第五章誘拐された夢見の姫

「…………ん。」

 かずさが目を覚ますと、一面白い情景が広がっていた。ここはどこだったかと、ぼんやりと思ったところで、全てを思い出し、ガバッとかずさは跳ね起きた。

(そうよ! 姫様は……?!)

 あたりをきょろきょろと見まわすと、花瓶に花を活けていたフェリエが気配に気が付いたのか、後ろを向いた。

「かずささん! 目が覚めたんですね。」

 フェリエはぱっとかずさの方へと走り寄った。その目にはうっすら涙さえ浮かんでいた。

「フェリエ、私どれくらい眠ってたの?」

「丸一日ですよ!」

 フェリエはかずさにぎゅうと抱きつきながら、かずさが無事に目を覚ましたことを喜んでいた。フェリエによるとここは王宮の医務室で、昏倒させられた人が多く、パニックに陥った客がもめたり、グラスを割ったり等以外で、外傷のある人間はほとんどいないらしい。

「それで、姫様…は?」

 かずさが問いかけると、フェリエも真面目な顔つきになって、声を潜めて話しはじめた。

「連れ去られました。―――それで、実はエイルさんも行方不明なんですよ。」

 かずさはエイルの名前を聞いて、思わず苦い顔をした。いないに決まってる。彼がそのレウリアを連れ去ったのだから。エイル行方不明を受け、やはり誰もが彼を疑ったらしい。フェリエはとりあえす非難をかわすために、レウリアを追っていると、説明しておいたらしい。

 かずさはそれを聞いて、そのままそう思わせておくことにした。エイルが裏切ったと知れれば、彼を徴用した王や、その周囲に非難が飛びかねない。今は仲間割れしている暇はなかった。

「……わかった。あの、ちょっと考え事したいから、一人にしてほしいんだけど、……良いかな?」

「あ、なら、かずささんのお目覚め報告をお医者様にしてきますね。」

 フェリエがぱたぱたと行ってしまうと、かずさはレウリアの攫われたあの日のことを、もう一度考え始めた。

 かずさはレウリアを攫った影について考えた。

 あれは間違いなく(オンブル)だった。かずさはそれを確信していた。あの日見た光景だけから考えるなら、あの(オンブル)はエイルの使役魔と考えるのが妥当だ。しかしかずさは、あの(オンブル)に、(オンブル)に似た空気を感じていた。

(となると、(オンブル)の手先の(オンブル)……、ってことになるわ。)

 あの(オンブル)(オンブル)の手先と考えると、エイルは何者なのか。かずさは何度考えても同じ結論に行きつき、イラッとしていた。

(あのやろう……。私の事フルドの手先、とか言ったクセしやがって……。)

 普通に考えれば、エイドは(オンブル)の手先だ。

 しかし、かずさは一つ引っかかるものを残していた。あの日の最後のエイルの言葉だ。「俺を信じてくれ」という。

(何を信じろってんのよ。怪しさ満載のくせして……。)

 むっとしながら、彼の言葉を反復していたかずさは、何か違和感を感じた。初めは何か分からなかった違和感だが、再度、かずさは彼の言葉を反復し、突然ひらめくように気が付いた。

 かずさはかっと赤くなって、手で顔を覆った。

「あいつ、卑怯……。」

 惚れた弱みだろうか。普通なら、何てことないことのはずだ。エイルははじめて、かずさを名前で呼んでいたのだった。

 かずさはしばらくベッドに寝転んで、恥ずかしさでのた打ち回った後、むくっと起き上がって部屋を出た。なんとか、頬の熱さは引いていた。

「あ、かずささん! 起きちゃダメでしょう!」

「フェリエ! 私、行ってくるから!」

「は?」

 かずさはフェリエに近寄ると、突然そう宣言した。フェリエは意味が分からず、かずさを見返した。

「姫様の奪還! それから、あいつに一発お見舞いしてやるのよ!」

 かずさはとりあえず、行き場所に見当がついたのだからと、行動することにした。

 そして、真偽が分からない限り、手放しで、というわけにもいかないが、かずさはエイルを信じてみることにしたのだった。しかし、あの日のショックは早々忘れられるものではない。だから、お返しに一発殴った後で、エイルが驚いて二の句が継げなくなるようなことを言ってやろう、とかずさは決意したのだった。

