雪が降る。都会の黒いアスファルトを真っ白に染め上げていく。
「さむ……。」
今は深夜の零時。
仕事の残業をどうにか終わらせ、終電に飛び乗って、一人暮らしをしているアパートの最寄り駅を降りたのは、ついさっきの事だ。
各駅停車の電車しか止まらないような、小さな駅はあまり人もおらず、街灯も少ない。冬の身を切るような寒さが、より一層強まった気がする。
ここから独りで歩くのかと、溜息を零す。
ちょっぴり怖い。
改札を出るために使った、ICカードを鞄へと押し込み、歩き始めた。
雪が思っていたより降っている。傘を持っていないため、帰るまでには頭の上に雪が積もってしまうに違いない。
そう思っていた時、スッと何かがその雪から奈々子を守るように現れる。
傘だ。
その傘の柄を辿り、それを持つ人物の腕を伝って、彼の顔に焦点が合う。
「あ……」
些かムッとした顔のその男は、遅い、と憮然と呟いた。
「だって…、仕事が終わらなかったんだもん。」
奈々子は拗ねるように口を尖らせた。そんな彼女の態度に、男は大きく溜息を吐いた。
「そうじゃなくて。……メール、見てないのか?」
何のことだろう。奈々子は首を傾げ、慌ててメールを確認する。見てみれば、「仕事が終わったら迎えに行く。電話しろ。」と確かに書いてあった。
「あ、あはは……。ご、ごめん。」
「もういい。……帰るぞ。」
ムッとしているが、奈々子の持っていた鞄を取り上げると、早く来い、と顎で指し示した。あまりメールを確認しない奈々子が、確認せず電車で帰ってくることなど、とっくの昔にお見通しなのだろう。だから、傘を持って駅前で待ってくれていたに違いない。
奈々子はきゅっと、彼の腕にしがみ付く。
さっきまで冷え切っていた身体が、ぽっと暖かくなる。
「迎えに来てくれて、ありがとうね。」
二人で歩けば、怖いと感じていた雪の夜道も、素敵に見えてくるのだ。
7周年ありがとうございます!
ということで、珍しく現代物の超短編です。
何故季節はずれな内容なのかというと、「7周年」からの連想ゲームで決まりました。
(「7周年」→「7」→「某有名RPGの7」→「ミッドガル」→「ミズガルズ」→「北欧神話」→「北欧」→「寒い」→「冬」・「雪」)
我ながら、季節感考えろよ、とかは思うんですけどね。
一応、季節感考えて、晩秋〜初冬くらいの季節で書いてみたんですけど、なんか、まとまんなくて没にしたやつ下に置いときますね。(なけなし)
***
雪が降っていた。季節外れの新雪は、黒いアスファルトに落ちては消え、その地面を濡らすだけだ。
滑りやすくなってしまった地面に、足を取られぬように注意して歩く。いつもは履かない少し高めのヒールが憎らしい。
寒くなるとは言っていたけれど、ここまでだなんて。
やっぱりブーツにすれば良かったわ、と
ずっと仕事ばかりで、同じ年頃の子たちのように、美容に関心を向けるわけでもなく、ただただ目の前の仕事に邁進してきた。
だからなのかな。
七海は零れそうになった涙を、ぐいと拭った。メイクが崩れることなど、全く気にならなかった。
二十代最後の初冬。二年ほど付き合っていた彼氏に振られてしまった。
いや、別れ話のようなものを切り出されて、その先を聞くのが怖くて逃げてきてしまった。
だって、「仕事が忙しくなってきたんだ」なんて、後に続くのは一つでしょう?
元々忙しい彼との久しぶりの外食デート。折角だから、と気合を入れて普段しないようなお洒落をした。なんて滑稽なのだろう。
あまり会えない寂しさを埋めるために、仕事に打ち込んで、結局七海自身も忙しくなって、会える時間をさらに減らしてしまった。
好きだった。とても。
彼も同じだと思ってたの。
けれど、滅多に会えない、さして可愛くもない女に愛想を尽かすのなんて、時間の問題だって、どうして気が付かなかったのだろう。
早く家に帰って、眠って全てを忘れてしまいたい。
次第に早足になる。だが、慣れないヒールと濡れた路面で足が絡まった。
べしゃっと音を立てて転んだ。
溶けた雪が跳ねて顔や服を汚した。
「………っ」
路上に手をついたまま座り込んで、立ち上がる気力も湧かなかった。
涙が零れた。
一筋零れ落ちると、もう止まらなかった。
立たなくちゃ、立って、帰らなくちゃ。
そう確かに思うのに、七海の身体は動いてくれなかった。
雪の冷たさがコート越しにも伝わって、指先も氷のように冷たくなっていく。冷え切って赤くなった指は、滲む視界ではうまく捉えられなかった。
落ち着いてきたのか、落ちる涙の量が減る。七海はすん、と鼻をすする。
その時、未だ滲む視界に、アスファルトとは違う黒が混じった。
男物の革靴。
七海はのろのろと顔を上げた。
「っ―――」
ひゅっと息を飲んだ。
その視線の先には、ついさっき自分を振った男がいた。
なんで……?
唇を震わせるが、声にはならなかった。
目の前の彼は、息が上がっているのか肩で息をして、その頬は七海の指先とは、全く逆の違う理由で赤くなっている。
「ななみ。」
その声で、一度は引っ込んだはずの涙が、再び溢れる。
なんで、なまえをよぶの。
なんで、そんなかおするの。
なんで、おいかけてきたの―――
言いたいことは全て、言葉にならないまま消えていく。
七海がただただ座っていると、その腕を取られ、ぐいと引き上げられて立たされた。
***
中途半端な所で終わっててすみません。
一応、このあと、「仕事忙しいから、このままだと会えなくなる。でも、ずっと一緒にいたいし、結婚しよ」って言おうと思ってた、っていわれて、HappyEndです。