5章あなたへの誓い
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ネリーは足早に廊下を歩く。
セルジュとの会話、それによる動揺を消そうと必死で、次第に走るような速度で廊下を駆けていた。
どこへ向かってるのか、自分ですら分からないまま廊下の角を曲がる。
「っ……」
急に視界が真っ暗になったかと思うと、やんわりと肩を掴まれ、何かとの衝突を免れる。
驚いて顔を上げると、同じく目を見開いているレイブスと目が合った。
「どうなさいました、奥様」
「ご、めんなさい……。前を、見ていませんでした」
ネリーは俯いて、息をつく。少しだけ頭が冷えた。
「あ、そうだ、レイブス。これ……、出しておいていただけますか?」
ネリーはロアン宛の手紙を取り出すと、レイブスに渡す。
「かしこまりました、奥様」
「いつもありがとう、レイブス」
彼の笑顔にほっとしながらそう言うと、彼は首を振った。
「いえ……。奥様、これからは必ず、お手紙を奥様にお渡しするよう厳命いたしました。昨日の件、罰をお望みなら私がお受けいたします」
何のことかと暫し考え、ロアンからの手紙をエリーゼに破られたのを思い出す。
その手紙を彼女は、侍女からネリーの代わりに受け取ったと言っていたことに思い当たった。
「……聞いたんですか?」
レイブスはこくりと頷く。
どうやら、事の次第は彼の耳には届いているらしい。
しかし、その時周囲には誰もいなかったはず。どうやってあの一件を知ったのだろうと不思議に思いつつも、ネリーは首を振った。
「罰だなんて……。あれは、わたしの不注意のようなものだから……」
苦笑すると、レイブスの痛ましげな視線が、自分の目元に注がれていることに気付いた。照れ隠しするように、赤くなった目元に指を添えた。
「これは……、そういうのではなくて……。ロアンに、会いたくなってしまって……、それで……」
「そうでしたか……」
「あの方は遠い地で頑張ってらっしゃるのに……、はずかしい」
平和な地でのうのうと暮らしている自分が、彼に我儘なことを言ってしまったことが、今更ながら恥ずかしく感じた。
やっぱり、書き直そうかな……。
そう思った時、レイブスが口を開いた。
「奥様のそのお気持ちは、至極当然のものかと。そのお気持ちを素直にお伝えになったほうが、旦那様も喜ばれるかと存じます」
「そう、でしょうか……?」
「ええ」
俄かには信じがたかったが、ロアンをよく知る彼がそう言うのならば、そうなのかもしれない。
ネリーは、「やっぱり、返して」と言いかけていた口を閉じる。
「……なら、お手紙、よろしくお願いしますね」
「はい」
ネリーはひとまず自室に戻ろうと、レイブスに背を向ける。
彼が物言いたげな視線を送っていたことに、ネリーは気付かなかった。