星一つ浮かんでいない

「凄い風ね……。」

 アルメリーネは外の強風でガタガタと音をたてる窓に、そっと手を添え近寄った。

 外はもう夜で、殆ど様子を窺うことは出来ないが、木々がザワザワと音をたて、雨粒が激しく窓を打ちつけている。

「アル。」

 フェリムはアルメリーネの身体を、毛布ですっぽりと後ろから包み込んで、ぎゅっと抱きしめた。

「窓際は冷えるよ。こっちへ来て。」

 フェリムはシャッとカーテンを閉めると、ほど良い温度に暖められた室内へと導いた。ソファに座らせ、自身も彼女の隣に座ると、アルメリーネのほっそりした腕をとって、マッサージを施す。

「熱っぽいんでしょ。寒い所にいたら駄目だよ。」

「ん……。でも、大丈夫。ただの風邪よ?」

 フェリムは自身の体調には気を遣わないアルメリーネに肩を竦める。

 僕が風邪を引いた時は、凄まじい慌てようだったのに。

 僕が同じ気持ちだとは思わないんだろうか、とフェリムは少し拗ねたようにそう思った。

 心配をかけぬようにか、何でも呑み込もうとするアルメリーネの性格は、いじらしくはあるが、フェリムからすれば、もっと頼って欲しいものだった。

 こんな時なのだから、ベッドでゆっくりして、ご飯を食べさせろ、とでも言ってくれる方がまだ安心できるのに。

 フェリムはアルメリーネの手を入れ替えて、マッサージを続ける。

 今朝方、アルメリーネの発熱に気が付いたフェリムは、勿論すぐさま医者を呼ぼうとしたのだが、カーテンを引いて見れば、前日の晴れ空が嘘のような、酷い雨。嵐と呼んでもいいぐらいの天気だった。

 さすがにそんな天気の中、医者に来いとは言えず、今日はアルメリーネに暖かい格好をさせ、一日二人で家に引きこもっていた。

 フェリムは続いてアルメリーネの足を揉んでいく。

 手足を温めるためではあったが、フェリム自身が何もせずにはいられなかったからだ。

「ありがとう、フェリムさん。」

 こんな体調じゃなければ、お返しに肩でも揉んであげるのに、とアルメリーネが続ける。フェリムがそれに冗談じゃないと顔をしかめると、アルメリーネはにっこり笑って、元気になったらしてあげるね、と続けた。

「元気になったら、だよ。」

 フェリムは念を押すようにもう一度言って、立ち上がった。

「そろそろ寝ようか。」

 そういうと、フェリムはアルメリーネを抱え上げる。突然の彼の行動にアルメリーネは目を剥いていたが、フェリムが放してくれなさそうな気配を悟ると、大人しく彼の首に腕をまわした。

「あの日を思い出すね。」

 ふふ、とアルメリーネが笑う。

 あの日、二人が正式に夫婦となった日の事だろう。フェリムは少し照れながら、アルメリーネの首筋にキスを落とす。

「今日はそのまま寝かせるよ。」

「分かってるわ。」

 アルメリーネはくすくすと楽しそうに笑う。

 彼女がこんなふうに笑うようになったのは、いつだったか、とフェリムはぎゅっと彼女を抱きしめながら思った。


 翌朝、すっかり空は晴れ渡り、昨日から切望していた医者が訪れた。

 医者の診察を不安げに待っていたフェリムが、医者の言葉に満面の笑みでアルメリーネを抱きしめるのは、その少し後の事だ。

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