暖かなぬくもりの
少しづつ冷えが上がってくる季節。昼はすっかり短くなって、そのうちに吐く息も白く染まるだろう。
ウェルリーズは薄いショールの前を合わせて、もう少し着込めばよかったと少しばかり後悔していた。
空に輝く満月があまりに綺麗だったから、たまには月見酒でもしてみようかと思った次第なのだが、夜は思っていたより冷え込んでいた。
王も誘おうかと思ったウェルリーズだったが、久しぶりに早く仕事が終わったらしい今日は、夕食を食べ終えると、早々に寝所で寝息をたてていた。ゆえにウェルリーズは一人、庭先でグラスに注いだ酒を飲みながら、ぼんやりと空を見上げていた。
「空は本当に繋がってる、のね……。」
今宵の空は、幼き日に見上げた初秋の空によく似ていた。
もっとも、彼の地は今の時期なら、とっくに雪に覆われ、一面銀世界だろうけれど。
あの時に出会った人々には、会いたいと思った事などないが、あの地の自然あふれる姿と、今の時期見れるだろう、一面白のシンとした空気だけは、時折懐かしく思った。
ウェルリーズは飲み干してしまった空のグラスを、前の卓に置いた。その拍子に近くに置いてあったビンにグラスの縁が当たって、キンと音をたてる。何の気配も感じられぬ、静かな空間にその音だけが高く響いた。
「リーズ……?」
誰もいないと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。
聞きなれたその声の方を見ると、目を丸くしたリアンが立っていた。
「そんな薄着で何を……!」
「月を見てた……ぶむっ」
リアンはさっと自分の着ていた上着を脱ぎ、ウェルリーズの肩にかける、というよりはいささか乱暴に巻きつける。
リアンはウェルリーズの両の手を包み込むように握り、溜息を吐いた。
「こんなに冷えて……。風邪をひいたらどうするんだ。」
言われて見ると、確かに彼の手に包まれた自身のその指先は、寒さからか赤みを帯びている。
「だって、綺麗な満月だったんだもの……。」
ぼそぼそと言い訳をするが、リアンにじろりと睨まれて、その言葉は尻つぼみで消えていく。心配からその言葉が出ているのは分かっていたので、ウェルリーズは懸命にもそれ以上は何も言わず、真剣な表情で自分の手を握るリアンを見た。
「まったく……。それなら、もっと着込んで。こんな薄着で外には出ないで。」
こんな夜中に薄着の貴女が外にいるなんて心臓に悪い、とリアンはぶちぶちと文句を言う。最初は幻覚かと思ったらしい。
リアンは眠れなかった為、城内を散歩していたそうだ。そんな中で、見回りの衛兵ぐらいしか城内を歩くものはいないだろう時間に、ウェルリーズの姿を発見すれば、さぞ怖かろうと、ウェルリーズは少し反省した。
「リーズ。聞いてる?」
「えっ、ええ……。」
いつの間にか額がくっつきそうなところまで接近していたリアンに驚き、温度が上がったであろう己の頬を意識しつつ、そっと目を逸らす。
そのウェルリーズの行動を、どう受け取ったのか、リアンは剣呑な目でウェルリーズを見据えた。
「―――まぁ、いいけど。それより、中に入るよ。身体中冷え切ってる。ホットミルクでも作るけど、飲む?」
リアンはウェルリーズの手を引いて立ち上がらせると、もう片方の手で卓の上のビンとグラスを持ち、ウェルリーズの手を引いたまま歩き出した。
「ホットミルク? ええ、飲みたいわ。」
室内に入ると、外の夜風が当たらなくなり、そこでようやく、自分の身体が思っていたよりも冷えている事を自覚した。
確かにこれでは、リアンが怒るのも無理ない。
ウェルリーズは肩を竦めリアンの後を追った。
その後、厨房を借りてリアンが作ったホットミルクは、ほのかにハチミツの香りが漂う柔らかな味がしていた。
その甘さはちょうど、そのあとに贈られた口付けと同じだけ。