あの日 木漏れ日の下
置き去りにしたが――
鼓動する
前世で聖女様の兄だった僕が騎士団長様の最愛になるまで
あらすじ

 聖女召喚。そんなゲームの一場面かのような空間で、リヴェルは大学生だった前世を思い出した。


 遅刻魔・不真面目・夜遊び常習犯だったリヴェル。だが、目の前に現れた異世界の少女が前世の妹だと気付き、これからは真面目に生きようと誓う。

 しかし、リヴェルのそんな事情を知らぬ周囲は、突然態度を改めたことに対して疑念を抱いていた。

 それは、幼少期から散々比べられ続けてきた腐れ縁かつ、今は騎士団長として大出世をし遠く届かない存在となっていた男アルバートも同様であった。

 召喚された聖女にすり寄り、おこぼれをもらおうとしていると嫌疑をかけられたリヴェルは、あえてその疑惑を肯定する。そうすることで、前世の記憶があることを妹に知られる危険性を減らしたかったのだ。

「それとも何? 君が代わりに『イイ思い』をさせてくれるのかい?」

 詰問してくるアルバートを怒らせて退散させようとリヴェルは、「聖女の代わりに君が相手をしろ」と心にもない要求をする。

 だが、アルバートの反応は思いもよらぬもので……。


 ――なら、俺が面倒をみてやる。だから、俺以外もう見るな。


 取引、そして身体だけの関係からはじまる、無自覚両片想いBL。

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購入特典SSを読む
タイトル前世で聖女様の兄だった僕が騎士団長様の最愛になるまで
タイトル(かな)ぜんせでせいじょさまのあにだったぼくがきしだんちょうさまのさいあいになるまで
著者名雪野深桜
著者名(かな)ゆきの みお
刊行日2026年03月05日
種別長編
ジャンルファンタジーBL
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本文サンプル

 聖女召喚の儀式が目前に迫る中、リヴェルは二日酔いによる頭痛に苦しみながら、前方を行く男に腕を掴まれて廊下を引き摺られるように歩いていた。

「こんな日にまで朝帰りなんて、お前は馬鹿なのか!?」

「うるさい……。頭に響くから叫ぶな、アルバート……」

 いつもなら憎まれ口を叩くところだが、そんな元気もないまま顔をしかめて呻く。だが、リヴェルを連行する彼――アルバートは、険しい表情を一層歪めて吐き捨てた。

「自業自得だろう」

「……はん。品行方正な騎士団長様にはわからないよ」

 弱々しくそう返して、リヴェルは口を噤む。

 その「自業自得」という言葉も、頭では理解しているのだが、どうしてもこの男への反発心が抑えられない。結果的に発せられる嫌味にはアルバート自身も慣れっこなのか、肩を竦めて呆れ顔を浮かべる。

 またそれに苛立ちを感じはするものの、今は頭痛で他に何かを言う気になれず、リヴェルは彼に睨みだけ飛ばした。

 今日は百年に一度ある聖女召喚の儀が行われる日だ。

 かつて存在したという魔のものを封じた勇者と聖女の末裔が暮らすこの国は、世界が再び混沌に飲み込まれぬよう、定期的にその封印を掛け直さなければならないという宿命を背負っている。

 実際にそんな「魔のもの」なるものが過去に実在したのかなどという事については、今となっては確かめようもない。しかし現実としてその残滓――瘴気と呼ばれるそれが、一定周期で漏れ出るのは純然たる事実だった。

 瘴気を払い、封印を施すことができるのは、この世界の理から外れた者のみ。

 平たく言えば、異世界から力を持つ人間を呼び出して、再封印してもらう必要があるのだ。

 今日はその力を持つ者――聖女を召喚する儀式が行われる。

 当然、国を挙げての催しであり、とても重要な日であった……が、リヴェルは半眼で空を見上げた。

 召喚陣の用意されている聖堂に繋がる外廊下からは、鬱陶しいほどの青空が見える。

 たかだか小娘一人のためだけに大袈裟すぎだろ……。

 それがリヴェルの正直な気持ちだった。

 聖女が尊く大切な存在だというは、この国に生まれた者ならば誰もが知っている。そこに対して否を唱える気はない。

 だが、魔のものがいたとされる時代は、おとぎ話や神話に近いほど昔の話。瘴気によって生物が凶暴化するとも聞くが、最後の目撃例は三百年以上前――。つまり、その目で見た人間はもういない。呼び出した聖女が丁重に扱われ、再封印を行ってもらうのは事実でも、殆どの時間を人前に象徴として姿を現して、ありがたがられ、祈られることに費やす。最早、どちらが主目的なのかすら怪しいほどだった。

