3章過去の記憶と
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エリーゼの一存で侍女たちが追い出されると、ネリーの周囲には平穏が訪れていた。
だが、結局は彼女が全てを解決してしまった経緯を思うと、情けなさでいっぱいになる。
やはり、ロアンの妻に相応しいのは、エリーゼのような女性なのではないか。そんな気持ちが日増しに高まっていた。
ロアンとの手紙のやり取りは今も変わらず続いていたが、互いの過去の話に触れ、彼が心を開きはじめてくれているのでは、と思うほどに苦しさが増していく。
彼との距離が縮まってゆくのが、とても怖い。逃げ出したいような気持ちに駆られる。
けれでも、同じくらいに強く、彼に近付きたいとも思っていた。
そんな複雑な思いを胸に、ネリーは今日もロアンへの手紙を書きしたためる。
夏場の定位置となっていたテラスに吹く風には、もう秋の涼しさが交じりはじめている。
移り変わる季節を、あの人と見ることができたら良かったのに。
しかし、そんな希望とは違い、ネリーの傍に彼はいない。むしろ、結婚を機に離れられると思っていた「家族」、エリーゼがいた。
「……新しい、お目付け役」
ふと、彼女があの日最後に言っていた言葉を思い出す。
新しい侍女でも送られてくるのだろうかとネリーは推測していたが、そんな様子はない。またエリーゼ自身も、あの三人にさせていた身の回りの仕事を、今は屋敷に勤める侍女たちに割り振り、公爵邸に馴染みはじめている。
何も起こらないことがどこか不気味で、ネリーを落ち着かなくさせていた。
「ロアン、わたしは――」
どうしたら、いいのでしょう。
ネリーは書き終わったばかりの手紙を撫でた。
「――あっ」
その時、一瞬強く吹いた風が白い紙を攫う。
高く舞い上がったそれを取り戻そうと、ネリーは慌てて立ち上がって追いかけた。一心にその白い紙を追って庭を走ると、風が弱まったのか、空を飛ぶのに飽いたのか、ヒラヒラと落ちてくる。
しかし、それが地面に落ちてしまう前に掴み取ったのは、ネリーではなかった。
「ネリー?」
手紙ばかりに視線を向けていたネリーは、その声に胸を跳ねさせた。