6章想い繋がる心
1
「急に何事なの、御姉様。わたくしとセルジュを呼び出したりなんかして」
ロアンからの手紙を読み返した次の日。
ネリーはレイブスに頼み、エリーゼとセルジュの二人を呼び出していた。
部屋のソファに座る彼らを、立ったまま見下ろす。
苛立たしげなエリーゼの声に怯みそうになりながらも、ロアンのことを想えば、自然と勇気が湧いた。
少し落ち着きを取り戻したネリーは、腹に力を込め、用意してきた言葉を言う。
「単刀直入に言います。お二人とも、ここを出て行ってください」
エリーゼの眉間に皺が寄り、セルジュは驚いたように目を見開いた。
「客を追い出すということなのかしら、御姉様」
「貴女は『暫く』の滞在を求めたはず。……もう、十分では?」
ノールヴィリニアはまだ冬の様相ではある。しかし、帰還の道程にもう危険はないと、ネリーはレイブスに確認をとっていた。
反論してこないエリーゼと、無言のまま睨み合いになる。
思えば、彼女とこうして向き合うのは初めてではないだろうか。
自分の中の変化を感じ、少し不思議な気分になる。
しかし、その膠着は長くは続かず、セルジュの荒らげた声が割って入った。
「――ちょ、ちょっと待ってよ、ネリー! 僕まで追い出すと?」
ネリーはちらりと彼を見て、頷く。
「どうして!?」
「……『どうして』?」
一瞬でも、この男の甘言に揺れた自分を、ネリーは恥ずかしく思った。
これ以上は、決して振り回されない。もう、ロアンの妻として恥じない行いをすると、誓ったのだから。
決意と共に、彼を睨むように見る。
「わたしは、ノールヴィリニア公爵ロアン・ファヴルの妻です。そして貴方はエリーゼの婚約者。エリーゼと共に戻るのが筋ではありませんか」
セルジュは焦りを募らせているのか、表情が強張っていく。
「ぼ、僕は君を愛している」
「ええ、聞きました。でも、わたしは貴方に応えるつもりなど、ありませんから」
「僕は君を一人にはしない! それなのに、ここにいもしない男が良いと!?」
「――あの方は、私を『独り』にはしません」
ネリーは静かに言った。
傍に彼はいない。もしかしたら、もうどこにも。
だが、いつだって彼は、ネリーを「孤独」にしたことはなかった。
ずっと一人でも、「独り」ではなかったのだ。
だからもう、迷わない。
「それに――。貴方は、わたしの結婚を悔やんだと仰ったけれど、そうではなかったのでは?」
「な、なにを……」
まごつく彼を見て、目を伏せた。
彼は待っていたのだ。ネリーが公爵をエリーゼにとられ、王都へと戻ってくるのを。
セルジュは、自ら美しい婚約者を手放すことは出来なかった。だが、そのエリーゼに問題があれば別だろう。
婚約者に捨てられた憐れな男は、同じように捨てられた可哀想な姉を迎える。家同士の対面が守られ、セルジュ自身にも不利益はない。
愛している、という言葉を信じるならば、利益の方が遥かに大きいとも言える。
「セルジュ様、貴方は父から『娘』との縁談を勧められていたはずです。……つまり、姉の方だって良かった。むしろ、エリーゼを他に当てられる分、その方が父は喜んだでしょうね」
美しいエリーゼならば、もっと位の高い男との縁談も望める。そもそもネリーを強く勧められていたのではないだろうかと推測していた。
「でも、貴方はエリーゼを選んだ。それは、隣に立つのがわたしでは、エリーゼよりも見劣りするから、でしょう?」
「違う、僕は……」
「ですが、わたしが貴方と再婚する形となれば、美談とすら言われるかもしれませんね」
捨てられた婚約者の姉を受け入れる優しい男。
そこに「秘めた愛」があったとなれば、いかにも社交界の婦人たちが好みそうな物語だ。
「ネリー! 僕は本当に君を……」
「――なら、」
どうして一番辛かった時、助けてくれなかったの!?
そう、思わず叫びそうになった時だった。
「――セルジュ! あなた、いい加減になさい!!」
鋭い一喝が響いた。