3章過去の記憶と

 強く出られると、ネリーは途端に反抗する勇気を失ってしまう。

 拒否する(いとま)もなく、エリーゼと彼女が連れてきた三人の侍女たちの滞在が決まってしまった。

 呆然としたまま部屋を出て、廊下を歩く。その時。

「――あ!」

 不意に体勢を崩したネリーは、受け身を取る間もなく転倒した。幸い絨毯の敷かれたやわらかい場所だったため、怪我はしなかったが少し痛みを覚える。

 床に手をついて起き上がろうとすると、頭上からクスクスという意地の悪い声が聞こえ、ネリーはげんなりとした。久し振りのことで油断していたと、溜息をつく。

 何が起こっているのかなど、顔を上げずとも分かった。

 まだ王都にいた時分、こういった地味な嫌がらせの数々を受けてきている。懐かしささえ感じ、改めてノールヴィリニアでの暮らしは恵まれたものだと思った。

「あなたたち……」

 エリーゼの連れてきた侍女たち三人は、ネリーを取り囲むように見下ろし、手を貸そうともしない。

「お久し振りでございます、ネリー御嬢様。相変わらず、どんくさくていらっしゃいますのね」

 三人中の一人、ラナが嫌味たらしく嘲笑を浮かべる。

 家の主人から軽視されていると、使用人たちの態度にもこうして如実に表れる。彼女らも口では「お嬢様」と呼びつつ、それに相応しい扱いをネリーにしたことはなかった。精々、雑用係か憂さ晴らしの道具、といったところだろう。

 ネリーは何も言わず、立ち上がる。この三人のうち、誰が足を引っかけたかなど、興味はなかった。

「あら、お耳も遠くていらっしゃるようだわ……」

 何が面白いのか、キャッキャと楽しげだ。その甲高い声を聞いているのも堪えがたく、早くここから立ち去ろうと足を踏み出した。

「お待ちくださいな、お嬢様」

「……何ですか」

 静止の声をかけられ、ネリーは止まって振り返る。

 無視して立ち去ってもいいだろうに、と自分でも思うが、昔からの習慣なのか足は止まったまま動かない。

 振り向いた視線の先には、エリーゼの意地悪さとはまた違う、黒さを感じる笑みを浮かべる女たちがいた。それに臆してしまわぬように、ネリーは腹に力を込めて対峙する。

「本当に、どうしてこのような地味でどうしようもない方が、公爵様に選ばれたのかしら……」

 ネリーを検分するように上から下まで見たラナは、頬に手を添え嘆くように言った。

 ……それはわたしも聞きたい。

 ついそう思ったが、口には出さず、ネリーはじっと彼女らを見返す。

「……言いたいことは、それだけでしょうか」

「エリーゼ様の仰る通り、傲慢になられましたこと。まあ、そうしていられるのも、公爵様がお戻りになられるまででしょうけれど」

 荷物を纏めていらしたら、と彼女らは高らかに言い、その場を去っていった。

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