2023年短編2

こちらは途中ですが、全編書き直しすることとしました。
書き直し後はこちらからお読みいただけます。
『約束は白き森の果て』(仮題)を読む

2023年短編2-1

次のKindle用短編ですが、ちょっと試験的に1シーン=カード1枚引きで、一人リレー小説みたいに書いてみたいと思っています。


つまり、話としてまとまるか不明なので、メンバーシップ記事には含んでいますが、未加入者も含めた全体公開でいきます。

ちゃんと書けて、出版できそうな感じになりましたら、出版後はメンバーシップ加入者のみが読める記事に変更させていただきます。


……さて、なんですがね。

「短編」ってタイトルに書いてるんですが、本当に「短」編になるかわかんないんですよね……。

まあ、あたたかく見守っていただければ幸いです……!


(え、どうしてこんなことをしているか? ……小説って、自分ではまだ執筆できてないところの展開も知ってるので、書いてて飽きるんですよね……。その対策……です、はい。「文章書くこと自体が楽しい!」民へのリスペクトが止まらんよ……)


今日のカード

創造する女性SHIALA・逆  (『ELLE QUI ORACLE』)

 この世の中には、決して相いれない人間というのが存在する。

「ねぇ、ねぇ、レイ。次の休みはいつ? そろそろ教えてよ」

 それは彼――レイ・アグリスにとっては、この目の前にいる男のことだった。

 壁際に追い詰められ、行く手を阻まれてから、どのくらいの時間が経っただろう。レイはすぐにでも、今抱えている書類を上長に提出しなければならないのだ。

 しかし、行く手を遮るこの男は、女好きのする長い金髪を耳にかけながら、まるで口説き落とそうとするかのように、うだつの上がらない一魔法研究員であるレイに、明るい緑の瞳を細めて微笑んでいた。

 その何とも言えない柔和な笑みにレイは――、ついに堪忍袋の緒が切れた。

「――うっるさい! 俺は忙しいんだよ!!」

 レイは突然の怒声に目を丸くする男の胸を、突き飛ばすように押しのけて、フンと顔をそむける。

「あっ、ちょっと待ってよ!」

「ついてくるな、バカ!」

「もー、レイ! 僕の名前はフィデリオだよ〜!」

 情けない声を上げながらついて来ようとする男に、レイは振り返ることなくズンズンと歩いてゆく。そして内心、大きな溜息をついた。

 どうしてこんな事になったのだったか……。

 レイは事の始まりである、二週間前の出来事を思い出さずにはいられなかった。

あ、そういえばなんですが。

創作に関してカードを使っている時は、タロットはもちろん、オラクルカードも全部正逆とってます。

その方が色んな解釈ができて面白いので。


占いとかメッセージリーディングの時は、正位置のみのことも多いんですけどね。

逆位置の解釈むずかしいね……。

2023年短編2-2

 レイは、小国フィアスリートの王宮に仕える、魔法学者の一人だった。

 フィアスリートは、三方を森、一方を人の立ち入りが禁止された霊峰に囲まれた、少し変わった場所にある国である。そんな地形柄か、周辺の森や霊峰の麓には、他の場所では見られない動植物が育ち、彼らと共に発展してきたのが、「魔法」と呼ばれる未だに謎多き術だった。

 幼少期に「魔法」という存在に魅せられたレイが、王宮にある王立研究室の門を叩いてから数年が経った。

 はじめは、黒髪に濃い青の瞳というあまりこの国にいない暗い色素を持つ自分を、物珍し気に見ていた同僚たちとも、それなりに打ち解け、居心地の良さを感じはじめていた。


 そんなある日のことだ。

「――室長!」

 部屋の外から、蒼白な顔で走り込んできたのは、レイよりも少し年上の同僚だった。

「なんだ? 少し落ち着け」

 部屋の奥にいた室長、この研究室の長であるブルーノが怪訝な顔をしながら、肩で息をする部下を見る。

「は、はい……。それが……」

 口を開こうとした彼は、ハッとした顔をして後ろの扉を閉める。そして、ブルーノの傍まで歩み寄ってからこう言った。

「緊急招集がかかりました。――東の森に『魔物』が発生したと」

 その言葉を聞いて、ブルーノばかりか、室内にいる全員の顔色が変わった。

「……『まもの』?」

 どうやら、事態が把握できていないのはレイただ一人のようだ。

 首を傾げていると、隣の席にいた一番年の近い同僚であるアストが目を瞬かせる。

「あー、そっか。お前が来てから初めてだったっけ」

「初めて、って?」

「『魔物』の発生だよ」

 レイたちの前では、ブルーノが慌ただしく指示を飛ばしながら、会議へと向かう準備をしている。

「――アグリス!」

「は、はい!」

 だから「魔物」ってなんなんだ。と聞く前に、ブルーノから名前を呼ばれて、レイは飛び上がった。

「お前は過去の関係資料を集めておきなさい。最新から十件分ほど。詳しくは後で説明する。だから、資料に目を通しておくように」

「わ、わかりました」

 つまり、その資料を集めがてら、事態を把握しろということだ。

 抜け目ない彼に、レイは内心舌を巻くのだった。

今日のカード

Go Outside・逆  (『ORACLE OF THE FAIRIES』)

補助:Moderation  (『ORACLE OF THE FAIRIES』)

2023年短編2-3

 ブルーノから出された指令を完遂するべく、資料室に赴いたレイは、「魔物発生」の意味する想像以上の深刻さに、言葉を失っていた。

 フィアスリートを囲む森には、変わった動植物が生息しているが、その中でも、人智を超えた存在として、かつては信仰の対象にもなっていた存在たちがいる。一括りに「魔法生物」と総称される彼らは、文字通り魔法をその身に宿したものたちだ。生物の理から外れているとも言われ、悠久の時を生きる彼らは、長い時間の中で、人間に通じる言語を獲得することもままあるという。

 レイはいまだに実物と相見えたことはないが、国の上層部は、そういった存在たちとも連携をとり、国の安寧を守っていると、もっぱらの噂だ。

 そして本題である「魔物」とは――、その魔法生物が何らかの理由で理性を失い、人を襲うようになった姿をそう呼ぶのだそうだ。

 レイは過去に発生した魔物による被害が纏められた報告書に目を通しつつ、報告が舞い込んだ際の皆の様子の意味に、ようやく得心がいっていた。

 前回の発生は、丁度五年ほど前。

 幸い、街の方へ出る前に討伐ができたため、民間人の死傷者はいなかったようだ。だが――

「……これは、酷いな」

 発見から討伐まで、かかった日数は五日間。その間の死者、四八名。負傷者一三七名。

 これだけでも十分「酷い」といって余りある被害だが、その時の魔物被害はこれだけではなかった。

 レイは報告書の次の行を読み、瞑目する。

 魔物の呪いによる被呪者五八七名。内、一週間以内の死亡者五二名。後遺症による退役者三六名。

 延々と続く被害報告に、レイは思わず報告書を閉じる。

 呪い――、魔法の中でも生物、とくに人間に対して害を与えるものの事だが、これほどまでに広範囲にいたる被害を、レイはこれまで聞いたことがなかった。

 何年かおきに発生している魔物被害の中でも、一番最近に起こったこの五年前のものが特に悲惨だった。

 それまでのものも楽観視できるものではないが、どうにも年々被害が大きくなっているようにも見える。

 もしもう一度、五年前のような、もしくはそれ以上の――と思えば、皆が蒼白になるのも無理はなかった。

 レイは一つ溜息をつくと、広げていた報告書を纏め、立ち上がる。

 ここで嘆いていても、今のレイに出来ることは何もない。

 今回発生した魔物が、五年前のように魔法を使ったり、凶暴な相手でないのを祈るばかりだ。




 レイが資料を研究室に持ち帰って間もなく、ブルーノが沈痛な面持ちで戻ってきた。

 彼は皆に席へつくよう促し、皆がそれに従って沈黙が降りたころ、ようやく話しはじめた。

「魔物化したのは、『深淵なる森の賢者』だった」

 それを聞いて、皆が息をのんだ。

 魔法生物と総称される彼らには、一個体ごとに発見され次第、個別の名前が付けられる。レイもその全てを知っているわけではなかったが、その名前には聞き覚えがある。

 何十年、もしかすると何百年と昔から、森の奥深くに暮らす「賢者」の名に相応しい存在だった。滅多に人前には姿を現さないものの、白く輝く牡鹿のような姿をしており、一定の敬意を払われているような、そんな存在だ。

「……なぜ」

 誰からともなく、そんな言葉が口をついて出る。

 ブルーノはふるりと首を横に振った。

 そもそも魔物化は要因がよく分かっていないのだ。レイが報告書を纏めがてら、さっと調べた限りでも、世界の瘴気を魔法生物が身体に取り込んでいるからだとか、魔法生物の死に際に必ず起こる現象だとか、いくつか書かれていたもののどれも曖昧な情報だった。

 はっきりと分かっていることと言えば、「分からない」ということだろう。

「討伐は明朝、軍部の各師団から精鋭数十名が出るそうだ。それから、我々にも協力要請が来ている」

 ブルーノの言葉にざわりと部屋の空気が揺れた。

「それは……討伐に同行せよ、ということですか?」

 レイの隣にいたアストが、手を上げて質問すると、ブルーノが頷いた。

「もちろん、前線に出ることはない。後方支援が主だが」

 ブルーノがそう付け加えるが、動揺が広がる。

 当たり前だ。ここはあくまでも「研究室」。戦闘に関われるような経験も訓練もしていない。誰も危険の伴う場所へ行きたいはずがない。

「――俺、行きます」

 気が付くと、レイは手を上げていた。

 ブルーノの少し驚いた視線とぶつかる。周囲からの視線も刺さって、ほんの少し怖気づきそうになる。

 だが、レイはブルーノをしっかりと見つめ返して言った。

「俺に、行かせてください」

 ブルーノが神妙な顔で頷いたのは、すぐ後のことだった。

今日のカード

1シーン目

 尋ねる女性AMALIE・逆  (『ELLE QUI ORACLE』)

