初稿置き場

カテゴリ「夢見る少年と未羽化の蝶 二章2ページ目)

小説・BL
#夢見る少年と未羽化の蝶
#夢見る少年と未羽化の蝶_二章 4


「はえ~……、思ってたよりでけぇなぁ……」
 あっという間に日々は過ぎて、体験入所の当日。
 レンは辿り着いた建物を見上げて、感嘆の声を上げた。
 隣にいるファルをちらりと見て、その顔が少し青褪めていることに気付く。
「ファル」
「――っ、あ……、なんだ?」
 ビクッと肩を跳ねさせた彼に、レンは苦笑を浮かべた。
 やはり、まだ「蝶の民の研究所」というものに忌避感あるらしい。
 今回レンがファルを誘ったのは、進路に悩んでいるらしい彼の刺激になればと思ったのが一つ。それから、大抵は十代で羽化するはずの蝶の民にもかかわらず、蛹になる気配すらないことに負い目を感じているような気がしていたからだ。何かヒントになれば、と。
 けど、まだ早かったのかなぁ……。
 正直、誘ってはみたものの、本当に付いてくるかは分からない――、むしろ断られる可能性の方が高いと思っていた。
 十歳でここ蝶の国に辿り着くまで、彼がどんな目にあったのか、詳しくは知らない。それでも、その心に刻まれた傷がかなり深いのは、レンにも分かっていたからだ。
 でも――、ここまで来たということは、ファル自身にも何か思うことがあったということだろう。
 だからレンは、その根深いものから来ているであろう怯えには気付かないフリをして、彼の背中をバシッと叩いた。
「なんだよ~、緊張してんの?」
「ち、違うから!」
「だーいじょうぶ、だいじょうぶ。アカデミーと大して変わんねぇって。それに、俺がいるだろ~? あ、手繋いでやろか?」
 にやにやしながら手を差し出すと、多少は緊張が解れたのか顔の強張りが緩んで、差し出した手をバシリと叩かれた。
「いるか。子供じゃないんだから」
「またまた~。遠慮するなって」
「遠慮してない」
 言い返しながら、歩きはじめたファルにレンも遅れまいとついて行く。
 研究所の門を潜り、中へ。
「――ありがとう」
 ぽそりとファルの口から零れた言葉に、レンは笑って、それから素知らぬ顔で返す。
「ん~? なんのことだ?」
 ファルは肩を竦めると、先程レンがしたように背中を叩いてきたのだった。

2025/09/10 00:00:00

#夢見る少年と未羽化の蝶
#夢見る少年と未羽化の蝶_二章 3


「失礼します」
 ファルはアカデミーにある就職課の部屋から出たところで、知らず溜息が漏れた。
 その手にはレンから勧められた、蝶の民研究所の行う体験入所に関しての詳しい資料だ。参加の手続きを終わらせると、やり取りを代行しているアカデミーの職員から渡されたものだった。
 体験の概要、当日までに用意するもの、集合場所、持ち物――、そういったものが記された書類は妙に重く感じる。
「……レンがいる。大丈夫だ」
 震えそうになる手をぎゅっと握りしめて、もう一度深く息を吐いた。
 この蝶の国へ亡命するまでの間、ファルは両親と共に隣国の違法な研究所にいた。
 自分たちを、「蝶の民」を、実験動物のように扱っていたあの場所とは違う。
 それは分かっているが、ほんの少しの怖さを感じていた。
 それでも、体験に行こうと思ったのは――
「……僕は、」
 レンは初めて会った時から変わらない。自身が違うからこそ「蝶の民」に憧れを抱き、その研究者になるという夢を叶えようとしている。
 けれどファルは、いまだに未来が見えずにいた。
 ファルは己の黒い髪を摘まむ。
 羽化する前の蝶の民に多いその髪色は、子供のまま成長できないでいる自分をこれ以上なく表しているように思えた。
 適齢期を超えても蛹にすらなれない自分は、その心もまだ羽化出来ずにいる。
 これで、何か変わってほしい。
 そんな縋るような気持ちで、これまで目を背けていたものと向き合おうとしていたのだった。

