終章魔法少女の未来

 あの日から丸々一週間がたっていた。

 かずさが目を覚ますと、その瞬間、前よりもすごい勢いで、フェリエとさにレウリアが飛びついて喜んだ。

「え、フェリエ…姫様―――?」

 状況の呑み込めないかずさは、レウリアや、フェリエがなぜこんなに、ぽろぽろ涙を零し、自分を抱きしめているのか不思議に思ったが、はたと、エイルの事を思い出し、きょろきょろとあたりを見回した。すると、隣のベッドに、横たわって眠っているエイルを見つけた。起きる気配は無かったが、特に苦しそうな様子もないことに、かずさはほっと安堵して、胸をなでおろした。

「あの、ここ……どこですか?」

 ようやく二人が落ち着いてきたところで、かずさは自分が今何処にいるのかと尋ねた。かずさの記憶は、エイルと二人で破邪の刃(ホーリーブレード)を唱えたところで切れており、いまいち状況が把握できていなかった。落ち着いて辺りを見回すと、医務室のようなところではあったが、なんとなく、レウリア誘拐時にお世話になったあそことは、違う場所のような気がしていたのだった。

「えっとね、はじめから説明するわね―――」

 レウリアは二人が破邪の刃(ホーリーブレード)を使った後のことから、話しはじめた。

 二人が破邪の刃(ホーリーブレード)を使い、光がおさまってきた時、レウリアは、倒れた二人と、消えゆこうとする(オンブル)、リュストルだったそれを見たという。ほどなくそれは消え失せて、レウリアも念のため、その場所に浄罪の矢(セイクリッドアロー)をかけておいた。それが終わった時、なぜか、エドウィン直属だという兵たちが現れた。そして、彼らはレウリアや倒れた二人を保護して、三人を城に連れ帰った、ということだった。ちなみにフェリエは事の次第を聞いて、急いで馳せ参じた、ということだ。ちなみに、今回かずさは、丸三日間眠っていたらしい。

 レウリアとフェリエの涙の訳は理解できたかずさだったが、エドウィンが何故兵を遣わせたのか、レウリア救出の為だけとは何となく考えづらかった。

「そうだったんですか。……でも、なんで、助けに来てくれたんでしょう?」

「さぁ……?」

 レウリアも、何故あのタイミングで現れたのかは、いまいち分からないようだった。

 話が終わると、レウリアとフェリエはかずさの身体を心配して、部屋を出ていた。

 一人になったかずさは、どうにも、自分の知らない何かがあるらしいという結論に落ち着いた。エドウィンの兵たちもよく分からない上、なにより、エイルの行動理由がよく分からなかった。

 かずさは寝ていたベッドを下りて、エイルの枕もとまで行って、膝をつくと、エイルの頬をぷにぷにと指で押しながら、エイルが目覚めるのを待った。

「ねえ、エイル。あんた、多分全部知ってるんでしょ……? 目覚ましてよ―――」

 かずさはエイルの手を握って、拗ねるように俯せた。自分より魔力の強いエイルが倒れている。普通に考えても、かずさより回復に時間がかかる。かずさは、嫌な予感を振り払うように、エイルの手を握り締めた。その時だった。

「―――おはよう。」

 かずさは幻聴が聞こえたのかと思った。明らかに自分とは違う声が聞こえた。一瞬固まった後、ガバッと身を起こすと、エイルが呆れたような顔で、かずさを見ていた。

 かずさは何から言ったらよいのか分からず、口をパクパクさせてエイルの顔を凝視していた。

「い、い、いつから、起きてたの!」

「殿下が『はじめから説明する』っていったとこ……」

「ほとんど、はじめじゃない!」

 かずさはむぅっとエイルを睨んでいたが、ぱっとエイルに飛びついた。

 エイルが慌てて抱きとめると、かずさはエイルの胸に頬を摺り寄せて、ぎゅうっとしがみ付いていた。

「もう、起きないかと思った。」

「―――悪かった。」

 エイルはかずさをきつく抱きしめ返して、かずさの頭に口付けた。

 かずさはエイルの存在を、満足のゆくまで確認すると、ゆっくり身を起こして、エイルを見た。色々と聞きたい事もあるのだ。かずさはエイルのベッドに腰を下ろすと、いずまいを正した。

「それじゃ、喋れそうなら、全部説明して。」

「いきなりだな……。」

 エイルは苦笑いしながら、上体を起こすと、少し悩んでから話しはじめた。

 エイルがレウリアの元で、スパイのような活動をしていたのは真実だった。ただし、かずさが(オンブル)と呼んでいた、リュストルの手の者ではなく、そこにもまた、スパイとして入り込んでいたらしい。

「……つまり、あんたどこの人なの?」

「エドウィン殿下の直属部隊に、所属している。」

「え!」

 エドウィンはリュストルの存在を極秘につかんでいた。そのため、配下の者を方々に遣わせ、行方を探し、消滅させる方法を探していたらしい。

 つまりは、かずさと全く同じ目的で動いていた、というわけだった。

 エドウィンは許嫁のレウリアの夢見の力を、リュストルが狙っていると把握すると、エイルを彼女の元へと行かせた。しかし、レウリアにはその事を極秘にしており、エイルがエドウィンの手の者だという事は、国王しか知らなかった。もっとも、詳しい目的は国王も知らなかったのだが。

 エイルをはじめ、エドウィンの配下は、その存在が大変曖昧で、はっきりと名前が分かっているものは数人しかおらず、全員が兵というわけではない。人によると、普段は八百屋の店主、なんてこともあるらしい。彼らはエドウィン個人に忠誠を誓っており、必要に応じて現れる。基本的に他言無用で、家族さえも知らないことが多い。

