3章過去の記憶と
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「――よし」
ネリーは便箋の最後にさらりと署名をし、ペンを置いた。
ロアンが戦に向かい暫くが経って、ノールヴィリニアにも短い夏が訪れている。外にいても寒さはなく、ネリーは庭のテラスで穏やかな日差しを楽しみつつ、手紙を書いていた。
傍らにはもう何通目になるか、今朝方届いたロアンからの手紙がある。
戦地にいるというのに、まめに届くその手紙に指を滑らせて、ネリーは微笑んだ。
彼からの心遣いに、わたしは同じだけのものを返せているんだろうか。
手紙に綴られる言葉のどれもが、嬉しかった。
ロアンとの手紙のやり取りは、他愛もない内容ばかりである。
ネリーからはノールヴィリニアの様子を。ロアンからは遠方の風景や、日々の穏やかなやり取りを。
戦の状況は書かれてはいなかったが、楽しいものではないだろうことは、ネリーにも予想がつく。そのため、わざわざ訊ねるようなことはしない。手紙を書く間くらい、辛いことは忘れていたいのかもしれないと思った。
何より、彼が手紙を書いているという時点で、ネリーの最も知りたいことは分かる。
「ロアンの安否」、それが最も知りたいことだったからだ。
「あとで、レイブスに渡さないと」
書き終わった手紙を最後にもう一度確認して、封をする。
郵便物の類いは、屋敷の執事である彼が全てを執り仕切っていた。ネリーはそもそも戦地にいる人物と手紙のやり取りが出来ること自体知らずはじめは驚いたが、今ではすっかり慣れたやり取りになっている。
ネリーはレイブスを探しに行くため、立ち上がろうとする。その時、微かな足音と気配を感じ、動きを止めた。
「――奥様」
ネリーはテラスに現れたレイブスに視線を向ける。先程の足音は、彼のものだったらしい。
探しにいく手間が省けたのはいいが、一体何の用事だろう。
そこにいた、レイブスの表情はどこか固い。
「……どうか、しました?」
まさかロアンに何か、と一瞬考えるが、それにしては落ち着きすぎているような気がする。それに、どちらかというと彼の表情に浮かんでいるのは、困惑であるような気がした。
「レイブス? どうしました?」
「奥様に御来客です」
「…………わたし、に?」
ネリーは首を傾げる。今日は一日誰の来客予定もなかったはずだ。だからこそ、レイブスも困惑しているのだろう。
「どなたでしょうか?」
一瞬黙り込んだレイブスが告げたその名前に、ネリーは目を見開いた。