4章新たな訪問者
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「わたくし、帰りませんわよ」
「エリーゼ、君のお父上も心配されているから……」
婚約者のにべもない返答に対して困り顔を浮かべるセルジュを横目に、ネリーは物思いに耽っていた。
――君が心配でここまで来たんだ。
ネリーはその言葉に、掴まれた手をそっと払うのが精一杯で、曖昧な反応しかできなかった。
一体、どういう意図であんなことを言ったのだろう。
掴まれていた箇所をぎゅっと握り、考え込む。
嫁いだ相手があの噂の主だったからだろうか。それとも実は深い意味などなくて、ただの社交辞令だろうか。
セルジュの真意が分からず、もやもやする。
「――何度も言わせないでくださいませ! わたくしは、帰りません」
甲高い声にはっとして、ネリーは顔を上げた。
「エリーゼ、セルジュ様をあまり困らせては……」
「わたくしに出て行ってほしいだけなのではなくて、御姉様?」
ネリーは一瞬、言葉に詰まる。
そんな気持ちがない、とは言えなかった。
なにより、もうじきノールヴィリニアの夏が終わろうとしている。本格的な冬になれば交通は滞り、通れたとしても危険な道程となると聞いていた。もう幾月もしないうちに、春になるまで泊まらせる他なくなってしまう。
「それに、言ったでしょう?」
「何を、です?」
得意気に微笑むエリーゼに、ネリーは怪訝な顔で見返した。
「『新しくお目付け役がくるわ』と」
エリーゼはニヤリと唇の端を持ち上げると、セルジュに言う。
「そんなに帰ってほしいのならば、説得してごらんなさいな、セルジュ。それまで、ここに泊まればいいのよ。かまわないでしょう、御姉様?」
いきなり何を言い出すのかと目を丸くしたネリーは、同じく驚いているに違いないセルジュの様子を窺った。しかし彼は、少し考え込むように顎に手を添え、暫しの間のあと、はにかむように笑った。
「そうしても、良いかい?」
小首を傾げ尋ねる彼を見て、ネリーは呆気にとられる。
頷く以外の返答が許されない雰囲気となり、了承するしかなくなった。
ネリーは、セルジュのあっさりとしすぎる反応に、少しだけ違和感を覚えた。