「待って、じゃあ、はじめ会った時着てたのって、やっぱりここの軍服―――や、今はそんなこと重要じゃないわ! ………あ、で、何で殿下が、(オンブル)―――リュストルのこと知ってたの?」

「フルドは俺の元同僚。つまり、殿下の配下だったからだ。」

 エイルはかずさのつっこみに苦笑いしつつ、話を続けた。

 リュストルに飲み込まれたフルドは、エドウィンの元で、禁術を含んだ魔法研究をしていた人物だった。リュストルとなった(オンブル)も、その研究の過程で生まれ、強化していくことで、制御しきれなくなった結果だった。十年前、かずさ達が対峙した後、秘密裏に事後調査にあたり、その結果、消滅しきっていないことが結論付けられた。

 そしてその後の調査の結果、やはり(オンブル)の類を消し去るには光しかないという事になったらしい。

 そして、交戦の準備をしていたさなか、レウリアが再度攫われ、結果、その場に居合わせたかずさとエイルが、破邪の刃(ホーリーブレード)を放ち消した、というわけだったらしい。

「な、なるほど。……でもそれなら、素直に(オンブル)のこと話せばよかった。(オンブル)を調べてた私の事、怪しいって思ってたんでしょ。」

「………まぁ。」

 エイルは目を逸らして、頭を掻いた。敵か味方か分からない中、とくに初めの方はかずさを酷く怪しんでいた。かずさはきまり悪そうなエイルを見て、おかしそうに笑うと、別にいいと、首を振った。

 エイルはふとかずさを見て、あの日の、あの事を思い出していた。

「なあ、かずさ、あの日の―――『俺のこと好き』ってどういうつもりで言ったのか、………聞いてもいいか?」

 かずさはそれを聞いて、笑うのをぴたっとやめて、硬直し、頬をみるみる赤くさせた。確かに言った言葉であるが、エイルが気に留めて、しかも覚えているとは思ってもみなかったかずさは、しどろもどろと何か言おうとして失敗した後、開き直って、ぷいっとそっぽを向いた。

「あ、あんたが悪いんだから。あの日、姫様を攫った日! 私の名前呼んだでしょ―――初めて! 私、びっくりしたんだから。だから…同じ思い、させてやりたいな、って。」

「え……………、あ。」

 エイルは、かずさに言われるまで自分が今まで、かずさの名前を呼んでいなかったことにも、今普通に「かずさ」と呼んでいる事にも気が付いていなかったのだった。エイルはそんな自分に驚きつつ、まだ赤くなったままかずさを見た。エイルはちょっとかずさに寄って、後ろから軽く抱きしめた。

「エ、エイル……?」

「お前の思惑は、十分すぎるほど成功したよ。」

 エイルは面白いほど赤くなっているかずさに、ちょっと意地悪をしたくなって、顔を彼女の耳元まで寄せた。かずさはぴくっと動いたが、エイルに抱きしめられているので、それ以上は大人しくしていた。

「あの言葉は……、俺を驚かせるためのウソ?」

 エイルは囁く様にそう言った。エイルはかずさが何と答えるか分からなかった。否定して欲しかった。だが、エイルはかずさがこの問いを、肯定すると思い込んでいた。剣を向けて脅した相手に、好きという女などいやしない、そう思っていたのだった。

 だがら、エイルはかずさが小さく首を振った時、己の目が信じられないような思いがした。エイルはそろそろと彼女を解放して、かずさの顔を見た。かずさはびっくりするほど顔を真っ赤にして、エイルを睨む勢いで見た。

「わ、悪い?! 私は、あんたが、好きよ!」

 エイルは虚を突かれたような顔をして、止まっていた。かずさはそれだけ言い切ると、むっとエイルを見ていた。

 エイルは思ってもみなかったのだ。かずさが自分を好いていてくれているなど。かずさにとってみれば、エイルは一度自分を殺そうとまでした男のはずだ。だが、かずさはそれを超えて、思いをぶつけてきた。エイルはふっと笑うと、かずさを引き寄せて、おでこをくっつけるようにして、かずさの目を見た。

「もう一度、言って。」

「う……。す、好き…です……。」

 かずさは目を泳がせまくった後、エイルの目をおずおずと見て、ぽそりと呟いた。エイルはそれを聞いてにこっと笑った。

「俺も、愛してるよ、かずさ。」

 エイルは目を見開いて固まったかずさの頬にキスをして、それを彼女の唇へとずらした。

 唇を離すと、かずさはぱっと顔を離して、エイルを凝視した。

「嘘!」

「嘘じゃない。信じられない?」

「うう……。そういうわけじゃ………。」

 エイルはかずさを引き寄せて、抱きしめた。もう二度と、彼女を傷付けたくなかった。今度は彼女を守れるように、と腕に力を込める。

「でも、お前、人間界に帰るんだっけ……。」

 ふとエイルは、前に聞いたかずさの進路相談の内容を思い出した。あの時、かずさは「やることが終わったら、帰らなきゃ」と言っていた。あのときこの「やること」が何なのか、はっきりとは言わなかったかずさだが、今のエイルは、その「やること」がリュストルの消滅だったことが分かっていた。

 かずさはそのエイルの言葉を聞いて、そんな相談をしていた事を思い出した。あのときは帰らなければおかしい、そう思っていた。

 かずさはにっこりとエイルに微笑むと、首を振った。

「私、帰らないよ。―――私がエイルと一緒にいたいから……。だから、帰らないの。」

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