 そんな聖女の滞在期間中、彼女に付き従って同じようにありがたがられる役回りとして、四名の男女が側仕え兼護衛として選ばれている。その役職につけるのも大変名誉――なのだが、リヴェルは自身の纏う真っ白なローブを見下ろした。

 聖女の側仕えにと誂えられた、神官服を少々豪奢にしたようなその装束は、繊細な刺繍が精緻に施される大変美しい一品だ。それはリヴェルに――淡く長い金髪に青緑色の瞳をした線の細い自分には、嫌になるほどよく似合っている。

 一方、普段は武人であるアルバートは、どうにも「着られている」感が否めなかった。いつもなら項で雑に散らばっている黒髪が、綺麗に結われているのがどこか落ち着かない。

 だが、「この役職」に不釣り合いなのは、どちらかといえばリヴェルの方だった。

 若き騎士団長として、つまり正真正銘「聖女の護衛」としてその地位を掴んだ彼とは違う。家に箔を付けようと、親が金と権力にものを言わせた結果、リヴェルはここにいた。

 とはいえ。聖女の仕事には大きな危険などない。そのため、一人くらいお飾りでも十分だからこそ、見栄えで選ばれたというのもあるのだろうが。

 リヴェルも多少は魔法が使えるため全くの無力でこそなかったが、アルバートとは比べるべくもない。

 そんな風に、悔しいやらなんやらで、広い背中をじっと見ていると、ふいに彼が振り返る。その深い夜のような紫色の瞳と目が合って、ほんの少しだけ動揺した。

「いい加減シャキッとしろ。聖堂はすぐそこだぞ」

「うるさいな……、仕方ないだろ。聖女になんて興味も無いし」

「お前はまた、そういう……」

 大きな溜息に、リヴェルは眉をひそめて視線を逸らした。

 ――こいつのこういう所が嫌いだ。

 幼少期から顔なじみであるアルバートとは、何から何まで反りが合わない。

 家格が同等の家柄、どちらも武家の家門出身、同い年、同性。比べられる理由には事欠かず、事あるごとに比較されてきたリヴェルは、いつからか彼に追いつこうという努力すらやめてしまった。