 補助:飛ぶ女性VOLARIS・逆  (『ELLE QUI ORACLE』)

2シーン目

 Protection  (『ORACLE OF THE FAIRIES』)

 補助:Moon Energy・逆  (『ORACLE OF THE FAIRIES』)

    カップの6  (『TAROT DE LA NUIT』)

    節制・逆  (『TAROT DE LA NUIT』)

2023年短編2-4

「――これでよし、と」

 慌ただしく決まった魔物討伐の遠征へは、レイを含めた五名が研究室から派遣されることに決まった。

 外はすっかり日も落ちて、真っ暗になっている。

 本来なら、明日のために早く寝たいところだったが、その遠征の最終準備に時間がかかってしまったのだ。

 だがそれもようやく終わり、共に居残っていた先輩研究員ルリナにもお墨付きをもらい、ようやく今日の業務から解放される。

「それじゃあ、レイ? 明日は呪いを弾く護符と、結界を張る魔法石、忘れちゃダメだからね」

 明日の遠征参加者の一人でもある彼女は、注意事項を念押しすると、おつかれさまと朗らかに笑って女子寮の方へと消えていった。

 その後ろ姿を見送って、レイも自身の生活する寮へと踵を返した。

 とぼとぼと暗い道を歩く。

 時間帯もあってか、遠くに巡回の兵が持つ灯りがちらちらと見えるだけで、レイの周囲は静かだった。

「帰ったら、明日の用意をして……、ああ、護符と魔法石も忘れないように……」

 別れ際のルリナの言葉を思い出して、呟く。遠征隊に共通で渡される支給品とは別に、ブルーノから持っていくように厳命された、研究員が各自持っている効果の高い品のことだ。

 荷物の確認だけではない。明日の段取りも確認しておきたいし、先ほどまで調整していた魔導具――魔法の発動を容易にしたり、広範にするもの――の操作手順も復習しておきたかった。

 眠る暇がないほど、やることなら沢山ある。

「……っ」

 こんなところで立ち止まっている場合ではない。

 なのに、レイの足は気が付くと止まっていた。

 視界が滲む。

 明日になるのが、酷く怖ろしい――。

 その時、カツンと靴音がして、レイはハッと顔をあげた。

「――そこにいるのは誰だ?」

 前方には人影があり、そちらから声がする。顔は月明かりが影になってよく見えないが、帯剣しているらしきところから見るに、巡回の衛士だろうか。灯りの類を持っていないことを不思議に思いつつ、レイは不審に思われぬように名乗ることにした。

「王立研究室所属のレイ・アグリスです。明日の遠征に向けて、準備をしておりました」

 レイはそれだけ言うと、軽く礼をして、誰何する男の傍を早足に通り過ぎようとした。だが――

「待って」

 制止の声にレイは立ち止まる。

「どうして、泣いているんだ?」

「あ……」

 振り向く前にそんなことを言われ、レイは慌てて目元を手で拭う。

「明日の遠征がそんなに不安?」

「これは……、そういうわけでは……」

 幼子でもあるまいに、泣いていたのを誰とも知らぬ男に知られ、レイは振り返ることもできずに口籠る。。

「じゃあ?」

 どうしてと理由を求められ、レイはますます口を閉ざした。

 とても言えない。言いたくなかった。

「理由は……、申し訳ありませんが。――ただ、とても悲しいことがあった、とだけ」

 早くどこかへ行ってくれないだろうか。

 どうして知り合いでもない相手の涙が、そんなにも気になるのか分からない。レイはそれ以上何も言えず、じっと黙っていた。

「……そう。すまない、不躾に」

「いえ……」

「もし、明日の遠征に不安を感じてのことなら、僕にも関係のある話だと思って」

 その言葉で、彼もまた討伐へ向かう一人なのだと察する。

「君の悲しみを和らげることはできそうにない。けれど――」

 肩にそっと手が置かれ、後ろからそっと呪文が呟かれるのを聞く。

「君たち非戦闘員には、指一本触れさせないと誓うよ」

 肩のぬくもりが離れると同時に、レイは思わず振り返った。

 だが、そこには既に誰の姿もない。

「今の……」

 レイは彼が触れていた肩に手を重ねるように置いた。

 小さな声で呟かれたのは、効力自体はとても弱いおまじないのような防御の魔法。効果自体で言えば、自分でかけた方がよほど強力なものができるだろう。けれど――

 レイは、その男の去っていった方向に背を向けて歩き出す。

 涙はいつのまにか止まっていた。

今日のカード

予言する女性FUTURA・逆  (『ELLE QUI ORACLE』)

補助:変化する女性IRIS・逆  (『ELLE QUI ORACLE』)

   Moon Energy  (『ORACLE OF THE FAIRIES』)

   Wait for Winter  (『ORACLE OF THE FAIRIES』)

   包み込む女性ÉTREINTE  (『ELLE QUI ORACLE』)

   Celebration・逆  (『ORACLE OF THE FAIRIES』)

   Hope  (『ORACLE OF THE FAIRIES』)

2023年短編2-5

 慌ただしい夜が明け、朝が来る。

 レイはまだ少し眠たい目をこすりながら、城の前にある広場に集まった遠征隊を、隅の方から眺めていた。

「おはよう、レイ。よく眠れた?」

 寝た時間はそう変わらないであろうはずのルリナが、爽やかに笑いながら現れる。

「おはようございます」

「あら……、眠そうね」

「まあ」

 逆になんで貴女はそんなに元気そうなんですか、と聞きたい気持ちを堪え、白み出した空に目を向ける。

「この時間に出発すれば、夜までには着きそうですね」

 国のほぼ中心に位置する王城から、東の森までと考えると、武器や食料を乗せた馬車をゆっくり引きつつ向かっても、夕方までには到着するだろう。

 先遣隊はもうとっくに――おそらくは昨夜のうちに到着して、様子を伺っている頃のはずだ。

 本格的な討伐は、明日からになるだろう。

「……ルリナさんは、『深淵なる森の賢者』を見たことはあるんですか?」

「んーん。残念ながら。そういうあなたは……、ってないわよね」

「当たり前でしょう? まだ新人なんですから、野草採集すら数えるほどしか行ってません」

 魔法の研究と、森は密接に繋がりがある。そのため、植物採集や動物たちの観察など、調査に出かけることもままある。しかし、レイはまだ研究室に所属して日が浅い。少し前からようやく森の浅い部分への立ち入りが許されていた。

「そう考えると、ブルーノ室長もよく許可してくれたね」

「ですね。……まあ、ある意味ここが一番安全――とも言えますし」

 普段、荒事とは無縁に生活しているレイが、見たこともない人数の兵が目の前には揃っている。今回の標的からの攻撃を除けば、無事に帰れないはずがないだろう。

「――整列!!」

 その声が聞こえた時、ピリッと一瞬にして空気が変わった。

 レイの目の前を右へ左へと動いていた兵たちが、瞬く間に集まって規則的に並んでいた。

 声を上げたのは服装と徽章、それから立ち振る舞い等を見るに、師団の隊長か副隊長か、といった人物のようだった。整列している面々とは別に、雰囲気の違う数名が彼らの前に並んでいる。

「……あれは?」

 ルリナに小声で尋ねる。

「多分真ん中にいるのは、軍務長官ね。今回の遠征には参加しない、って聞いてるけど。激励に来たんでしょう」

 彼の隣にいるのは、やはり各師団の長たちらしかった。

「――ということは、あれもですか?」

 レイが指し示したのは、こちらから見て一番向こう側に立っている若い青年だ。他の隊長たちの中でも一際若く、なんというか――、レイは眉根を寄せた。

 それを見てルリナは苦笑する。

「言いたいことは分かるけど。『遊んでそう、本当に戦えるのか?』ってところでしょう?」

「……はい」

 無造作に垂らされた、肩口まである緩く波打った金髪に、なんとも締まりのない立ち方の青年は、ここよりも社交クラブの方が似合いに見える。

「彼はフェデリオ・ルミノール。第二師団第一部隊の副隊長よ」

「第二師団って……、剣術に秀でた人間しか入れない、っていう精鋭部隊では?」

 この国では軍部は第五師団までに分かれている。第一師団は、王族やその周辺の警護。第二師団は剣術の精鋭部隊。第三師団は魔法。第四師団は城下の治安維持を務め、第五師団は……詳細不明。特殊技能者集団だという噂だけある。

 要するに第一から第三までに入ることができれば、出世街道に乗ったとみなされる。もちろん、王族の警護担当も精鋭揃いだというが、こちらは守ることが基軸にある。その点、敵の制圧といった単純な戦闘能力でいえば、第二師団が圧倒的に強い、とレイでも知っている。

 その第二師団は、得意分野に合わせて部隊分けがされているらしく、第一部隊は剣術。つまり、あの軽そうな男が、この国で二番目に強い――ということになる。

 にわかには信じられない。という顔をしていると、ルリナが頷いて続ける。

「そう、精鋭ね。で、あの感じでしょう? お偉いさんにも色々言われているらしいけれど……、あの地位につけなきゃ駄目なくらいの実力なのだそうよ」

「そう、なんですか……?」

 レイとルリナがこそこそと話している間に、軍務長官からの激励の言葉が続いていた。そし、それももう終わろうとしている。

「さて、そろそろわたしたちも行きましょう。そろそろ出発だわ」

「はい……」

 レイは最後にちらりと件の青年を見る。

 あまりにもつまらなそうに立つその姿は、あまり愉快なものではなかった。

今日のカード

ワンドの9  (『THE RIDER TAROT DECK』)

補助:Shine from Within・逆  (『ORACLE OF THE FAIRIES』)

   ペンタクルのエース  (『TAROT DE LA NUIT』)

   ワンドのエース  (『TAROT DE LA NUIT』)

   Moon Energy  (『ORACLE OF THE FAIRIES』)

   カップの6・逆  (『THE RIDER TAROT DECK』)

   太陽  (『THE RIDER TAROT DECK』)

