第三章かずさの物思い
「やっぱ、同じ話ばっか……。」
かずさは城内にある図書館へと来ていた。レウリアの護衛の任はエイルがメインで、かずさはサブ、というかレウリアの話し相手に近く、割と自由な行動が許されていた。
かずさは分厚い本のページをめくっては溜息を吐いた。
かずさは十年前に倒し損ねた敵である“
人間界に手先としてやってくる
どちらも生命体ではなく、魔力の固まりであった。十年前レウリア誘拐を企て、その夢見の力を手に入れようとしていた者の使役魔が
使役魔とは魔力を何か物体へと具現化させ、それに仮の生命を与え、ひとつの生命体を疑似的に作り出す魔法「
しかし、
正しくは、
力をつけすぎた
レウリアを救出した魔法少女たちは、魔法界がこの
効果はてきめんだった。しかし、
その後、幸いにもというか、使役者を飲み込んだゆえに知能を多少は付けたのだろう。かずさを消せば危険はなくなると判断したらしく、かずさばかりを狙うようになっていた。
「
しかし使役者を飲み込み、力を付けた使役魔の倒し方はどこにも書いてはいなかった。無理もない。そんな話聞いたことが無いのだから。
実際、
かずさはこのことを無用な混乱を及ぼすとして、レウリアを含む誰にも言っていなかった。かずさが魔法少女をやめない理由の一つとして、これもあったのだ。
(今回の姫さまの夢……。これが絡んでないと、良いんだけど。)
かずさは、また溜息を吐いてページをめくった。
「おい。」
「へぁっ! な、何?!」
かずさは、いきなりかけられた声に飛び上がって、辺りをきょろきょろと見まわした。しかし誰もいない。
ぞーっとしはじめたとき、苛立ちを交えた声が真後ろから聞こえた。
「後ろだ、気配ぐらい読め。」
そう言ったのはエイルだった。彼はあいかわらず感情の薄い顔で、というより仏頂面で、かずさの横を周り込み、かずさが座っていた椅子の隣の椅子に腰かけた。
椅子に座ったエイルは肘をついて、じぃっとかずさの開く本を見ていた。あんまりにも真剣に見ているので、かずさは何となくおたおたした。
「ど、どうか…した?」
「
「そういうわけじゃ、ない…けど。」
何かを掬い取ろうとするような視線がかずさに向けられる。かずさはあえてそれに気付かぬフリをして、あさっての方向を見ていた。
「お前、人間界でも
(………まぁ、普通はそう思うか。)
かずさはそ知らぬふりをして、横髪を耳に掛けながらエイルを見た。
「……さぁね。子供のくせに姫様の周りをうろついてる、って目障りに思われてんじゃない?」
その答えに、いまいち納得のいかないような顔をしていたエイルだったが、仕方なさげに溜息を吐いた。
「まぁいい。―――本題だ。殿下の隣国訪問が決まった。」
レウリアは隣国の王子と婚約をしている。かずさとて、さすがにそのことは知っていたが、その王子に会いに行く旅行について行くことになるとは夢にも思っていなかった。王子の名はエドウィン。レウリアとは政略結婚だが、相思相愛でラブラブらしいと、かずさも聞き及んでいた。
「そういうわけでね、かずさにもついて来てほしいの。ダメ?」
「かまいませんけど……。」
かずさも近いながら他国という事で、少なからず興味はあったし、レウリアの護衛でもあるので、ついて行くのにはおおむね賛成だった。
「でも、怪しまれませんか? 私、護衛はおろか、侍女にも見えませんが。」
「あら、大丈夫よ。エドにはもう話を通してあるもの。」
かずさはそれを聞いて、内心有無を言わさず連れて行く気だったのかと、内心苦笑いであった。しかし、断る気があったとしても、押しに弱いかずさに断り切れたはずもない。
「そういうことなら、心配ないですね。お供させていただきます。」
「ほんとう? 嬉しいわ!」
にこにこと笑うレウリアは本当に美しい。かずさもそれを見て、レウリアを守ろうという気持ちを強めるのであった。
「
夜。エイルはあてがわれたレウリアの部屋にほど近い自室で、ひとり月を眺めていた。魔法界と人間界は割と似通った部分を持っていて、魔法界にも月はあった。少しだけかけた月は妖しく闇を照らしていた。
あの女、かずさは、初めて会ったあの時から、なぜかエイルの頭から離れない存在となっていた。あのまどろっこしい戦法がそうさせているのだと、はじめは思っていたが、その理由を聞いた後も、エイルの目はかずさを追いかけていた。
エイルはそんな自分に、日に日に苛立ちを募らせていた。視界に入れば苛々し目が離せなかったが、いなければいないで、気が付けば彼女を探していた。
