子どもになった彼女と僕の物語
序
それは、暑い日のことだった。
後になって思えば、その後何ヶ月と続く日照りの前触れだったのだが、当時はそんなことなど知る由もなく、アラナスは額にじんわりと浮いた汗を拭いながら、とある馬車の到着を待っていた。
呪術師長ユリーシアと副長ヴェリスの結婚。それに伴う、彼らの退官と種々の人事異動――。
それらの余波を受けた結果、アラナスは何故だか次期副長に内定してしまっていた。ヴェリスの補佐官……とはいっても、大勢いる内の一人に過ぎなかったはずなのだが。
そして、もちろんユリーシアの後任となる存在もいる。その座に座ることとなった少女を運んでいるのが、今アラナスが待っている馬車であった。
少女の名前はレーラミュリア。年の頃は十八。自分とは五つと少し齢の離れた少女だ。
そんな娘が故郷を遠く離れ、いきなり様々な責任の降りかかる地位につかねばならないなど、どんなに心細いだろうか。
ユリーシアとヴェリス、二人の上官から言葉を変え口々に、彼女の力となってやるよう言われていた。しかし彼らの指示がなくとも、アラナスはそのつもりだった。
まだ二人の退官まで間がある。新しい呪術師長が仕事に慣れるまでの間、彼らはここに留まってくれるという話だ。その間はアラナスもヴェリスの補佐官のまま。ただ、レーラミュリアの世話係という任を新たに負うこととなった。
だから、こうして馬車を待ちかまえているのだが。
「――あ」
遠くに馬車が見えはじめると、それはあっという間に大きくなり、アラナスの目の前で静かに停止した。
妙に緊張したまま、その馬車に目を向ける。
「――っ」
窓越しに、美しい水色が見えた。妖精特有の鮮やかな色をした髪。彼女だと直感する。
その姿は、何とも言えぬ神秘的な雰囲気を纏っているように、アラナスの目には映った。ふ、とこちらを向いた彼女と目が合い、心臓がドキリと音を立てたのに気付く。
それを悟られぬように表情を引き締め、彼女のために馬車の扉を開けようと一歩足を踏み出した時――。
その扉は勢いよく中から開けられた。
呆気にとられ動きを止めたアラナスは、開いた扉から彼女がぴょんと飛び降りるのを黙って見ていることしかできなかった。
外に飛び出した少女は、ん〜、と言いながら身体を伸ばしている。
「やっとついた〜。からだが、かたまっちゃったよ……」
ひとしきり身体を解した少女は、ようやく動きを止めているアラナスに気付いて目を丸くした。
「おにーさん、どうしたの? ……んん、まあいいや」
先程馬車の中にいた少女と、本当に同一人物なのだろうか。
驚いて返答できないアラナスに首を傾げていた彼女は、こほんと大袈裟な咳払いのようなものをした。
「はじめまして、これからおせわになります!」
そして彼女は、真っ二つに折れるようにお辞儀をした。
――それが彼女、レーラとの出会いだった。