「あ、あいつって誰ですか?」

「あ、何でもない。まぁ、そう言うことだから。言ってくるね。―――空間転移(ルームトランスファー)

「か、かずささん!」

 次の瞬間にはもう、かずさの姿は無かった。




「あら、お姫さまのご様子はいかがだった、エイル?」

 全身黒ずくめの女は、エイルが部屋に入ってくると、彼が近寄るのを待ってからそう言った。

「いつも通りです、リュストル様」

 エイルはレウリアを攫った後、フルドを喰らった(オンブル)、“フルド”や(オンブル)と呼ばれる彼女の元へと、レウリアを運んでいた。フルドを喰らった後、自我を芽生えさせた彼女は、自らをリュストルと名乗っていた。

 リュストルはつっとエイルの顎をなぞって、彼の唇に自分のそれを重ねた。

 エイルがリュストルの元へと赴いたのは一月ほど前。それ以来、リュストルの命に従い、レウリア誘拐をもしてのけたのだった。

 リュストルは口づけをやめると、ふふっと笑った。エイルはリュストルのお気に入りだった。自分とよく似た闇色の髪と、感情の見えない表情が気に入っていた。

「そうだわ、エイル。今日あたりに、お客人が来そうなの。だからね、エイル。て、い、ちょ、う、に、おもてなししてあげて。」

「………仰せのままに。」

 エイルはそれだけ言うと、ぱっと踵を返した。ここに来そうな「お客人」など、一人しかエイルは思いつかなかった。

 エイルはギリッと唇を噛んだ。そして、グッと袖で唇を拭った。

 リュストルはさっさと出て行ってしまったエイルを、少し物足りなく思ったが、リュストルはああいうエイルの淡白なところが、気に入っていたので、楽しそうに笑っていた。そして、彼と対照的な美しい金髪を持つ、夢見の姫の事に考えを移した。

「あっちのお姫さまの方は、どうしようかしら。―――あ、そうだわ。ふふ、あれがあったわ。」

 リュストルはぱっと身をひるがえして、奥の間へと消えていた。

 レウリアは簡単には言うことを聞いてくれない、リュストルはならば、とあることを準備しはじめた。




 かずさが目を開けると、そこは森の奥のこじんまりとした屋敷だった。元々、フルドの屋敷であったここは、(オンブル)が根城を変えていなければ、ここにいるはずだ、と思い飛んできたのだった。

 かずさはこの屋敷を目の前に、やはり、当てが外れていなかったことを悟った。屋敷には結界が張ってあった。ただの空き家ならば、こんなところに結界を張るはずがない。それに、別の家主がいるという可能性もないではなかったが、やましいことでもなければ、家に結界を張り続ける人間など、そうはいなかった。

 かずさは結界に触れるように手を出した。対侵入用の結界ならば、多少の抵抗があるものだが、これにはなかった。

(侵入者感知用…ってとこか。)

 それならば、今の時点でもう気付かれているので、気にすることなく、かずさはずんずんと奥へ進んだ。

 今更警戒していも仕方がないと思ったかずさは、どうどうと扉を開け放った。

「………エイル。」

 かずさは屋敷の入ったところの部屋の中央に、見知った顔がいるのを確認した。

 エイルは着の身着のまま、といった格好、あの日の格好のままで、ただ悠然と立っていた。エイルから殺気や害意は感じなかった。ただ、かずさの出方を窺うように、じっとかずさを見ていた。

 かずさは、とりあえず動けば斬られる、という心配が無いのを見て取ると、緊張を解き、腰に手を当てて、エイルを少し睨んだ。彼に言いたいことは、それこそ山のようにあったのだ。

