4章新たな訪問者
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思えばその声は高すぎたし、深みもなかった。
なにより、彼は今こんな所にいる人でもない。
それは分かっていたにもかかわらず、ネリーはそれが期待した人物ではなかったことに酷く落胆し、そんな自分に驚いた。
しかし、視線の先にいた声の主は、また別の意味で予想外の相手だった。
「セルジュ、様……?」
銀の髪、空と同じ水色の瞳に、整った容姿を持つ男は、どう見てもネリーが知っている人物――エリーゼの婚約者セルジュだった。
「久しぶり」
笑顔を見せる彼に、幻でも人違いでもないことを知る。その背後に、申し訳なさげなレイブスの姿も見つけ、彼が庭まで案内したのだと気付いた。
「申し訳ございません、奥様。客間でお待ちいただくよう、お伝えしたのですが」
「それはいいのですけれど……。どうして――」
ここにいるのですか、と聞こうとしてたネリーだったが、少し考えて別の問いを口にする。
「エリーゼに会いに来られたのですね」
長く王都を空けている婚約者が心配になったのだろう。
「あ……、うん、まあ…そんな感じかな?」
セルジュは何故か歯切れ悪く視線を泳がせる。ネリーは不思議に思いつつも、エリーゼをわざわざ追いかけてきたことが恥ずかしいのかと考え、深くは追及しなかった。
「わかりました。レイブス、エリーゼを呼んできていただけますか?」
命令を承服した彼が行ってしまい、ネリーもセルジュを客間へと案内するため足を踏み出した。
「ネリー」
「はい?」
後ろをついてくる彼に振り返る。
「君は、変わりないかい?」
「……? 特には、ないですけれど……」
どうして突然そんなことを聞くのか分からず、ネリーは首を傾げる。
「その、君は遠い慣れない地に行くことになっただろう。心配してたんだ」
「ありがとう、ございます……?」
気にかけてくれていたのかと思うと、ネリーも少し嬉しいような気はした。しかしそれ以上に疑問の方が多く浮かぶ。
ネリーにとってセルジュは、もちろん知らない仲ではなかった。知り合いとして、ある程度の好感は持っている。しかし、あくまでも彼はエリーゼの婚約者であり、彼女を介した関わりしかなかった。
時折、雑用をこなしていたネリーに話しかけてきたような記憶はあったものの、当たり障りのない会話しか覚えがない。
セルジュにとっての自分が、気に留めるほどの存在だったことが、不思議でならなかった。
「ねえ、ネリー」
セルジュに突然手を掴まれ、ネリーは驚いて足を止めた。
「僕は、君が心配で、ここまで来たんだ」