1章北の地へ
3
家令と別れたネリーは、父の部屋へと足早に向かっていた。
早く行かねばまた、叱責を受ける。ネリーは殆ど走るような勢いで、廊下を曲がった。
その時、ドンと何かにぶつかる。
「きゃあ!」
上がった叫び声に、ネリーは目を丸くした。
「……エリーゼ」
よろめいたのか、侍女に支えられたエリーゼは、よろよろしながら立ち上がる。
彼女の後ろについてきていた侍女の方が、自分がぶつかったのかと思うほど、ネリーを睨みつけてきていた。
一方のエリーゼは、前に垂れかかってきていた長い金の髪を払い、余裕の表情を崩さない。
「……あら、御姉様でしたの。あまりにみすぼらしい格好でしたので、気付きませんでしたわ」
「ごめんなさい、エリーゼ。お父様に呼ばれていたんです」
今回はこちらの不注意であるため、素直に頭を下げた。何より無駄な反論をすれば、事態が長引くだけだ。
エリーゼは、ふぅん、とつまらなさそうな顔をする。
「なら、早くお行きになれば? こんなところで、ぼんやりなさってるのではなく」
会えばいつもこの調子の嫌味ったらしい妹に、ネリーは頭を下げて、早くすれ違おうとした。
だが、エリーゼはこれ見よがしにネリーの背に言う。
「あらいやだ、『妹』に対して、使用人のような事をなさるのね」
あはは、と高らかに笑う彼女に、ネリーは振り返ることなく足を進めながら、ひっそりと溜息をついた。
ネリーにとって、エリーゼが周囲から愛され、自信に満ちあふれた様は、見ていると辛いものがある。
もっとも、これから相対する「父親」に比べれば、あの程度の意地悪は可愛いものなのだが。