 その結果は言うまでもなく、方や家門の期待を一身に背負った今をときめく出世頭、方や多少はあったはずの魔法の才すらドブに捨てて遊び呆ける放蕩息子、である。

 今日も明け方まで馴染みの賭場で飲んだくれての二日酔いだった。

 アルバートもこんな奴放っておけばいいというのに、律儀に迎え――いや、連行しに家まで訪ねてきた。

 別に僕を心配してのことじゃない。大切な聖女召喚の儀をすっぽかすなど許せなかっただけだろう。

 腹立たしい。そう思って、せめて掴まれた二の腕を取り戻そうとしているのだが、びくともしないのが一層腹立たしかった。

 そうしている内に、扉の前まで辿り着く。

「お前、その酷い顔だけでもどうにかならないのか」

「馬鹿言うな。魔法で治癒できるのは怪我と毒だけ――……」

 咄嗟に出た反論で、ふと閃いた思いつきに首を傾げた。

「待てよ……。酒も一種の『毒』か……?」

 リヴェルがしっかりと自分の足で立ったのを察してか、アルバートが腕を解放する。

「酒が毒だとするなら――」

 解毒魔法を少々いじって、パチンと指を鳴らした。

 その瞬間、重怠かった頭がスッキリと晴れる。ついでに倦怠感もなくなって、すっかり元気になったリヴェルは、肩を回しながらアルバートを見上げた。

「君もたまには役立つじゃないか。これでもう二日酔いも怖くないぞ!」

 リヴェルは意気揚々と聖堂の扉に手をかける。

 背後からは何故か、大きな溜息が聞こえた。だが、今ばかりは気分が良いので寛大にも見逃してやることにする。

 そして、さっさと中に入ってしまったため、アルバートの呟きがリヴェルの耳にまで届くことはなかった。

「無詠唱、それも魔法の構成を変更しながら……。そんなことができるのは、お前くらいなのを、分かっているのかあいつ……」




 薄暗い室内にリヴェルは少し目を凝らす。

 普段は祈りの場として円形をした建物の壁全体に嵌められた窓から、太陽の光が燦々と降り注いでいる場所だ。だが今は全てにカーテンがかけられ、点々と灯された蝋燭の炎だけが眩しい。差し込んだ日差しが、床一面に描かれた召喚陣に干渉することのないように、という配慮だそうだ。

 リヴェルは粛々と準備を進める神官たちを横目に、陣をぐるりと迂回して奥へと向かう。

「お待たせしてしまったようで申し訳ありません、ルミア様、セレイネ嬢」

 そこに立っていた二人の女性にリヴェルは声をかけた。彼女らはどちらも自身と似た装束を纏っており、聖女の側仕えを賜った一員なのだと分かる。

 後ろを追ってきたアルバートとは違い姿を見知っている程度の間柄だったが、事前に行われていた顔合わせで何度か対面はしていた。

「――本当に。今日は来ないのかと思いましたわ、リヴェル様」

 顔をしかめてそう返したのはセレイネだ。腰まである豊かな黒髪に黒曜石を思わせる黒の瞳、少々垂れ気味の目をした美人が、冷たい視線で睨むと怖さもひとしおだった。

「まあまあ、セレイネ。間に合われたのですし、よいではないですか。ねえ、アルバート様」

 仲裁するように言葉を挟んだルミアは、頬に手をあてて困ったように微笑む。肩口で切り揃えられた亜麻色の髪がさらりと揺れた。

「いいえ、もっと厳しくすべきかと。遅刻も欠席も今にはじまったことではないですし、聖女様にどのようなご迷惑をかけるか……」

 じろりと睨まれて、流石のリヴェルもたじろぐ。

「あら、手厳しい」

 ふふと青い目を細めて微笑むルミアからも、それ以上の援護はない。

 数回あった打ち合わせで、まともに会へ到着したことがないのは事実だからだ。大遅刻にはじまり、突発的な欠席に、酒の匂いを漂わせたまま登場してはアルバートに怒られ……。顔合わせがあること自体を忘れていた時など、賭場に現れたこの男に縛り上げられて、そのまま連れて行かれたこともあったくらいだ。

