6章想い繋がる心
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声を発したのは、ネリーではなかった。
「え、りーぜ……?」
眉を吊り上げてセルジュを睨み付ける彼女の名を呼んだのは、一体どちらだったのか。
それさえ分からぬほど、ネリーとセルジュの双方が立ち上がったエリーゼを呆然と見ていた。
「セルジュ。わたくし、あなたがそんな人だと思っていませんでしたわ。これ以上、失望させないでくださいませ」
彼女は、セルジュを射殺しそうな視線を向けている。
これは、わたしをかばってくれているの……?
思わぬ場所からの援護に、ネリーは戸惑う。
「エリーゼ、あの……」
ネリーが名を呼ぶと、彼女はハッとしたように口を噤んだ。
「エリーゼ……?」
「う、うるさいですわ、御姉様。一度で聞こえてます」
「で、でも……」
そっぽを向いたままのエリーゼにどうしたものかと思っていると、彼女はそのままぼそりと言った。
「わたくしは……、セルジュと結ばれた方が、お姉さまのためだと、思ったのよ……」
「…………はい?」
一瞬、何を言われたか分からず、ネリーは目を瞬かせた。
エリーゼは照れを隠すように、早口で続きを捲し立てる。
「か、勘違いなさらないでくださいませ! わたくしはお姉さまを押し退けて、公爵夫人になる所存で参りましたわ。わたくしは、わたくしが一番大事なんですもの。でも……」
エリーゼは言葉を切り、ネリーを見た。まっすぐに視線を合わせることは出来ないのか、やや上目遣いにこちらを見る彼女の頬は、ほんのり赤く染まっている。
「わたくし、お姉さまにいっぱいイジワルをしたわ……。そのことを、反省……してる、わけでは……、その……。――と、ともかく! わたくしが公爵様と、お姉さまがセルジュと婚姻を結ぶのが、お互いに幸せだと思ったの!」
エリーゼはそう言いきると大きく息をつき、セルジュを睨み付けた。
「でも、駄目でしたわ。これが、こんなに意気地無しだったなんて……。とんだ誤算ですもの……」
エリーゼはセルジュに、虫けらか何かでも見るような目を向けた後、ネリーに向き直った。
「さあ、お姉さま」
「な、なんですか……?」
「とっとと、この男を追い出しておしまいになってくださいまし」
「わ、わかりまし……た?」
何故エリーゼが取り仕切ってるのだろう、と頭に疑問符を浮かべつつ、ネリーは部屋の扉を開け、もう一度セルジュに向かい合った。
思わぬ伏兵に、多少勢いが削がれていたネリーだったが、もう一度、今度は自分自身ではっきりさせねばと彼を見下ろす。
「いずれにせよわたしの意思は変わりません。屋敷を出て頂けますか、セルジュ様」
だが、彼は動かない。唇を噛みしめ、ネリーをじっと見上げていた。
レイブスを呼んだ方が良いだろうか、と思いはじめた時。
「――奥様!」
廊下の向こうから、丁度良く彼の声が聞こえた。