   星・逆  (『THE RIDER TAROT DECK』)

   Inspiration・逆  (『ORACLE OF THE FAIRIES』)

   ソードの6・逆  (『TAROT DE LA NUIT』)

2023年短編2-6

「背中に酷い火傷、か……」

 王城を出発してすぐ、研究室の面々を乗せた幌馬車では、入ってきた新しい情報の書かれた紙を中心に、五人の研究員が輪になっていた。

 難しい顔をして呟いたのは、レンの向かいに座る壮年の男、五人の中では最も古株であるヘンデルだった。

 紙面に書かれているのは、魔物化した「深淵なる森の賢者」が見つかった時の状況と、そこに居合わせた人々の被害状況だ。

「死者が出ていないのが幸いですね」

 ルリナがじっくり文章を読んだ後、顔を上げて言うと、各々頷き返す。

 火傷を負ったのは、三人いる負傷者のうち逃げる際に一番後ろにいた男性だという。一時は危なかったようだが、今は持ち直していると報告書には記載されている。他の二名も軽い火傷や擦り傷はあるものの、皆軽傷のようだ。

「これはつまり、『賢者』の――魔物の力が弱いということですか?」

 レイは考え込んでいるヘンデルに尋ねる。だが彼は、首を捻った。

「一般的には、長い年月を生きたものたちほど力も強くなる。魔物化したとて、その力が弱まることはないはずなんだがね……」

 その時、コンコンと馬車を叩く音がして全員がそちらへ振り返る。どうやら伝令が何かを伝えに来たようだった。ヘンデルが立ち上がると、馬車いっぱいに積まれた荷をすり抜けて、その伝令の方へと向かう。小さな紙を受け取ったヘンデルは、それにザっと目を通して息を飲む。それからもう一度じっくりと読み込むと、それを伝令に返してこちらへと戻ってきた。

「何だったんですか?」

 ルリナが問いかける。

 今回の遠征における研究室の役割は、基本的に後方支援だ。戦況の細々した内容まで来るとは思えない。にもかかわらず、知らせが来たということは――

「『賢者』が……、『深淵なる森の賢者』が、まだ自我を保っているらしい」

 遠征隊全員に関わるような何か、が分かったということだ。

 ヘンデルの言葉を聞いた全員が目を丸くする。

「……もしかして、それで死者が出なかった?」

 レイがぽつりと呟くと、ヘンデルも頷く。

「おそらくは。だが、苦しげな様子だとも。あまり時間はないのかもしれない」

 魔物化した魔法生物たちは、憑りつかれたように人を襲い、周辺を破壊する。見境のない破壊活動ゆえに、被害もまた甚大になる。

 魔物化の原因は依然として不明のままだ。それでも、今回の知らせは研究室の面々にとっても微かな希望となった。

「魔物化に抵抗できる、ってことですよね。それなら……」

 ルリナがまだ少し先に見える東の森を見た。

「救える可能性がある、ですね」

 レイは彼女の言葉を引き継ぐ。

 どうか、間に合って。

 今のレイにはただ祈ることしかできなかった。




 東の森についたのは、西の空が赤くなりはじめた頃だった。

 行程に遅れはなく、おおよそ予定通りの到着。森に入るのはこの場所で野営をしたあと夜が明けてから――。そのはずだった。

「ですから、夜が明けてからでは手遅れの可能性があります」

 静かに、だが堂々とそう言ったのはヘンデルだった。

 ここは野営の天幕でも一際大きなもの場所の一つで、中は簡易的な会議室のようになっていた。中央にある地図が広げられた机を囲むのは、遠征隊の統括をしている軍部の長たちと研究室から派遣された五人だった。

 少々場違いな気もしないではなかったが、引くことはできない。これは、魔物化した「深淵なる森の賢者」を救えるかどうかに関わっていたからだ。

「言いたいことは分かるが、ただでさえ夜の森は危ない。これから日が落ちる一方だ」

 顰め面をして反論するのは、第二師団の師団長だ。

「それに、確実に成功するというわけではないのでしょう?」

「それは……」

 第二師団長と同じく渋い顔をする第三師団の女性に、ヘンデルは言葉を詰まらせる。

 研究室は今回の遠征に、ある魔道具を持ってきていた。その存在が、研究室からの人員派遣の大きな理由である。

 その魔導具とは、魔物から彼らを凶暴化させる原因物質と有力視されている瘴気を取り除くものだった。

 だが、まだ研究段階ということもあり、本当に効果があるのか、あったとして魔物が元に戻るのか、全てが未知数だった。

 今回の遠征では、その魔道具の効果を見るというのが主な目的で、魔物化を抑制するためではなかった。

 けれど――。

 レイはぎゅっと拳を握りしめると、一歩前へ踏み出した。

「――この魔導具で瘴気を除去できるのは確認されています!」

「レイ!」

 後ろから引き留めるような声が聞こえるが、レイは聞かなかった。

「『賢者』が抵抗している今なら、まだ間に合うかもしれないのに、諦めろと仰るんですか!?」

「――その代わりに何十と人が死ぬかもしれない」

 第二師団長の厳しい声に、レイは思わず怯む。

「それだけの死を背負う覚悟はあるのか?」

「ですが――」

 ここで引くわけにはいかないと思った。ここで引けば、自分は……。

 その時、思わぬ方向から援護の声がかかった。

「なら、僕の隊が行きますよ」

 軽く手を上げて出てきたのは、緩く波打った金髪に気だるげな歩き方をする男だった。

「あんた……」

 出発の前に見た男だと思い出す。

「フェデリオ! お前は、また……!」

 第二師団長が、先程の厳かな雰囲気とは打って変わり、男――フェデリオに怒号を飛ばす。

「あー、もう。師団長うるさいですよ。立候補なら、命を背負うだのなんだの、そんな重たーいこと言わなくてもいいでしょ?」

 耳を塞ぎながら、なんとも軽い調子で師団長をあしらい、彼はレイの方を向いた。

「まあ、そういうわけだから、行こうか」

「フェデリオ! 許可するとは――!」

「反対するんですか? それで、助かるかもしれない『森の賢者』を見殺しにすると?」

 フェデリオが第二師団長をじっと振り仰ぐ。

 しばし睨み合いのような膠着状態が続くが――、折れたのは師団長の方だった。

「…………許可する」

「最初からそう言えばいいのに。これが成功すれば、他の大勢が危険に晒されないで済むんだから」

「おまっ……」

 やれやれとでも言いたげなフェデリオに、師団長の眉が吊り上がる。

「わー、こわい。――まあ、こんな堅物ほっといて、行こうか、君たち」

 何とも思っていなさげな声で、そう言うと、フェデリオはレイに明るい緑の目を向けて、パチンと片目を瞑った。

今日のカード

1シーン目

 ソードのキング・逆  (『TAROT DE LA NUIT』)

 補助:-SHE WHO CALMS- JENNA・逆  (『ELLE QUI ORACLE』)

    ワンドの10・逆  (『TAROT DE LA NUIT』)

    ワンドの4  (『TAROT DE LA NUIT』)

    ワンドのキング・逆  (『TAROT DE LA NUIT』)

    Shine from Within・逆  (『ORACLE OF THE FAIRIES』)

2シーン目

 Protect Your Dreams・逆  (『ORACLE OF THE FAIRIES』)

2023年短編2-7

「で、作戦の方は?」

 天幕を出るとフェデリオが部下らしき男に召集をかけながら、何故かレイに問いかける。

「『賢者』はあまり動かないと聞きましたが、本当ですか?」

「そうだね、時折呻いてたけど、概ねじっとしてたよ」

「…………見てきたみたいに言うんですね」

 東の森に到着してから、後発隊はまだ森に入っていない。伝令とのやりとりで、紙に書かれる以上の鮮明な情報が入ってきているようだが、ここにいる誰もその現場を見ていない。

 妙な言い方をする、とレイが眉根を寄せると、フェデリオはにべもなく頷く。

「そりゃ、見てきたから」

「は?」

 会話に耳を傾けていた研究室の面々もぽかんとした顔で振り返る。

「あ、これ内緒ね。バレたら軍務違反だーってうるさいだろうし。でも、『一人で行っちゃ駄目だ』って言われてないし、いいかなぁって」

 そういう問題か……? と、開いた口が塞がらないでいると、フェデリオが肩を竦めた。

「そんなに驚かなくても。『賢者』のいるところはちょっと奥だけど、見つからないうちに帰ってくるぐらいできるよ」

 そこじゃない。

 レイはなんとなく噛みあわない会話に頭痛を覚え、頭を押さえた。

「――ともかく、見て来たんですね」

「そうそう。だから、現場の状況とかも多少なら答えられるよ」

「なら、『賢者』に気取られずに、背後へ回れますか?」

 その質問をしたとき、フェデリオの顔から笑みが消えた。

「……正直、厳しいと思うねぇ」

 彼はなんでもないことのような口調で続ける。

「気付かれずに、は不可能に近い。あっちが攻撃してこないことを祈るしかないよ」

「そう…ですか……」

「でも」

 フェデリオがレイの肩を叩く。

「君たちが何をしたいのかによると思うな、成功率は」

 その言葉に顔を上げると、彼の顔にも軽薄な笑顔が戻っていて、不覚にも勇気づけられる。

「――なら」

 レイは事前に考えていた段取りを説明する。フェデリオはそれに黙って耳を傾けて――、口角を上げた。

「それなら、なんとかなりそうだ」

 気が付くと周囲にはフェデリオの部下が集結していた。

 まだ日は落ち切っていないが、すぐに暗くなってしまうだろう。

 急がねば。

 レイは森の奥、「深淵なる森の賢者」のいる方向を見つめた。

今日のカード

-SHE WHO SURRENDERS- ESTAFANIA・逆  (『ELLE QUI ORACLE』)

補助:-SHE WHO BATTLES- ABANOLAKA  (『ELLE QUI ORACLE』)

   Go Outside  (『ORACLE OF THE FAIRIES』)

