4章新たな訪問者

 話は終わりと言ったエリーゼから、ネリーはセルジュと共に部屋を追い出されていた。

「ごめんね、ネリー」

 彼を客室の方へ案内しながら、その言葉に首を振る。

 そう思うなら早く連れ帰ってほしいと思うのは、紛れもない本音ではあったが、毅然と反論できない自分が一番悪いということも分かっていた。

 エリーゼの我儘をセルジュは聞いてしまう。それも昔から分かっていることで、ネリーは彼に対して肩を竦めるだけに留める。

「セルジュ様のせいではありませんから」

「そうだよね。公爵がここにいないのが一番の問題だよね」

 思いがけない話の方向転換に、ネリーの足が止まった。

「だって、そうでしょ?」

 立ち止まったネリーに気付いたセルジュは、笑顔で振り返る。

「いくら陛下の御命令とはいえ。結婚して一月(ひとつき)もしないうちに、花嫁を置いて何ヶ月も家を空けるなんて」

 端から見れば、その通りなのかもしれない。

 ネリー自身、当初は彼と同じことを思っていた。他の美しい花嫁なら、例えばエリーゼなら、こうはならなかったのではないか、と。

 だが今は、それが思い込みであったことをネリーは知っている。

 いつかに届いた手紙を思い出した。

 彼は強い信念を持って、兄である王に仕え続けている。いついかなる時も王命を第一とし、そうすることで揺るがぬ忠誠を示し続けていた。

 今は臣籍に降ったとはいえ、彼は王弟。十分に王位を狙える地位にいる。ロアン自身がそう思わずとも、周囲の思惑に巻き込まれてしまう危険があった。

 それを避けるためには、王の「家臣」であり続けなければならないと、彼は自戒している。これまで妻を迎えなかったのも、争いの火種になりかねない子供を作らないため。今になって結婚したのも、王の一言があったからだという。

 彼は国王に全てを捧げて生きている人だった。

 ――何も知らないで。

 ネリーはセルジュに言いしれぬ苛立ちを覚える。

 だが、そんなこちらの内心に、目の前の男は露程も気付かない。

「やっぱり噂の通り、『北の悪魔』には心が――」

「ロアンを悪く言わないで……!」

 飛び出した叫びに、ネリーはハッとして口を噤んだ。

「……いえ、その。ここは、ノールヴィリニア。この地の主人である彼を悪しざまに仰るならば、いくら旧知の方とはいえ、かばいだて出来ませんので……」

 驚くセルジュに気まずさを感じ、彼から視線を逸らす。そして、近くを通りがかった侍女を見つけると、案内の代わりを頼んだ。

 これ以上にロアンの尊厳を貶めるようなことを言われたとしたら、自分でも何を言ってしまうか分からない。

 ネリーは頭を下げてその場を立ち去る。

「――『ロアン』だって?」

 セルジュは、ネリーが去っていくのをじっと見つめていた。

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