2025/09/07 00:00:00

#夢見る少年と未羽化の蝶
#夢見る少年と未羽化の蝶_二章 2


 十六歳になった国民が入学を義務付けられているアカデミー。
 だが、通学が義務化されているのは二年間の通常課程のみ。多くの学生はそこで学舎を卒業し、家業を継いだり、結婚して婚家に入ったりと別々の人生を歩んでゆく。
 しかしその二年間の後も、一部はアカデミーに残る道を選び、五年間の上級課程に進んでゆく。
 官僚や研究者など、いわゆるエリートコースを歩む者たちがそれだ。
「……うーん」
 レンもそのうちの一人となっていた。
 少し長い金茶の髪を後ろで一つに束ねた頭をガシガシと掻いて、目の前に置いたノートを指でトントンと叩く。
 昼食時を少し過ぎた食堂は、徐々に人もまばらになりつつある。レン自身、食事のためにこの場所へ訪れたはずなのだが、頭の中は講義のことでいっぱいで、傍らにおいたままの定食は湯気が消えて久しい。
「――悪い、待たせた?」
「うん?」
 聞こえた声に顔を上げると、視線の先には短い黒髪をさらりと流して首を傾げるファルがいる。
「あー……、いやぁ」
 彼の姿を見て、そういえば待ち合わせをしていたのだと思い出す。そして、その時間までに平らげてしまおうと思ってすっかり忘れていた昼食も。
 ファルは冷めた定食のプレートとレンの表情を見て、顛末を悟ったらしく肩を竦めて対面に座った。
「とりあえず、食べたら?」
「……そうする」
 レンはノートを脇にのけると、昼食を引き寄せた。
「――で、さっきのは? レポート?」
「そ。ほら、生物学の」
「生物学って……。まだ、出してなかったのか? 締切、明後日だろ?」
「一度書いたんだけど、なんか納得いかなくて」
 もぐもぐと口を動かしつつ答えると、ファルは半目になる。
「意外と真面目なんだよな」
「『意外と』はないだろー?」
 実際、他の友人たちにも「何故か」勉強できるだの、「思ってたより」頭がいいだの、と言われるレンだ。人を見た目で判断しちゃいけません、と真面目くさって言うと、ファルがふはと笑う。
「冗談だよ」
「まったく、お前までそんなこと言うんだから」
 くすくすと笑ったあと、レンはふとあることを思い出して、昼食のフライをかじったまま鞄を探った。
「ほーほー、ほへはんはへど」
「食べてから言ってくれ」
「ん、ごめん。これなんだけどさ」
 レンは取り出した一枚の紙をファルの方に向けて置いた。
 ファルが軽く目を瞠る。
「今度、これに参加しようと思うんだ」
 レンは真剣な目でファルを見つめながら言葉を続ける。
「もしよかったら、一緒に行かない?」
 その紙には「蝶の民研究所 体験入所案内」と書かれていた。

2025/08/31 00:00:00

#夢見る少年と未羽化の蝶
#夢見る少年と未羽化の蝶_二章 1


 アカデミーの入学から早六年が過ぎた。
 たくさんいた同級生たちは十八になる年に、通常課程の修了と共に卒業してゆき、賑やかさが鳴りを潜めてゆく。
 一年時から親交の深かった友人とも、それぞれの道を進むことを決めた。
 その日からも既に時が経ち――
「レン。そろそろ行こう、朝食に遅れる」
 その声にハッとして、レンは目を瞬かせた。寮の相部屋から出ていこうとする無二の親友となったファルの後ろ姿を見止める。
「――ああ!」
 アカデミー上級課程に入り五年。
 レンとファルは二十三歳、アカデミーの最終学年に差し掛かっていた。

2025/08/27 00:00:00

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