3章過去の記憶と
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「……はぁ」
ルフュー家にいた頃と、寸分違わぬ嫌がらせの数々に、ネリーは辟易しはじめていた。
少し前に出したロアンへの手紙には、エリーゼの話題を出したが、未だに彼女がノールヴィリニアまで来ていることは伝えられないでいる。
彼女との関係を聞いてしまいたい。
だがそうしてしまえば、全てがはっきりしてしまうのだと思うと、その勇気が持てなかった。
しかし現状の問題はどちらかというと、エリーゼよりはその侍女であるラナたち三人の方と言った方が正しい。
手紙にも書いたはずだが、エリーゼ自身は殆ど何もせず、会えば嫌味の一つを言ってくるくらいの、まだ可愛らしいで済む程度のことしかされていない。
何をしに来たのだろう、と本当に不思議だった。
だが侍女たちはというと、足を引っかけることにはじまり、事故を装って水をかける、雑務を言いつける、などといった地味と言えば地味な嫌がらせを、ほぼ毎日飽きもせず行っている。呆れるほどの根気のよさに、さすがのネリーも参ってきていた。
あの頃は、どれほど、何をされようと、心が動くことなどなかった。しかし、今考えれば「何も思わないように」していただけなのではないかと思う。
嫌なことをされれば、「嫌だ」と感じて当然だ。それさえも浮かばないほど、疲弊していたのかもしれない。
今日もネリーは、ラナとは別の一人に片付けを頼まれた書籍数冊を抱え、とぼとぼと歩いていた。意味のない嫌がらせをしてくるほどに、彼女たちは暇を持て余しているのに、と思ってしまう。今ネリーが運んでいる本は、エリーゼが読んだものだというから、なおさらだ。
「わたしも、断ればいいのに……」
そう呟きながらも、行動にはうつせないでいる。強く命じられれば、従う以外の行動が取れない。
生まれてから二十年余り。ずっと続いてきたものは、なかなか変えられないのだと実感させられる。
呪いのようだと思った。
「あら御姉様。廊下を占領なさったりして、邪魔で仕方がないわ。何をなさっているの?」
背後から突然聞こえた声に、ビクッとして振り返る。
そこには侍女たちを従えたエリーゼが立っていた。ネリーに片付けを命じた侍女は、彼女の後ろで意地の悪い笑みを浮かべている。
エリーゼの視線がネリーの姿を検分するように動いた。そして、ネリーが抱えている本のところで視線を止める。微かに表情が厳しくなったような気がした。
ネリーが、自身の触れた物に接触していることすら、気に入らないと言うのだろうか。
書籍を抱える手に力をこめる。
これ以上まだ、惨めな思いをさせるつもり?
ネリーは言葉にならない憤りに唇を噛み、エリーゼに背を向けた。その場を早足で後にする。
エリーゼの反応を確かめる気にはなれなかった、