   カップのキング・逆  (『THE RIDER TAROT DECK』)

2023年短編2-8

 計画はこうだ。

 レイは木陰に息を潜め、その先にいる「深淵なる森の賢者」の姿を見つめながら反芻する。

 持ってきた魔導具は全部で五つ。「賢者」の周囲に円を描くように設置し、その五つを連動させて使う。

 元々、魔導具の有効範囲ギリギリから、どの程度効果があるのかだけ確認する予定だった。五つも持ってきたのは、少し作りが違うものがあるのと、それらの予備というだけ。まさか全て使う事になるとは、とヘンデルが少しぼやきながら、連動させるための調整をしていたが。

 魔道具の性能面でも、上手くいくのかは半ば賭けのため、そう言いたくなる気持ちはレイにも多少理解できた。

「準備はいいかい?」

 フェデリオの問いに、皆が強張った顔で頷き返す。

 調整を終えた魔導具たちは、今はそれぞれ一つずつ研究員の手にある。各々で散らばり、なるたけ短時間で設置をするためだった。

「じゃあ……、散開!」

 フェデリオが言うが早いか、研究員たちは次々に護衛を請け負う兵たちに抱えあげられて、移動をはじめる。

 レイも例外ではなく――、その担当は何故かフェデリオだった。

 魔道具をぎゅっと胸に抱きながら横抱きにされて、経験したこともない速度で周囲の景色が変わる。だが、それもあっという間に終わって、再び木の幹に身を隠すようにしてフェデリオが止まった。

 まだ「賢者」のいる場所までは距離がある。魔道具を設置するのも、もう少し前方にいく必要があった。

 フェデリオの視線が動き、全員がそれぞれの位置についたのだと悟る。

「準備はいいかい?」

 小声で囁くように落とされた問いに、レイは頷き返す。フェデリオはそれを見て笑みを浮かべると頷いて、再び地面を蹴った。

 先程よりも速度は緩い。だが、先程よりも緊張で身体が強張った。

 魔道具を置く位置まで――、つまり魔物化している「賢者」の傍へと近付いているからだ。

「……気付かれた、かな」

 フェデリオの呟きに周囲を見れば、他の方向からも兵に抱えられた研究員たちが飛び出している中で、「賢者」の耳がピクピクと動いているのが確認できた。

 どうか動かないでくれ、と祈る。その祈りが通じたのか、「賢者」は今のところ動く気配がない。

「さて」

 フェデリオがふわりと止まって、レイを地面に降ろす。

「なるべく早く頼むよ」

 そう言うが早いか、彼はレイから少し距離を取り、「賢者」の動向を注視しているようだった。

 レイは自分も成すべきことをせねば、と抱えていた魔道具を地面に置く。そして、手早く最終調整に入った。

 他の魔道具と回路を繋ぎ、それらとの兼ね合いを見つつ、魔道具を起動して出力を調整していく。

 今レイの目の前にあるこの魔道具は、レイ自身が従来型を発展させて試作をしていた初号機だった。少々癖が強く、自分以外には上手く扱えず、念のためにと持ってきただけのものだ。故に、調整にも非常に繊細さを必要とする。

 他の研究員たちが、順々に作業を終えて撤退していく中、焦りだけが募る。

 早く早く、と思いながらも作業に終わりが見えた時――、「賢者」が動いた。

「――――キュィィィッッッ!!!」

 立ち上がり、耳をつんざくような甲高い鳴き声を上げる。

 その身体には、黒い靄のようなものが立ち昇り、瞳は血のような赤色に輝いていた。

 レイは作業の手を止めないながらも、その姿に恐怖と――悔しさを覚える。

 身体全身から発せられる黒い靄は、魔物化の進行を表している。瞳が赤くなっているのもそうだ。

 以前は、美しい金色をしていたのに――

「まだ終わりそうにない!?」

「もう少し……」

 常に余裕の表情を崩さなかったフェデリオの声にも、焦りが混じっていた。

 フェデリオはタッと地面を蹴ると、「賢者」――いや、魔物の方へと向かっていく。囮になる気なのだと気付けないはずがなかった。

 レイは一刻も早く終わらせようと、作業に集中する。

 しかし、嫌でも剣戟の音と、魔物の声や攻撃するのような音が耳に入る。まだ魔法の気配も血の臭いもない。けれど、胸が潰れるような思いがする。

「――うわっ!」

 その時、フェデリオの声が聞こえ思わず顔を上げる。

 するとそこには、魔物に後ろ足で蹴り飛ばされ、吹っ飛んでいく彼の姿があった。

 息を飲む。

 そして――、赤い瞳がこちらを見た。

 レイは恐怖で動かなくなる手を無理やりに動かして、作業を最後まで終わらせる。

 あとは、最後のボタンを押せば――

「――レイッ!!」

 フェデリオの声が聞こえた気がした。

 ヒリつくような気配を覚えて、魔物の方を見る。

「あ……」

 そこには口をぱかりと開けた魔物の姿がある。その口の中心に光が集まるのが見えた。

 魔法だ。

 そしてレイは、ここで自分は死ぬのだと悟る。

「――どうか、お前だけでも」

 レイは魔道具のボタンを押し込んだ。

 それと魔物の口から閃光が放たれたのはほぼ同時。

 レイは妙に穏やかな気分になって目を閉じる。そういえば、フェデリオに自分の名を教えただろうか、と場違いな疑問が頭を掠めた。

 視界が真っ白になったのは一瞬。

 だが、痛みも衝撃も、何もやってこない。

 よもやそれらを感じ取る前に死んでしまったのかと思いつつ、レイは目を開けた。

「……生きてる?」

 目の前には変わらず魔道具が置かれている。動作しているのを示すようにチラチラと明かりがついている以外、何も変わりがない。

 目晦ましのようなものだったのか、とも思ったが――、レイは自身の座る場所の左右を見て絶句した。

 草地だったはずのそこは、魔物のいた場所から放射状に焼け爛れていた。

 自分のいる場所を除いて。

 何故、と呆気にとられつつ、レイは魔物の方へ視線を動かした。

「――!」

 ハッとして立ち上がり、魔物の方へと駆けていく。

 いや、もう魔物とは言えない。その牡鹿からは黒い靄がすっかりと消え去り、体毛の白がはっきりと確認できたからだ。

 だが、その身体は地面に倒れ伏し、ぐったりとしている。

「――お前!」

 レイはその牡鹿の傍まで走り寄ると、すぐ傍に膝をついた。

 そっとその身体に触れると、微かに息をしていた。

「……お前が、助けてくれたのか?」

 攻撃をしたのも、助けたのもこの牡鹿――などという、ありえないような考えだが、レイは何故か確信があった。

 牡鹿は小さく耳を揺らして、大儀そうに目蓋を押し上げた。その瞳は美しい金色に戻っている。

「お前には、助けられてばかりだな……」

 牡鹿の前足が、こつんとレイの膝を叩いた。

 気にするな、と言っているような気がした。

 レイはそれに少し泣きそうになりながらも、立ち上がる。

 振り返れば、走り寄ってくる研究室の面々がいる。

 空の太陽はすっかり沈み、牡鹿の身体から発せられる輝きだけが周囲を照らしている。

「……随分、遠いところまで来た気がするよ」

 変わらぬ夜の中の光に、レイは過去に思いを馳せて呟いた。

今日のカード

審判  (『THE RIDER TAROT DECK』)

補助:Manifestation  (『ORACLE OF THE FAIRIES』)

   Go Outside  (『ORACLE OF THE FAIRIES』)

   Wisdom  (『ORACLE OF THE FAIRIES』)

   Wish Wisely  (『ORACLE OF THE FAIRIES』)

   -SHE WHO EMERGES- KAMALA  (『ELLE QUI ORACLE』)

2023年短編 小話1

「2023年短編2-8」後IF

もし、フェデリオがレイを守るために、「深淵なる森の賢者」を手にかけていたら。


※時間軸的にはそこそこ先なので、もう二人付き合ってるし、やることやってる仲です。

「はぁ……、ん――」

 レイは目を瞑り、フェデリオの服をぎゅっと掴みながら、自分の口腔を蹂躙する舌に身を委ねる。

 何度も何度も舌を吸い、唇を食む彼の口付けはあまりに荒々しく――、情熱的だった。

 どうして、こんなことをしているのだろうと、熱に白む頭でレイは思う。

 どうして、

「――レイ」

「っ……」

 唇が離れ、唾液が糸を引く。情欲に濡れた男の瞳に、こちらも何も思わずにいられるほど純真ではない。

「来て」

 普段とは違う低く響くような呟きに、レイはふらつく足で懸命に彼の後を追う。

 握られた手が熱い。

 あの日もそうだったと、ぼんやり思い返す。

 手のひらに触れる、次第に熱を失っていく躰と、そこに重ねられた労わるような手。腹立たしさと、虚しさと、それから、どうしようも無かったのだという寂寥と。

「フェデリオ」

 彼の足がぴたりと止まった。

「俺は、あんたが大嫌いだよ……」

 レイは振り返らない彼の背に触れて、縋りつくように額を押し付ける。

「――知ってるよ、レイ」

 急に振り返った男が、レイをきつく抱きしめる。

 レイはその腕に身を委ねながら、目を閉じて思った。


 いいや、お前は知らないよ。

 俺が誰よりも、お前を愛しているのだということを。

あのシーン書き終わるまで、このIFの流れで行く気満々だったんですが……。

本編フェデリオ、なんか蹴り飛ばされちゃうし、主人公の救出間に合わないし、で「ヒーロー、お前!!」と、なってました(笑)


でも、書きたかったので!! 満足!

レイが「賢者」の死を何故引きずってるのかは、追々本編で明かされていく――、と信じてます!