「言いたいことは山ほどあるけどね、エイル。まずは、姫様を返して。これが一応目的よ。」

 エイルを一発殴る計画をしていたかずさだったが、一まずそれは置いておいて、とりあえず一番の目的であるはずのレウリアの奪還を宣言した。しかし、エイルはそれでないところが気になったようで、不思議そうな顔をしていた。

「一応……?」

「そ、一応。私個人としては、まだ用事はあるから。あんたにね。」

 エイルはまだ要領を得ない顔をしていた。エイルはてっきり姫奪還のみが目的だと思っていたのだった。しかし、かずさむっとした顔を見て、ふっと笑った。そして、ゆっくりとかずさに近寄る。かずさは一瞬身構えそうになったが、彼から敵意を感じなかったので、何もしないまま、彼を待った。

 エイルはかずさの真近くまで来ると、かずさを抱き寄せた。

 かずさは、まさか抱きしめられると思っていなかったので、顔をかっと赤くして、硬直したように立っていた。エイルはしばらく何も言わないまま、かずさを抱きしめていた。

「―――殿下はここの二階の右奥の部屋だ。………ありがとう。」

 エイルはぽそっとかずさに耳打ちをした。

 エイルはかずさに信じてくれと言っていたが、会った瞬間に敵意を向けられると思っていた。彼自身としてはかずさを傷付けたくなかった。しかしかずさの目には、自分は裏切り者として映っているはずだと、エイルは確信していた。しかし、かずさは黙ってエイルの好きにさせてくれた。

 信じてくれと言ったのはエイルだ。だが、本当に信じていなかったのは、自分の方だったのかもしれないと、エイルは切に思っていた。

「何のお礼か分からないんだけど……。まぁ、いいわ。実はね、あんたに会ったら、腹を殴られたお返しに、一発お見舞いしてあげようと思ってたの。……でも、やめとくわ。教えてくれて、ありがと。」

 エイルはかずさを解放して、早く行くように促した。

 しかし、かずさは立ち止まったまま、じぃっとエイルの顔を見た後に、エイルの肩を掴んで、少し背伸びをして、エイルにキスした。エイルの反応が返ってくる前に、かずさはぱっとエイルから離れると、二階への階段を目指して、走りだそうとした。しかし、少し行ったところで、速度を緩め振り返ると、かずさはエイルに言った。

「―――あなたが、好きよ!」

 かずさはそれだけ言うと、もう振り返ることなく、行ってしまった。後には、耳まで赤くなったエイルが残された。




 自分の言葉がそこまでエイルを動揺させていたとは、露も知らないかずさはようやくめぼしい部屋の前へと、辿り着いていた。二階の右奥の部屋。エイルによると、ここにレウリアがいるらしい。

 かずさはとりあえず開けてみようという事で、ノブに触った。

(鍵、開いてる……。)

 ゆっくりとノブをまわして、そろりと扉を開いた。中の気配は一人。かずさは用心深く、中を覗いた。

「―――姫様!」

 かずさは小声ながら叫び、慌てて部屋へと入った。中にはレウリア一人で、彼女はうちくしい金髪を乱して、床に倒れていた。レウリアは気絶しており、少々激しく肩をゆすらなければ、レウリアは起きなかった。

「かずさ……? ――――かずさ!」

 はじめはぼんやりとかずさの顔を眺めていたレウリアは、はっとしたようにかずさの名前を呼んで、かずさにしがみ付いた。怖かったのだろう。当たり前だ。十年前も誘拐されているレウリアだが、誘拐など、何度されても慣れるものではないはずだ。かずさはレウリアを宥めるように、よしよしと頭を撫でて抱きしめてやった。レウリアも安心したのか、ポロポロと涙を零していた。

