2章貴女への誓い

 薄い部屋着のままで、玄関から外へ出る。

 雪が降っているだけあり、風はとても冷たい。外套を着た方が良かったかも、と少し後悔しつつも、ネリーは手を空に差し出して綿雪を掴もうとする。

 もちろん、手の平に着地したそれは、すぐに体温で溶けてしまい、手には何も残らない。それでも何故だか楽しかった。

 その時、ひゅうっと強い風が吹いて、頬に当たる雪の冷たさに目を瞑る。

「――ネリー?」

 誰もいないと思っていた最中に、突然名を呼ばれネリーはハッとした。

 目を開けて、声の聞こえた方を見る。

 そうしながらも、小さな不思議を覚えてネリーは胸に手を当てた。

 ネリー、という響きを聞くのは、これまであまり嬉しいものではなかった。ネリーをそう呼ぶのは父母だけで、ほんの僅かな回数しか使われたことのないそれには、いつも冷たさが、あるいは怒りがこもっていたからだ。

 だからいつも、その音には不安を覚えた。

 しかし――

 思えば、あの夜の日もそうだった。

 屋敷の門の、さらに外側からの声。ネリーはそちらに目を凝らす。

「あ……」

 馬に乗った男が見えた。手が届かぬほどには遠く、表情が見えるほどには近い場所に。

「ロアン」

 自然と彼の名前を呼んでいた。

 わたしの声も、やさしく響いているだろうか。

 ネリーは一歩、足を踏み出す。彼もまた、こちらへと近付いてきた。

 どちらともなく、二歩、三歩と距離を縮めていく。そして、彼はネリーのすぐ傍までたどり着くと、ひらりと馬を降りた。

 それでも、こちらより幾分身丈のある彼をネリーは見上げる。

「……おかえりなさいませ」

「ただいま」

 ネリーの頭に乗った雪を、ロアンはそっと払い落とした。

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