2章貴女への誓い
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ロアンが帰ってきたことを知らせると、まず薄着で出歩いていたネリーが怒られた。
世話を焼こうとする周囲に、帰還した主人を放っておいてよいのかと、ネリーは一人焦る。しかし、当のロアンはそれを穏やかな表情で見ているだけで、そんな様子を見て少し心が落ち着いた。
落ち着いてしまうと、周囲の心配する様に心があたたかく、でもどこかくすぐったくも感じた。
そんなことがあったその日の夜。
「――遠征に出る事となった」
それは夕食時、二人きりの静かな食事中の時だった。
昼間、屋敷にロアンは戻ってきたばかりだ。そんな彼からの思わぬ言葉に、ネリーは握っていたナイフから手を滑らせ、それは皿に当たってカチャンと音を立てた。
「あっ……」
無作法な真似に小さくなるネリーに、ロアンは気にするなと首を振る。
「怪我は?」
「い、いえ。ありません」
「ならいい」
侍女にナイフを替えてもらいながら、ネリーは対面に座るロアンの様子を窺う。
ここ数年、王は近隣諸国に戦を仕掛け続けている。即位に際し荒れ模様だった内政も落ち着き、その時の混乱に乗じて取られてしまったいくつかの地方を取り戻すための戦いだった。
「……どちらまで、向かわれるのですか」
「南まで」
ネリーは国の地図を思い浮かべる。
北方に位置するノールヴィリニアとは違い、南方は穏やかな気候と、穀倉地帯が広がる豊かな土地だと聞く。その地を再び国土とできれば、国は更に力を取り戻すことだろう。それは決して悪いことではない。それは、ネリーでも分かる。
しかしそれでもネリーは、少し俯いて口を引き結ぶ。
南の地は、最北に位置するノールヴィリニアからは、かなり離れている。王都の更に向こうに位置する場所だ。
それは、今回の王都への旅とは比べられないほど長い期間、ロアンが不在となることを意味していた。
「あの……」
大丈夫なのですか。無事に帰ってきますか。
そう言おうとして、だが口には出せずに再び唇を引き結んだ。
彼は国を守った立役者だ。そんな人物に投げる質問としては、失礼なもののような気がした。それに何より、悪い未来を想定しているかのようにも思え、口にも出したくない。
何か、と首を傾げるロアンにネリーは小さく首を振る。
この間まで知らない人だった。共に過ごした時間など片手で足りるくらいしかない。なのに。
彼がまた行ってしまうのは、酷く寂しい気がした。