 暫くすると、レウリアも落ち着いてきたのか涙も止まり、静かにかずさにもたれていた。

「姫様……? 何があったのか、お話ししていただくことは、可能ですか?」

「―――そうだわ、かずさ! 大変なの……! 予言が当たってしまったわ!」

 レウリアは思い立ったようにぱっと身を起こして、かずさにそう言った。しかし、かずさはいまいち意味が理解できなかった。この通りレウリアは生きている。ならば、命が奪われたわけではない事は明らかだった。ならば何が、奪われたというのか。

「私にも、よく分からないの。でも、これだけは分かるわ。私……、夢見の力が奪われてしまったのよ!」

 レウリアによると、ついさっき、黒づくめの女が来て、レウリアを部屋の外へと連れ出した。女に連れていかれた先の部屋には、祭壇のようなものと、その下に妖しく光る魔方陣が描かれていた。女はレウリアをその祭壇に寝かせると、その前に立った。レウリアは殺されると思った。しかし、いっこうにその瞬間は訪れなかった。そして女は、聞いたことも無い呪文を唱え始めた。そして唱え終わると、おもむろに女はレウリアの胸に手を当てた。そしてその手はレウリアの胸に吸い込まれていった。レウリアはおぞましいものを見るような気持ちだったが、不思議と痛みは無かった。しかし、突然、レウリアは違和感を感じた。女がレウリアの胸から手を引いていって、最後に指が抜けた時に、何かが盗られたような激しい虚無感に襲われた。そしてそれと同時に、意識が遠のいて行って、それ以降の記憶は無いと言う。

 何かは分からなかったが、それは夢見の力であると、レウリアは確信していた。

「だから……、お願い、かずさ! 取り返しに行かせて!」

 かずさは迷った。レウリアの言う女が誰なのかは分からなかったが、おそらく取り返しに行けば、(オンブル)と会うことになる。レウリアに危険が及ぶ可能性があった。しかし、レウリアの必死な様子を見ると、取り返しに行くべきなのかもしれないと思うのも事実だった。

 かずさは迷いに迷った挙句、取り返しに行くことに決めた。しかし、もう一度気持ちをレウリアに確認した。

「危険ですよ。それでも……、行きますか?」

「もちろんよ!」

「わかりました。付いて来てください。絶対離れないで。」

 レウリアが頷くのを確認すると、かずさはレウリアを伴って、そろりとその部屋を後にした。




「リュストル様。」

 エイルはかずさと別れた後、かなり経ってから、リュストルの前に姿を現した。言わずもがな、気分を鎮めて、平静を保てるようになるまで、かなり時間がかかったのである。

「エイル、客人は?」

 時間がかかっていたので、苦戦していたのかと思ったリュストルは、そう聞いた。エイルはしらを切りながら、その反面確かにこう思っていた。

 ある意味手強かった。

「もうすぐこちらにいらっしゃるかと。主人自らおもてなしなさる方が、よろしいと判断いたしました。」

「そう、あなたがそう言うなら、そうしましょ。」

 リュストルはエイルの内心に気付く事なく、笑顔を浮かべ、手の中の小瓶を弄んでいた。

 エイルは自分が彼女の前を後にする前、持っていなかったはずのそれに、何か嫌な予感を感じ、そ知らぬふりをしながら問いかけた。

「ところで、リュストル様。手の中にあるそれは、何なのでしょうか。先ほどは持っていらっしゃいませんでしたよね。」

 リュストルはエイルの質問に、はたっと手を止め、小瓶を見せつけるようにエイルの前に掲げた。小瓶には金色の液体が入っていた。

「ふふふ、よくぞ聞いてくれたわ。これはね、あのお姫さまの“夢見の力”よ。」

「……どういうことです?」

 レウリアの夢見の力がこの液体などと、リュストルは何を言っているのか、とエゼルは怪訝な顔で、小瓶とリュストルの顔を交互に見た。

「私ね、あのお姫さまじゃなくて、その夢見の力が欲しかったの。だって、未来が見えるなんて、便利じゃない? でも、あの子言うこと聞いてくれそうになかったからー。魂吸いの魔法を応用して、吸いとっちゃったの!」

 リュストルは自慢げに、その小瓶を眺め、光にすかしたりと、たいそうご機嫌であった。彼女によると、その液体を飲み干せば、飲んだ人間に夢見の力が宿るという。

 しかし、とエイルは思っていた。魂吸いの魔法とは、人の魂を生きながらにして抜き取る、という禁術、一般には知られていない魔法のはずだ。

(フルドの知識……か?)