でもレイはどうにもあまのじゃく(既に何度か「この前言ってたのと違うじゃん!」ってなってる)なので、フェデリオの頑張り次第かな……。がんばれ……!(人任せな作者)

2023年短編2-9

 その日は寒い冬の日だった。

 破れ、薄くなった服だけを身に纏った痩せぎすの少年は、寒さかそれとも身体中にある殴られた痣か、どちらが理由かも分からない痛む脚を引き摺るように歩いていた。

 周囲はどこを見渡しても木しかない。森の中なのだということは分かったが、それ以外自分がどこにいるのかも分からなかった。

 人の気配はない。

 いや、ある方が困るなとあまり働かない頭で考える。

 まだ馬車から逃走した自分を、奴らは探しているのだろうか。それとも、他の積み荷が駄目になるよりはと、とっくに諦めたのだろうか。

 その時、ほたりと雪が少年の頬に落ちた。

 冷たい――はずなのだが、既に感覚はない。ただ、上から舞い降りるように降ってくるその雪を見上げ、きれいだなと思った。

 冬は嫌いだった。

 つい先刻まで言葉を交わしていたはずの少女が物言わなくなり、頭を撫でてくれた馴染の大人が姿を消す。そんな季節だからだ。

 けれど、今はそれがこんなにもきれいに見える。

 少年は気が付くと空を見上げ、地面に寝転がっていた。

 はじめて、冬が嫌いじゃないと思えた。

 こんなに穏やかな時が訪れるのなら、この忌々しかったはずの寒さも捨てたものではないな、と。


 少年の命はそこで尽きる――はずだった。

 だが、次にその少年が目を覚ましたのは、天国でも地獄でもなく――

 少年はきょろきょろと顔だけを懸命に動かして、周囲を見渡す。そして、どうやら夢や幻の類ではないらしいと理解すればするほど、茫然とした。

 後ろには真っ白で大きな身体をした牡鹿。前にはそれの子供なのか小鹿が眠っている。

 いつのまに移動したのやら、周囲は雪降る森ではなく、上も下も左右も剥き出しの岩。洞穴のような場所のようだった。

「…………」

 先程の心まで凍るような寒さは微塵もない。あたたかい動物に挟まれて指先にも熱が戻っている。

「なんで――」

 助けてくれたのだろう。

 食料にするつもりではないということくらい、状況を見ればわかる。

「っ…………」

 目に熱いものが込み上げてきて、少年はそれを誤魔化すように前にいる小鹿をぎゅっと抱きしめる。その小鹿は耳をぴくりと動かしただけで動こうとしなかった。

 そうしていると、脇腹にぽんと優しく牡鹿の前足が乗る。

 まるで、もう眠りなさい、とでも言うようだと思った。

 それを皮切りに、また目蓋が重くなっていく。

 目蓋が落ち切ってしまう前に、少年はほんの少しだけ後ろを向いて、牡鹿の姿を見る。

 雪のようだな、と思った。

 白くやわらかく、そして――あたたかい。

 それは、まだ名も無き少年が、不思議な生命たちであふれる森に、初めて足を踏み入れた時の話だ。

今日のカード

-SHE WHO CHANGES- IRIS・逆  (『ELLE QUI ORACLE』)

補助:Motivation・逆  (『ORACLE OF THE FAIRIES』)

   Celebration・逆  (『ORACLE OF THE FAIRIES』)

   -SHE WHO ACHES- PERPETUA・逆  (『ELLE QUI ORACLE』)

なんか、思ってたよりすんなり過去話してくれちゃって、作者は拍子抜けだよレイさん……。

フェデリオがむば! とか言ってたのにね……。(小話1のあとがきにて)

2023年短編2-10

 追手から少年を隠すように、一帯は数日の間吹雪に見舞われた。

 だがその間も少年を助けた大きな牡鹿は、小鹿と共に少年の身体を温め、食料を調達し、奇妙なほどかいがいしく少年の世話を焼いていた。

 牡鹿が洞窟を出れば、その行く手だけ吹雪が止んでしまう。

 あの鹿には何か不思議な力が使えるのだということを、少年が悟るまでそれほど時間はかからなかった。

「……なんで、助けてくれんの」

 二匹の体温に挟まれながら、少年はぽつりと呟く。相手は人の言葉を介さぬ獣。返答を期待していたわけではなかったが、少年の頭にぽんと牡鹿の顎が乗った。

 少年は驚いて上を向く。

 子供は余計なことを考えるな――。

 そう宥められているような気がして、心がほっとあたたかくなる。同じことを言ってくれた人は、もう空の向こうに行ってしまったけれど。

 少年は牡鹿の胸元にきゅっと縋りついて、切ないほどの懐かしさにぎゅっと目を閉じた。


 そんな冬の一日を超え、吹雪が止んだ朝。

 少年は牡鹿の背に負ぶわれて、雪の小道を進んでいた。小鹿も隣を歩いている。

 どこへ向かっているのかは分からなかったが、別れが近い事を肌で感じ取る。森の浅い方へと移動している。それに、人の気配が感じられるような気がした。

 けれど、少年は何も怖いとは思っていなかった。

 自分が逃げて来た方向とは反対に向かっていることからも、鹿たちが元の場所へ戻そうとしているのではないことは明白だったからだ。

 そして、牡鹿は森に接するように立つ、一軒の建物の前で立ち止まった。振り向いた鹿と目が合って、ここで降りろということなのだと勘付く。

 その建物の庭には、少年と同じ年頃に見える少年少女たちが遊んでいた。子供を集めて世話をするような施設なのだろう。

 少年はどこまで分かっているのだろうと不思議に思いながら、牡鹿の背を降りる。

 そして最後に、とその首に抱き着いた。

「ありがと……」

 小鹿の頭も撫でてやりながら、少年は名残惜しさを感じつつ二匹から離れた。

「――まあ!」

 その時、突然後ろから女の声が響く。驚いて振り返ると、そこには目を丸くした小柄な老女の姿があった。

「まあまあ……。めずらしいこと。『森の賢者』さまじゃないの……」

「『森の賢者』……?」

 少年は振り返って、既に小さくなりつつある牡鹿たちの白い背中を見つめた。

「あなたはどうしてここに? 一人かしら……?」

「あ、えっと……」

 少年はどう説明したものやらとまごついていると、彼女はにっこりと笑って、少年の背中を優しく押した。

「ここは寒いわね。とりあえずいらっしゃいな。あたたかいミルクを入れてあげるわ」

 背中に触れる手は牡鹿と同じようにあたたかい。


 これが少年――レイが、第二の母と慕うようになる孤児院の院長との出会いだった。

今日のカード

カップの10・逆  (『TAROT DE LA NUIT』)

補助:Temptation・逆  (『ORACLE OF THE FAIRIES』)

   Believe in Magic  (『ORACLE OF THE FAIRIES』)

   -SHE WHO PREPARES- ZENITH・逆  (『ELLE QUI ORACLE』)

   -SHE WHO IS WILD- SAUVAGE  (『ELLE QUI ORACLE』)

   -SHE WHO SEES- MAKITA  (『ELLE QUI ORACLE』)

   カップの9  (『TAROT DE LA NUIT』)

2023年短編2-11

「……失礼します」

 病室の扉を小さく叩き、レイは足音を忍ばせてその中へと滑り込む。

 魔物討伐の遠征から早二日が経ち、レイをはじめとした一行は、既に城へと帰還を果たしていた。

 魔物化した「深淵なる森の賢者」は、魔道具が効果したのかそれともただの偶然かは不明だが、元の姿を取り戻して今のところ落ち着いているようだ。経過を見るために連れて帰り、今は研究室預かりとなっている。

 だが、体調面ではどこも問題が無いようにみえるものの、いまだに()の牡鹿は目を覚まさずにいる。本当に魔物化が治ったのか、それともそう見えるだけで別の問題が発生しているのかを、室長ブルーノたちが懸命に調べていた。

 そして、目を覚まさぬのがもう一人。

 レイの目の前で昏々と眠り続ける、フェデリオだった。

 あの森の中で「賢者」に蹴り飛ばされて以降、何故か目を覚まさない。

 受け身を取るまでは意識があったのか、身体的な損傷もなく、頭をぶつけたふうでもないと医者は言っていた。また、五年前の魔物被害の時のように、目に見えた何か――呪いのようなものも、かかってはいない。

 どうして意識が戻らないのか、誰にも何も分からなかった。

 レイは所在なげに辺りを見渡して、近くにあった椅子へと座る。

 自分をかばって彼はこうなった。

 それを分かっている以上、何も出来ることはなくても、様子を見に来ないなどということはできなかった。

「俺は、どうしたらいい……」

 レイは項垂れるようにして、ぽつりと呟いた。

 城への帰還以降、レイは「賢者」に対する調査について少しばかり携わるだけで、これといって何も出来ていなかった。

 魔物化の影響なのか、痩せ細った「賢者」を見るのが――とても辛かった。

 遠い記憶の向こうにいる彼の姿とは、似ても似つかない。

 たった数日間の邂逅。

 それでもどこかあの牡鹿を、父のように思っていた。

 けれど、そんな「父」に対して、レイは無力だった。

 ならせめて、あの時の小鹿を探したほうが良いのではないか、という考えが浮かびもした。けれどそれをするには、レイの独力では力が足りない。

 一人で森に行くことも難しければ、あの広大な場所でたった一匹の鹿を見つけられるとも思えなかったのだ。

 誰一人として、その存在に言及しない小鹿。

 あの小鹿を誰も知らないのだと気付くのに、そう時間はかからなかった。ならば、捜索に手を貸してもらうわけにもいかない。それを口に出せば、どこでその存在を知ったのかと言わねばならない。言ってしまえば――

