2章貴女への誓い
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それから、日々はあっという間に過ぎ――。
「ロ、ロアン……!」
ついに彼がノールヴィリニアを後にする日になっていた。
ロアンは出立の作業をしていた手を止め、こちらを振り返る。小走りで近寄ろうとしていたネリーだが、彼の目に見つめられると、その足はどんどんゆっくりになった。
どことなく、走っていくのが恥ずかしいような、そんな気がしたのだ。
「……えっと」
ネリーは次第に足を止めると、ロアンの顔を見上げようとして、しかし直視できずに視線を彷徨わせた。両手を胸の前でもじもじとさせる。
「ネリー」
「は、はい」
名を呼ぶ穏やかな声に、顔を上げる。
「私が不在の間、どうか健やかで」
この優しい声が聞けなくなるのかと思うと、何とも言えぬ寂しさを感じた。だが、ぷるぷると首を振ってそれを払うと、今度はしっかりロアンの目を見つめ返す。
「あなたには及びませんが、ノールヴィリニアは守ります」
「――頼んだ」
ロアンの手がネリーの頭を撫でる。
彼に認められたような気持ちになったネリーは、決意を表明するように、きゅっと拳をつくった。
「はい!」
何度も頷いて答えると、ロアンは微かに目を細める。
「それでは、行ってくる」
ロアンの言葉に、「はい」と答えかけて、ネリーはある事を思い出す。
「あっ……、ま、待ってください!」
鐙に足をかけようとしていたロアンは、それを止めてもう一度振り返った。
「あ、あの……、これ――」
そう言いながら差し出したのは、一通の手紙だ。
「これは……?」
ロアンはネリーから受け取った手紙を検分し、裏に書かれたネリーの署名を見つけたようだった。
「あの、その……。以前、お手紙を頂きましたよね……。その、お返事、と、いいますか……。いえ、あの、いらなければ捨てて頂いても……!」
照れくささを誤魔化すように早口で言うと、ロアンは苦笑した。
「まさか。時間が出来た時に、必ず読ませてもらう」
彼はそう言って、それを丁寧に懐にしまう。その大切なものを扱うような仕草一つに、胸が温かくなった。
「では、行ってくる」
ひらりと馬に跨がったロアンは、今度こそ行ってしまう。
遠ざかる彼を追うようにネリーはたたっと二、三歩足を踏み出し、その背中に叫んだ。
「ご武運を……!!」
そして、彼の姿が見えなくなるまで、その場で立ち尽くしていた。