エピローグ

 ロアンがノールヴィリニアに戻り、数日。

「…………」

 ネリーは、静かにエリーゼからの手紙をたたんだ。

 それは、心配していたような不安な気持ちになるものではなく、むしろ、ネリーの心を不思議とあたたかにしてくれた。

「ネリー、大丈夫か?」

 手紙を読んでいる間、ずっと隣にいてくれたロアンに頷く。

「はい。……あの、あとでお返事を書いてもいいですか?」

「ああ。あなたが望むなら」

 彼は心配そうな顔をしていたが、こちらの気持ちを尊重し頷いてくれる。ネリーは嬉しくなって彼に微笑み返した。

 自ら妹と関わりを持とうとしているのも、不思議に思う。

「あ……。そうだ、ロアン」

 ふと、あることを思い出したネリーは、少しだけ顔を曇らせた。

「エリーゼのこと、黙っていてすみませんでした」

 遅れて届いた彼からの手紙に、教えてほしかったと書かれていたことを今更思い出して、ぺこりと頭を下げる。

「いや……、あなたが無事だったのなら、それでいい」

「あと、お手紙もたくさん……。ありがとうございました」

「私もあなたからの手紙が、とても励みになった」

 ネリーはなんとなく恥ずかしくなって、少し困り顔で笑った。

 昔なら、わたしなんかの手紙が、と彼の言葉を信じることは出来なかったかもしれない。

 だが今は、それが胸の中にすとんと落ちる。

 少しでも彼のためになれたのなら、ただ嬉しい。そう思う。

 そして、今やっと手が届く場所にいるロアンへ、言葉でその気持ちを伝えたくなった。

「あの……、」

 ネリーは口を開いてみたものの、やはり照れくさくなって口籠る。視線を彷徨わせてまごつくが、それをロアンは優しく待っていてくれていた。彼の穏やかな笑み、ただそれだけで心が落ち着き、どうにか言葉を続ける。

「『あなたに出逢えたことを、心から感謝している』――。覚えていますか? ロアンが最後の手紙で書いてくださった一文です」

「あ、ああ……」

 少し照れているらしく、ロアンの目が泳いだ。ネリーにもそれが移ったのか、先ほどよりも頬が熱くなる。しかし、今を逃せば二度と言えないような気がして、ネリーは意を決して彼を真っすぐ見つめた。

「ロアン。わたしも……同じ気持ちです。あなたと出逢えたことに、感謝しています」

 彼と目が合う。

「わたしも、あなた以外の妻になる気は、ありません」

 くすりとお互いに照れ笑いを浮かべた。

 自分が微笑めば、彼も微笑み返してくれる。

 たったそれだけのことが、これほど幸せなのだと知った。

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