 フルドは魔法に長け、禁術の類にも精通していた。彼を飲み込んだリュストルが、その知識も共に習得していたとしても、何の不思議もなかった。

 エイルは、にこにこと小瓶を眺めるリュストルに、笑顔を向けた。

「リュストル様。それは大変興味深いですね。ぜひ、私にも近くで拝見させてください。」

「もー、しょーがないな。はい。落とさないでよ。」

「もちろんです。」

 小瓶がリュストルの手から、エイルの手に渡った。エイルがそれをしっかりと握りしめた時、部屋の扉が開いた。

 エイルとリュストルは、弾かれたようにそちらを見た。その扉から入ってきたのは、もちろん、かずさとレウリアだった。

「―――姫様の力、返しなさい!」




 かずさはレウリアを後ろに庇いつつ、勢いよく扉を開けた。屋敷中見まわったが、人影らしきものは何もなく、部屋はもう、後ここを残すのみだった。

 扉を開けると、案の定そこにはエイルがいた。そして隣には黒づくめの女。レウリアの言っていた、黒づくめの女とは、おそらく彼女の事だと、かずさは確信した。

 かずさはよくは事情が分からなかったが、その女とエイルが至近距離で、仲睦まじげにしているのを見て、むかっ腹が立った。

 しかしすぐに目的を思い出して、しかしその苛立ちを忘れる事も出来なかったので、それを上乗せして叫んだ。

「姫様の力、返しなさい!」

 それを聞いた女が、突然ふふふと笑い出した。かずさが何がおかしいのかと睨むと、ようやく笑うのをやめて、エイルを見た。

「だって、エイル。ふふふ、どうする?」

「―――私がお相手しますよ。」

 エイルはそう言って、ゆっくりとかずさ達に近寄って行った。エイルの左手はズボンのポケットに入っていた。女はまだ面白そうに微笑んでいる。

 かずさはエイルの様子をじっと観察していた。攻撃してくる様子はなかったが、それでも、自分一人ではないので、気は抜けなかった。

 エイルもじっとかずさを見ながら、ゆっくりゆっくりと歩を進めていた。

(あ………。)

 かずさはふっと気を緩めた。エイルと眼差しが交差したとき、何となくかずさは悟ったのだ。

 エイルは自分たちを裏切っていない、と。

 レウリアは、かずさの後ろで、ぎゅっとかずさの肩を握っていた。レウリアはエイルが裏切ったものだと思い込んでいて、睨むような視線を投げつけていた。

 エイルはかずさから少し離れて位置で、足を止めて、右手でスラッと剣を抜いた。レウリアはさらにかずさの肩を握る力を強くしたが、かずさは何もしなかった。

 その様子に、エイルはふっと笑うと、ぱっと身体を翻して、女、リュストルに剣を向けた。そして、ズボンに突っ込んでいた手を出して、そこに握られていた小瓶をかずさに渡した。

「それを殿下に飲ませろ。それを飲めば、力が戻る。」

 かずさはそれにしかっと頷いて、レウリアに事情を説明し始めた。もっとも、かずさ自身も詳しいことは何も分かっていなかったので、エイルが自分たちを裏切っていなかったことと、この液体を飲めば、力が戻るという、説明だけだが。

