3章過去の記憶と
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ネリーは客間の扉をゆっくりと開ける。
ノールヴィリニアに到着して以来、こんなにも緊張して扉を開くのは初めてだった。震えそうになる身体を叱咤して、足を踏み入れる。
部屋の中には足の短いテーブルに暗い色のソファが置かれ、そこに腰を下ろすのは、眩しいばかりの金髪を背に垂らした少女だ。彼女の後ろに控える三人の侍女にも、見覚えがあった。
何をしに来たの。
そう叫びたくなる気持ちをどうにか堪え、ネリーは静かに彼女の名前を呼ぶ。
「エリーゼ」
振り向いた美しい妹は、こちらの姿を見とめると、口端を上げた。
「あら、御姉様。いらっしゃったのね。地味すぎて気付きませんでしたわ」
いつも通りの嫌味を聞き流しつつ、ネリーは彼女の対面に座った。早く帰ってほしい、という意味をこめて、あえて茶は出さない。
「……何のご用です」
「あら! いきなり本題だなんて、無粋ですわねぇ……」
大袈裟に嘆いてみせるエリーゼを見て、眉間に皺が寄りそうになった。しかし、ここで怒っては相手の思うつぼになってしまうと、ネリーは膝の上の手を握りしめて耐える。
「世間話をしにいらした、とでも?」
言葉尻が冷たくなっている自覚があったが、自分ではどうすることもできない。エリーゼはそんなネリーを見て、小馬鹿にしたように笑った。
「公爵夫人となって、随分と傲慢になられたのね、御姉様」
傲慢とはどの口が言うのかと思うが、反論の言葉は飲み込み、さっさと本題に入って早く帰ってくれることを願う。
「まあ、いいですわ。そんなことより御姉様?」
エリーゼも、長々と前置きを続ける気はなかったらしく、肩を竦めて本題に入った。
「……何でしょう」
問い返すとエリーゼは、傍から見ればとても美しい微笑みを浮かべる。
嫌な、予感がした。
「わたくし、今日からここにいるつもりですので」