第三部晴れ渡る国

第六楽章手をつないで

 ラミア達が舞をはじめる様を、ユチルはひっそりと見つからぬように見ていた。

「この曲……」

 妖精の里に伝わる曲を選んだ彼ら。その意図を察せぬユチルではない。

 二人は私を待っている。

 それを分かってはいても、一歩を踏み出せはしない。

 称賛から一気に畏怖へと変わる人々の目。ユチルが歌おうと口を開く度に、それらが目の前に現れるのだ。

 もちろん、それらは幻影だと分かっていた。

 分かってはいたが、理屈じゃなかった。

 今だって、こうして影で震えているしかできない。

「ラミア、あなたは」

 自分と同じように、人々の視線を恐れ縮こまっていた彼女は、臆することなく舞を披露していた。

 どうして、そんなに強いの。

 彼女が過去を振り払えたのなら、嬉しいと思う。誇らしいと。だが、ユチルには眩しくて、眩しすぎて、羨ましかった。

「――やっぱり、駄目だな」

 ふと耳に入ってきた会話に、ユチルは弾かれたように顔をあげた。

 曲はもう後半に入っている。だが、見上げた空には雲一つない。

 どうして――!!

 降らないかもしれない、とは思っていた。姉ユリーシアが、次代の呪術師長レーラミュリアの予言は絶対だと言っていたから。

 しかし、雲一つ湧いてこないとは予想だにしなかった。

 私がいなければ、駄目だということ? ――でも、私がいても、駄目かもしれない。

 ラミアが空を見上げた。

 もう曲が終わるのだ。

 今からでも歌えば、雨は降る? でも、でも――

 ユチルは結局、勇気が出せぬまま、曲が終わるのを聞いているしか出来なかった。

 雨は、降らなかった。

 人々の空気が、失望と怒りに変わってゆくのを感じる。

 その視線を一身に受けている壇上の二人が、その空気に気付かぬはずがない。

 二人は顔を見合わせた。

 結局姿を現せなかったユチルに失望し、もしくは怒りながら舞台を降りるのだろう。

 ユチルはそう思っていた。

 だが。

 ラミアとルテスは一つ頷きあい、ラミアはもう一度前を向いて背筋を伸ばし、ルテスは笛を構えた。

「まさか……」

 その小さな呟きをかき消すように、ルテスの笛が響いた。

「もう、一度……?」

 彼らは同じ曲をもう一度、はじめから演奏しはじめる。

 ユチルはふらりと一歩だけ足を踏み出した。

 彼らはまだ、私を待っている――。

 こんな臆病な自分を、どうして諦めずに待ってくれるのだろう。ユチルは不思議で仕方がなかった。

 その時、まさに神の悪戯だろうか。雨の前に吹くような強い風が、ユチルの外套を吹き抜けて、赤紫の髪を露にした。

 目の引くその色のせいだろう。ラミアがこちらを向いた。

 視線が合う。

 ほんの一瞬にも満たないような時間。

「……っ」

 笑顔。

 その時、確かに彼女は笑った。

 来て、皆で楽しく踊ろう!

 そう言われているような気がした。

 楽しく――

 「私も、そう、あれる……?」

 ふと視線を感じてみれば、ルテスも同じように微笑んでいた。

 逡巡している間に、二度目が終わる。そして――

「――ユチル!!」

 ラミアの声が聞こえた。

 ユチルは、一歩を踏み出した。

Copyright (C) Miyuki Sakura All Rights Reserved.