 レイはふるりと首を横に振って、その考えを打ち消した。

「――……戻ろう」

 誰に聞かれるわけでもないのにそう宣言して、レイは立ち上がった。

 ぴくりとも動かず眠る男の顔を一瞥して、それに背を向ける。

 ここにいても出来ることはない。もう来ない方が……。

 そんなことを考えつつ、レイは一歩足を踏み出そうとした。

 しかし、それを引き留めようとでもするかのように、レイは手首を掴まれて後ろに引き倒されていた。

「っ!?」

 まだそれほどベッドから離れていなかったのが幸いして、床ではなくやわらかい掛布団の上に着地する。

 まさか起きたのか、とフェデリオの方を向けば、いつの間にか起き上がっていた男と目が合った。

「あんた……」

 何をするんだ、と思わず批難の目で睨むと、彼は目を瞬かせて、次の瞬間にはとろけるような笑みを浮かべていた。

「やあ、こんにちは。起き抜けにこんな美しい人に迎えてもらえるなんて、最高の朝だね」

「目、腐ってんのか」

 この男が昏睡状態になっていた理由は、頭を強打したというので間違いなさそうだ。

 そうでなければ、どうかしている。

今日のカード

Transformation・逆  (『ORACLE OF THE FAIRIES』)

補助:Friendship・逆  (『ORACLE OF THE FAIRIES』)

   カップの5  (『THE RIDER TAROT DECK』)

   力・逆  (『THE RIDER TAROT DECK』)

   ソードのナイト  (『THE RIDER TAROT DECK』)

   ペンタクルのペイジ・逆  (『THE RIDER TAROT DECK』)

   ソードの9  (『THE RIDER TAROT DECK』)

2023年短編2-12

 恋人に吐くような甘い台詞。

 そんなものを、知人とも言えないような相手に言いはじめたフェデリオは、当然のように検査を受けることになった。

「――で、何か分かったんですか?」

 レイはげっそりとした顔で、ブルーノに問いかけた。

「いや……、悪いがさっぱりだ」

「そんな……」

 レイは思わず顔を覆って、大きな溜息をつく。

 研究室にいた同僚たちも、最早からかうことも出来ないのか、気の毒そうな表情でレイを見るだけだ。

 衝撃の発言と共にフェデリオが目を覚まし、早五日。

 彼はまるで、鳥の雛に起こる「刷り込み」のように、突如レイに執着をするようになった。そのせいでレイは、彼の傍を離れることが難しくなり、四六時中大して仲が良いわけでもない男から、愛を囁かれている。

 正直、勘弁してほしい。

 物語の中でしか聞いたことのないような、歯の浮く台詞もきついものがあるが、それより問題なのは――

 レイは項垂れていた頭をガバッと上げて、振り返った。

「やばい」

「は?」

 レイは不思議そうなブルーノに答えることなく、退避場所を求めて視線を彷徨わせる。だが、そんな都合のよい場所などあるはずもなく――、研究室の扉が開いた。

「レイ!! 探したよ!」

「うぐっ」

 扉の向こうから姿を現したフェデリオは、風のような速さでレイに近付いて、その腕を背中に回してくる。

「すぐ戻る、って言っていたのに遅いじゃないか!」

 ぎゅうぎゅうと巻き付いてくるフェデリオの腕を、どうにか引き剥がそうと力を籠めるが、ビクともしない。

「〜〜〜っ!! お、まえはっ、俺を殺す気か!?」

「まさか!」

 どうにか足掻いてほんの少しだけ腕が緩んだところで、レイは思い切りフェデリオを怒鳴りつける。だが、彼は一瞬驚いたような顔をするだけで、まったく堪えた様子もない。

「ともかく、離せ!」

「やだ!」

「やだ、じゃない!!」

 毎回、毎回、こうして抗議してみるのだが、相手は手練れの兵士。欠片も鍛えていないレイが敵う相手ではない。仕方なく、フェデリオを背中につけたまま、レイはブルーノの方に向き直った。

「ほんっっとに、『これ』に異常が見られないんですか?」

「いや……、ううん……」

 困り顔のブルーノに痺れを切らし、レイは彼の机をバンッと叩いた。

「俺、これ以上面倒みられませんから!」

「アグリス……、気持ちは分かるし、早めになんとか出来るよう掛け合うから……」

「目途は立ってないでしょう」

「それは……」

「ねぇねぇ、レイ」

「何」

 後ろからちょんちょんと頬を突かれて、レイは睨むように振り返った。そもそもの問題は自分にあると分かっているのか、と言いたくなる。

「僕の処遇で揉めてる?」

「……そうだよ」

 だから、とっとと離れてくれと思いつつ、うんざりした気分で答える。

「そっか……」

 何を思ったのか、フェデリオはレイの肩に回していた手を離し、腕を組んで首を傾げた。

「レイは僕と一緒にはいれない、って言ったんだよね?」

「…………そうだけど?」

 何が原因なのかは不明だが、自身に執着するこの男へ向かって別離の言葉を口にすればどうなるのか。少し迷いながらもレイは頷く。

 この現象がおさまる保証のない以上、いずれは言わねばならないことだ。ならば早い方がいい。

 レイは、フェデリオがどんな反応をするのか、と固唾を飲んで見守る。

 激高されたら、逃げ切れるだろうか――。

 そんなことを考えていたレイは、一つ頷いたフェデリオが、満面の笑みを浮かべたのに虚を突かれ、彼の行動に反応するのが遅れてしまうこととなる。

 フェデリオは言った。

「じゃあ、僕らが家族になれば、ずっと一緒にいられるってことだよね」

「…………は?」

 まずいと思った時には、彼の手がこちらへ伸びてきていた。

 顎を、想像していたよりもずっとやわらかく掴まれて、上を向かされる。

「え、まっ……、んぅっ――!?」

 抵抗する間もなく唇が重なる。

 普段、レイを抱きしめる力強い腕とは裏腹に、その口付けは優しく、甘く、熱い。

 何度も唇を啄まれる間に次第に頭はぼんやりとして、舌が口唇を割るのを許してしまう。

「っ……、ぁ……」

 舌の絡まり合う水音が遠くで聞こえ、体温が上がってゆく。足に力が入らなくなり、身体が頽れそうになった時、ようやく長い口付けが終わった。

 フェデリオの服をぎゅっと掴んで、余韻にぼんやりしていると、ようやく回り出した思考が「今、ここがどこなのか」を思い出させる。

 熱かった身体から一気に血の気が引いて、慌ててフェデリオから一歩距離を取ると、周囲はもちろん唖然とした表情でこちらを見ていた。

「レイ、かわいい」

 頭上から猫撫で声が聞こえて、今度は違う意味で頬が熱くなる。

 羞恥と、怒りで。

「――――っ、どこで、なにしやがるっ!!!」

 振りかぶった右手は、綺麗にフェデリオの左頬に入った。

 避けようと思えば避けられるだろうに、何も言わず受け入れるのがより腹立たしい。

 真っ赤な手形をつけたままヘラヘラする男に、レイはもう一発と脛を蹴りつけた。

今日のカード

-SHE WHO ENFOLDS- ÉTREINTE・逆  (『ELLE QUI ORACLE』)

補助:ソードのナイト  (『THE RIDER TAROT DECK』)

   -SHE WHO SURRENDERS- ESTAFANIA  (『ELLE QUI ORACLE』)

   -SHE WHO SEES- MAKITA  (『ELLE QUI ORACLE』)

   節制・逆  (『THE RIDER TAROT DECK』)

   カップの10  (『THE RIDER TAROT DECK』)

   ペンタクルの9・逆  (『THE RIDER TAROT DECK』)

   ペンタクルの2・逆  (『THE RIDER TAROT DECK』)

2023年短編2-13

「さあ、ここは私的な場だ。くつろいでくれ」

「……はい」

 レイは顔を強張らせたまま、出された茶に口をつける。

 くつろぐ、なんて出来るかと内心文句を言いながら、目の前に座ってニコニコと微笑む眩しい美形を、直視するのは憚られて上目遣いに見た。

 何故こんなことに……。

 ここは彼――この国で二番目の権力者である王太子エゼルフィードの居室。

 レイは彼に、茶会に招待するという謎の(ふみ)と共に呼び出されていた。

 一体全体、何故呼び出されたのか、皆目見当もつかない。レイも王宮に勤める人間ではあるが、ただの一研究員である。王太子の姿など遠目に何度か見たことがある程度だ。

 優雅に茶を飲むエゼルフィードが、次に何を言うのか待ちながらも、その要件を必死に考える。

 王族の目に留まることなど、何もしていない。

 ただ、一つ思い当たるとすれば――、振る舞いが豹変してしまったあの男のことだけだ。

 今はどうにも頭の悪そうな言動ばかり繰り返しているが、彼もれっきとした高官であり、年回りから考えてもエゼルフィードの御代を支える中心人物になるのは間違いがない。

 噂では、レイに関係しない所では依然とあまり変わりがない、との話だが――。彼を変えてしまった責任を取れ、などと言われてしまえはどうすればよいのか。

 レイが一人悶々と考え込んでいると、エゼルフィードがふっと息をついて、カップを置いた。カチャリという、些細な音にも身が竦む。

「単刀直入に訊きたいんだけど――」

「……はい」

 ごくりと生唾を飲み込み、彼の言葉の続きを待つ。

 エゼルフィードの表情が、一瞬真剣なものとなりレイはその視線に射抜かれたような気分になった。そして、口を開いた彼は――

「君、フェデリオの奴と、夫婦の契りを交わしたって本当かい!?」

「――ぶふぉっ! っ、はぁ!?」

 思わず茶を噴き出して、相手が王太子ということも忘れて声を上げる。

「おや、違うのかい? 噂になってたんだけど」

「噂!?」

 人の噂には尾ひれがつくとはいうが、何故そんなことにと頭が真っ白になる。

 だが、すれ違った通行人からここ数日、妙にあたたかな視線を感じることがあったことを思い出す。あの蛮行が広まっていることまでは覚悟していたが、まさかそれ以上の話になっていたとは思わなかった。