「さすがに『聖女様』の前では大人しくしてますよ」

「どうだか」

 間髪入れずに返ってきたアルバートの言葉にムッとするが、ルミアとセレイネが見ている手前、軽く睨みつけるに留める。

「――さ、お二人共。それよりも、そろそろはじまるようですよ」

 ルミアの声に部屋の中央へ視線を向ければ、召喚陣の周囲に五人の神官が立ち、長い杖を構えていた。

 場がしんと静まり返ると、厳かに詠唱がはじまる。そして、陣がうっすらと輝きはじめた。

 リヴェルは目を眇めて、その様子を見守る。

 大きな魔法陣に、五人の魔法師、術を支える杖まであってなお、長ったらしい詠唱文が必要になる、無駄なまでに大掛かりな魔法だ。

「……冗長だな」

「は?」

 ぼそっと呟いた言葉を聞き咎めたアルバートが、怪訝な表情でこちらを見る。

 幸い女性二人には声が届いていなかったようで、リヴェルは彼にだけ聞こえるよう小さく続けた。

「召喚陣の構成に無駄が多すぎるだろ。詠唱にも。そこを改善すれば二人は魔法師を減らせるじゃないか。無駄だろ」

 その発言をどうを思ったのか、アルバートはなんとも何か言いたげな、変な顔をする。

「…………様式美だ。我慢しろ。あと、それを俺以外の前で口にするなよ」

「わかってるよ」

 リヴェルは肩を竦めて、陣に意識を戻した。

 召喚の儀は、太古の昔から連綿と受け継がれてきた由緒正しい代物だ。それを神聖視している人間も少なくはないし、まさに「様式美」というやつなのだろう。

 もっとも、百年に一度しか使われない、それも失敗の許されない聖女召喚の魔法に対して、実際に手を加えようなどと思うはずもないのだが。

 しかし、ふとリヴェルはアルバートの方を見つめる。

「意外だな?」

「何が」

「君なら、『神聖な聖女召喚の儀にケチをつけるな』とでも言うのかと」

「そんな言葉でお前は納得しないだろ。それより――」

 アルバートが召喚陣の方を向いたのにつられて、リヴェルも再度そちらを見た。

 陣の放つ光が一層強くなって――、その瞬間、カッと閃光が弾ける。

 そして――、

「成功だ!」

 神官の誰かが叫んだ。

 召喚陣の中央には、ブレザーを着た一人の少女が座り込んでいる。

「っ……」

 激しい頭痛と、知らないはずの「ブレザー」という単語。ふらついた身体を支えてくれたアルバートの声も、どこか遠く聞こえる。

「りん……」

 二つ結びの可愛らしい中学生だったは、ハーフアップの似合う大人びた可憐な少女になっていた。

「オレ……、僕は…………」

 成長した妹を前に、強く現れる前世と今世の意識が混ざりあって、リヴェルは気を失わないようにするので精一杯だった。




「では改めて。ようこそおいでくださいました、聖女様」

 突然の召喚に困惑する「聖女」を宥め、今は彼女に宛てがわれた部屋へと一同で移動していた。ルミアの優雅な礼に、ソファの上で可哀想なほどまごついている少女の姿がある。

 リヴェルは聖堂を出てから一言も喋らず、傍らのアルバートが訝しげにしていることにも気付いていたが、説明できるだけの言葉を生憎と持ち合わせていない。

 正直まだ頭痛は続いているし、以前までのリヴェルならそのまま何かと理由をつけて帰っている程度には、突然自分の身に起きた衝撃をやり過ごせてはいなかった。

 聖女が妹でさえなければ、とっくに卒倒していただろう。

「あ、えっと……、安藤(あんどう)鈴芽(すずめ)です。その、よろしくお願いします……?」

 りん――これは兄だけが使っていた愛称だ。うっかり呼んでしまわないように気をつけないと、と重い頭で考える。

 ルミアが順に自分たちを紹介していくのを聞きながら、鈴芽の様子を窺う。

 彼女を襲っていたであろう混乱は、「聖女の任を全うすれば元の世界に帰れること」「その任というものには、殆ど危険は伴わないこと」を理解して、どうにか収まったようだった。

 だがやはり、知らない場所で知らない人間に囲まれる、という状況に安心できるはずもない。鈴芽の顔はいまだ強張っており、膝の上で拳を作る両手は、頻りに握り直されている。

 可哀想に、と思った。しかし、そう思うだけではなく、気が付くと一歩踏み出していたのは、きっと前世が甦ってしまったせいだ。

 前に立っていたルミアより更に歩み寄ったせいか、鈴芽の肩が跳ねる。そのことに少なからず傷付く自分がいることを自覚しながらも、リヴェルは彼女を刺激しないよう、ゆっくりと膝をついた。

