまをいじめるような真似はやめてくださいませ」
いいですわね、とエリーゼが念を押せば、父は戸惑いつつも驚くほどあっさりと頷いた。ネリーはそれを信じ難い思いで見守るしか出来ない。ただただ、不思議だった。
「――ですので、お父様。あの侍女三人。わたくしの担当から外してくださいませね」
「は……?」
ぽかんとしていた父は、更に目を見開いた。
「だって。わたくしはここに、お姉さまをいじめるために来たわけではないんですもの。なのに勝手をしたでしょう? 上の言うことを聞けない使用人など必要ないですわ。その上、虚偽報告だなんて」
嘆かわしいと言わんばかりにエリーゼは首を振った。
そして、ネリーに向き直る。
「あの、お姉さま」
「な、なんですか?」
珍しくしおらしい様子でこちらを上目遣いに見てくる彼女に、ネリーは少したじろいだ。
「また、遊びに来ても…いい?」
「…………え、えぇ?」
予想外に小さなお願いに、疑問符を浮かべながらも、おそるおそる頷く。
すると、エリーゼはまさに花が咲いたように、表情を明るくして笑った。
「ふふ。後になってやっぱり駄目、はなしですわよ! それじゃあ、お父様。帰りましょう!」
戸惑う父の腕を取り、引きずるように彼女は歩きだす。
「ではごきげんよう、お姉さま! 公爵様……いえ、お兄様にもよろしくお伝えくださいませ」
そうして、エリーゼは嵐のように去っていった。