だが、かずさが図書館で呼んでいた本。あれを見た時、彼女に対して一抹の不信感が生まれた。
かずさの言葉を信じるならば、よほど危険な
(フルド……、が絡んでいるのかも、しれない。油断ならないな。)
そのとき、カッと窓の下方で光るものが見えた。
「あれは……。」
エイルは窓枠と、傍らの剣を掴んで、闇の中へと飛び出した。
「浄化の光 闇夜を引き裂き 暁光もたらしたまえ―――
かずさは
おそらくは、魔法界と人間界の隔たりを超えなくてすむ分、より強い
あと数回魔法を当てれば消えるだろう。しかし、これ以上は人を呼びかねないので、できれば魔法を使いたくないかずさだった。人を呼べば、
(どうしよっか……。
しかし言っていても仕方ないので、とりあえず捕らえるべく、動こうとした時だった。
「―――動くな!」
「へ?」
かずさがその声に驚いて、ピタッと動きを止めると、かずさの隣を風がすり抜けて行った。
「な、え、エイル?」
風かと思ったそれは、後方から走り抜けてきたエイルだった。
かずさが驚きでぼんやりしていると、エイルは走りながら剣を抜きはらった。その刀身は淡い白で輝いていた。
エイルは抜いた剣を
エイルは呆然としているかずさにつかつかと近寄ってきた。
「このバカ、何ぼさっとしてる。」
「な、バ、バカって何よ! いきなりあんたが現れたんだから、びっくりするに決まってんでしょ!」
はっと我に返ったかずさは、憤然とエイルに言い返した。しかし、助けてもらった事には変わりがないので、ごにょごにょときまり悪そうに、礼を言った。
「その、助かったわ。……ありがと。」
エイルはそれには答えず、かずさの肘を掴み、ぐっと引っ張った。
「あの程度の敵に、怪我をするな。だからバカだと言ったんだ。」
「う……。」
かずさの腕には細かい擦り傷のようなものと、腕にうっすら血の滲む切り傷があった。
腕を引かれた時は、何をするんだとムッとしていたかずさも、それを言われると言葉に詰まった。
「
エイルはその傷口に手をかざして、
「あ、ありがとう。―――あ、ねぇ、さっきの剣が光ってたの……何だったの?」
かずさはエイルの予想外の行動にドギマギしながら、さっきの剣の謎の発光について尋ねた。
「………魔剣術だが。見た事ないのか?」
「あ、あれがそうなんだ!」
魔剣術。それは剣などの武具に自分の魔力を宿らせ、それで攻撃する魔法のことだ。かずさも存在は知っていたが、魔剣術を使う人間は数が少なく、とくに昨今はその数が減少し、あまりお目にかかれなくなっていた。
魔剣術に使う剣は、一般的な剣と少し違う。魔剣術用の剣は魔力を溜めることが出来る。しかし普通の剣にはそれはそなえられておらず、普通の剣で魔剣術を使おうと思うと、使用者の細かな調整が必要で、とても使いづらかった。剣全体に魔力をいきわたらせる必要があり、また、蓄える機能が無いので、使用者は常に魔力を消費し続けることになり、膨大な魔力を有していない限り使うのは不可能に近い。しかし、魔剣術用の剣ならば、魔力を溜めることが出来るので、誰でも使うことが出来た。しかし、反対に魔力を溜められるがゆえに、その容量を超えてしまえば、剣は木端微塵に吹き飛んでしまうのだった。
結果として、魔剣術を使う意味を見いだせなくなった人々は、それらを手離していくこととなった。今でも使っているものは、少ないながらいるが、大方が、魔力が少なく、自力ではたいした魔法を使えない者が多数を占めている。
(……魔力弱そうには、見えないんだけどなぁ。)
かずさはさっきの切り傷があった腕と、エイルの顔を見比べて首をひねった。
「それで? さっきのは
エイルは人間界でも
「だから、知らないって。昼も言ったでしょ。」
かずさは少し大げさに、やれやれと首を振った。しかし、エイルは今回はそれだけでは引き下がらず、かずさの顎を掴んで上に向かせた。
かずさとエイルの視線がぶつかった。かずさは背中にゾクリとした震えを感じ、ぐっとエイルを見据えた。
「嘘は無いな?」
「………無いわ。」
答えに間があったのは、やはり罪悪感からか。
エイルはそれを信じたかのだろうか。それはどうか定かではないが、エイルはかずさを放すと、わかった、とだけ言って、さっさとその場を後にした。
「エド! 会いたかったわ!」
レウリアはそう言いながら小走りでエドウィンのところまで行くと、飛び付いて、二人はあつい抱擁とキスを交わしていた。
かずさが