「その噂、誰から……」

「誰からも何も。フェデリオがいかにも幸せそうな顔で、『レイと家族になるんだ』なんて言ってたから、てっきり」

「っ――!?」

 あまりの怒りに言葉が出なくなる。あの時の会話をどう解釈すればそうなるのか、と言いたい。

「で。……したの?」

「してません!! 無理やり、その……く、口付け、されただけですっ!」

 何故こんな弁明をせねばならないのか。

 後で、絶対にもう一発、今度は拳でだと固く誓う。

 だが今は、目の前の問題から片付けなければならない。

 レイは平静になろうと、大きく息をついて椅子に座り直した。

「……王太子ともあろう御方が、下世話な噂話を確かめるために俺を呼んだのですか」

「あはは、悪かったよ。けれどねぇ、気になるじゃないか。あのフェデリオが、って」

「『あの』?」

「ああ、君は以前の彼を知らないのか」

 エゼルフィードは、目を細めて何かを思い出すような顔をして続ける。

「前のフェデリオは、そりゃあつまらない奴でね。頭も良いし剣の腕もいい。なんでも出来る奴だったけど――、なんでも出来るから、なのかな。いつもつまらなさそうな顔をしてたよ」

「つまらなさそうな……」

 レイは遠征前に遠目から見たフェデリオの横顔を思い出した。

 そう、確かに彼は「つまらなさそう」な顔をしていた。

「それが、一人の人間に執着して追いかけまわしてるんだから。人って変わるなぁ、ってね」

 エゼルフィードの表情はとてもやわらかい。フェデリオの変化を心から嬉しく思っているのだと分かって、レイは居心地が悪くなった。

「――でも、それもいつまで続くのかはわかりません」

 原因は依然として不明だが、彼の中で「何か」が起こっているのは間違いがない。心境の変化、などという言葉では片付けられない何かが。

 ならいずれ、この状況には終わりが来る。

 レイが望むような早期解決が出来るかは分からなくても、いつの日か突然、憑き物が落ちたように元の彼に戻ってしまうかもしれないのは変わらない。

「『賢者』が目覚めれば、何か分かるかもしれません。それに……、彼も、偽りの感情に振り回されるのは嫌でしょう」

 フェデリオが目覚めた時、そこにいたのが自分でなければ、こうはなっていなかったのではないか、と今でもレイは思っている。

「『偽り』かどうかは、分からないんじゃない?」

 レイはエゼルフィードの言葉に、首を横に振った。

「本物なわけがないでしょう。熱烈な一目惚れ、なんて……。物語じゃないんです」

「君は――」

 エゼルフィードが何かを口にしようとした。だが、それを最後まで聞くことはできなかった。

 一瞬で起こったへんかに、レイとエゼルフィードは顔を見合わせた。

「これは……」

 顔を強張らせたエゼルフィードが、テーブルに視線を落とす。

 そこには、先程まで湯気を上げていたティーカップがある。だが、それは今、逆さにしても落ちないほど、凍り付いていた。

 レイは立ち上がって窓辺へと走り寄る。だが、そのガラスには霜が降りていた。その霜を袖で拭き取って外を見る。

「殿下、辺り一帯の気温が低下しているようです」

 同じように立ち上がったエゼルフィードに、外の景色を指差す。そこに見える木々もみな雪でも降ったかのように白くなっていた。

「今の季節は……」

「秋です。雪にはまだ早いと思います」

「だよねぇ」

 吐く呼気にも白さが混じりだす。

「あの、殿下――」

 突然の異常気象。レイは一つの予感に胸が占められていた。

「ああ……、もしかしてそういうことかな」

 エゼルフィードも勘付いたらしく、仕方ないなぁとでも言うように肩を竦めた。

「たしか『彼」は、研究室預かりだったよね。いいよ、行っといで」

「――はい!」

 エゼルフィードの許可に、レイはおざなりに頭を下げると、すぐに身を翻す。

 向かう先は一つだ。

「深淵なる森の賢者」が目を覚ました。

 レイには何故か、その確信があった。

今日のカード

Look in a Book・逆  (『ORACLE OF THE FAIRIES』)

補助:Go Outside・逆  (『ORACLE OF THE FAIRIES』)

   Purity・逆  (『ORACLE OF THE FAIRIES』)

   Magical Gateway・逆  (『ORACLE OF THE FAIRIES』)

   皇帝  (『TAROT DE LA NUIT』)

   ソードの4・逆  (『TAROT DE LA NUIT』)

   ペンタクルの10・逆  (『TAROT DE LA NUIT』)

   カップのエース  (『TAROT DE LA NUIT』)

   ワンドの5・逆  (『TAROT DE LA NUIT』)

   カップの3・逆  (『TAROT DE LA NUIT』)

   Shine from Within  (『ORACLE OF THE FAIRIES』)

   Wait for Winter・逆  (『ORACLE OF THE FAIRIES』)

   ペンタクルの2  (『TAROT DE LA NUIT』)

   吊るされた男  (『TAROT DE LA NUIT』)

   Temptation  (『ORACLE OF THE FAIRIES』)

   Wisdom・逆  (『ORACLE OF THE FAIRIES』)

   Fairy Spotting  (『ORACLE OF THE FAIRIES』)

お茶会の間、フェデリオ何してるのー? ってカードさんに聞いたら、

「吊るされた男」(=「忍耐」とか「身動きが取れない」とかのカード)が出てきて笑っちゃった……。

「待て」させられてる、ワンちゃん(笑)

2023年短編2-14

 研究室がある棟の一室へ、レイは足早に向かっていた。

 その場所に近付けば近付くほど、辺りの気温はどんどん低下していっている。

 レイが「深淵なる森の賢者」のいる部屋へと辿りついた時には、真冬の夜を思わせるほどに厳しい寒さが周囲を取り巻いている。そして、異様なほどに静かだった。

「……誰もいないのか?」

 そんなはずはないと思いながらも、気配の無さに不気味なものを覚える。

 レイは、氷のように冷え切ったノブをぎゅっと握り、扉を開けた。

 扉の開く音が、妙に大きく聞こえる。部屋の中を覗くと、そこには凍り付いて見る影もなくなった室内が見えた。それから、その中央には毛を逆立てた牡鹿。そして、彼の周囲でじっとその動向を見つめる研究員たちの姿があった。

「なにを……」

「レイ!? なんで来たの!」

 悲鳴のように叫んだのは、ルリナだ。

「なんで、って――」

 状況はよく分からないが、異常事態が起こっているらしいのは間違いない。それから、おそらく「賢者」は何かに酷く腹を立てている。

 よく見れば、幾人かの着る白衣に噛まれたような赤い血が付いているのが見えた。

 目覚めた「賢者」が彼らに何らかの理由で噛みつき、研究員たちは彼を遠巻きに見つつどうするべきか悩んでいた、というところだろうか。

「……っ」

 レイは一瞬瞑目してから、ゆっくりと部屋に入り扉を閉めた。

 何をするつもりだという視線を送ってくる同僚たちを無視して、レイは一歩一歩と牡鹿に近付いていく。警戒する彼は決してこちらから目を離さずに、これ以上近付いてくれるなと、全身で訴えている。

 レイは手を伸ばせば触れられる場所より少しだけ離れたところまで辿り着くと、膝をついて牡鹿の顔を見上げた。

「ひさしぶり。あんたは昔と変わらないな」

 牡鹿の耳がぴくりと揺れた。

「まあ……、ちょっと縮んだようにも思うけど、きっと俺が大きくなっただけだな」

 レイは自分の身体をすっぽりと覆ってくれた、あの日のことを思い出しながら喋る。

「それか、あんたはもう覚えてないのかな。でも、俺は昨日のことみたいに覚えてるよ。あの雪の日に死なずにすんだのは、あんたたちのおかげだから」

 じっとレイを見下ろしていた牡鹿が、急に毛を逆立てるのをやめた。そして顔を覗き込むような仕草をして、数歩近付き――レイの顔に自分のそれをすりとこすりつけた。

「あ……」

 覚えてくれていたんだ。

 そう悟って、つい目に涙が浮かぶ。レイはそれを誤魔化すように、そっと牡鹿の首に腕を回した。

「――ぅん。俺は元気だよ。……なあ、」

 レイはずっと顔を埋めていたい気持ちを押し殺し、牡鹿と目を合わせて問いかけた。

「教えてほしい。なんであんなに怒ってたんだ? もしかしてそれは……、あんたの子どもが傍にいなかったのと関係ある?」

 牡鹿の目が悲しげに揺れるのを、レイは見逃さなかった。

今日のカード

ソードの9  (『TAROT DE LA NUIT』)

補助:ワンドの6  (『TAROT DE LA NUIT』)

   ペンタクルの5・逆  (『TAROT DE LA NUIT』)

   カップのエース・逆  (『TAROT DE LA NUIT』)

   吊るされた男  (『TAROT DE LA NUIT』)

   塔・逆  (『TAROT DE LA NUIT』)

   世界  (『TAROT DE LA NUIT』)

   悪魔・逆  (『THE RIDER TAROT DECK』)

   カップのペイジ・逆  (『THE RIDER TAROT DECK』)

   Temptation  (『ORACLE OF THE FAIRIES』)

   Divination・逆  (『ORACLE OF THE FAIRIES』)

   Wisdom・逆  (『ORACLE OF THE FAIRIES』)

   Music・逆  (『ORACLE OF THE FAIRIES』)

   ペンタクルの4  (『TAROT DE LA NUIT』)

   ソードのペイジ  (『TAROT DE LA NUIT』)

   ソードの3・逆  (『TAROT DE LA NUIT』)

   カップの7・逆  (『TAROT DE LA NUIT』)

2023年短編2-15

「賢者」をはじめとした、森に住む精霊たちの中には、「つがい」を持つ者がいるのだという。

 生まれる前から定められた運命の相手は、生涯ただ一人。出逢ったのちは、死ぬまで共にあり続ける。

 その姿に人々は、崇高な愛を体現する彼らを羨み、時には戯曲の主題になったりもしていた。

「では、あの小鹿が『賢者』のつがいということですか?」

 レイは怪訝な顔をしたままブルーノに問いかけると、代わりにその問いを肯定するように顔を擦りつけてきたのは、当の牡鹿だった。

 彼の目覚めから一晩が明け、宥めた「賢者」から身振り手振りで聞き出したところによると、そういう話のようだ。もっとも、レイが小鹿の存在に言及するまでその存在は知られておらず、国の上層部は当惑している。