 本当は忙しなく動く手も握って安心させてやりたかったが、「知らない男」がいきなり触れるのはセクハラだろと寸前で気付き、どうにか思い留まった。

「はじめまして。改めまして、僕はリヴェル。鈴芽さん……でいいかな?」

 緊張した面持ちながら、こくりと頷いた彼女に微笑んで続ける。

 随分と成長して綺麗になったと感じていたが、多少は強張りが緩んだせいか浮かんだ笑みは、リヴェルもよく知るものだった。

 ああ、やっぱり「りん」だ。大きくなったね。

 そう言いたいのをぐっと堪えて、鈴芽の心が少しでも安らぐ言葉を探す。

「突然こんな所へ呼びつけて、こちらの要求を叶えるまで帰さないなんて、混乱したよね。ごめんね」

「い、いえ……」

「でも、ほんの数ヶ月の間のことだし、身の安全は保証されてるから安心してほしい」

 既に説明は受けていたからだろう、彼女は理解しているというように頷いた。

 だがそれでも消えない緊張に、リヴェルは続ける。

「それと、君のいた世界のことだけれど……」

 彼女の手がぴくりと跳ねた。

「全て終わって戻った時、あちらでは殆ど時間が進んでいないはずだ。だから、失踪扱いになったり、……ご両親を心配させるようなことも起こらないからね」

「……ほ、ほんと?」

 確認するように、リヴェルがルミアの方を振り返ると、彼女もはっきりと首肯する。

「よかった……」

 ようやく身体の力が抜けて顔を覆った鈴芽の頭を、うっかり撫でそうになってしまい、リヴェルは慌てて手を引っ込めた。

 それと同時に、「両親を心配させない」という点に、これほどの安堵を見せた彼女の姿に胸が痛む。

 前世のリヴェル――達哉が死んで鈴芽まで失踪なんてことになったら、彼らがどれほど嘆くかなど、想像するまでもない。

「……ごめんな」

 あの死を自分ではどうすることもできなかった。それでも、二人の期待や心配、関心を彼女だけに押し付ける形となってしまったことが垣間見えて、小さくそう呟いていた。


・・・中略・・・


 そうして、召喚の儀から二週間。

「――一体、お前は何を企んでいる?」

 苛立ちの頂点に達したアルバートは、ついにリヴェルの部屋に押しかけ、ソファで寛いでいたらしい彼にそう問いかけていた。




 いやたしかに、なんか最近やたらと見られてるなぁ、とは思っていた。

 突然現れたアルバートに、リヴェルはぽかんとする。

 聖女召喚の儀式以来、朝は時間通りに出勤して、勤めをこなし、夜も早く寝て――と、実に健康的な生活を送っていた。しかしそうするごとに、ルミアの笑みは硬く、セレイネの眼光も鋭くなっていった。

 そんな中で特にアルバートの視線からは、より何やらチクチクしたものは感じていないではなかったのだ。

 だがそもそも、何故「真面目」にしてあんな顔をされるのかが納得いかない。

 ヤンキーが一つ良いことをすれば大絶賛され、不良が捨て猫に傘を差し出せば少女漫画の主人公が「きゅん…」だか「とくん…」だか、するものではなかったのか。

 まあ、冷静に考えれば、まず生き物を捨てるなだし。不良も不良で、責任も持てないのに安易に手を出すなではあるのだが……。それはともかく。

 少なくともリヴェルにおいては、真面目にすれば「何か企みがある」と解釈されるらしい。

 腹立たしいやら情けないやらで口をきけずにいると、アルバートが舌打ちをしながら部屋に入ってきて扉を締めた。どうやら通りすがりの神官か誰かがいたようだ。

 その話し声が遠ざかるのを待って、彼が再び問いかけてくる。

「聖女様が狙いか」

「……はぁ?」

 アルバートが何を言っているのかが分からず素で首を傾げたのだが、彼の眉間には更に深い皺が寄った。

「とぼけるな。聖女様を籠絡し、こちらに留めてその伴侶となれば、王族にも匹敵する権力が得られるだろ」

「伴、っ……!?」

 危うく「相手は妹だぞ!?」と叫びかけて、慌てて口を噤む。

 そんなことを考えたことなど一度たりとも――前世が甦るより以前を含めても――なかったが、自身がどんな嫌疑をかけられているのかは十分に理解できた。

 それから、己の行動を思い返し、内心頭を抱える。

 聖女が来ると同時に突然態度を真逆に変え、その聖女とも仲良く距離を縮め、真面目に振る舞うようになった、「夜の遊びに精通した」落ち目の次男――。

 怪しさしかない……!!

 家を継ぐという重責と引き換えに将来安泰の長男と違い、リヴェルをはじめとした貴族の次男以下は、どこかに婿入りするか、何かで自活するより生きる道がない。仕事は一応魔法師として籍はあるものの、殆ど出勤していないため、ほぼいないもの扱いだ。いつクビになるか、というところである。

