子どもになった彼女と僕の物語
終
「――雨が、降るよ」
泣き疲れて眠ったレーラが目を覚まし、一番初めに言ったのは、そんな言葉だった。
すっかり正気に戻り、少女から「女性」へと変貌を遂げた彼女の主導で雨乞いの儀式へ準備が進んでいく。
元一ノ姫、楽士、それから妖精の女。
彼らが奏でる舞と音と歌が雨を降らせるのだと、日照りに喘ぐ人々の間には次第に明るさが戻っていったように思う。
そんな騒がしい空気も、当日ともなれば無くなって、アラナスの周囲は静かだった。
呪術師庁舎のバルコニーから空を見上げる。
「あ……」
眩しいばかりだった空に、雲が瞬く間に立ち込めはじめた。
「アラナス」
そっと背後から現れたレーラの声に、アラナスは振り返る。
「雲が出てきましたよ」
「うん。歌い手が現れたんだわ」
にこにこと笑うレーラはアラナスの隣に近寄って、腕にそっと触れてくる。
雨の前触れとなるような強い風が吹いた。巻き上がる水色の髪を整えてやりながら、突風にきゅっと目を瞑る彼女を見つめる。
子供になっていた頃とどこか重なるそんな表情も、いとおしく思えた。けれど――
「……貴女を初めてみた時の横顔が忘れられない。そう言ったら信じますか?」
そっと問いかけてみると、レーラはパチリと目を見開いて驚いた顔をした。
「それ、ほんとう?」
アラナスは彼女の疑問に笑みだけ返して、彼女のさらりとした髪を指に絡める。
「さあ……、どう思います?」
「ふふ。いじわる」
その時、レーラの頬にぽたりと雫が落ちた。
「「あ」」
二人の声が重なり、同時に空を見上げる。
空からは次から次へと――まるで、やっと出逢えた何かに感謝するかのような、そんな涙のような雨が落ちてくる。
「レーラ」
雨が落ちるのをしばし無言で見つめた後、アラナスは不意に彼女の名前を呼んだ。
「口付けても、いいですか?」
生真面目に訊ねると、レーラは一瞬きょとんとした後ぷっと笑い出す。
「ええ。貴方がすることなら、もう許可はいらないわ――」
次第に土砂降りの雨となる中で、二人の影が重なる。
長い間そうしていた二人は、びしょ濡れになったお互いの姿を見て笑いながら部屋の中に戻っていった。