「てっきり、あんたの子どもだと……」

 彼らは通常の動物たちよりも遥かに長く生きる。見た目で年齢を決めつけるのは早計だったようだ。

 レイが牡鹿の頭を撫でてやると、甘えたような仕草でその手に頬を擦りつけてくる。

「……アグリス」

 呆れたような、困惑したような声で名を呼ぶブルーノを振り仰げば、彼は頭を押さえていた。

「何です」

「その……、それは……」

 彼の視線はレイの背中に向けられている。レイは、彼の言う「それ」を分かっていながら、にっこりと笑った。

「……『それ』? 一体、何のことですか?」

「いや、その」

「俺の背後には誰もいません

「しかし……」

「い ま せ ん」

 レイは牡鹿に視線を戻し、その頭を撫で続ける。

 それに合わせるように、背中に額を擦り付けてくる感触がしたが、無視である。

 なんやかんやと丸一日ほど会えなかっただけで、レイを羽交い絞めにしている「誰か」など、存在しないのだ。


 結局、痺れを切らしたレイが、仕方なしにその「誰か」――フェデリオに話しかけるまで、その光景は続いたのだった。

今日のカード

女帝  (『TAROT DE LA NUIT』)

補助:カップの9・逆  (『TAROT DE LA NUIT』)

   Lost and Found  (『ORACLE OF THE FAIRIES』)

   ワンドのクイーン・逆  (『TAROT DE LA NUIT』)

   ワンドの7・逆  (『TAROT DE LA NUIT』)

   Moon Energy・逆  (『ORACLE OF THE FAIRIES』)

   Protection・逆  (『ORACLE OF THE FAIRIES』)

   ペンタクルのエース  (『TAROT DE LA NUIT』)

   ソードの9・逆  (『TAROT DE LA NUIT』)

   ソードの6  (『TAROT DE LA NUIT』)

2023年短編2-16

「で、何の用なんだよ」

 どうにかフェデリオを背中から引き剥がしたレイは、不満混じりに問いかける。

 ブルーノは付き合ってられないとでも思ったのか、既にここにはいない。レイとフェデリオを除けば、同席するのは「深淵なる森の賢者」だけだ。

「えー? 会いたくて?」

「殴るぞ」

 へらへらと笑うフェデリオに握り拳を作ってみるが、相手は当然ながら動じる様子はない。筋力に関しては雲泥の差があるため仕方がないといえば仕方がないのだが、レイは大きな溜息をついて、そのやるせなさを脇にやった。

「もう一度だけ聞く。何の用だ」

 睨みつけるような気持ちでフェデリオを見ながら問いかけると、彼はふっと表情を消した。

「ねえ、逃げちゃわない?」

 レイは彼の言葉にぽかんとする。

「にげる……?」

「そう。逃げる」

 レイは意味が分からずに混乱する。

 どこへ逃げるというのだろう。それに、この男は「何」から逃げようと言っているのだろう。

「何を意味の分からないことを……」

 混乱しながらも、それだけをどうにか返す。

「レイ」

 名前を呼ばれ、俯いていた顔を上げれば、その一瞬後にはフェデリオの端正な顔が間近に迫っていた。

「んっ……」

 唇を啄むだけの、いつぞやに比べれば軽い口付け。

 けれど、一度目の記憶が嫌でも蘇って、背筋が痺れる。

「おま、なにを……」

「僕はさ、君がいればそれでいいんだ。だから、ここにいる。けれど――、レイはどう?」

「は……」

「その鹿が目覚めてから、君はずっと何かに耐えているような顔をしてるよ。人に呼びかけられた時……、まるで死地にでも行くかのような顔をしてること。……気付いてる?」

 レイは息を飲んで、フェデリオのいつになく真剣な顔を凝視する。

「ねえ、レイ。僕は君の望みを何でも叶える用意があるよ」

 だから、と耳元で囁く声は、悪魔の囁きのようにも思えた。

 レイはフェデリオの服を掴んでいた手にぎゅっと力を込める。

 いいのだろうか。この男に縋っても。

「俺は……」

 その時、とんと背中に軽い衝撃を感じて後ろを向く。「賢者」の凪いだ瞳とぶつかった。

 そうだ。まだ…やることがある。

 レイはフェデリオを真正面から見つめる。

「俺は、小鹿を助けたい。力を貸してくれ」

「……うん」

「そして、それが終わったら……、俺を、俺のことを誰も知らない場所まで――、(さら)って」

今日のカード

Hope・逆  (『ORACLE OF THE FAIRIES』)

補助:Flourish・逆  (『ORACLE OF THE FAIRIES』)

   カップのクイーン  (『THE RIDER TAROT DECK』)

   Magical Blessings  (『ORACLE OF THE FAIRIES』)

   Precious Time・逆  (『ORACLE OF THE FAIRIES』)

   ペンタクルのペイジ  (『THE RIDER TAROT DECK』)

   悪魔・逆  (『THE RIDER TAROT DECK』)

   ペンタクルの9・逆  (『THE RIDER TAROT DECK』)

   ソードのエース  (『THE RIDER TAROT DECK』)

   ワンドの3  (『THE RIDER TAROT DECK』)

   Wait for Winter  (『ORACLE OF THE FAIRIES』)

   カップの2・逆  (『THE RIDER TAROT DECK』)

   ペンタクルのナイト  (『THE RIDER TAROT DECK』)

   ソードのクイーン・逆  (『THE RIDER TAROT DECK』)

   ソードの6・逆  (『THE RIDER TAROT DECK』)

   塔・逆  (『THE RIDER TAROT DECK』)

2023年短編2-17

 ずっと行方の気になっていた牡鹿との再会。

 それから、周囲では物事が目まぐるしく展開している。そんな風にレイは感じていた。

 フェデリオに弱音をこぼしたあの日から、件の男は片時も離れなくなり、レイがもっとも恐れていたことは起きないまま、今は二人で森に再訪していた。

 フェデリオの操る馬の前に乗ったレイは、きょろきょろと辺りを見渡す。

 国の北にある霊峰。その麓は他の場所と少し植生が違う。多くの植物が「賢者」と同じようにその体組織を変化させているのだ。光り輝く花、透き通った葉を持つ樹木に、触れようとするとたちまち姿を消してしまう草が生えている。

「こんな所に、本当に人が……?」

 レイはあまりの現実離れした空間に、ぽつりと呟いた。後ろにいるフェデリオも、同意するように頷く。

「僕も、噂程度では聞いていたけれど…ね」

 二人は今、国から命を受けて、この北方の地に来ていた。

 人の踏み入れない霊峰のお膝元、森の中にひっそりと暮らす精霊学者がいるのだという。その人物の助力を得るように、とこの地を訪ねることとなったのだった。

 レイは懐から地図を取り出して開く。

 話ではこの辺りにその学者が住む家があるという話なのだが――、そのようなものは見当たらない。

 その時、ふわりと光が目の前を横切ってゆく。

 光の塊に見えたそれは、繊細な桃色をした蝶だった。

 その蝶は二人の周囲をくるくるとまわり、ひゅいっと飛んでいく。そして、少し先でこちらを待つように同じところを飛び回っていた。

 レイはフェデリオの方をちらりと見る。彼も同じことを思ったのか、頷いて馬首を蝶の方へ向けた。

 同じこと――、まるで誘われているようだ、と。

 お互い黙ったまま、ふわふわと飛んでゆく蝶を追いかける。

 そして、しばらく進んだ後、ふっと蝶が姿を消した。

「あっ……」

 どこへ行ったのか、と驚いて辺りを見渡していると不意に声が聞こえた。

「あら、随分と厄介なものをお持ちなお客様たちね」

 その声に従って前方を見れば、先程まで何もなかったはずの場所に、一人の女性が立っていた。

 白と見紛うような淡い桃色の髪を結い上げ、明るい金色の目を細める彼女は、先程の蝶が人に変化したようにも見える。

 レイが――おそらくフェデリオも――呆然としていると、彼女はふわりと笑った。

「ようこそ。王国からの使者様」

 彼女は本当に「人」なのだろうか。

 そんなことを思わせる、神秘的な笑みだった。

今日のカード

-SHE WHO BATTLES- ABANOLAKA  (『ELLE QUI ORACLE』)

補助:-SHE WHO RADIATES- GENEVA  (『ELLE QUI ORACLE』)

   カップの6・逆  (『TAROT DE LA NUIT』)

   -SHE WHO SEES- MAKITA  (『ELLE QUI ORACLE』)

   ワンドの6  (『TAROT DE LA NUIT』)

   ペンタクルの9・逆  (『TAROT DE LA NUIT』)

   -SHE WHO DOUBTS- ENID・逆  (『ELLE QUI ORACLE』)

   愚者  (『TAROT DE LA NUIT』)

   -SHE WHO FLIES- VOLARIS・逆  (『ELLE QUI ORACLE』)

   ペンタクルのクイーン  (『TAROT DE LA NUIT』)

   -SHE WHO NURTURES- COLETTE  (『ELLE QUI ORACLE』)

   死神  (『TAROT DE LA NUIT』)

   -SHE WHO PREPARES- ZENITH  (『ELLE QUI ORACLE』)

   ワンドのナイト  (『TAROT DE LA NUIT』)

   ワンドのペイジ  (『TAROT DE LA NUIT』)

   ペンタクルの5  (『TAROT DE LA NUIT』)

   悪魔・逆  (『TAROT DE LA NUIT』)

   カップの8  (『TAROT DE LA NUIT』)

   ワンドのクイーン・逆  (『TAROT DE LA NUIT』)

   ワンドの8  (『TAROT DE LA NUIT』)

   ANGEL DE LA NUIT・逆  (『TAROT DE LA NUIT』)

   ペンタクルの3  (『TAROT DE LA NUIT』)

   カップの3・逆  (『TAROT DE LA NUIT』)

   -SHE WHO DREAMS- ISRA・逆  (『ELLE QUI ORACLE』)

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『約束は白き森の果て』(仮題)を読む
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