 その点、「聖女と所帯を持つ」という状況になれば、神殿に手厚い保護を受ける彼女の元で、まさに一生安泰だ。

 疑われるに足る条件が揃いすぎている。

「……僕は、」

 リヴェルは言葉もなく俯き、きゅっと拳を握った。

 以前の自分は、いつかそのままうらぶれて、どこかの路地裏で惨めに死ぬのだろうと思っていた。……むしろ、そうなるのかお似合いだと考えていた節すらある。

「いや、それは今もか……」

 人生を諦めていた。

 だから、真面目に努力することもやめて、それ以外の道を探すこともなかった。

 やろうと思えば「聖女」などという大物を狙わずとも、どこかの金持ちの未亡人にでも飼われていれば良かったのだから。

 だが、いい機会かもしれない。

 リヴェルの口から、は、と自嘲が漏れる。

 そして、精一杯の嘲笑を浮かべて、アルバートを見上げた。

「――そうだよ。聖女様を狙えば、楽にイイ思いができるだろ」

「お前……」

 何故疑いをかけた側の彼が、衝撃を受けたような顔をしているのだろう。

 それを不思議に感じながらも考える。

 聖女を狙っている――ことにすれば、周囲が勝手に鈴芽との距離が取れるように動いてくれるのではないかと思った。

 大事な聖女様に、こんな「いかがわしい男」が近付くなど、誰も許さないだろうから。

 そうなる方がいい。これ以上彼女と共にいて、もし前世のことがバレてしまったら。それが怖くて仕方ないのだ。

「……お前は、男が好きなんじゃなかったのか?」

 呆然としたような呟きに、リヴェルはつい目が泳ぎそうになる。

 そういう噂が回っているのは知っていたし、あえて否定することでもないと放置していた話だった。また、少々良くない評判があるにもかかわらず、聖女に侍ることを許可された理由はこれだろうとも察していた。

 実際、男とばかり「遊んでいる」のも事実だ。女性相手だと万が一があっては面倒だというだけだったが――。

「だから? 女を抱けない理由にはならない」

「聖女に不敬だとは……」

「思わないね。『聖女』だってただの人間だ」

 この気持ちが、あどけない少女だった鈴芽を知っているがゆえの発言なのか、そもそも信仰心も興味も薄いリヴェル独特の考えなのかは、自分でもよく分からなかった。

「……別に悪くない話だと思うけど? 何も嫌がる相手を無理やり手籠めにしようっていうんじゃない。『彼女が』『自分の意思で』この世界に留まるなら、それ以上のことはないじゃないか」

 ぺらぺらとそれっぽいことを口にしながら、リヴェルは自分自身でも「よく回る口だな」と呆れてしまう。

 だが、心にもないことを言って、心にもない行動をして、内心と正反対の振る舞いをするのは、いつものことだ。

 リヴェルはスッと立ち上がって、アルバートに近付いていく。

「それとも何? 君が代わりに『イイ思い』をさせてくれるのかい?」

「は……?」

「みなまで言わすなよ。僕の狙いは『聖女様』じゃなくても達成できる。なら、相手は誰だっていい。君でもね。そうだろう? 陛下の覚えめでたき、若き騎士団長様?」

 アルバートに触れそうなほど近寄って、上目遣いに見上げる。

 だが、絶句した彼が何か言おうとしたタイミングで、サッと視線を外して、その背後にあるドアノブに手を伸ばした。

「なんて。君にはとてもできないだろ。だったら精々、大切な聖女様をよくよく傍でお護りするんだね――」

 アルバートを部屋から追い出すべく、扉を開けようとする。しかし何故かその前に、手首を掴まれていた。

「なに、痛いん――」

「俺がいれば、満足できると?」

「……は? いや、うん……? まあ、二人も三人も相手する趣味はないし」

 何の問いだ? と訝しみながらも、嘘を貫き通すためにも、それらしいことを答える。実際、複数人と付き合う性指向ではないので、これ自体は嘘ではないが。

「あんな爛れた噂があって?」

「う……『噂』だろ! そういうのは、証拠押さえてから言ってくれる!?」

 いい加減離せ、と腕を引くが、一層強く握りしめられて、痛みに顔をしかめる。

「おい、アルバート――」

「なら」

 ノブに触れる寸前だった手が扉から離れた隙を突くように、アルバートが内鍵をかけた。

「なら、俺が面倒をみてやる」

「……へ?」

 目を点にしていると、顎を掴まれて上向かされる。

 彼の瞳が、信じられないほど近くにあった。

「ちょ……」

「だから、――俺以外もう見るな」

 リヴェルのファーストキスは、そうしてあっさりと奪われたのだった。

続きは本編にて...
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