6章想い繋がる心
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「ロアン……」
ネリーは、読み終わった手紙をぎゅっと抱き締める。自分を心から案じてくれている彼の言葉に、胸がいっぱいになった。
「――お読みになれたのかしら、お姉さま」
「あ……、エリーゼ……。え、と……セルジュ様、は……?」
周囲を見渡すが、知らぬ間にエリーゼと二人きりになっている。廊下に立ったまま一歩も動かずに、手紙を読み耽っていたことに気付いた。
「ついさっき、あの執事が連れていきましたわよ」
全く気付いていなかったネリーは、自分はどれほど夢中で読んでいたのかと少し恥ずかしくなる。
「それで、エリーゼ……。あなたは――」
いつまでここにいるつもりですか、と聞こうとしていた。だが、何故かエリーゼがネリーを……、いや、ネリーの背後を見て驚愕の表情を浮かべたのを見て、口を噤む。
「エリーゼ……?」
「なんてこと。来るなって、言ったのに……」
「エリーゼ!」
突然響いた男の声に、ネリーはビクッと身体を震わせた。
聞き間違えるわけがない。この声は――
「お父様!」
エリーゼの叫びに、ネリーは自分の記憶が正しかったのだと知る。
おそるおそる振り返ると、レイブスの制止を振り切ってズカズカとこちらへ歩いてくる男がいた。
彼はネリーのことなど見えてすらいないかのように横を通りすぎていく。実際、見えていないのかも知れない。
「も、申し訳ありません、奥様……。お止め出来ず……」
息の上がったレイブスを労りつつ、父の動向を伺う。
「聞いたぞ、エリーゼ。ここでいじめられていたのだろう? なのに、いつまでこんな所におるつもりだ」
「はい?」
エリーゼは目を瞬かせ、首を傾げる。
「……まさか、ラナたちが」
エリーゼの呟きに、ネリーも合点がいく。
おそらく、強制的にノールヴィリニアを追い出されたラナたち三人の侍女が、腹いせとして「エリーゼがネリーにいじめられていた」とでも話したのだろう。それを聞いて、娘を溺愛するこの男が怒らぬはずがない。こちらへの交通が回復すると同時に、王都を飛び出してきたようだ。
「さあ、帰るぞ!」
「え、ちょっ、ちょっと、お父様! わたくし、まだお姉さまに言うことが……」
腕を掴まれたエリーゼがそう叫ぶと、一転して彼はネリーを睨み付けた。
「ふん、おまえがわざわざ言うほどのこともない。エリーゼを悲しませた報いは、私が受けさせてやろう」
彼はエリーゼの言葉を、いじめてきた姉に物申したいというように受け取ったようだ。
ネリーは、自身よりも上背のある男に見下ろされ、つい萎縮してしまう。
だが。
ロアンからの手紙を胸に抱き、彼を睨み返すように見上げた。
「なんだその目は」
不快げに顔をしかめる父の眼光に怯みそうになる。しかし、ここで負けてしまっては、ロアンに顔向けできないと、それに耐えた。
「エリーゼを連れて、早くお帰りください」
「貴様に命じられる謂れなどない」
「わたしはここの、女主人です!」
「『公爵夫人』となり、思い上がったか!」
カッとした男が、手を振りかぶる。
「奥様!」
慌てたレイブスの声が響き、ネリーは来たる衝撃を覚悟して、ぎゅっと目を閉じた。