レウリアとエドウィンが対面しているところを見た事がなかったかずさは、あまりのアツアツぶりにたじろいでいたのだが、隣を見ると、冷静にそれを見るエイルがいた。しかし、一見そ知らぬふりをしているエイルだったが、視線は違う方に向けられていたのをかずさは見逃さなかった。
「レウ、そろそろ、皆が痺れを切らすよ。」
「え? あら、ごめんなさいね。」
ようやく二人の世界から戻ってきた二人。特にレウリアは少し恥ずかしげに頬を染めて、何とも清純に見え、目を奪われる者も少なくなかった。レウリアはしずしずとかずさ達の近くへと戻ってくきた。
「エド、彼女がかずさよ。」
「あぁ、彼女が。はじめまして。お話はいつも聞いてるので、どうも初めてという気がしませんが。十年前、レウを救って下さった方々のうちの一人ですね。私からも御礼を言わせてください」
エドウィンはにこやかにかずさに応対する。かずさはそれに恐縮しきりで、せかせかと言葉を返した。
「い、いえ。滅相もございません、殿下。私一人の力ではございませんし……、至らない部分も多くございましたので。」
かずさは否が応でも
しかし、ここでその思いを吐露するわけにもいかないので、謙遜しているかのように聞こえるように、微笑を顔に張り付けたのだった。
エドウィンはそれににっこりと笑顔を返した。
「―――皆さん、着いたばかりでお疲れですね。すぐに部屋へご案内します。」
「ここかな?」
翌日。かずさはまたしても図書館へと赴いていた。違う国なので、何か別の情報があるかもしれないと思っての事だった。
扉を開けると、古い本の匂いがして、かずさはどこも変わらないなと、ふっと気を緩めた。入ってみると、造りは大分違いがあったが、大切な本ほど奥にしまわれているのはどこも変わらない。
(でも、客人に重要機密なんて、見せてくれっこないし。仕方ないけどさ。)
めぼしい本が置いてある辺りをうろついてみるも、やはりそんなにかわりばえした本は見つからなかった。かずさは仕方なしに適当な一冊を選び、席に着いた。かずさは機械的に本に目を通して、ページをめくっていた。しかし、心は彼方へ飛んでいた。
(そんな方法、無いのかな……。)
ここ十年、探し続ける中、ずっと思っていた事だった。
かずさは
(やめるのが自然だよね……。)
かずさはふぅと溜息を吐いて、ボンヤリと前方に顔を上げた。
「………。―――っ?!」
かずさは驚いて勢いよく立ち上がり、椅子が派手に倒れた。その音が館内に反響していく。かずさはそれにも気が付かないようにして、口をパクパクさせて、顔を上げた時に視界に映ったそれを見た。
「エ…エエエエイル。ど、どうしたのよ?」
かずさが本を持って座った時には確かにいなかったはずの人物が目の前に座っていた。
「館内はお静かに。常識だろ。」
「う、それは、そうだわ、ね。」
かずさは冷静なエイルの突っ込みにおたおたと椅子を立て直して、そろそろと座った。心臓はまだバクバクいっている。やましい事をしていたわけではないのだが、なんとなくきまりが悪い。
エイルは何故あそこまで過剰反応される必要があるのか、といった顔で、かずさが落ち着くのを見守っていた。
「あ、あの、いつからそこに……?」
「割と前だが。」
さらりと答えるエイルの顔に、特に表情の変化はなかったが、どことなく苛立ちのようなものが見え隠れしているような気がしていた。エイルはふと視線を下におろし、かずさが開いていた本を指した。
「それよりも、俺が聞きたいのは、この本。―――逆さなんだが、本当に読んでいたのか?」
「え……?あ!」
いくら考え事に耽っていたとはいえ、まさか逆さに開いていたとは予想していなかったかずさは、恥ずかしさを紛らわすために、慌てて本を閉じて、横に置いた。
「そ、それで? 何か用だった?」
「………いや。特に。」
「そうなの?」
エイルが何の用事もなく、自分の前に座っていた事をかずさは不思議に思った。二人は今まで、レウリアの護衛として同席するときはともかくとして、それ以外で世間話で談笑、と言う空気でもなかったのだった。
「あ、じゃあ、ちょっと聞いていい?」
待っても、エイルから何かしゃべりだしそう気がしなかったかずさは、こちらに来てからずっと、気になっていた事があるのを思い出した。
「ここの軍服さ、あんたと初めて会った時に、来てた服に……、似てない?」
人間界でかずさがエイルと会った時、辺りは暗くて、よくは見えなかったが、エイルは確かに軍服のようなものを着ており、とくに、ここへ来てから兵が着る軍服に、類似点が多数見受けられるような気がしていたのだった。
