英雄の幕引き、暴君の最期
喉の奥から血がせり上がってくる。
痛い、苦しい、もう嫌だ――。
しかし、それを相手に感じさせてはいけない。
「ああ。お優しいことだな、『英雄様』は」
皮肉に唇を歪めると、目の前にいる男は涙に濡れる顔に一層の苦渋を滲ませる。
「……っ、どうして!」
男の持つ剣は、私の腹に深々と突き刺さり、血がぽたりぽたりと落ちてゆく。その剣を握る手が震えていた。
「どうしてこんな事を、兄上……!!」
まだ己を「兄」と呼んでくれるのか。
そんな感慨を覚えながらも、それを表情には出さずに私は彼を嘲るように肩を竦めた。
「『こんな事』? 私が何をした?」
弟が息を飲む。
「僕は……、やっと父上が――暴君が死んで、兄上と共に良き国を作っていけると思っていた……」
「ほう?」
ああ、私もそう思っていた。
「でも兄上、貴方は……! 僕を遠ざけ、死地に追いやった」
「『死地』? お前が生き延び、“英雄”となった場所か?」
そうだな。生きて帰って来てくれるとは思わなかった。……嬉しかった。
「……そうだよ、英雄になった。その間、兄上が良き王でいてくれると信じていたから、僕は帰ってこれたんだ」
「悪運の強いことだ」
……そうあれたら、どんなに良かっただろうな。
「でも、戻った僕が見たのは……、かつての父上そっくりに圧政を敷く、貴方の姿だった……!」
「圧政? 王として当然の権利を行使しただけだ」
ああそうだ。当然だろう? あの暴君のように振る舞うことで――、憎まれるように仕向けたのだから。
「兄上……! どうして変わってしまわれたのですか!!」
「私は変わってなどいない」
そう、変わってなどいない。
お前が「英雄」となった時、これが最も効果的に王権を取り戻す方策だ、と愚直に実行しただけなのだから。
「私は元からこうだ」
私が嘲笑するようにそう言うと、彼はギリッと歯噛みして、睨むような鋭い視線で私を見る。
「……さよならです、兄上」
彼が握りしめていた剣を、私の腹から抜いた。
「……ッ」
血が一気に抜けはじめ、立っていられなくなる。膝をついて、ついには床に倒れ伏した。
目が霞む。
ああ、でももう、平気なふりはしなくても良いのか。そんなことをぼんやり思い、目を閉じる。
「……兄上」
弟がすぐ傍に立っているような気配がした。
「僕は、かつての貴方のような――、良き王になります」
彼の気配が遠ざかってゆく。
もう顔を上げる気力すらない。
だが、気分は悪くなかった。
王となった私は、国政の腐敗が多少手を入れたくらいでは解消できないほど酷いものであることと、想像以上に人心が王家から離れていることを知った。
だから「英雄」が必要だった。
民から支持される王族が腐りきった王宮の象徴を倒し、人々を導いていく。そんな筋書きが。
貴族達の決定を覆すことすら出来ずに、無謀な作戦へと送ってしまった愛する弟が生きていると知ったとき、希望が見えた気がした。
酷いことをした。自身を慕ってくれていた弟を裏切り、利用し、挙げ句の果てには「兄殺し」にまでしてしまった。
だからどうか、私を恨んでくれていればいい。
恨んで、恨んで――、決して悔やまないでくれ。
これで「暴君が君臨した舞台」は終わりを告げる。
この痛みも、苦しみも、胸の痛さも、幕引きには丁度いい――。
お題「カーテンコール」