 リュストルはそれを見て、すっと笑顔を消して、眉を吊り上げた。

「エイル! あなた……私を裏切ったのね!!」

 エイルは冷めた目でそれを見つめた。

「勘違いするな。俺は元から、こっち側だ。」

「―――!」

 その言葉に声も無く、怒りを爆発させたリュストルは自分の影の力を増幅し始めた。エイルは、さすがに怒らせすぎたと思った。早くしなければ、戦況が不利になる―――

 かずさのリュストルの怒りを肌で感じていた。かずさはレウリアを何とか説得させ、ようやく飲む決心をさせたところだった。

「かずさ! 殿下は?」

「今、説得し終わったとこ!」

 レウリアはきゅぽんと小瓶のふたを開けて、中の液体を喉に流し込んだ。その瞬間、レウリアの目から、涙がブワッと溢れ出した。

「ひ、姫さま?!」

 かずさは何が起こったのかと慌てたが、レウリアはゆっくりと首を振った。

 レウリアは飲み終わった小瓶を置くと、溢れた涙を拭いながら、エイルとかずさを見た。その顔には、紛れもない笑顔が浮かんでいた。

「ありがとう。力が、戻りました。懐かしいものを迎えたような、ずっと会えなかった親友に再会したような、不思議な気分ですの。ありがとう、ごめんなさい。」

 かずさは微笑んで、同じ様に涙を浮かべていた。エイルはレウリアの方を見なかった。しかし、少し拗ねるような声で、ぽそっと言った。

「いえ、お役にたてなのなら、幸いです。」

 しかし、いつまでも泣いているわけにはいかなかった。かずさはレウリアを庇いつつ、立ち上がって、リュストルを見た。このままほおっておけば、大変なことになるのは明らかだった。

「かずさ、破邪の刃(ホーリーブレード)の呪文は覚えてるか?」

「覚えてる、けど。私ひとりじゃ無理よ? 十年前だって、五人で一発が限界だったんだから。」

 破邪の刃(ホーリーブレード)は魔力の消費が著しい。かずさはエイルと二人合わせても、とてもそれに適うほどの魔力に足りるとは思えなかった。

 しかし、エイルはそれを聞くと、なら問題ない、と言う様子で頷いた。しかし、かずさは納得がいかず、エイルに食ってかかった。

「ちょっと、あれ、どれだけ力食うか分かってるの? 私とあんただけじゃとても―――」

 エイルはそれを聞きながら、にやりと笑うと、かずさの手を取って、手を組んだ。

「本当にそうか?」

 人の魔力の量は、よほどの猛者でもない限り一見して図ることは不可能に近いが、肌を直でくっつけて、集中して探れば、大体は把握することが出来た。無論、かずさもその類の人間なので、目を閉じて集中した。

「―――――うそ。」

 かずさはぱちっと目を開け、そのまま、まじまじとエイルの顔を見た。かずさの数倍はあったのだ。エイルの魔力が弱いとこそ思っていなかったかずさだが、さすがに倍以上差をつけられているとは、思っても見なかったのであった。

「でも、確かに、いける……かも。」

「だろ。」

 リュストルはどんどんと力を付けていた。早くしなければ二人の力でも、太刀打ちできなくなってしまうだろう。リュストルはもはや人の形をしておらず、ただの黒い塊へと変化していた。おそらくは、理性や自我といったものも、使役魔とせての程度のものしか、もう残っていないだろう。ただの憎悪で動く物体へと成り果てていた。

 かずさとエイルは手を繋いだまま、空いている方の手をそれぞれ前に出して、静かに詠唱をはじめた。二人は一層強く、互いの手を握り締めた。

「「光の園を創ろう 我はお前を救いに来たのだ さあゆこう我らと共に 虹の光は楽園の蝶を誘い お前を夢へ誘う だが剣を取り切り裂くのだ しかし恐るるなかれ悲しむなかれ その先こそ我らの光 さあ放て―――破邪の刃(ホーリーブレード)。」」

 二人を中心に強い光が放たれた。それはそこにいるものの全てを白い闇の中へと誘った―――

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