「……気のせいじゃないか?」
「そうかな……。」
本人に否定されると、さすがにはっきりと見れたわけではないかずさは反論できるはずもなく、自分の気のせいかと思った。かずさ自身、たいして重要な意味を持つ問いというわけでもなかったので、とくに食い下がる理由も無かったわけだが。
かずさが黙ってしまうと、すぐに沈黙がおりた。エイルは相変わらず何も喋ろうとはせず、かずさをじっと見ていた。かずさはかずさで、そうぽんぽんと話のネタが浮かばないので、きょろきょろと辺りを見回したり落ち着か投げにしていたが、結局気が付くとエイルと似たような感じで、ぼんやりと彼を見ていた。
(きれーな顔してるな……こんちくしょう。)
かずさはぼんやりとしたまま、彼の顔や首や手をじっと観察していた。整った顔立ち。しかしその中でもかずさが最も惹かれたのは、惹きこまれるような銀の双眸だった。
「……ねぇ、私のこと、どう思う?」
かずさはぼんやりとしながら、レウリアや、魔法少女について、また考えていた。かずさはエイルならば、彼自身の損得が及ばないところの話なので、客観的な意見が聞けるかと思ったのだった。
「……………は?」
「え?」
エイルはかずさの言葉が信じられないものであるかのように、心底驚愕するような顔でかずさを見ていた。かずさはそれに気が付いて、意味が分からず自分の言葉を反復した。
(………待って。私、今、「“私のこと”どう思う」って言った、わよね。)
かずさは彼が固まっている意味をようやく理解して、顔に熱が集中するのを感じた。
何の脈略も無く「“私のこと”どう思う」などと聞けば普通―――
(私のこと好き? ―――って、聞いてるみたいじゃない!!)
かずさはそう悟った瞬間、真っ赤になりながら大慌てで首を振った。
「ち、違う! そうじゃなくて! ……その、姫様の護衛ていうかとして! どうしたら……というか、進路相談………、みたい、な。」
なんだか言い訳がましいことや、大声を出したことなどで、恥ずかしさのピークが来たかずさは、威勢がよかったのは最初だけで、後半部分はごにょごにょと消え入りそうな声で続けた。
「はぁ。」
進路相談と言われても、いまいち要領の得ないエイルは、気の抜けた返事を返した。かずさも言ってしまったものは仕方がないということにして、とりあえず深呼吸で気分を落ち着かせると、一から説明することにしたのだった。もちろん
「―――――はぁ、つまり。仲間が皆こっちと関係を断ってしまったから、自分もどこかでそうするべきだと思うけど、どうしよう。ってとこか?」
「う、うーん。まぁそう、かな。」
かずさにとって、この類の悩みを人に打ち明けるは、初めての事だった。魔法界と決別したかつての仲間達に、こんなことを言うわけにはいかなかった。しかし、レウリアやフェリエにも話すことが出来なかった。きっとレウリアはいてほしいと言うだろうし、フェリエも止めないと言うかもしれないが、いてほしいと思っているのをかずさは感じていた。今かずさが欲しいのは、客観的な見解で、彼女のまわりには真に客観的な判断を下せる人物はいなかったのだった。
エイルは聞いたことを咀嚼するように、目を閉じてじっと考えていた。
「お前が本当にそうしたいと思っている事をすべきだと思う、俺は。」
エイルは顔を上げると、かずさの目をじっと見つめて話しはじめた。
「話を聞いていると、こちらとの関係を断つことを、本当にお前が望んでいるのか、とても疑問に感じた。まわりがそうしているから。私もそうしなければ……。という理由に基づいている気がする。」
「………。」
かずさは反論できなかった。そう言われてみると、そうかもしれない。人間界でしたいことがある、そういう理由でかずさ以外の仲間たちはやめていったはずだった。しかし、今のかずさには、そんなものありはせず、だからといって、魔法界との関係を断たねばならない理由も無かったのだった。
「―――うん、そうだね。……聞いてくれてありがとう。ちゃんと自分で考えてみる。」
エイルは私の目を見ながら頷いて、そして立ち上がった。
「なら、俺はそろそろ行く。人と会う約束をしていたのを思い出した。」
「あ、うん。わかった、じゃね。」
エイルはかずさに手を上げて、すたすたとその場を後にした。かずさとしては、話を聞いてもらえて、ずいぶんと楽になった心地だったが、エイルは結局何をしに来たのか、とかずさは不思議に思った。しかし、考えても仕方ないと思ったかずさは、とりあえず置いておいた本を手に取った。